男たちのパーティー会場



by 槇野知宏様



 毎年夏と冬に行われるパーティー。
当初は友人たちとの親睦を深めようと企画されたものであるが、それぞれ家庭を持って子供が誕生すると、子供たちの親睦を深めるという事になった。
ただそのパーティー会場は何時の頃から男の子と女の子が一時の逢瀬(?)を楽しむ場と変貌していく。
年二回のパーティーは、親(孫)バカな父親(祖父)が神経を尖らせる場でもあったのだ。

今年のパーティー会場は米花町の高台ある鈴木邸―――さて、どんな攻防(?)が繰り広げられる事やら。





 前から気になってたけど、最近ある種の視線を感じる。
葵ちゃんと二人で話したり、一緒に歩いてる時、オレに局所一点集中される嫉妬と憎悪がこもった視線。
その方向を見ると―――新一小父さんと小五郎小父さんが他の人と話ながら、時折オレを凄い目つきで睨みつけている(汗)
気のせいかもしれないけど、目に殺気が潜んでるような気が・・・いや、あれは本気だ。
リョウと建太が空手の試合で対戦相手に向け、両親や妹と一緒に観るプロレスのDVDの中に収録している選手が試合中にしているのと同じ目つき。

「健ちゃん、どうしたの?」
「えっ・・・いや、何でもないよ。葵ちゃん」

急に呼びかけられて彼女の方を見ると、怪訝そうな目をオレに向けてくる。昔から仲の良かった工藤葵ちゃん。
オレの周囲には幼馴染みの女の子が多いけど、スポーツをやってる関係で彼女とは比較的に話が合う。
じ、実は、オレの・・・初恋の相手だったりするんだけど、本人もそうだったようで・・・ま、そういうワケ。
そんな彼女の瞳に下から見上げられると、余計な事まで話しそうになるので怖い。

「何でもない、って、嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。本当だって」

小父さんたちの名誉を守るため、何とかごまかそうとするけど、負の感情がこもった二人の視線がオレの背中に容赦なく突き刺さる。

『高木くんも美和子と結婚する前、周囲の嫉妬をマトモに受けてた事もあったのよね』

健介くんも気を付けた方が良いわよぉ、と、この間、ウチに遊びに来た由美さんがそう言っていた。
話を記憶の隅から引っ張り出した時、オレは離れた場所で他の人たちと歓談している父さんに内心で愚痴る―――嫉妬されるのは高木家の血かよ、父さん?
そんな事を考えていたら、葵ちゃんの視線がオレから僅かに逸れた。時間にして一〇秒くらい。

「また、お父さんと小五郎お祖父ちゃんね・・・お母さんと英理さんに言いつけようかな?」

視線をオレの方へ戻した彼女が冗談っぽく言ったけど目の色は完全に本気だ。サッカーの試合でPKを決める時の目つきと同じだ。

「あ、葵ちゃん。そういう事は止めた方が良いと思うよ」
「子供や孫が可愛いという気持ちは嬉しいけど、二人とも大げさ・・・って、私が言う必要は無くなったみたい」

葵ちゃんの向けた視線の先に目を向けると、小父さんたちが蘭さんや英理さんに挟まれて小さくなっている。

「新一もお父さんも何考えてるのよっ」
「娘や孫が心配なのは分かるけど、少し度が過ぎるんじゃなくて?」
「いや、これは・・・葵に悪い虫が付かないために見てただけで・・・そうですよね、小五郎さん?」
「そ、そう・・・し、新一の言うとおりだ。孫が心配なもんだから・・・別に悪い事じゃねえだろ?」

事件現場でよく目暮警視や父さんたちと話し込む時は堂々としているけど、その時とのギャップを比べたら笑ってしまいそうになる。
瞬間、新一小父さんたちの鋭い目がオレの方へ向けられたけど、そのまま蘭さんたちに耳を引っ張られ会場から姿を消した。

「あ、葵ちゃん。小父さんたち、どうなるんだろ?」
「良くて三日ばかりお母さんたちに口を聞いて貰えないんじゃないかな。私も口を聞いてあげないし・・・これも自業自得よね」

