夏の女王サマ



by槇野知宏様



 皆で海水浴に来たにも関わらず、ビーチパラソルの下で魔道書を読む。
他の方々に比べて肌が弱い、という事もあるが、人前・・・特に彼以外の男性の前では肌をさらけ出したくない、という意思が若干含まれてはいた。
本を読む傍ら、ふと自分が身につけている水着に目をやる。女性陣合同で水着を買いに行った際、周囲から散々と勧められた赤のビキニに生地の薄いパレオ。

『これで浜辺の男どもを全員悩殺よぉ』

そう言って特に勧めていたのは園子さんだったが、彼女自身はというと派手なビキニを買ったにも関わらずご主人の要求(嘆願)によって、彼の物と思われる大きめのTシャツを着ていたのは歴とした事実ですわ。

友人たちは思い思いの場所で泳ぎを楽しんでいると思うけど・・・そうでもなさそうね。
真っ先に脳に入り込んで来たイメージは、佐藤刑事に声を掛けた男子高校生に対して高木刑事が殺意に近い嫉妬の視線を向ける光景であったが、他の女性たちに声を掛けてはお相手から殺人光線並みの視線を受ける軽薄な男たちの光景が立て続けに入り込む。

「下心丸出しで女性に声を掛ける男って、ホント無様ね」

そう呟いた時、下心全開というオーラを纏った人間が近づいてくるのを感じる。

「何か用ですの?私は既に心に決めた方がいるので無駄ですわ」

“絶対零度”と称される彼の口調ほどではないが、冷徹な先制口撃を加えた事は確かであり、私に声を掛けようとした男たち(どう見ても同年代)の動きが止まった。
そのまま引き返すなら可愛げがあるのだが、この輩たちはワケの分からない事で盛り上がっている。

「おい、今のセリフ聞いた?何か“女王サマ”って感じがしねえ?」
「ああ、そうだな・・・って、惚けてねえで声かけろよっ」

まあ、その後は“お約束的な言葉”で私の関心を惹こうとしてましたけど、ボキャブラリーの少ないだけでなく、私の肌を見て鼻の下を伸ばそうとは下種にも劣る行為だ。
戯言は十分過ぎるほど聞いたので、魔道書を閉じて彼らの方に目を向ける。

「あ、オレたちの話に乗ってくれるの?」
「じゃあさ、君の友だちも入れて遊ぼうよ」

自己中心的というか、獲らぬタヌキの皮算用的な言葉しか口にしていない男たちに向けて私は最後の言葉を投げつけた。

「あなた方の無様な戯言はもう十分ですわ・・・お休みなさい」

そう言って私は印を結んで呪文の詠唱を始めた。


 男たちが砂浜の上に崩れ落ちて寝息を立てている事を確認した私は一息吐いた時、慣れ親しんでいる気配が近づいてくるのを確認する。

「わ、私の神経を逆撫でしまくった報いですわ」

人前で魔法を使用した事に対する後ろめたさを感じながら言うと、やれやれ、というふうに頭を振った彼―――探さんは寝ている彼らを岩陰まで引っ張っていき、監視員に連絡する。
やがて監視員の方々がやって来て、寝ている人間を収容して私たちの前から去って行った時、漸く探さんが口を開いた。

「あの人たちの記憶を消しておくべきでしたね」
「あら、どうしてですの?」
「紅子さんの水着姿を見た、という事が気に食わないんですよ」
「大丈夫ですわ。眠りの呪文に掛かった人間は二〜三時間前の記憶がなくなりますから」

それを聞いて安心しました、と言った探さんが私を直視する。

「な、何ですの?」
「僕に視線を向けては外す、という行動を繰り返しているのは何故ですか?」

探さんの指摘通り、海水浴場へ来てから私は目のやり場に困っていた、といっても過言ではない。普通だったら直視するのに直視出来ない理由・・・それは彼の格好にあった。

「あなたのその格好ですわ。Tシャツにブーメランタイプの水着だなんて・・・Tシャツの裾から見える探さんの水着と肌・・・って、何を言わせるんですのっ!」

血液が逆流するのを覚えつつ思わず大声を出してしまったが、そんな事で“絶対零度のカミソリ”と称されるこの人が動じるはずもなく、彼特有のアルカイック・スマイルを浮かべて私を見つめている。

「家にこれしかなくてですね、やむを得ず持って来た次第なんですが・・・」

そう言って近づいて来た彼が熱い吐息と共に耳元で小さく囁く―――お互いの裸は見慣れてるじゃないですか、と。

「そ、その通りですけど、こういう場で言うのは反則ですわ」

別に問題ありませんよ、と、探さんは言って、極上のアルカイック・スマイルを浮かべた。




終わり





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