口は災いの元



by槇野知宏様



 元々の発端は・・・オレが和葉に発した言葉や。
和葉の短大卒業と同時に結婚して一年、その間に工藤んトコと同じ双子が生まれたモンやから一族挙げての大騒ぎ。
兄は礼儀(まさのり)、妹は和華(わか)と名付けたんやけど、騒ぎが収まったら厳しい現実が待っとった。
子供一人でも苦労する家庭が多いご時世に、一度に二人やから和葉の苦労も半端ではなかったハズや。
オレは育児や家事を全て和葉に任せっきりにして本業(大学生)や探偵家業に精を出してたワケやが、アイツはオレのそんな態度が気に食わんかったんやろな。
ある日、大阪府警からの要請を受けて出かけようしとったら、和葉に呼び止められた。

「平次、忙しいんは分かるけど、ヒマな時は家事と育児手伝ってくれへん?」

この時、ちぃーとばかし優しい言葉でも掛けとったら状況は変わっとったかも知れへんけど、それが出来ひんのがオレや。

「あのな、こっちかて忙しいんや。家事と育児はお前の仕事やろ?なしてオレがせなアカンねん?」

この時、頭ん中を過ぎったのは工藤んトコの姉ちゃんと鈴木ん姉ちゃんの事。
前者は二人、後者にいたっては三人なのに立派に学業と家事・育児を両立させている。ま、二人の場合は近くに親がおるんが幸いやろうけどな。
さすがに引き合いに出さなかったものの、言葉に微妙なニュアンスが含まれたのは言うまでもない。

「・・・」
「ほな、行ってくるわ」

黙り込んだ和葉と子供たちをおいて部屋を飛び出したワケやけど、いつもの事や、と、軽い気持ちやった。
しかし、依頼を終えて家のドアを開いて目にしたのはオカンと和葉、そして双子の姿。

『和葉はどっかに行く準備しとるし、そん前に何でオカンがここにおんねん?』

そう思ったが、オカンの低い声が耳に響く。

「平次、今すぐ大阪に帰るで。準備しいや」
「何やて?オレ、今大阪から帰ったばかりやぞ?またUターンしろ言うん・・・」
「問答無用!!男やったら言い訳せんと早よ支度せんかい、このドアホっ!!!」

結果、オレはオカンの迫力に気圧される形で慌しく準備して帰阪する羽目になった。



 場所は京都市内から大阪の寝屋川市にあるオレの実家。

「平次、アンタ自分が何言ったか分かっとるんやろうな?」

実家の和室に響くオカンの冷たい声・・・ハッキリ言って完全に怒っとる証拠や。
机の前に三人の女性・・・和葉、オカン、遠山のオカン、そして下座にオレ。こりゃ裁判所の被告席におるようなもんやで。

「オレも事件やら学校とかが忙しいから、しゃあないやんけ」
「平次くんが忙しい事は静華ハンも私も知っとるけど、家事はお前の仕事、は、無いと思うで?」
「アタシかて、家事と慣れない子育てを頑張っとんのに・・・あの一言だけは今でも許さへんで!」

ウチのオカンだけでなくと和葉と遠山のオカンの集中口撃・・・こらキツイで。

「そん事については、さっきから謝っとるやろ?なしてそこまで言われなアカンねん」

そう言った途端、殺気立ったオカンの視線がオレに突き刺さる。

「そこまで言われなアカン、やて?奥さん、和葉ちゃん、こんな不人情な息子生んでゴメンなあ」
「オバハン。何や、その、不人情な息子、っちゅーのは?」
「アンタの事に決まっとるやろ!自分の嫁を大事にせんといて・・・ホンマ、男として恥ずかしいと思わへんの?」

オカン、着物の裾で顔を覆うのは止めときいや。誰が見ても三文芝居って分かるっちゅーねん。

「そら、オレかて和葉が苦労しとんのはよう分かっとるけど、こっちとて生活費稼ぐためやねんで?」
「「「ほぉ・・・生活費稼ぐためやったら、嫁が苦労してもええっちゅーんか?」」」

な、何やねん。この三人の殺気立った視線は・・・オヤジや遠山のオトンより怖いで。

「平次、アンタに家事と育児の苦しみを分からせたる」
「それ、どーいう意味や?」
「「「アンタ(平次くん)には向こう一ヶ月間、ここで家事と育児を体で覚えてもらうさかいな、覚悟しいや」」」