奥さんだけでなく(孫)娘にまで口を聞いて貰えないなんて・・・オレは小父さんたちの不幸に少しだけ同情した。



 健介の方を見ると、父さんと小五郎祖父ちゃんが英理さんと母さんに捕まって何事かを言われていた。
マスコミ等では“平成のホームズ”だの“眠りの小五郎”と、言われてる二人だが、こういう姿を見ると息子(孫)として恥ずかしい。

「父さんたちも何やってんだか」

これで父さんたちは、三日ばかり女性陣から口を聞いて貰えないだろう・・・で、そのトバッチリがオレに降りかかってくるワケだ。
我が父、祖父ながら困ったもんだ、と、考えていたら肘で脇腹を突かれたので、その方向を見ると幼馴染みの和華が立っていた。

「何だ、和華か」
「何だ、やないやろ?人が話しかけてん上の空やし・・・どないしたん?」
「我が家の父親と母方の祖父の事についてだよ」

今までの顛末を和華に話すと、信じられない、といった表情を浮かべてオレを見る。

「それホンマなん?リョウんトコのオッチャンって、アタシのお父ちゃんに比べて遥かにマシ、って思てたのに」

日本警察の中でも相当頭の切れる警察官で“東の白馬、西の服部”と、言われるほどの敏腕刑事である平次小父さん。
確かにウチに遊びに来る度に父さんと言い合いしては、言い負かされてる感はあるけど、娘にここまで言われるなんて、一体何をしたんだよ?

「い、いくら何でも、言い過ぎと思うぞ?」
「しょうがないやん。お父ちゃんも相当の親バカやさかい、アタシも迷惑しとんのや」

ほんの僅かだが、マジで頭が痛くなってきた―――ウチだけじゃなく小父さんもかよっ!
待てよ・・・小父さんも親バカって事は、オレと和華が喋ってるのをどこかで見てるんじゃないのか?
慌てて周囲を見渡すと・・・やっぱりいた。それも至近距離に。オレの視線に気付いたらしく近づいてくるが、殺人犯に近い目つきをしてるから余計に怖い。

「お、小父さん・・・お、お久しぶりデス」
「おう、夏休み以来やな・・・自分、和華に近づくたぁエエ度胸しとるやないかい?」

な、何かテレビドラマで罪もない一般市民に因縁を吹っ掛ける方々みたいな口調が凄く怖い。少しずつ後ずさりする中で、和華の声がオレの耳に入る。

「お父ちゃん、いい加減にしてえや。リョウは何も悪い事しとらんやん」
「和華、お前はコイツに騙されとんのや。お前のダンナはオレが見つけた・・・」

思いっきり話が飛躍し過ぎている小父さんの声と何かを叩く音が聞こえると、小父さんが後頭部を押さえ、その後ろには和葉さんがハリセンを持って立っていた。

「か、和葉っ!な、何すんねん!!」
「何すんねん、やないやろ、このアホ亭主!!親バカもええ加減にしろって言うてるやないのっ!!!」

これ以上は夫婦の問題だからオレたちはその場を離れようとした。当然のように小父さんが何か言おうとしたが、ハリセンが顔面に直撃して完全に沈黙。
小父さんの後ろ襟を引きずるようにして和葉さんはパーティー会場を後にしたが、これ以上の詮索はやめにしよう。

「あの親バカさえなければ、良いお父ちゃんなんやけどなぁ・・・ま、自業自得やな」

彼女の声が親バカな父親に対する鎮魂歌のように聞こえ、オレはただ小父さんの無事(?)を祈るだけだった。



 小気味良いハリセンの炸裂音が聞こえた瞬間、オレは加害者と被害者が誰か即座に分かった。
またオトンが親バカ発揮させて、オカンにシバかれたんやな、と―――結果なんか見ずとも分かるっちゅうねん。

「マサ、お前のトコは相変わらずだな」
「ホクの言うとおりやで。ホンマ、恥ずかしゅうて涙が出てくるわ」

パーティーの余興で黒羽んオッサンとマジックをやったホクと言葉を交わしつつ、手にハンカチ持って目に当てる―――無論、新喜劇並みのギャグ。
マジックをやった後という事で、背丈に合った白の上下にシルクハット・・・古典的っちゅう感じはするんやけど、ホクに言わせると“黒羽家の戦闘服装”らしい。
何でも、これ着たらマジシャンとしての本能が身体の底から沸き上がって来るっちゅう話やけど、オレの帽子と似たようなモンやな。

