幸せ(?)の連鎖



by 槇野知宏様



 オレが買い物から帰ってきた時、リビングの机に置かれた数冊のアルバムが目に入った。
ソファに座ってアルバムのページをめくると、一ページごとに貼られた写真に写っているのは我が家の双子。その成長過程を見ていると親としてに嬉しい。
そういうわけで表情も自然と緩んでくるのだが、その現場を蘭に押さえられてしまった。

「新一、お帰り。帰って早々、アルバム見ながらニヤニヤしないでくれる?」
「別にニヤニヤしてねえぞ、オレは?」
「してました。キレイな女の子に囲まれた時のお父さんみたいに」

美人に囲まれた時の小五郎さん―――そんな場面をオレはコナンの時に幾度となく目撃している。
その時の小五郎さんの顔とオレの顔を入れ替えてみるが、オレのイメージが崩壊するので即座に打ち消してやった。

『・・・あんな表情が似合うのは黒羽だけだっつーの』

本人が聞いたら激怒しそうな事を考えつつ、蘭に買い物袋を渡して、彼女が持って来てくれたコーヒーに口をつける。
ほど良い苦みが喉から食道へと通過するのを憶えながら、オレは話題を変えるため蘭に話し掛けた。

「で、誰がアルバムを置きっ放しにしてんだ・・・蘭じゃない事は確かだろ?」
「さあ、誰かしらね。推理してみればいいでしょ?」

悪戯っぽく微笑む奥さんに苦笑すると、さっそく推理を始め・・・ハッキリ言って推理の必要がない。
現在、家にいるのはオレ、蘭、亮治、葵、そして昨夜から遊びに来ている小五郎さん、英理さんの六名。
女性陣は“出した物は元の場所に格納する”という事が、体の隅々に徹底されているため除外。
残るは男性陣のうち、買い物から帰宅したばかりのオレ、そしてリョウは除外しても問題ないだろう。
物を出しっ放しにしようものなら蘭の説教が待っているわけで、リョウに至ってはゲンコツという特典まで付いているからだ。
オレに限定した話だと母さんと蘭の教育の賜物と言っても過言じゃないし、リビングに来た時、机の上にはしっかりとアルバムが鎮座していたのも理由の一つ。
消去法でいけば犯人は小五郎さんってわけだ・・・実際、よく家に来る英理さんが蘭やオレに愚痴っている。

『小五郎ったら全く片付けようとしないんだからっ』
『出したら出しっ放し・・・子供の頃とちっとも変わってない』
『孫もいるんだから少しは成長すればいいのよ』

愚痴ってるわりに顔が嬉しそうにみえるのはダンナの事を心底好きだという証拠で、オレたち夫婦もそれを分かっているので何にも言わない。

「「お母さん(英理)が照れながらお父さん(小五郎くん)の事を話している時って、何か凄く可愛いのよね」」

蘭と母さんがそう言っていた事があるが、その件についてはオレも同意見だ。もっとも一番可愛いのは奥さんと娘であるのは言うまでもない。

「元あった場所に格納せず、出しっ放しにするのは小五郎さんしかいねえだろ?」
「さすが新一・・・ちょっと簡単過ぎたかな?」
「誰が考えても分かるし、リョウにだって解けるぜ・・・で、犯人は何してるんだ?」
「今、お母さんたちと一緒に五月人形の飾り付けをしてるわよ」

桜の花が満開だったのは先月の話。今では桜も葉桜と化し、初夏の匂いがする風に揺らめいている季節。
もうすぐ五月五日だから、義父母は可愛い孫のために頑張っているというワケだ。


 五月五日。子供の日、または端午の節句と呼ばれている。
端午の節句の「端」は「初め」という意味で「午」は「五」を表している。だから「端午」で「5月初めの5日」を意味する。
風習の由来は、中国・戦国時代の政治家・屈原(くつげん)、春秋時代の伍子胥(ごししょ)を供養するために始まり、三国時代の頃に日本へ伝わったらしい。
それまではヨモギや菖蒲の葉を玄関に飾っていたが、今のように人形や鯉のぼりを飾るようになったのは江戸時代以降の話。

