難波のバレンタインデー騒動記



by 槇野知宏様



 街中、バレンタインデーのイルミネーションだらけ。
工藤の言い分じゃないが、お菓子業界の企業戦略に乗せられるとはアホの一言に尽きるわ。
だいたいCMで有名人使うて、購買欲を煽るっちゅーんが間違っとるで。そんなんやったらギャラだけで幾ら吹っ飛ぶ思とるんや?ちっとは自分とこの商品に自信を持たんかい!

「・・・と思うんやけど、白馬はどう思うねん?」
『どう思う、と、言われましても、僕には関係の無い話じゃないですか?まあ服部くんの意見も一理あるのは認めますがね』

バレンタインデーを明日に控えた日の事、珍しくオレは白馬と携帯を使って話をしとる。オレの電話相手と言えば工藤なんやけど、あの男は姉ちゃんとデートの最中。
何で知ってるかって?そら決まっとるがな。さっき電話したら有無を言わさず速攻で切られたんや・・・ホンマ、仲の良いこって。

『珍しく意見が一致したところで、何の用です?』
「いや、大した用は無いんやけど、バレンタインデーは誰かから貰うアテあるんか?」
『確かに貰いはしますけど、僕は本命に花束をあげるんです』
「は?どーいう事やねん」
『女性が男性にチョコレートをあげるのは日本だけなんですよ。海外では男性が好きな女性に花束を贈るんです。知らなかったんですか?』
「・・・」

“無言=肯定”

オレの状況を知った白馬の派手な溜息が電話の向こうから聞こえて来よる。呆れた口調で説明を始めるヤツの話を総合すると、こーいうワケやな。
バレンタインデーのバレンタインとはキリスト教の坊さんのバレンティヌスの事で、この坊さんは当時のローマ皇帝が強い軍隊を作るために兵士の結婚を禁じていた。
それにも関わらず、それを無視して兵士の結婚式の執行しとっが、しその件が発覚して、バレンティヌスは悪の張本人として数々の拷問を受けた挙げ句、撲殺されたっちゅう話らしい。 
それが中世じゃ、バレンティヌスは愛の守護神とみなされるようになり、二月一四日に恋人たちがプレゼントやカードを交換する風習などが出来たワケや。
これが第一次世界大戦後にアメリカで急速に恋人達の日として普及し、日本では三〇年近く前に、女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する日、と、理由で広まったそうや―――ホンマ、お菓子業界の陰謀・・・ちゅうより、ロコツな企みやで。

『分かりましたか?仮にも、高校生探偵、と、言われる身分なんですから、雑学も学ぶのも大切なんですよ?』
「コラ、白馬。自分、一言多すぎるで?」
『で、君の事ですから、やっぱり遠山さんにあげるんでしょう?』
「・・・そーいう自分も小泉ん姉ちゃんにあげるんちゃうんか?」

しばらく続く沈黙・・・完璧に図星っちゅう事やな。

『それはともかく君は何の花を渡すつもりなんです?まさか白菊や白百合を渡すんじゃないでしょうねえ?』
「アホ!縁起でもない事ぬかすなや!!そんなん渡そうもんなら、オレはタダじゃ済まへんやんけ!!!」

やった日にゃ和葉にどつかれる前に、ウチと和葉んちの両親にフクロ&スマキにされて道頓堀か南港へ叩き込まれ・・・いや、その前に殺されるわ、絶対。

『服部くん。今のは冗談ですから気にしないで下さい』
「冗談にも程があるっちゅーねん!オノレ、人をナメとんちゃうんか?」

ホンマに目の前おったら木刀でボコボコにシバいとるで、こん男は。

『話は置いといて、女性に関しては朴念仁の塊である服部くんは、何の花を渡すつもりなんです?』

白馬のヤツ、相変わらず一言多過ぎんで・・・しっかし小泉ん姉ちゃんもコイツの事を良う気に入ったもんやで。

「それなんやけどな、一言で花言うてんピンキリやんけ。何がええねん?」
『定番はバラの花でしょうね』

映画やドラマ、結婚式なんかの小道具として定番中の定番・・・他に思いつかへんしな、それにしよ。

「ありがとさん、さっそく実行したろ・・・忙しいとこ、スマンかったな」
『いや、別に構いませんけど、何かあっても、責任取れ、と、言う電話してこないで下さいね?』
「分かっとるがな。そんじゃ、おおきに」

有益な事と精神的にムカつく話を打ち切ったオレは、ベッドに寝っ転がったんやけど、ある重大な事に気付いた。

『しもうた。考えてみたらバラもいろんな色があるやん・・・何色にしたろ?』

バラいうたら「赤」しか思いつかへんけど、アイツは「情熱の赤」っちゅうイメージちゃう。しいて言うなら「暖かい光」やな。
冬山の雪を溶かし、春を呼ぶお日さんの光・・・つー事は「黄」しかあらへん。

「よっしゃ、善は急げや」

ベッドから勢い良く跳ね起きたオレは、勉強机の上にあったバイクのキーをひったくって部屋から飛び出した。
何でか、って?そら花屋に行くに決まっとるわ。明日渡せるように、今から手配しとかんといかんやろ?