「しっかし、ホクも手品の腕を相当に上げおったな」
「手品じゃねえよ。マジックだって何度も言ってるだろ」
「マジックも手品も同じやないかい」
「あのな、マジックってのは奥が深いんだよ。すぐ仕掛けが分かるような手品と一緒にすんじゃねえ」

面と向かって憎まれ口みたいな事を叩き合うのも夏休み以来やから、思わず力が入るモンなんや。
ま、これでケンカにならんっちゅうのも不思議な話やけど、和華に言わせるとオレらは似たモン同士らしい。

『頭は切れるが、大食らいで余計な一言が多くてオトンやオカンに怒られ・・・』

ホンマ、双子の妹やから遠慮せんと言いよるわ、と、事を思とったら後ろから声を掛けられた。

「似た者ブラザーズが何やってんのよ?」
「何だ、光じゃねえか。もう一人はどうしたんだ?」
「礼儀くんの後ろにいるわよ」

ホクと光姉ちゃんが話していると、服を引っ張られたので振り向いたら、ホクが“鈴木家の三番目”と、称する晴が料理が乗った皿とジュースの入ったコップを持って立っとった。

「こ、こんばんわ・・・な、夏休み以来だね」
「そ、そやな・・・そう言うたら、こっちの腕は上がったんか?」

晴から皿を受け取って空いた左手で剣道の素振りのフリをすると、晴が少し首を傾げる。

「自分じゃ上達してるかどうかは分からないけど、平蔵小父さんは“上達しとるで”って、言ってくれてる」
「へひぞうジッチャンにおしゅみちゅきを貰うっちゅう事は、腕が上がっとる証拠や。ジッチャンは嘘言わんさかいな」

オレもジッチャンが大阪に帰省した時に稽古一緒にするんやけど、オトンと次元が違うって感じがするんや。しっかし平蔵ジッチャンから剣道の手ほどきを受けるなんて羨まし過ぎるで、ホンマに。

「マサくん。食べ物を食べながら喋ったら、日本男児の名折れだと思うよ?」
「自分、どこでそんな言葉憶えてくんねん?」
「マサくんから貰った時代劇小説に決まってるでしょ」

そんな事書いとらへんで、と、言いながら、ホクの方を見ると光姉ちゃんと衣装の事で言い合いをしとる。

「ホント、いつもと変わんない服装ねえ。ステージに登る以上、そーいう事には気を遣いなさいよ」
「オレはマジシャンなんだよ。芸能人じゃねえし衣装まで気が回るかってーの」
「だーかーら、私が北斗くんの衣装をプロデュースしてあげるからさ」
「それだけは却下だ。オメーの事だから、ド派手な衣装にするのは目に見えてっから絶対不許可だっつーの!」

光と北斗くんって結構お似合いよね、と、言う晴の言葉に相づちを打ってたら、後ろから強烈な殺気が噴き上がるのを感じた。
恐る恐る振り返ると、晴んトコのオッサンが恐ろしい目つきで、オレらの方を睨んどる。その目つき言うたら関西方面で“鬼”と、言われとるウチのオトンより数倍怖い。

「ま、マサ・・・あの目つき、見たか?」
「あ、ああ・・・思いっきし見てもうたで・・・オレら、どうなるんやろ?」
「良くて逆さ吊り、悪けりゃサンドバッグ代わりに吊されるんじゃねえの?」
「ホク、どっちも笑えんへんがな。それ以前に鈴木んオッサンにマジボコされたら、確実にあの世行きやんけ」

二人でイヤな事を想像して震えとったところへ園子ハンの声が聞こえてきて、ホンマ助かった、と、思うた。

「真さん、子供相手に殺気は飛ばしちゃダメでしょ」
「えっ・・・あ、園子さん・・・」

空手業界じゃ“超”が付くほどの有名人であるオッサンが、ヨメに捲し立てられとる―――絵的には面白いんやけど、関係者が見たら驚く光景やで。

「真さんの気持ちも分からなくはないけど、光と晴はあの子たちに任せておけば大丈夫よ」
「しかし“男女七歳にして同席せず”って・・・」
「今のご時世にそんな言葉が通じるワケないでしょ」
「私は父親ですから、子供たちの事が心配なんです」
「真さんが心配しなくても、立派な白馬に乗った騎士様が付いてるんだから」
「・・・分かりました。不本意ですが園子さんがそう仰るのであれば私は何も言いません」
「最初の“不本意”って、言葉が引っ掛かるけど。ま、分かれば宜しい」