「別に節句の準備をするのは構わないけど、少しは片付けて欲しいよな」
「誰がどうしたって?」

不機嫌そうな声が聞こえてきたので振り向くと、声と同じ表情をした小五郎さんが立っていた。

「アルバムを出しっ放しの人について、蘭と話してただけですよ」

オレがそう言うと義父はオレの目の前にあるソファへ腰を下ろしてシャツのポケットへ手を入れる―――これはタバコを吸うという合図。
この家は蘭と結婚して以来、外での喫煙以外は全面禁煙となっており、喫煙族の父さんや小五郎さんにとっては肩身の狭いところだ。

「お父さん。タバコは外で吸って!」

自分の父がタバコを取り出した瞬間、娘の口から叱責の声が飛ぶ。
しょうがねえな、と、いう表情をした小五郎さんが取り出そうとしたタバコを引っ込めたところへ、リビングに顔を出した孫娘が止めを刺した。

「お祖父ちゃん、タバコはダメだよ。お母さんや英理さんに言われてるでしょ・・・出して」

差し出された葵の小さな手。そこに小五郎さんがタバコを置くと彼女はそれを母親に渡した。

「はい、お母さん」
「葵、ありがとう」

母娘のやり取りをオレは苦笑しながら、義父は憮然かつ嬉しそうな表情をしながら見ていたが、真っ先に口を開いたのは小五郎さんだった。

「さっきアルバムを見て思ったんだが、葵もだんだんと蘭に似てきたと思わねえか?」
「その意見にオレも賛成です。最近は蘭の縮小版にしか見えないんですよ・・・絶対、嫁には出したくないですね」

今の娘の姿は子供の頃の蘭と瓜二つ―――大きくなればオレが魅了された女性と同じ姿になる事は目に見えている。
そうなると娘を親元から奪いに来る男がいるのは事実で、母親のように成長した葵を攫われるのは、オレから蘭を奪う、と、いう事に値する。
ふと顔を上げると、小五郎さんがオレの方を見ながら口を開いた。

「新一、オレもオメーの意見に賛成だ。葵は嫁に出すんじゃねーぞ・・・いいな?」
「言われずとも分かってますよ、お義父さん」
「いい歳した男が何を言ってるのかしらね?」

男二人、娘(孫)の事で熱くなりかけているところに浴びせられる冷水のような声。
その方向へ視線を転じると腕組みをした英理さんが呆れ果てた表情でオレたちを眺めていた。

「ちょうど良い機会だから話しておいてあげる・・・蘭も聞いておいた方が良いわよ」

そう言って英理さんが話し始めたのは、妃家に代々続く出来事―――曰く、妃家の血を引く娘は幼馴染みと絶対に結ばれる、と。
小五郎さんと英理さんは幼馴染み、オレと蘭も同じ・・・と、言う事は葵も?

「葵、ちょっと聞きたい事がある」
「どうしたの。お父さん?」
「葵は好きな男の子いるか?」
「うん。だけど誰かはナイショ」

嬉しそうな表情を見せて父親から離れていく娘を見ず、オレはある事を考えていた―――それは娘の幼馴染みの男。
服部、園子、高木刑事、黒羽の長男、他の子供たちより年下だが白馬の長男。この5人は葵と付き合いが長い。
この五人の中に葵が好きな人間がいるのは間違いない。一体、どうしたものだろうか?
いくら何でも娘を尾行するワケにもいかないし、ましてや相手を見つけて締め上げるのは論外。

