恋愛戦線、異状あり(?)



by槇野知宏様



 あの方と初めて出逢ったのは、彼の家で行われたパーティーの席上。

『一目逢ったその日から、恋の花も咲き誇る』

 どなたかそんな事を言っていたような気がしますけど、まさにその通りでしたわ。
浅黒い肌、漆黒の瞳は柔らかな光を帯び、同年齢の男の子より引き締まった体。

「こんばんわ。白馬礼子です」
「こ、こんばんわ・・・鈴木建太です」

 初対面で顔を赤らめながら話す男の子は後にも先にも彼のみだった。
あいさつを交わしたら彼が暫く無言だったので、二人っきりになった時に聞いてみましたの。
そうしたら彼の一言は私の心を突き動かすのに十分過ぎましたわ。

「綺麗な目と髪の色してたから見とれてました。名前も響きが良いし・・・こ、今度から名前で呼んで良いでしょうか?」

 私の目と髪は母さまと同じ紅色。父さまに言わせると、光加減で瞳や髪の色が微妙に異なるらしい。
彼と同じ事を同世代の女の子たちは言ってくれるが、さすがに名前の事には触れなかった。

「珍しい」

 それが殆どの方の言葉もしくは表情。誰も名前の事には何も言ってくれない。

「髪ん毛染めて、けったいな首飾りにカラーコンタクト・・・自分、相当マセとるんちゃうか?」

 そう言ってくれたバカが一人いましたけど、彼がどうなったかですって?
マジシャン志望の幼馴染みが言うところの、ド素人がオマジナイで使うような火炎魔法で威かせてやりましたわっ!!!
直後に母親からハリセンで殴られていたけど、私も母さまに怒られる羽目になったのは言うまでもない・・・ホント、無様ね。
照れながらですけど、目や髪だけでなく名前・・・しかも名前で呼んで良いでしょうか、という言葉。
それまで感じた事のない衝動が私を包んだのは言うまでもなく私は彼にこう答えた。

「構いませんわ。私もあなたの事を名前で呼ばせて頂きますから」

 それが私と彼―――建太さんとの出逢い。



『ずっと二人でいられたらいいな』 

 そう思いましたけど、建太さんとは幼稚園、そし小学校は校区が違う。
逢う機会と言えば、互いの家や友だちの家で行われる各種パーティーの時だけ。
挨拶はするが、あとは同姓同士で集まってしまうから話も出来やしないったらありはしない。
表面上は取り繕っていても両親には分かるらしく、ある日の夕食時に両親に言われたものだ。

「・・・子、礼子」
「は、はい。何でしょうか?」

 誰に呼ばれたのか分からず、とっさに返事をして顔を上げる。
父さま、母さま、そして仁貴の視線が、どうしたんだ、と言わんばかりに注がれていた。

「魔法の修行時もそうだったけど、思い詰めたような表情をしてどうしたの?」
「何でもありませんわ、母さま。少し考え事をしていただけです」
「姉さんの事だから、あの人の事を考えていたんじゃないですか?もっとも周りの方たちは全員気付いてますけどね」

 弟の何気ない一言で全身の血が心臓と顔に集中するのを憶え、家族の前で暴露した弟に腹が立った。
瞬間的に呪文の詠唱に入ったものの、氷のように冷たい声が詠唱を強制的に中止させる。

「礼子。人前で、魔法は使わない、と、言う事を忘れたのかしら?」
「ご、ごめんなさい、母さま」

 魔法を習う際に、母さまから口を酸っぱくして言われたのは次の言葉。

一、魔術師たるもの、常に冷静である事。
二、魔法障壁がない場所では絶対に使用しない事。
三、感情に支配されて、魔法を使用しない事。
四、魔力抑制のネックレスを絶対に装着もしくは所有する事。
五、人前で魔法を使用しない事。


 一と三は似たようなもの。
魔法所有者(スペルユーザー)は、感情に支配されると自分自身だけでなく、魔法のコントロールが不可能となる。
そのため常に冷静さを保ち、自己をコントロールが出来なければならない。

 二は魔法障壁のない場所で魔法を使用すると、通常時の一〇数倍以上の威力に跳ね上がる。
例えば母さまが習得している魔法の中で最大の破壊力を持っている爆発系呪文。
障壁内では直径一〇数メートルの円形の超高熱火炎だが、障壁外に出て使おうものなら我が家周辺一帯は確実に消し炭と化す。
我が家は母さまが魔法障壁を張っているため、家の中で呪文を使用しても相応の威力しかない。

 四は二が絡んでくる。

「これは魔力を抑制するネックレス。肌身離さず持っておいた方が良いわよ」

 魔法を習得した時、母さまがいつも身につけているネックレスと同じデザインのネックレスをくれた。
魔法を使用すると威力を通常時の半分以下に落とすという逸品らしい。実際に私に暴言を言ってのけたバカ―――服部くん―――に魔法を使用した際に効力を発揮した。
彼に使用したのは火炎系魔法の中で最も威力の低いもの。通常なら私の拳くらいの大きさの火炎が発生する。
しかしネックレスを身につけていたので、服部くんの目の前に出てきたのは、マッチの火程度の火炎。もっとも彼を脅かせるには十分だったが。

 五の事だが無闇に使用すると、いじめ、悪用されるための誘拐、人体実験などの迫害にあいかねないそうだ。
父さまや母さまの話だと、実際に忠誠のヨーロッパでは、魔女、という噂が立っただけで数多くの女性が、迫害にあったり処刑された時期があったそうだ。
ただ母さまが魔法を使用できる事を知っている方々がいるように、私の場合も知っている友人がいるのは言うまでもない。しかも皆さんは口が堅く、この件に関しては口外していらっしゃらないので安心している。