何事かを園子ハンが耳元で喋ったらオッチャンの顔が真っ赤になって、声のトーンが落ちてきおった。
園子ハンはオレらに向けてウィンクをすると、ダンナと腕組んでと会場の隅に姿を消す。
今まで散々捲しといて、今度はラブラブかい。リョウんトコ、白馬ん姉ちゃんトコと同じで、ここも万年新婚夫婦やで。
取り敢えず、最大の障害は上手く切り抜ける事が出来たワケやが、あのウィンクを見る限りオレらの将来は確定かいな?
隣にいるホクを見ると、同じような事を考えとったらしく、口元には苦笑というか引きつった笑いが張り付き、鈴木ん双子は光姉ちゃんはニヤニヤしてるし、晴に至っては顔を真っ赤にさせとる。

「ママのお墨付きを貰っちゃったから、北斗くんの人生は安泰よぉ」
「ふ、不束者ですが・・・これからも宜しくお願いします」

チョット待たんかい。オレらまだ小学生やぞ?―――そう思ったんは事実やが、オレらんツレ、全員将来が決まっとるようなモンさかい文句言えへんわな。



「建太さん、お飲み物をお持ち致しましたわ」
「礼子さん、わざわざ有り難うございます」

 我が姉と建太さんが繰り広げる“ラブラブ絶対障壁”を目にする度、うちの両親に匹敵するのではないか、と、つくづく思う。
家でも学校でも姉さんの姿を見るが、その時は小学生とは思えない沈着冷静さのオーラがにじみ出ていた。
しかし建太さんと二人だけの世界に入ると、普段僕が目にする事のない喜怒哀楽の感情をさらけ出しているのだ。
そういう姉さんを見る度に、建太さんに対して羨望九割、嫉妬一割が混ざった感情を持ってしまった時、いきなり後頭部を叩かれる。
僕に対してこういう事を平然とやってのけるのは、この世に一人しかいない。

「このシスコン、また礼子お姉さんを見てたわね?」
「僕には仁貴という名前があるんだ。シスコンって呼ぶのは止めたまえ」
「何が、止めたまえ、よっ。自分の父親のマネするなって何度も言ってるでしょ。アンタは幼馴染みで、私の右腕で副官、且つ弟子なんだから、私の言う事を聞く義務があるの」

 幼馴染みはともかく“右腕で副官、且つ弟子”って、ひとまとめにしたら家来じゃないか?内心で文句は言ったものの、言葉に出したら何されるか知れているので黙っておく。
過去、余計な一言を言ったばかりに張り手、各種肘攻撃、裏拳を食らった事か・・・その事を思い出した僕は自制させる事に成功する。
彼女の名前は高木涼子。父さんの部下である佐藤警部と高木警部補の長女。彼女の両親と兄である健介さんには幾度となく会っているけど、すごく礼儀正しくて優しい方たちなのだ。
しかし涼子くん本人はというと、顔立ちは母親そっくりで黙っていれば男子の一個中隊は軽く寄って来そうなのだが、性格はかなり悪い。
口は悪い、乱暴、傲岸不遜で大胆不敵―――テレビの三文アクションヒーロー物に登場する悪人の方が可愛く思えるほどだ。
なぜ僕が彼女の言いなりみたくなっているのかと言えば、幼稚園の頃に命を助けて貰った事が不幸の始まりだったかもしれない。その幼稚園は警視庁を含めた官公庁や近隣に住む子供たち用の施設だったのだが、僕が五歳になるかならないかの頃に不審な男が幼稚園に侵入してきた事象があった。
後で知ったのだが、幼稚園の近所に住んでいたこの男は、幼稚園から発する子供の声がうるさい事に腹を立て、脅す目的で侵入したらしい。その侵入現場の間近にいた僕は犯人と目が合った瞬間、恐怖心から全く動けなくなってしまったのである。
そこへサッソウと登場した彼女は、犯人の持つナイフに臆するどころか相手に、そんな物持って弱い者イジメをするのが楽しいのか、と、啖呵を切ったのだ。
犯人の恫喝に怯えるどころか相手の足を踏みつけ、怯んだところへ膝へのドロップキック、蹲ろうとしたところへ股間を思いっきり蹴り上げ、蹴られた箇所を押さえて悶絶しているところへ後頭部に前方回転式の踵落とし、止めにシャイニング・ウィザード。
幼稚園児らしからぬ体術に感心というか唖然としつつ、助けて貰ったお礼を言うとこんな言葉が返ってきた。五年近く立つ今でも鮮明に覚えている。