 んで、二月一四日当日。
オレも高校三年っちゅー事で学校には顔を出さんで良い事になっとる。
そら大学受験や何やかんやで油売っとるヒマはないんやけども、今日はこっちが重大や。
和葉を携帯で近所の公園に呼び出して待っとる間、オレの思考はある一点に集中しとった。

『いきなり花束渡されたら、和葉のヤツ、どない反応するんやろか?』

一番目の反応「何やのん、これ?今日はアタシの誕生日とちゃうで」
二番目の反応「ど、どないしたん、急に・・・アンタ、熱でもあるんちゃう?」
三番目の反応「へ、平次・・・あ、ありがとな(赤面)」

オレとしては三番目の反応が一番良いワケやけど、アイツの事やから一か二の可能性が大やで。

「年柄年中しおらしい反応をする和葉もらしくないけど、たまさかには良いと思うんやけどなぁ」
「誰が何やて?」

声がした方を振り向いたオレは飛び上がらんばかりに驚く。そこにいたんは和葉本人やから驚くのは当然や。

「か、和葉・・・ど、どないしたん?」
「どないしたん、や、あらへんやろ?平次がアタシを呼び出したんやん」
「あ、そ、そうやったな・・・オレもどうかしとるわ、ハハハ」

怪しげな乾いた笑いが周囲に響く・・・そんなオレを胡散くさそうな目で見つめる和葉。

「で、何の用やのん?アタシは受験勉強の最中やさかい、用事やったら早よ終わらせてえや」
「和葉、今日が何の日か知っとるか?」
「はぁ?今日は二月一四日、バレンタインデーやないの。はっはあ・・・アンタ、チョコレート欲しいんか?」
「あのな、ホンマもんのバレンタインデーってのは、男が女に花束を渡す日なんや・・・だから、これやるわ」

そう言って買っておいた黄色いバラの花束を和葉に渡す。近所の花屋じゃなく大阪市内の花屋で買うてきたもんや。
近所で買っても良かったんやけど、オカンや和葉のオカンの耳に入る可能性が大きいさかい、苦労したで。
何気に和葉を見ると肩が震えとるし、それに・・・目にはうっすらと涙が滲んでるような気がする。こら、感動しとるんやな。
んな事を勝手に考えて悦に入っていた時に、オレの横っ面に花束が叩き付けられる。
飛び散る黄色い花びらと葉っぱ・・・一瞬で怒気が全身を駆け巡り、オレは和葉に向かって怒鳴りつけた。

「な、何さらすんじゃ、このアホンダラ!!!」
「平次のアホ!ボケ!!カス!!!アンタなんか・・・アンタなんか大っ嫌いや!!!」

言うや否や体を反転させて和葉は泣きながら行ってもうた。

「・・・」

アイツの背中を黙って見送ったオレの中で、ある人物に対する怒りが込み上げて来る。
それは和葉ではなく白馬に対する怒り。後になって考えたら理不尽極まりないんやろうけど、こん時ばかりはな。

『早よ、出てこんかい。アホ』

そう思いながら怒りに震える指で携帯の番号をプッシュし、コールする事一回。

『はい、白馬で・・・』

相も変わらずな沈着冷静な声だが、オレの怒りに可燃性危険物をぶち込むようなもんや。

「白馬、お前んせいで酷い目におうたわ!!!どないしてくれるんや、このボケがっ!!!」
『その声は服部くんですね?急に、どないするんや、と、言われましても、僕には話が読めないんですけど・・・あ、ちょっと待って下さい』

白馬の代わりに応対に出たんは小泉ん姉ちゃんで、これがオレの怒りを強制的に落としてもうた。白馬が相手やったら相当な悪口雑言を浴びせていたんは確実やで。

「何で白馬の代わりにアンタが出るんや?」
『現段階におけるあなたの精神状態では、探さんが何を説明しても怒り出す事は必至だから代わってもらったの』
「ハッ、さよけ」
『じゃあ経緯を説明して頂こうかしら?』

昨日からの経緯を小泉の姉ちゃんに話していたんやけど、オレが和葉に花束で張り飛ばされた事を話し始めた時、小泉ん姉ちゃんの呆れ果てた口調が鼓膜に響く。

『呆れた。よりによって黄色のバラなんて・・・遠山さんが怒るのは当然ですわ』
「な、何でやねん?色ごときで怒ったりする方がおかしいちゃうんか?」
『服部くん。草花には、花言葉、と、いうのがあるのは御存知でしょう』
「そーいや、そんなもんがあったと思うけど、それがどないしたんや?」

電話の向こう側で二人の溜息が聞こえる・・・こら、相当呆れられとるな。

『今から理由を説明してあげるから、今後のために良く聞いておいた方がよろしくてよ?』

小泉ん姉ちゃんの言葉が右耳から左耳に突き抜けて行く―――そして、オレは事実を悟った。

『・・・どうやら理由が分かったようですわね。今のうちに遠山さんに謝っておいた方がよろしいんじゃなくて?』
「ああ、そーさせてもらうわ。悪いけど白馬に代わってくれへんか?」
『はい、代わりました』
「さっそくやけど、二つばかし謝っとくわ」

