指輪の意味



by槇野知宏様



「真さん、こっちよ」

 早くも座席に座った園子さんが私を急かす。ある休日の午後、園子さんと私は映画を観に来ていた。
既に公開されてから日数が経過した事もあり、観客の数も比較的少ない。
今回の映画鑑賞だが、園子さんから誘って頂いた。何でもご友人にペアチケットを譲ってもらったらしい。
映画の内容は私が苦手とする恋愛物であったため、最初は躊躇したのだが、日本に滞在している間は彼女と過ごす時間が欲しかったので誘いを受けた。
電話越しに園子さんの嬉しそうな声を聞いた時、声と同じ感情に満ちた彼女の表情が想像出来たので、誘いを受けて正解だったと確信している。


「もう真さんったら、早く」
「あ、申し訳ありません」

別に座席が逃走するワケではない。ただ園子さんを待たせるワケにはいかないので、頭を振って回想を跳ね飛ばしてから彼女の右隣の席へ移動する。
座席に腰を下ろして左隣を見ると、パンフレットを読んでいる園子さんの姿が目に入った。
通常であれば肌の露出度が高い服装をして、私がたしなめる―――彼女と二人で出掛ける時の風物詩みたいなものになっていたが、今回は露出度が低い服装だったため、私が口を出す事はなかった。
それはそれで拍子抜けした感はあったものの、街を歩いている時に他の男から好色そうな視線を投げられなかっただけでも由としたい。
常日頃からこういう服装をして頂ければ、と思った時、私の視界にある物体が飛び込んできた。

園子さんの細い指に光る銀の指輪―――それも左手の薬指に。

私の記憶に間違いがなければ、左手薬指の指輪は結婚、もしくは婚約の証。私から園子さんへ指輪を贈った事はないので、他の男から贈呈されたものと解釈する。

『誰だ?どこの輩だ?』

考えれば考えるほど思考の深みに沈み込んでいくのが分かる。
この現状から抜け出すには園子さんに直接問い質せば良い、そう決心した私は彼女の手首を掴んで席を立った。

「え、何?何なの?ま、真さん?」

彼女の声を無視してドアを乱暴に開け、そのまま非常階段の踊り場まで連れて行った時点で私は園子さんの方に視線を転じた。


「真さん、手を離してっ・・・ま、まことさ・・・?!」
「その左手の指輪は何ですか!どこの誰に貰ったんです!!もし、他の男に貰ったのであれば、私はその男に・・・」

決闘申し込んで殲滅する、と言おうとした時に見たものは、園子さんの怯えた顔。
そして彼女の口から出た言葉は、怖い、と、いう単語であり、私はそこで自分が感情に支配されている事を悟った。

「あ、あの・・・そ、園子さん・・・」

自らの嫉妬心から好意を寄せる女性に対して感情を爆発させた事への恥ずかしさ。そして嫌われたのではないか、という恐怖心。
園子さんに謝罪しようにも、二つの感情が交ざった状況ゆえ言葉が出ない。
ただ出来た事と言えば、頭を垂れる事だった。その時、首筋に何とも言えない温かさが伝わってきた。私を支えるように、園子さんの両腕が私の首に巻かれている。

「この指輪ね、私が“男除け”用に買ったの・・・心配させてゴメンね」

そう言って私の顔を見つめて、頭を下げてきた。

「男除け・・・ですか?」
「うん。私には既に心に決めた大事な人・・・“蹴撃の貴公子”京極真さんがいるから、他の男の人はお断りしますって意味」

園子さんが嬉しそうに、そして少し照れた表情を浮かべたて私の胸に顔を埋めたが、私は嬉しさの余り呆然としたまま、その場に立ってるだけだった。




終わり



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