こんな日には・・・



By 緑川さつき様



  ここ23日降り続いている雨のせいか、急に寒さを増し、漸く冬本番である。

 その為か、人々の往来もまばらでクリスマスまで数日しかないのだが、明日の天気予報で午後から回復するとの伝えていたため、みな家路が早いようだ。

警視庁内も嵐の前の静けさで、まだ大きな事件は発生していないが、これから年末にかけて事件など増えてくるであろう。そこで今のうちこの時間を有効に利用しようと、捜査一課内も手の空いた者から、つかの間の休息を求めて家路へと向かっていた。

 

「たまに早く帰れる時は、早く帰るぞ!!」と、高木は自分の机の周りを片付け始めると、

「あら!!珍しく片付けなんかして♪」

美和子は、ひょいと背後から顔をのぞかせてきた。

「さ、佐藤さん!!

「だから、雨が降っているのよね。」クスッと笑い、そして小声で話かけた。

「・・・一緒に帰れそう?・・・」

高木は辺りをキョロキョロしながら、閑散としている室内を確認して答えた。

「多分、大丈夫です。」

「じゃ、いつもの所にいるわね。」と言い残し、上司である目暮に挨拶をして、部屋をあとにした。

 

玄関を出た時には、灰色の厚い雲が広がっていたが雨が上がっていたので、美和子はそのまま庁舎の裏に周り待ち合わせの場所へと向かった。

少し薄暗い間接照明の喫茶店は全体にガラス張りになっている為、もしも尾行されていたとしても直視出来る事と、閉店時間が遅い事と合わせて、好都合な待ち合わせ場所として利用している。しかも最近の流行のコーヒー店独特の若い人向けのムードな店内に尾行の刑事いたとしたら、大変目立つはずである。

美和子は、雑誌を見ながら時間をつぶして、かれこれ四・五十分。走ってきたようで肩で息をしながら高木が現れた。

 

「す、すいません!遅くなって。」

「ん?こっちも、丁度飲み終わった所よ。じゃ行きましょうか。」とカップを返却口に置いて、出入口に向かうと、その手前で美和子は足を止めた。

 

「あれ?佐藤さん??」

「出てくる時には止んでいたのよね。」美和子は思わず空を仰いだ。

「持ってこなかったのですか?傘。」

 

 

高木は傘を広げながら、美和子の顔を見た。

「けっこう降っているのね、雨。だから、入れてね♪」と高木の傘を持つ手をつかんだ。

「は、はいっ。狭いですが・・・・・」

そんな高木らしい言葉に苦笑しながら隣に並ぶと、二人は歩きはじめた。

「お互いに、大きいものね?」

「い、いえ!佐藤さんは、僕より小さいです!!」なんて訂正されても、と思って高木を横目で見ると、右側の肩が濡れているのに気がついた。

 

「ほら!もう少しこっちに寄らないと濡れるわよ。」

美和子は、傘を持つ手を自分の方に引いて、腕を組んだ。

「これなら、濡れないでしょ?」

「そ、そうですね。」

付き合っているとはいえ、こんな所を誰かに見られでもしたら等と考えていると、更にグイッと美和子に引っ張られた。

「っん、もう!聞いていた?!」

「へ?すっ、すいません!何ですか?」

慌てて美和子の顔を見るが、頬を少し膨らませてプイッと横を向いていた。

「何を食べたいか聞いたのよ・・・」

やばっ、目を合わせてくれない!高木は本庁を出るときに考えていた場所を、とりあえず言ってみた。

「あっ、あのここから二つ先の駅前商店街に、美味しい丼屋があるのですが、どうですか?佐藤さん??」

高木の言葉に、全然反応がない事が、やはり怒っているのかと思い、今度は美和子の目をみて話そうとのぞき込んで見ると、美和子の視線の先には、道の反対側にいるカップルを見ているようだった。

「佐藤さん?あの・・・どうしたのですか?」その声に我に返った美和子は、俯きながら呟いた。

 

「・・・・・あそこのカップル・・・。」

そこまで言って、顔を赤くしながら視線を逸らして横を向いた。美和子らしくない行動に戸惑いながらも、高木は次の言葉を待っていた。

 

「・・な、なんでもないわ。」と高木の腕を引っ張るように歩きだした。

「わっ、さ、佐藤さん??」

 

 

そのまま、ずんずんと横断歩道のある所まで来ると、美和子は漸く引っ張っていた手を緩めた。

「そんなに急ぐと、濡れちゃいますよ!佐藤さん。」

ふと気がつくと、美和子を濡れないようにするために傘を斜めに差していた為、高木のコートがだいぶ濡れてしまっていた。

「あっ、ごめん!高木くん。随分濡れちゃったよね?」と言いながら、一歩近づきハンカチで水滴を拭き取りながら謝った。そして急に歩き出した理由を話しだした。

 

「あのカップルがしている事を想像したら、なんだか恥ずかしくて。」

「さっきの反対側にいたカップルですか?僕たちと一緒で腕組んで歩いていた?」

「その前に、ね・・・・・。」と美和子らしからぬ、歯切れの悪い返事が返ってきた。

高木は、雨音で聞き取りにくくなっている声をもう一度訊くために、美和子の顔を正面で見えるように体の向きを変えると

「だから」

と言いながら美和子は自分の方に高木の腕を引くと、キスをした。

 

「!?」

 

渉は一瞬何が起こったのか分からなかったが、美和子がすごく照れながら言葉を繋げた。

「・・していたのよ、こうやって・・・案外見えないみたいね。」

漸く、美和子が何を言いたかったのか、さっきのカップルを気にしていたのかが分かって、渉は彼女からの積極的な行動に嬉しくなった。でも・・・

「あ、あの、早すぎて、よく分からなかったので・・・もう一度・・・。」

今度は、渉が一歩近づいて片手を頬に添えて、深く口付けをしていった。

 

こんな、強い雨の降る夜のオフィス街に干渉する人もいなく、時折、車の往来で水飛沫が上がるのが聞こえてくる位だった。

 

「んっ・・・・・・」

 

どれ位たったか、お互いに唇をはなすと

「甘っ・・美和子さん、さっき何を飲んでいたのですか?」

ふ〜と、息を整えながら腕にもたれかかっている、その人に尋ねた。

「ん・・・ホットチョコ♪お腹すいちゃって。」上目使いにそう告げる美和子に、思わず笑い出した。

 

 

「道理で、甘いはずですね。」渉自身が発した言葉なのに、妙に照れてしまっていた。そんな所も渉らしいなと、美和子は微笑んだ。

 

「じゃ、早く行きましょうか丼屋に。確か八時までに来店すると、ふろふき大根付くんですよ。」

「えっ!?」その言葉に、美和子は自分の時計をみると

「あまり、時間が無いじゃない!!早く行かなくちゃ♪」渉を急かした。

 

折角のまったりした良いムードだったのが・・・・・。

あの嬉しそうな顔を見る事が出来ただけでも、一足早いクリスマスプレゼントだと渉は思った。そして、お互いにしっかりと手を繋ぎ駅に向かって走りだした時には、雨が雪へと変わっていた事に二人は気が付いてはいなかった。

 

 

 

FIN…….

 

 

 

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