頑張れ、若奥様



by 槇野知宏様




 料理をする、と、いう事は新しい発見などがあるらしいが、目前の惨状を見て私は頭が痛くなった。

油の飛び散った床、鍋からはみ出した泡、良く分からない色の内容物―――キレイで広い台所の一角は見るも無残な惨状となっている。
新鮮なエビを使ったフライは弾け飛び、トンカツはゴムのように固く、コロッケは爆発四散・・・煮物、焼き物も玉砕。
弾け飛んだ油を避けた中途半端な姿勢のまま、泣きたいような気分になって見上げれば、爆発したコロッケの中身が天井に散って張り付いていた。

「何で爆発するのよぉ?」

そう愚痴ったところで、天井にへばりついたコロッケの一部が反論してくれるワケがない・・・そりゃ当然よね。
私は机の上に広げた料理の本を閉じた。例え“初心者向け”と銘打っていても、コロッケが爆発した時の対処法、が、掲載されてる本があるワケが無い。
天井にへばりついたコロッケの残骸を睨みつつ腕組みしていた私はある事に気付いた。

『料理と真さんへの愛情がこもっていれば無問題(モーマンタイ)!!!形、食感など細かなことを気にしなければ良いのよっ』

意を決し、私は残りのコロッケを引っ掴み、腰が引けた状態でドロドロの液体と化した油に落とす。
高温の油と接触したコロッケは勢い良く油を撒き散らしたが、予想された事なので飛んできた油を鍋のフタを利用して避ける。

「大丈夫、今度は爆発しないハズだから・・・」

そう呟いたものの、目の前のフライパンから鉄と油の焼けるような匂いと連続して起こる破裂音・・・これは限界が近い証拠。

「えっ、またなの?」
「園子さん、晩ご飯は上手く出来ましたか?」

そう呟いた私の耳に聞き慣れた声が入り、真さんが戦場と化している台所へ顔をのぞかせる。

「真さん、ちょっと待って!!今、すごく危ないからっ!!!」

私が叫んだ次の瞬間、コロッケが中身を盛大に撒き散らしながら吹っ飛んだ―――



「揚げ物、煮物、焼き物も全部失敗・・・私って主婦失格よね」
「別に焦る必要はないですよ。人間、失敗を糧に成長するものですから」
「ありがと、真さん」

台所の椅子に座って真さんに傷の手当てをしてもらう。傷といっても飛んできた油やコロッケの中身で軽く火傷しただけ。
病院直行・即手術という大層なレヴェルじゃないけど、彼は救急隊員が感嘆してしまうほどの応急処置をしてくれた。

「ねえ、真さん。火傷したとこに薬を塗るのは許容範囲内と思うけど、ホータイを巻くのはこれはチョッチ大げさじゃないかなあ」
「大げさかもしれませんけど、処置しておいても損はありません・・・ハイ、処置完了です」

真さんにお礼を言って台所を眺めれば暴風が通り過ぎたような状態で、これを片付けなければならないと思うと頭が痛くなってきた。
片付けを後回しにして晩ご飯を作りたいのは山々だけど、立て続けの失敗でそーいう意欲すら起きない。

「こうなったら今日は外食と言う事で・・・いいでしょ、真さん?」
「昼に工藤くん夫妻と外食したばかりでしょう?許可出来ませんし、立て続けの外食となればお義母さんに怒られますよ」

ダンナさまへの直訴はあっさりと却下された。うちの両親は家で食事を摂る事を旨としており、ビジネス絡み以外の事で外食をする事は殆ど無い。
もし、夕食の準備をするのが面倒くさい、と、いう理由で外食しようものなら怒られるのは当然よね・・・さて、どうしたものやら。
椅子の上で胡座をして考え込むんだけど全く良い方法が浮かばず、私を呼ぶ声が聞こえたので顔を上げると真さんの顔が目の前に飛び込んできた。

「どしたの?」
「思考に耽るのは良いのですけど、台所を片付けないと拙いんじゃないですか?園子さんの後に使われる方もいるのですからね」

その言葉が私を現実へ強制的に引き戻した。台所がこんな状態だったら何言われるかしれたものじゃない。

「そうよね、こんなところをママに見られたら・・・真さん、片づけるのを手伝ってくれない?」
「分かりました。園子さんの頼みならお引き受けしましょう」

その後、私と真さんは大急ぎで台所を片付けた。私一人だったら時間が掛かったんだろうけど、ダンナさまが手伝ってくれたお陰で時間が短縮出来た。
ただ、片付け終わったところで重要な問題が一つ残っている。今更気づくのも何だけど、我が家(私と真さん)の本日分の食材を使い切ってるワケであって―――