「お礼は言葉じゃなく行動で返すものよ。丁度良い機会だから、アンタを私の家来にしてあげるわ」

 この彼女の宣告は五年たった今でも続いている。
天は二物を与えず、と、いう言葉があるが、二物どころか三物も四物も持っているのが高木涼子という女性なのだ。
無理矢理家来にされてから彼女の為人(ひととなり)をずっと観察しているが、別に理不尽な事をする(させる)ワケでもない。
ただ正義感は強く、弱い者イジメの現場を見つけるや否や、いじめっ子たちを一気に蹴散らす・僕的には、ただ暴れたいだけ、と、思っているが。
そんなに暴れたければ、将来は格闘家かプロレスラーになれば良いじゃないか、と、言ったのだが彼女曰く。暴れるんだったら犯罪者相手に暴れる警察官に決まってるでしょ。女性初の警視総監か警察庁長官が私の遠大な目標なんだから、と。
涼子くんの母親である佐藤警部は将来、女性初の本庁捜査一課長間違いなし、と、父さんはよく口にしているが、どうやら彼女が目指しているのはそれより上―――目標というより野望と言った方が正しいかも知れない。

「仁貴、礼子お姉さんには建太お兄さんがいるんだから、シスコンを卒業しなさいよ?それに礼子お姉さんとあんたは姉弟なんだからさ、結婚なんて出来やしないんだから」
「き、君は何て事を言うんだ。僕がそんな事を考えてるワケないじゃないだろ。僕が好きになるとしたら、姉さんみたいな冷静沈着な人が良い、って、思ってるだけなんだ」

君とは正反対のね、と、付け加えた瞬間、隣からはどす黒いオーラが漂って来る。この時になって僕はとんでもない失言をしてしまった事に気付いたが既に遅い。

「ひ〜と〜き〜」

彼女が僕の名前を呼んだと思った瞬間、僕の背後に回り込んだ彼女の右腕が喉に食い込み、頸動脈を思いっきり締め上げられていたのである。

「あんた、家来のくせに私に文句言うなんて良い根性してるじゃないの?」
「や、止めたま・・・え・・・く、苦し・・・ギブギブギブ」
「涼子っ、何をしてるのっ!」
「もうその辺で許して下さらない。女の子がそう言う事をしてはいけなくってよ」

彼女の裸絞めに悲鳴を上げていた時、母さんと佐藤警部の声が耳に入った。
その声で涼子くんの腕から力が抜けていくのが分かり、やっと拷問から開放された喜びに浸る。
彼女が母親からお説教を受ける光景が目に入り、自業自得だな、と、思った矢先、母さんの冷たい声が頭上から降り注ぐ。

「仁貴、探さんから女性に対する言葉遣いを教えて貰っているのでしょう・・・もう少し女性の心中を理解する事を学んだらどうなの?」
「そういう事に関しては父さんから教えて貰っていません」

母さんの目をみてハッキリと言った瞬間、母さんが大仰に溜息を吐いてみせ、哀れむような視線を僕に向けてきた。

「基礎を生かし応用する事によって何事も成せる―――特に女性の心中を計る事は何事よりも難しいもの。頭で憶える憶えないのレベルで計り知れないのよ」

女性の心中を察するのには相当の時間が掛かるから仁貴も精進する事ね、そう言って母さんは僕の前から去っていった。
母さんの言葉を反芻してみたが、表面上はともかく、心の中まで分かるハズもない。僕と同じ状況にあった涼子くんと目があったのだが、言葉の代わりに思いっきり舌を出された。

