頑張れ、新米パパ



by槇野知宏様



 警視庁からの何も依頼が無い休日、オレはひたすら妻・蘭の手伝いに励んでいる。
依頼が来れば家族や学業をほったらかしにして事件解決のために動いているのだから。
体が空いてる日くらい蘭の手伝いをしないと、知り合いの女性全員から酷い目に合わされかねない。
事実、オレより一月遅れて結婚した服部と和葉ちゃんの間でこんな会話があったそうだ。

『平次、家事くらい手伝ってえや?』
『あのな、家事はお前の仕事やろ?なしてオレがせなアカンねん』

この問題発言が服部(遠山)家の影の支配者三名を怒らせるという事態を引き起こす。
あの“鬼平”こと服部平蔵近畿管区警察局長や遠山大阪府警本部長でさえ怒った妻と嫁(娘)には何も言えず、服部が許してもらえたのは一ヶ月経ってからの事だった。
多分オレが服部と同じ事を言おうものなら、蘭、母さん、英理さん、そして園子から袋叩きにされるのは目に見えている。
そういうわけでオレは蘭の手伝いをしている・・・彼女に掛かる負担を出来るだけ軽くしたい、という思惑があるのも事実だが。

「ちょっと新一、これ落ちてないんだけど?」
「・・・ああ、このくらい大した事ねーよ」

蘭から突き返された皿を現見たオレはそう言ったのだが、返ってきたのは妻の強烈な視線と反論。

「大した事ない、ですって?こーいう僅かな汚れが臭いの元になるのよっ。新一に食器洗いさせると汚れが絶対残るんだから」

ぶつぶつと呟きながら蘭はオレから皿洗いの仕事を強奪し、オレは彼女がやっていた皿拭きをする羽目となった。
別に家事が苦手というわけではないが、一〇年以上にわたって男所帯の毛利、工藤両家の家事を取り仕切ってきた蘭に敵うわけが無い。
下手な事を言おうものなら、先程のように一〇数倍の反論で返ってくるワケだ。蘭から手渡される皿を黙々と拭いていると、鼓膜に響く男女二重奏の赤ん坊の泣き声。

「さっきミルクあげてたよな・・・量が足りないって泣いてるんじゃねえのか?」

オレの疑問に対し、蘭はこう答えたものだ。

「一人がお漏らししちゃって、もう一人は相棒が泣いてるから泣いてるだけよ。そういうわけだから新一、オムツの交換お願いね」

そう言ってニッコリと微笑む蘭にオレが逆らえるはずも無い。まあ、オレが知る夫婦全てがそうだろうと思うが。



 派手に泣く我が子(双子の兄妹)をオレは眺めた。
生まれてから三ヶ月経とうとしているわけだが、学生結婚で二児の父親になってしまったのだから未だに戸惑ってしまう。
この件に関しては服部や鈴木(真 旧姓:京極)さんにも同じ事が言えるわけであって・・・あ、鈴木さんのトコは三つ子か。

「ったく、どうしたんだよ?」

そう言って兄である亮治を抱き上げると、服の下半身から漏れた水分がオレの手を濡らしていく。

「亮治、元凶はお前だな・・・蘭、オムツはどこにあるんだ?」
「寝室に置いてるわよ。後でリビングに持ってくるから」
「分かった。悪いけど葵の方を宥(なだ)めといてくんねーか?オレはコイツを風呂に連れて行くから」
「うん、分かった。新一、間違っても亮治をお風呂の床に落とさないでね?」
「バーロ、んなことしねーよ」

軽口を叩きながら亮治を風呂へ連れて行く・・・っと、その前にオムツを脱がせないとな。
赤ん坊は皮膚を守る働きが成人と比較すると圧倒的に弱いので、オムツが濡れたままになっていると「オムツかぶれ」が起きることがある。
そのため、子供が粗相(そそう)するつど、こまめに取り替えなくてはならない。特に湿度の高い季節なんかは危ないそうだ。
もっとも素早く皮膚を乾かせば何の問題もない・・・何でオレがそんな事知ってるかって?
探偵たる者、僅かな知識でも疎かにはできねーんだよ。そういうのが事件を解くカギになる事も有り得るわけだ。
ま、実のところ、実の母親と義理の母親に散々と聞かされた所為なんだけどよ。

 風呂場へ行き、亮治の汚れた個所をぬるめに調節したシャワーで洗い流して、柔らかいタオルで拭いてやると亮治の顔の表情が緩んできた。

「余は満足じゃ、って、いう顔しやがって・・・こっちの身にもなってみろ」

そう呟いても我が子の顔というものは可愛いものである。ましてやオレと蘭の血を引いているから尚更だろう。
アトシマツを終えてリビングに戻ると双子の妹は蘭の腕の中でスヤスヤと寝息を立てていた。

「もう寝かしつけたのかよ?」
「当然でしょ。お腹が空いてるわけもないし、粗相してないんだから・・・はい、これ」

渡されたのは布オムツと紙オムツ・・・なるほど、最後までしろという事だな。

「新一、ちゃんと出来るんでしょうね?」
「あのな、これくらい出来ねーと父親失格だぜ?」

そう言いつつ亮治に布オムツと紙オムツを装着させる。オレだって蘭が二人のオムツ交換をしているのを黙って見ているわけではない。
そーいや以前、関西の色黒男が、工藤、オムツの交換ってどないしたらええんや、と、オレに泣き言を言ってきた事があった。
アイツも伊達や酔狂で探偵やってんじゃねーなら、常日頃から和葉ちゃんを観察しろよ・・・その前に二〇年以上付き合ってるんだろうがっ!

「・・・ほら、終わったぜ」
「ふぅん。事件で家を空けてるわりには完璧じゃない」
「あのな、蘭がやってる事を毎日見てれば憶えるに決まってるだろ」
「毎日見てるって・・・それなら依頼が無い日は手伝い宜しくね、新一」
「分かったよ。オレは服部と違って妻想いだからな・・・その前に膝借りるぜ、奥さん」
「もう新一ったら、子供と同じね」

ほっとけよ、そう呟いて蘭の膝に頭を乗せる。今日一日、依頼が無いことを祈りながらオレは静かに目を閉じた。




終わり



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