チョイ待て、一ヶ月も学校をサボれっちゅーんかい?オレ、来年卒業やぞ?抗議しようと口を開きかけたが、女性三人に機先を制される。

「一ヶ月くらい学校休んでも留年しやせん!アンタ(平次くん)の頭だったらなんて事ないやろっっっ!!」

言葉による局所一点集中口撃・・・結局、オレは三人に白旗を上げざるを得なかった。



 初日から家事と育児を押し付けられてから四苦八苦の連続で、行き詰まったオレは工藤に電話する羽目になったワケや。
本来なら和葉やオカン等に聞いても良かったのだが、全て体で憶ええや、と、いう薄情な言葉を残して三人は有馬に温泉旅行に行きおった。
ま、こーいう事は先達の工藤に聞けば安心っちゅーワケやけど、平日に関わらず電話に出た工藤の最初の一言は辛辣を極めてた。

『はい、工藤・・・よぉ、誰かと思えば結婚一年目にして和葉ちゃんに愛想つかされた服部じゃねえか?』
「チョイ待てや、工藤。初っ端からトゲのある言い方しおって?それにオレは和葉に愛想つかされとらんわ、ボケ」
『バーロ、似たようなものじゃねえか。ウチでも蘭が、服部くんってサイテー、って、言ってたぜ・・・既にオメーの所業は奥様連中には出回ってるな』
「そんくらい知っとるわ!その件で快ちゃんに鈴木ハン、白馬、高木刑事から立て続けに電話が掛かってきたんやで」

オレの暴言から時置かずして和葉がストレス発散とばかりに電話を掛けまくったお陰で携帯が鳴りっぱなし。内容聞いて、当分は東京に行けへんなぁ、と、思ったのは当然や。

『青子も湯気立てて怒ってたぜ?ま、平ちゃんを反面教師にさせてもらうぜ・・・感謝しますよ、西の学生探偵さん』
『園子さんも激怒してましたよ?一家の長なんですから、自分だけでなく御家族の事を把握しないといけませんね』
『何故、こんな事を・・・まあ、これに懲りて少しは女性心理でも学んだらどうですか?紅子さんも、魔法で吹き飛ばす、と、息巻いていましたからねえ』
『出産前後ってのは誰かに構って欲しいんだから、二人一緒に分かち合うべきなんだよ。美和子さんも今回の件については本気で怒ってるからね』

『ま、みんなの言う通りだな。これで少しは勉強になったろ?オメーも嫁さんの心情くらい察しろよ・・・で、何の用だ?』
「その事なんやがな・・・オムツって、どないして交換したらええねん?」
『オムツの交換だと?・・・服部、何でそんな事も知らねえんだよっ』
「そら生まれた頃は使うたかもしれへんけど、そんなの憶えとるワケないやろ?」

しばしの沈黙のあと、電話の向こう側で工藤が派手に溜息を吐くのが聞こえる。

『服部、和葉ちゃんがやってるのを見た事あんだろうが?』
「そら見た事はあるけどな、そんなに見るようなモンじゃないやんけ」
『だから、そーいうのを観察してから少しは憶える努力をしろよっ!』
「そーいう自分はどうなんや?人に偉そうな事を言うんなら出来るんやろな?」
『ウチは二人とも学生なんだぞ?蘭一人に負担を掛けさせるワケにはいかねえだろーが!』

ま、園子んとこも似たようなものだがな、と、工藤は付け加えた。

「何や、鈴木ん姉ちゃんトコやったらウチにぎょうさん使用人がおるやろ?」
「いや、会長夫人・・・つまり園子の母親の教育方針らしいぜ?」

何でも、最低限の事はするが、家族の事は全責任を持って自分たちの手で対処せよ、と、いう会長夫人のお達しらしい・・・ウチのオカンと同じ事を言いおるわ。

『ま、しゃあねえから育児の事をまとめた紙を後でFAXしといてやるよ』
「そらスマンのう。さすがは友達や」
『あのな、和葉ちゃんが蘭に愚痴ったらオレにまで飛び火するんだよっ!』

そこへ受話器の向こう側から赤ん坊の泣き声二重奏が響く。

「おい、後ろで子供が泣いとんで?何かあったんとちゃうか?」
『どーせ、双子のどっちかが腹空かしたか漏らしたかだろうな』
「そーいや姉ちゃんはどないしたんや?」
『買い物。あと三〇分すれば戻ってくるだろうけど、それまでに依頼が来ない事を祈ってるさ』

立派に父親しとる工藤の事を考える間もなく、けたたましい泣き声がオレの耳に届いた。

『おい、オメーんトコも泣いてるぜ』
「あ、しもた。和華のヤツが漏らしたん忘れとったわ」
『そんな重大な事を忘れてんじゃねーよ。かぶれるからサッサとフロ行って洗って来い・・・ただしぬるま湯でだぞ?』
「で、オムツどないしたら・・・」
『だーかーらFAXしてやる言ってるだろうがっ!タオルでも巻いて腹を冷やさないようにしとけ、このバカ!!』