その二つとは白馬に理不尽な怒りをぶつけてしもうた事、電話での会話やけど小泉ん姉ちゃんを独占してしもうた事や。
前者はともかく、後者にいたっては姉ちゃんとしゃべってる時でさえ白馬の不機嫌オーラが流れて来とったさかい・・・ま、これはオレを含めた男連中に言える事やな。

『まあ、僕と紅子さんの貴重なプライベートタイムを邪魔して頂いたのでね・・・謝意は何(いず)れ形で示して頂きますよ、服部くん』
「・・・そっちが二人で大阪に来た時に謝意を示したるで」

会話を終えたオレは地面に散らばった花束を眺めとると、風に吹かれて何枚かの花びらが虚空へ飛んで行った。
これから仕切り直しや、と、一人呟いたオレは公園を後にした。



『・・・』
「和葉か?オレやけど、さっきはスマンかった」

直後に一方的に切られる携帯。さっきから和葉の携帯に三回連絡しとるんやけど結果は同じ。

『オレの無知が引き起こした事が尾を引いとる』

ガキん頃から今にいたるまで幾度となくアイツを泣かせて来たけど今回は極めつけや。
アイツの泣き顔を見とると、こっちまで泣きたくなる・・・いや、それよりも心が痛い。
工藤と姉ちゃんと一緒でガキん頃からよう知っとるさかい、和葉の喜怒哀楽はオレの喜怒哀楽でもあるんや。
歩きながらも頭ん中はアイツの事ばっかり。そんなオレの目に入ったのは近所の一軒の花屋。
その店先に飾られていた色とりどりのバラを見た時、オレは迷わず店へとダッシュしとった。

「オバチャン、バラや。綺麗な・・・和葉が喜びそうなバラ、黄色と黒以外のバラ、全部くれへんか!!!」

後になって店のオバチャン聞いたんやが、平ちゃんが恐ろしい勢いで駆け込んで来るさかい、何か事件でもあったんか、って、思ったそうや。
それでも事情を知ったオバチャンは黄色のバラ以外を束にして売ってくれた挙げ句、値段をまけてくれた。
花束を抱えたオレは和葉の家へと向かい、玄関の呼び鈴を押した。

『何しとんねん。早よ出んかい』

逸る気持ちを押さえ切れず何度も押していると、玄関のドアが少し開いた。開いたドアの隙間から和葉の目が見える。
オレと確認した途端、ドアを閉めようとするがオレは右足を隙間に入れ、強引に身体を捻じ込ませた。
玄関で目を真っ赤にさせた和葉を見た時、前にオヤジにどつかれた時以上の衝撃がオレを包み込む。

「平次、一体何の用やん?」
「和葉、さっきの事なんやけどな、あれはオレのミスや」
「言い訳は聞きとうない」
「黄バラの花言葉なんて知らんかったんや。知っとったら渡しとらん」
「もうええよ。平次はアタシの事なんてどーでもええんやろ」

不毛な押し問答が続いとったワケやけど、遂にオレの中で何かが切れおった。

「アホな事ぬかすな、ボケ!!!オレはお前の事を、どーでもええ、と、思とらんわ!!!」
「・・・へ、平次?」
「これが証拠や。今度は花言葉は知っとって買うたさかい・・・それにオレは和葉以外の女にこんな事はせえへんから覚えとけ」

そう言って渡したのは白、赤、ピンクの三種類のバラで構成された花束。
内心ドキドキしつつ、和葉の顔を見れば泣いとった。しかし、前と違うところは感激の涙やったっちゅうことや。

「ありがとう、平次・・・あ、チョット待っててや」

オレから受け取った花束をオレに返すと二階へ駆け上がって行く。大した時間も要せず戻って来た彼女の手にはラッピングされた小さい箱。

「あんな、平次。花束のお礼やないけど、これあげる」

花束と箱を交換し、和葉に急かされるまま包みを剥がすと、中から出て来たのはチョコレート。

「どないしたんや、これ?」
「実はな、あん時に持って来ようって思っとたんやけど忘れてしまってん。あ、ついでに言うとくけど手作りやから早よ食べてや」
「手作りねえ・・・どーせ、姉ちゃんに教えてもろたんやろ?」
「そうや。何か悪いん?」
「悪いとは言うとらん。ほな、有り難く頂くわ・・・何や、人の顔をジロジロ見て?」
「いや、美味しいかな、と、思て気になってん」
「美味いに決まっとるやろ・・・何ならお前も味見してみるか?」

和葉との距離を一気に詰めるとオレは彼女の唇を自分のそれで塞ぐ。
鼻腔はバラと和葉の匂い、そして口腔内はチョコレートの味で充満しており、しばらくそのままの状態やった。

「チョコレートの味がする」
「今食ったばかりやからな。当然やないけ」

それが唇を離したオレと和葉の第一声だった。

 
余談やけど、オレの言動が花屋のオバチャンからウチのオカンと和葉のオカンの耳に入って二人に散々にからかわれたんは言うまでもない。




終わり



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