「紅子さん。礼子が唱えようとした魔法は何だったんです?」
「対象者の運動中枢に直接作用して、筋肉を一時的に麻痺させる呪文ですわ」

 私の魔力、ネックレスの魔力抑制力、そして魔法障壁内と言う事を考えて一〇秒〜二〇秒程度の効果だと、母さまが父さまに説明している。

「礼子、いくら何でも仁貴に魔法とは度が過ぎてよ?」
「それは仁貴が余計な事を言ったから・・・」
「その件に関しては仁貴が悪いのは確かですけど、頭に血が上った状態で弟に魔法をかけるのも問題があると思いませんか?」

 父さまの言葉に私は黙ざるを得ない。瞬間的とはいえ感情に支配されたのは事実だから。

「父さん。何故、僕も悪いんですか?」
「仁貴は一言多過ぎです。女性の秘密を暴露するとは紳士のする事ではないですね」

 言葉を切って父さまは紅茶に口を付けた。
その洗練された動作は、工藤の小父様より上、と母さまが評した事がある。
ティーカップを元の位置に戻して、父さまは、それに、と言葉を続けた。

「礼子に言うくらいなら、仁貴も素敵な女性を見つけたと解釈しても良いんですね?」

 父さまの指摘に仁貴は沈黙してしまった。
愛読書が「シャーロック=ホームズ」「ナイトバロン」シリーズという六歳の弟。
この子を、好きだ、と言ってくれる物好きな女性がいるのか、と姉として私はそこを心配している。
自分の事より弟の事を考えていた私は、両親の一言で気抜けする羽目になった。

「礼子がご執心のお相手は私だけでなく探さんも知ってるわよ」
「か、母さま・・・それ、どういう事ですの?」
「礼子たちの言動を見ていれば誰にだって分かりますよ」

 話によると私と建太さんの会話で分かったらしい。
お互いには名前で呼び合っているのに、他の方に対しては名字で呼んでいる。
そして他の殿方には、常に沈着冷静な顔&氷の微笑、という仮面をしているが、彼と相対した時だけ別の仮面を装着しているそうだ。
喜怒哀楽の感情に富んだ表情、そして父さま譲りのアルカイック・スマイル、という二つの仮面に。

「そ、それは偶然です。父さまや母さま、それにあちらのご両親も互いに『さん』付けじゃないですか?」

 言い逃れをしようにも目の前にいる両親を相手では無理があり過ぎるというもの。
“絶対零度のカミソリ”と、言われ、物事を沈着冷静に分析する事が得意な父さまに、常日頃から知力を磨き、物事を整然と考えてから結論に導く能力に富んだ母さま。
何せ、あの工藤の小父様や服部の小父様、そして黒羽の小父様が口を揃えて言っているのだから子供の私が敵うはずもない。

「あの子なら安心して礼子を任せられますわ。探さんもそう思いませんこと?」
「それは一〇数年後の話ですよ、紅子さん」
「と、父さまも母さまも何を言っていらっしゃるの!け、建太さんとは・・・そ、そんな関係じゃありませんわっ!!」

 互いに顔を見合わせて笑いながらティーカップに手を伸ばす両親を見て、私は立ち上がってそう叫んでいた。



 白馬家の心温まる家族団らんから数日後―――米花市にある市立体育館横。

「全く父さまも母さまも人をからかって何が面白いのやら」

 先日の件を建太さんに愚痴っているのだが、彼は私の特製ジュースに口をつけて話に聞き入っている。
今日も小学生空手大会の応援に行くため家を出ようとした時に母さまに言われたものだ。

「将来のダンナ様の応援をしっかりしてらっしゃい」

 しょ、将来のダンナ様って・・・建太さんから求婚されてないし、それに私たちは小学生なのですのよ。
でも、将来のダンナ様、と、いう単語が、甘美な誘惑である事も確かな事実。
やっぱり両親がやっているように、お出迎えのキスとか、お風呂にする、それともお食事が先、というセリフを言うのかしら?
隣に座っている方を見ながら、ついそんな事を考えてしまう。

「・・・さん、礼子さん」
「は、はい。何でしょう?」
「何か顔も赤くなってますけど、身体の調子が悪いんですか?」
「い、いえ、何とも・・・私は健康そのものですわ、オホホホ」

 少し妄想に浸ってたようね。危うく建太さんに醜態を見せるところでしたわ。
ホッとしたのもつかの間、建太さんから新たな爆弾が投下される。

「あの・・・今度、僕の家で食事でもしませんか?」
「えっ、建太さんのご自宅で?」

 これってデートのお誘いかしら?
それとも求婚の前奏曲(プレリュ−ド)?
新たな妄想に浸りかけているところへ建太さんの声が優しく響いた。

「礼子さんの話を聞いていて確信したんですが、僕の家も礼子さんと同じなんです」
「はい?」

 何でも小父様と小母様も私たちの仲に気付いているようで、食事の件も小母様が、将来のお嫁さんを呼ぼう、と言い出したらしい。

「何だか建太さんと私の家同士が結託してるんじゃないかと思うのですけど・・・」
「その意見に賛成です。母さん、最近よく礼子さんの家に電話をかけてますからね」

 二人して同時に溜息を吐いたあと、建太さんが私の方に顔を向けた。

「礼子さん、このジュース美味しかったです。また今度もお願いできますか?」
「喜んでお引き受け致しますわ」

 彼が差し出した水筒を受け取ろうとした時、互いの手が触れて二人して顔を真っ赤にしたまま硬直してしまった。
その光景を見ていたのは地面に落ちた水筒、そして私たちの頭上にある太陽だけ。



終わり




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