トラ・トラ・トラ



by 槇野知宏様



 大阪・寝屋川の閑静な住宅街に立つ立派な門構えをしとる家・・・それがオレのウチや。
もっとも本来の家主であるオヤジが警視総監に昇進してオカンと共に東京に行っとるさかいな。
で、仮の家主っちゅーことでオレ―――大阪府警捜査一課・服部平次警部補―――が嫁ハンと子供二人で守っとるワケや。


 一二月のある日の夜、非番やったオレはダイニングルームのソファに寝っ転がって国営放送局のニュース番組を見とった。
和葉は台所で鼻歌を歌いながら晩メシを作っとる最中で、礼儀(まさのり)と和華は自分の部屋。娘はマジメに宿題でも片しとるんやろうけど、問題は息子の方や。
アイツの事やから部屋でマンガか推理小説、オレのスクラップブックでも読んどるんやろうなあ。一体、誰に似たんやろ?
んな事、考えとったら台所から晩メシの匂いが漂ってくる。匂いから判断して今日は肉ジャガと焼き魚・・・魚は季節柄ブリやな。
何で分かるかって?考えてもみいや、オレは昔“東の工藤、西の服部”って言われた探偵やぞ?
探偵っちゅーもんは沈着冷静さ、観察力に加えて五感が鋭うないと出来ん商売やさかいな。ま、これは刑事にもあてはまるんやろうけど。

「平次、ご飯出来たで。今日は・・・」
「そん先は言わんでもええ。肉ジャガとブリの焼きモンやろ?」

台所から顔を出した和葉の言葉をオレは制して言ったワケやが、嫁ハン頬を膨らませてもうた。

「何や、つまらんわ。知っとったん?」
「アホ、オレを誰や思とるんや?匂い嗅げば分かるし、魚は今の時期考えれば見当つくわ」
「さすが府警捜査一課のエース、人呼んで“鬼平警部補”やなあ・・・って、何見とったんや?」
「ニュースや。民放はバラエティーしかやっとらんさかいな」
「ふうん。あ、ご飯出来たからマサと和華呼んで来てくれへん?」

それに応じた時、ニュースがある特集をやっとるのを見たオレはニヤッと笑う。

「どないしたん?ニュース見て笑うなんて気色悪いわ」
「そうか・・・和葉、ちょっとええか?」
「な、何やのん・・・ちょ、ちょっと・・・」

オレの表情を見て、彼女は何かを悟ったようやったけど時すでに遅しや。オレは腕を伸ばして和葉の腕を掴むと引き込みざまに唇を合わせる。
しばらくもがいとったけど、和葉の体から力が抜けていくのをオレは感じた。その証拠に唇離した途端、腰砕けになっとったさかいなあ。

「へ、平次・・・きゅ、急に何すんの・・・」

それが和葉の第一声やった。上気した頬、潤んだ瞳・・・こら誰にも見せられへん、オレだけのモンや。

「何すんの、って、今日は何月何日思とるんや?」
「今日は一二月八日やけど・・・ま、まさか・・・アンタ!?」

テレビ画面に目を移した和葉の表情が変わる。

「トラ・トラ・トラ“我、奇襲ニ成功セリ”や・・・どや、完璧な奇襲攻撃やろ?」

一二月八日ゆーたら日本がアメリカにケンカふっかけた日や。先刻見てたニュースで特集組んどったから閃いたんやけど、これほど上手くいくとは思わんかったで。

「ホンマ、アンタにしてやられたわ・・・けど平次、ある事を忘れとらん?」

奇襲が上手くいって悦に入ってたオレの耳に和葉の低い声が入る。

「何をや?」
「事前通告無しの攻撃がどーいう意味か知っとんやろな・・・このドアホっ!スケベっ!いっぺんカ○ネル○ンダー○の二の舞にしたろかっ!」

瞬間、フルスイング式のハリセンがオレの顔面に炸裂して、そのまま床にダウンする羽目になった。

「礼儀、和華、ご飯やでっ!さっさと下りて来(き)いやっ!!!」

二階に向かって怒鳴り散らすと、オレを無視してさっさと晩メシの支度を始める。

『確か、あん時は宣戦布告が駐米大使館の不手際で遅れて、米国内の反日感情が飛躍的に上昇したんやったっけ?』

大の字になってそんな事を考えとったオレの耳に二階から下りてくる双子の会話が入ってきた。

「なあマサ、お母ちゃん何か機嫌悪うなかった?」
「どーせオトンが怒らせたんやろ。だいたいオレ等がガッコから帰ってきた時は何ともなかったやんけ」
「そうやなあ」
「それに静華バッチャンと工藤のオッチャン、オバチャンが言うてたで。オカンが怒る原因を作っとんのは一〇〇%オトンや、って」

 その後、和葉に許してもらうのに非番の日の家族サービス及び東京旅行の約束を取り付けられたんはともかく、この事を聞いた亭主連中に散々からかわれたのは言うまでも無い。



終わり




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