「・・・新一、聞こえてるぞ」

小五郎さんの声がしたので彼に視線を向けると、オレをじっと見つめている。

「な、何ですか?」
「さっきからオメーが、尾行だの何だのって呟いてたんだよ。まあ確かに相手を締め上げるのは問題だが、葵を尾行するくらいだったら問題ねーな」
「ホントですか?」
「ま、オレはオメーと違って忙しくないからな。毎日とはいかねえが暇を見つけて尾行してやるよ・・・可愛い孫娘のためにな」
「「二人とも、何バカな事を言ってるの?」」

先刻、英理さんが発した冷水のような声より低い絶対零度の声。恐る恐る振り返ると蘭と英理さんがにこやかな表情をして立っている。
にこやかな表情とは裏腹に冷たい声、そして額に浮かんだ青筋・・・これは完全に怒っている証拠だ。

「「娘(孫)が可愛いのは分かるけど、やり過ぎじゃないかしら?」」
「こ、これは安全のためだ・・・そうだよな新一?」
「こ、小五郎さんの言うとおり。いや、ホントだから」

言い訳をしながらジリジリと後退していく男2人。そして自分の夫が後退するのに合わせて前進する妻二人。

「「問答無用。覚悟―――っ!!!」」

その時、リビングに盛大な破砕音と悲鳴が響いた・・・男の末路は哀れではあるが滑稽でもあった。



 この件に関する工藤家の双子の談話
葵ちゃん「お父さんと小五郎お祖父ちゃん・・・無様ね」
亮治くん「で、葵の好きなヤツって誰だよ?」
葵ちゃん「リョウ。余計な事を聞くと顔面にサッカーボールを直撃させるわよ?」
亮治くん「すみません。軽率でした。今のは忘れて下さい」



終わり







 ためにならない雑学

ネタ中で書きましたが、端午の節句の由来にはいくつもの説があります。
以下、二つの説に出てくる人物を紹介しますが、共通するのは「川」「恨み」です。(中国史って面白いんだけど、難しいですわ)

 屈原(くつげん)
名は平。字は原。戦国時代の楚の政治家・詩人。
楚は中国・戦国七雄(秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓)の一つ。
屈原が存命中の時代、楚国内では親秦派、親斉派の二派が対立しており、屈原は親斉派の筆頭であった。
秦は屈原を追い落とすため、様々な流言飛語を楚国内に流布させる。
元来、正義感が強く剛直な性格であった屈原には敵が多く、政敵が秦の謀略に乗せられて国王に讒言し、彼は政界から追放された。
その後、秦により楚の首都・郢(えい)が陥落した事で楚の将来に絶望して、石を抱いて汨羅江(べきらこう)に入水自殺した。
自殺直前に「衆人、皆酔いて、我れ、独り醒む」と言った言葉は結構有名だったりする。


 伍子胥(ごししょ)
名は員(うん)。字は子胥。春秋時代の呉の政治家。
元々は楚の人であったが、政争に巻き込まれた父と兄が国王に誅殺されると呉に亡命。
呉の重臣として国力を増強させて楚に出兵し、楚の首都・郢(えい)を陥落させる。
既に死去していた王の墓を暴き、埋葬してあった王の死体を鞭打った事は、後世に『死体に鞭打つ』という言葉で伝えられる。
直後に自分を取り立ててくれた国王が死去し、その息子・夫差を国王に据えるのに尽力する。
当初、二人の関係は良好であったが、隣国・越の台頭がきっかけで崩壊する事になる。
越に対する警戒を進言する伍子胥、中原へ進出したいと願う夫差との間に入った亀裂。
それを越が流言などを利用した結果、二人の仲は完全に崩壊してしまった。
後に夫差は父と自分に仕えた功臣に自殺を命じるが、伍子胥はこう言い残して自殺したという。

「自分の墓の上に梓の木を植えろ。その木を夫差の棺にしてやる。自分の目をくりぬいて東南(越の方向)の城門の上に置け。呉が滅亡するのを見届けてやる」

それを聞いた夫差は激怒し、彼の死体を革袋に詰めて長江へ捨てたが、伍子胥の予言は的中し、呉は越に滅ぼされる事になる。
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