「真さん、実は食材を使い切っちゃったの」
「えっ、今日の分を使い切ったんですか?」
「残ってる事は残ってるけど、野菜やお肉の切れっ端くらいかな」

今日の昼に新婚旅行から帰国し、そのまま新一くん夫妻と新婚夫婦同士でランチ摂って、初めての夕食作りに挑んだはいいけど・・・我ながら、どーいう使い方をしたんだ、と、思う。
本気で、今日はどこで食べようかな、と、思っていると、真さんは平然と言ってのけた―――それだけ余っていれば十分ですよ。わざわざ外まで食べに行ったり買い出しに行く必要はありません、と。


 で、今晩の夕食がテーブルに並ぶ。献立はご飯、トンカツの豚肉と野菜を使った野菜炒め、エビフライのエビを使ったつけ焼き、野菜の切れっ端がメインのお味噌汁。
真さんの指示を受けて私が作ったんだけど、嫁としての鼎(かなえ)の軽重を問われてもおかしくないんじゃないかしら?。

「それじゃ、食べましょうか?」
「そうしましょ」

二人で席に着いたのだが―――ちょっと待て、普通は私が『そろそろ、ご飯にしましょ?』で、真さんが『そうですね』ってのが相場でしょうがっ。

「園子さん、どうかしましたか?」
「えっ?いや、何でもないのよ。チョッチ考え事を」
「それにしても出しゃばった真似をして申し訳ありません。何か園子さんの邪魔になったようで」

真さんが申し訳なさそうに頭を下げるが、私としては邪魔になったとは思っていない。確かに料理を教えている時の顔が我が家専属のガードの人に空手を教えている時のそれに相当してたけど。
さっそく差し向かいで作った夕食を口にしたけど、一瞬、私と真さんの見事なコラボレーションだわ、って、思ったものよ・・・ま、殆どは彼の指示で動いたんだけどさ。
でも自分で作った料理を愛しいダンナ様と一緒に食べると食事が美味しく感じるものよねえ。そんな事を考えながら私は真さんに話しかけた。

「真さんって高校の頃から親元を離れて生活してたんだから、料理が上手いのも当然だよね」
「料理の腕、云々よりも、実家で働いている方から聞いた言葉を覚えてるだけですよ」
「へぇ、どんな言葉?」
「例え失敗しても相手に対する心配りがあれば、それは美味しい料理となる、と、いう言葉です」

何でも料理というものは僅かなミスでも味が狂ったりするらしく、単純な作業ほど神経を使うそうだ。

「例えば刺身の切り方、料理の盛り付け方法でも神経の配り方によっては見た目や味が全く違うそうです」

失敗しても料理に対する心配りがあれば問題ありません、最後にそう付け加えた真さんは急須を取ろうとするが、私はそれを制して彼の湯呑みにお茶を注ぐ。

「私、お菓子とかは得意なんだけど、料理が苦手なの」
「先刻も言いましたけど、食べる相手、に、対する心配りがあれば大丈夫ですし、私は園子さんの作ってくれるものは、不味い、と、思ってませんから」

いったん言葉を切った真さんは、私の目を見ながら言葉を続ける。

「人間は失敗や挫折を乗り越えて成長するものです。園子さんも焦らず腕を磨いていれば問題はありません」
「何かそう言われちゃうとやる気が出てきたわ。明日の朝から張り切って美味しいものを作っちゃうから・・・って、明日の朝食は何が良い?」
「まあ明日の楽しみに取っておきますよ。それよりも明日の朝食を論じるより、目の前の夕食を片付けましょうか」

その言葉に聞いて気付いたんだけど、夕食が殆ど手付かずで残っていて、減っているのはお茶だけという状態。

「つい話に夢中になっちゃったみたいね・・・温め直そうか?」
「別に構いません・・・頂きましょう」

その言葉に頷いた私は両手を合わせた。好きな人と食べる幸せが目の前にある。



終わり




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