『あんな乱暴で理不尽極まりない女性を好きになる男性は、よっぽどの物好きか変人に違いない・・・惚れられた方は災難だろうけどね』

チョット乱暴めいた事を思ってしまったけど、僕がその言葉を苦笑しながら思い出すのには一〇年以上の年月を必要とした。



「子供は親が思ってる以上に成長しているものです」

僕は子供たちの行動を見て呟いたものだが、どうも我が息子だけはいただけない。

『仁貴もまだ子供ですね』

高木警部補のお嬢さんは感情を持て余している故に、あのような行動に走るのだろうが、それを理解出来ない仁貴に対してそんな感情を抱いてしまう。

「白馬くん、娘がまた迷惑をかけたみたいで・・・」
「気にする事はありません。愚息がお嬢さんにご迷惑をお掛けして・・・僕の教育が行き届かなかったばっかりに申し訳ない」

職場では上司部下の関係でも、プライベートでは年長の友人、人生の先輩である高木さんから頭を下げられるのは気分が宜しくない。
そこへ紅子さんと佐藤警部が僕たちのところに戻って来たが、片や溜息を吐き、もう一方は怒りと恥ずかしさから顔が真っ赤になっている。

「お説教、お疲れ様でした。首尾はどうでしたか?」
「まだまだ子供ですわね。些細なことで女性を怒らせるなんて・・・これは時間が解決しますから問題ありませんわ」
「仁貴くんだけじゃなく、白馬くん夫妻にも謝りたい気分よ。日頃から人前でプロレス技はやるな、って、あれほど言ってるのに・・・今日帰ったらオシオキ確実ね」

言葉の後半部分が何やら物騒に聞こえたのは気のせいだろうか?とっさに高木さんが奥方に耳打ちをすると顔の表情が徐々に変化していく。
“婦唱夫随”などと本庁内で大っぴらに言われている高木夫婦だが、公私において互いの欠点を補えるところが、この夫婦の凄さと言っても良い。

「健介はともかく、涼子は何で素直じゃないのかなあ?」
「高木さんが仰る通り、我が家も娘は相手に対して意思表示を見せているんですがね・・・まあ紅子さんの言うとおり時間が解決してくれるでしょう」

僕たちは子供の気持ちにとっくに気付いているのだが、二人ともそういう意思を示すのに抵抗があるというか、気付いていないのかも知れない。
二組の夫婦が子供の恋愛(?)関係の事で考え込んでいると、背後から黒羽くんの陽気な声を浴びせられた。

「おやおや警視庁が誇る特捜班関係者が何の相談してんだよ?」
「たいした事ではありません、我が子の事を考えていただけですよ。何処ぞの親バカな方たちとは違う悩みがありますからね」

そうらしいな、と、呟いて、黒羽くんは親(孫)バカな方々が連れて行かれた方向へ目を向ける。

「大人とか子供の違いはあっても、男と女の仲ってのは当事者が決める事であって、親がどうこう言う問題じゃねえんだけどさ」

そこんトコを工藤も平ちゃんも分かってねえ、などと、偉そうな事を言ってる彼の腕にはしっかりと自分の娘が抱きかかえられてたりする。
名前は恭子ちゃん。今年の初夏には五歳になる、と、僕は紅子さんから聞いていた―――まあ彼女にしても黒羽くんの奥様から聞いた話を僕に披露しただけなのだが。
その小さな女の子を大切そうに抱き、ポーカーフェイスが崩れ落ちている笑顔を見せている段階で、彼も工藤くんたちと同じ種類の人間であるのは間違いない。

「立派なご意見ですが、もし彼女に好きな男の子が出来たらどうするんですか?」
「んなワケねーだろ。仕事で家開けてる時以外は一緒に風呂入ってるし、何よりも“将来はお父さんと結婚するんだもん”って、言われたんだよ」

そうだよな、と、恭子ちゃんに同意を求めたまでは良かったが、彼女から返ってきた答えは父親の期待を裏切るものであった。

「ううん。恭子ね、お父さんより好きな人いるんだ」

娘から宣告された時の黒羽くんの顔は見物でしたねえ。まさに絶望の淵に叩き込まれたという感じで。

「きょ、恭子ちゃん・・・それ誰の事かなぁ?」
「お父さんには内緒だもん・・・あっ、徹くんだ」

内緒と言っておきながら、父親の前で好きな男の子の名前を言う・・・止めの一撃どころか、暴走の原因にならなければ良いんですが。
他人事みたく観察していると、職場で一緒に勤務しているご夫婦がお子さん連れで到着したようですね。
我が部署最年少の円谷光彦くん、その奥様で本庁科捜研主任の志保さん、そして彼らの長男・徹くんの三名。
軽く挨拶を済ませた時、志保さんが会場に目を走らせてこう言った。