吐き捨てるように言うと、工藤は乱暴に受話器を叩きつける様にして電話を切りおった・・・電話壊れても知らへんで。

「そや、和華んとこ行かんと」

慌てて子供を寝かせとるベビーベッドを見れば、すさまじい惨状になっとった。漏らした張本人は和華やけど、漏らしたモンが礼儀にまで及んどる。

「こら二人をフロ場連れて行かへんとアカンなぁ」

そう呟いて髪ん毛を掻き回したオレは二人を抱きかかえると、風呂場へ足を向けた。



 工藤から送付された紙を見ながら、何とか一時の混乱状態から脱したオレは床に座り込んどった。メシすら食う気も起こらず、冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターを飲んだだけや。
たった一日でこんだけシンドイとは思わんかった・・・和葉もそうやけど女っちゅうんはホンマ凄いで・・・そんな事を思いながら双子を見ると、オレの苦労を知らずに気持ち良さそうに寝とる。

「何か難事件を三回解決し終わったような気分やで・・・ホンマ、しんどいわ」

そこへオヤジと遠山のオトンがひょっこり顔を見せた。どうやら仕事の帰りらしい。

「今帰ったで、平次」
「邪魔するで、平次くん」
「・・・お帰り。近畿管区警察局長と大阪府警本部長がツーショットでどないしたん?」

オレが結婚してから暫くして、オヤジは近畿管区警察局長に異動となり、オヤジの後釜の府警本部長が遠山のオトンこと遠山銀四郎ハンや。

「あのな、ここはワシのウチやろが?」
「何、大した事やあらへん。酒の肴に孫の顔を見に来ただけや」
「そら結構なこっちゃ。ただ、寝とるから起こさんといてや」
「分かっとるがな。取り敢えず、お前を合わせて三人分の酒と肴持ってきてもらおか?」
「そんくらい自分でやってくれへんか?こっちは精神的・肉体的にシンドイんやぞ?」

そう言ったところでオヤジ二人に敵うワケあらへんから、オレはその場から立ち上がった。



「二人とも平次や和葉ちゃんにそっくりや。遠山も孫が出来て嬉しいんちゃうか?」
「平蔵、そん言葉そっくりそのまま返したる。それよりも将来が楽しみやないか」

孫の顔見ながらニヤニヤして酒かっ食らうオヤジたち・・・大滝ハンらが見たら驚く絵ヅラやぞ?

「・・・しかし平次、お前までワシ等と同じ事やらかすとは思わんかったで」

一瞬、オレは飲んでいたビールを吹き出してしまった。畳に零れたビールを慌てて拭きながらオヤジに聞く。

「ちょい待て・・・ワシ等、って、オヤジたちもオカンたちにやられたんかい?」
「ちょうどお前たち二人が生まれた時にデカイヤマがあってな、お互い嫁ハンと子供の事を考える余裕がなかったんや」

あとはオレと同じ境遇だったらしい・・・なるほど、それが未だに尾を引いて二人ともオカンたちに頭が上がらんワケか。

「ま、オレ等の時と違って平次くんは学生やから少しは楽やろ?これを期に家事・育児をマスターできるで」
「そやで、平次。これでお前も一人前の男になるっちゅーもんや」
「む、息子が苦労しとんのに高見の見物かいな?少しは、可愛そう、って、思うんが親ちゃうんか?」
「平次(平次くん)、昔から言うやないか、人の不幸は蜜の味、ってな」
「ふ、ふざけた事ぬかすなやーっ!!!」

オレの怒号が響くと同時に、それを上回る双子の鳴き声が部屋中にこだました―――



 二日後、温泉入って気分もリフレッシュ状態の和葉たちが家に帰ってきた時、オレは殆ど燃え尽きていた。

「ただいま・・・って、どないしたん?」
「か、和葉、オカン、遠山のオカン・・・オレが悪かったから堪忍してくれ・・・下さい・・・これから何でも手伝ったるから」
「約束は、一ヶ月、やから、ちゃんと実行してもらうで。ええな、平次」
「あと三〇日近く残っとるさかい、しっかり憶えて京都に戻るんやで?平次くん」
「そうや。アンタもウチの人や遠山さんと同じく、キッチリ働いてもらうさかいなぁ」

三人の声を聞いたオレは真っ白になった・・・そして許してもらうまでキッカリ一ヶ月要したのは言うまでもない。




終わり



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