雪空の下で



by 槇野知宏様



 その光景を視界に入れたオレと青子は互いに顔を見合わせたものだ。

「青子・・・あれどー見ても白馬と紅子に見えるんだけど、オレの気のせいか?」
「気のせいじゃないよ、快斗。白馬くんと紅子ちゃんに間違い無いよ」

オレたちが驚くのも無理はない。視線の先にいたのは、かつて江古田高校を震撼させた美男美女がいた。

「はい、探さん」

白馬がメインディッシュを食い終わった頃を見計らって、紅子が差し出したのは紙ナプキン。

「ありがとうございます、紅子さん」

遠慮することなく、優雅な手つきでナプキンを受け取った白馬は自分の口元を拭く。

「そーいえばアイツ等、ヨーロッパに留学してたよな?」
「確か紅子ちゃんがフランスで、白馬くんはイギリスだったけど?」
「遠距離恋愛には変わりない・・・ま、今のご時世じゃ珍しくもなんともねえか」
「それよりも、二人が付き合ってるなんて青子驚いちゃった」

高校の頃は素振りすら見せていないため、オレたちが驚くのは当然かもしれない。


 現在、オレたちは米花センタービル展望レストラン「アルセーヌ」に来ている。
今日がクリスマスとあって、周りはお熱いカップルだらけ・・・見てるこっちが恥ずかしくなりそうな連中ばっかりだ。
このクリスマスのシーズンはマジシャンにとっては絶好の稼ぎ時。
で、懇意にしている鈴木財閥の園子お嬢サマからディナー招待券を貰ったのだが、いわく付きのものらしい。

「ホントは新一くんが使う予定だったんだけど、蘭と二人でロスの小父様のところに行っちゃったし、私もオランダにいる真さんと二人でクリスマス過ごすから使わないのよね」

何か釈然としない部分はあったが、青子が以前から「アルセーヌ」へ行ってみたいと言っていたので、有難く利用させてもらっている次第だ。
ご機嫌モードの青子を伴って店内に入ったら、大勢のカップルの中に白馬と紅子を発見して現在に至る。
万人が認める美男美女と分かる二人の一挙手一投足に周囲から羨望と嫉妬のマナザシが注がれ、感嘆の溜息が漏れる。

「紅子さん、ついてますよ」

ヤツのキザったらしい声が耳に流れてきた。紅子に目を向ければ彼女の口元にデザートの生クリームが少し残っており、白馬はそれを指摘したようだ。

「あ、ありがとうございます」

 ナプキンで拭こうとした彼女を制して、無造作に人差し指で生クリームをすくって舐め取る。
普通のカップルがあんな事やろうものなら、店内の雰囲気をぶち壊して場を白けさせるであろうが、白馬の行動は自然体であり店内の雰囲気と一体化しているようだ。
オレが知る限り、白馬と同じ事を平然と実行できるのは工藤くらいなものだ。京極さんと高木刑事には荷が重すぎるし、オレと平ちゃんに至っては論外―――ま、オレが怪盗キッドに変貌すれば出来るだろーけどよ。

「もう探さんったら・・・恥ずかしいですわ」
「紅子さんが気付いておられないからでしょう」

 そんな事を言いながら顔を寄せ合うのを見た青子が呟いた。

「何かさ、ああいうのを見てたら憧れちゃうのよねえ」
「おい青子、それ少女マンガか月九ドラマの見過ぎじゃねーのか?・・・だったら、私がやってみせても構いませんか、お嬢さん」
「もう快斗ったら、急にキッド口調で話すの止めてよ。快斗がそういう言葉遣いすると鳥肌が立っちゃうから」
「へいへい、悪うございました」

どうも青子に“怪盗キッド=黒羽快斗”と、いうのがバレて以来、素のオレがキッド口調をするのは不評らしい・・・んな事より、白馬と紅子が気になる。

「しっかし“絶対零度のカミソリ”が、どーやって“神秘と妖艶を兼ね揃えた魔女”を口説き落としたか興味あるな」

 この世でオレがその手腕を認めている学生探偵は、白馬、平ちゃん、そして工藤。
探偵として必要なステータスを全て持ち、実力も拮抗していると思われがちだが、オレが見るところ平ちゃんは感情的に成り易く、白馬は冷静沈着過ぎる。
どちらに偏っても推理に微妙な狂いを生じさせる事が多い。その点、工藤は二つの均衡が完全に取れている・・・ま、オレが敵わないハズだよな。
そんな事を考えていたら、目標の二人は立ち上がって支払いを済ませ、店外へ出ようとしている。

「おい青子、追い掛けるぞ」
「快斗、趣味悪いよ」
「構うもんか。どーせ、お前も気になるんだろ?」
「・・・う、うん」

一応、正論を言っているが、内心では気になっていたのだろう。提案に乗った青子はオレと共に二人の後を追う事になった。


 空から降る雪、白い息を吐きつつオレたちは白馬たちを尾行していた。
そんな状況を知ってか知らずか二人は腕を互いの腕を組んで前を歩いている。
時折、互いを見つめながら談笑して歩くさまは、まさにお互いの心が通じ合ったカップルだ。
しばらく後を追っていると、紅子の屋敷の前で二人が止まったので、バレないように角のブロック塀の影に隠れる。

「何か、特ダネ狙ってる芸能記者みたいだね?」
「全くだ。最初に、尾行する、って、言ったヤツ誰だよ?」
「それ、快斗じゃない」

お約束的な会話を青子と二人で交わしていたら、白馬たちの会話が耳に入る。

「紅子さん。今日はお付き合い頂いてありがとうございました」
「良いんですのよ。私も楽しませてもらいましたから」
「それでは、お休みなさい。紅子さん」
「お休みなさい。探さん」

どちらともなく互いに正面から抱き合う形になったかと思えば、二人の唇同士は密着していた。

「な、なっ!!!」
「えっ、うそ!?」

今日、オレたちはこの二人に何度驚かされたのだろうか?最後の極めつけがキスとは・・・人通りが全く無いのを良い事に二人のキスは続いている。
まさに“神聖不可侵な世界”に没入している、としか言いようが無い。その証拠に二人の顔は満ち足りた表情を浮かべているのだから。
こんな状況で“クリスマスの神様”とやらも邪魔しようものなら、二人に存在すら抹消されてしまうだろう。

「何か当てられちゃうよね」
「そうだな・・・アイツ等の周りだけ夏って感じだぜ」

青子と会話しながら、話題の二人を見れば濃厚なキスシーンが視界に飛び込む。

「青子」
「なあに、快斗?」

オレを見つめる幼なじみの耳にそっと囁く。

「青子の言い分じゃねえけど、オレも当てられちまった・・・良いか?」
「うん、良いよ」

言ってる事を理解した青子はそっと目を閉じ、オレは彼女の小さく可憐な唇に自分のそれを重ねた。





終わり

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