「何名か足りないようだけど、気のせいかしら?」
「娘べったりな父親がいないだけの話。いつもの事ですわ」

紅子さんの説明に納得した様子の聡明な科捜研主任どのの側には正装をした小さな男の子が立っている。
先ほど挨拶したばかりの円谷徹くんだが、父親譲りの目と口元、母親と同じ色の瞳と髪を持つ利発そうな男の子。
大人の中に放り込まれて戸惑っていた徹くんの表情が変わったのは、黒羽くん溺愛の恭子ちゃんが彼の名前を呼んで近づいてきた時だった。

「徹くん、来てくれたんだ」
「両親の実家に行ってましたので、遅れてしまいましたけど」
「そうだ。他のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちのところに行こうよ?」
「えっ、ちょっと待って。お父さんたちの許可を貰わないと・・・」

律儀なところは円谷くんと同じですね、と、呟くと、同席していた高木夫婦も頷く。

「私たちに構わわず行って来ても良いわよ。大人の話を聞いても退屈でしょうから」
「僕たちに構わず、お友達のところへ行っても良いですよ」

両親の言葉に納得した男の子は、女の子に手を引っ張られるようにして僕たちから離れて行った。
良い光景です、と、思った時、床に跪いていた親バカな奇術師の目が光るのを視認した。

「オレの大事な恭子を・・・許せねえ」

親バカらしい言葉を発したまでは良いが、小さなカップルの前に立ち塞がった時は驚いた。

「どこに行くのかなぁ、子猫ちゃんたち?」
「お父さん、どうしたの?何だか怖い・・・」
「別に恭子が怖がる必要はねえよ。我が家の可愛い白猫ちゃんを誑(たぶら)かす黒猫くんに用事があるだけさ」

セリフはともかく眼光が容易ではない。その光はかつての怪盗キッドを思わせる程だが、子供たちは関係のない話で盛り上がっている。

「ねえ、徹くん。誑(たぶら)かすって、どーいう意味?」
「簡単に言うとですね。相手をだますって事ですよ」
「へえ・・・徹くんって、あったま良いんだぁ」
「いや、それほどでも・・・」

二人の間にはほのぼのとした空気が流れているが、娘の父親はそうでもないらしい。
これ以上は危険だ、と、判断した僕は高木夫婦と円谷くんに黒羽くんを取り押さえるよう指示を出そうとしたが、それ遮ったのは奇術師の奥様の一声だった。

「バ快斗ーっ!子供相手に殺気立てるんじゃないわよっ!!」

その声と同時にモップが彼の後頭部に直撃し・・・その後の展開はと言うと、黒羽くんが青子さんのモップで制裁を受けたってところですね。

「あ、青子っ・・・これにはだな、親子の愛情という理由があるから・・・それは理解してくれっ」
「だからと言って幼稚園児に向かって殺気を飛ばす父親がどこにいるのよっ!」
「じゃあ工藤とか平ちゃんとか鈴木さんなんかは・・・」

その直後、問答無用とばかりにモップで殲滅させられた“天才を超越した魔術師”と、称されるマジシャンは、奥様と共に会場から姿を消した。


「あれって家庭内暴力になるんですかね?」
「だったらウチはどうなのよ?私が渉くんに関節技かけまくってるんだから・・・」
「あれは家庭内暴力の範疇にも入ってませんよ。あれがオレたちのスキンシップの方法ですからね」
「もう、渉くんったら・・・人前で変な事言わないでよ」

黒羽くん夫妻の光景を見た高木夫婦の会話であるが、会話の内容はともかく夫婦愛を感じさせてくれる。それはもう聞いている方が恥ずかしくなるくらいに。

「志保さん、黒羽ご夫妻はどこに行ったんでしょうか?」
「別室で説教されるんじゃないかしら?他の家の親バカさんたちもね」
「志保さんの仰る通りです。この件に関する紅子さんのご意見は?」
「運命の相手との縁(えにし)は、親だけでなく神でさえ切れない強固な絆・・・どんなに抗おうともそれを覆せる事は出来ませんわ」

親バカは時として無様な存在ですわね、と、言う紅子さんの言葉を僕は苦笑しながら肯定するしかなかった。




終わり



 
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