名探偵コナン AND・NOWシリーズ


第二話 宮野姉妹の墓(後編)


灰原は、肌寒い風に頬を撫でられ我に返った…。
彼女は涙を自分の上着で拭くと、自分の時計を見た。
その時計は、力の無い彼女に博士が与えた腕時計型麻酔銃バージョンツーである。
それは、最初にコナンが使っていたのと違い、六連発に改良され、更に手作業で簡単に麻酔針が補充出来るようになっていた。


「やだ…。あれから30分近く経ってるじゃない…。」

そう呟くと、彼女は急いで本堂に向かった。

(博士ったら…、あの和尚さんと完全に話しこんでるわね…。)

そう呆れながら…。


  ☆☆☆


同じ頃、本堂では…。


博士は完全にまいっていた…。

(完全に話し出すきっかけを失ってしまったのぉ。)

そう思いながら、愛想笑いを浮かべ、住職との会話を続ける博士…。
もちろん、広田雅美の遺骨を引き取ると言う本題に導くよう最大限努力していた。
しかし、その努力も空しく、ただ悪戯に時間だけが過ぎていった…


そうこうしている内に、灰原が本堂にたどり着いた。
彼女は中の様子を見るなり、自分が想像していた通りの光景が展開されていたのを見て、すっかり呆れていた。

「思ってた通りね…、全く。」

そう呟きながら、小さくため息をつくと、コナン(新一)がかつてやっていた、子供の演技を始めた。

(まあ、これからはこれが日常になるんでしょうけどね…。)

そう思いながら…。

「ねぇ、博士…、私退屈しちゃった…。まだ、お話終わらないの?」
「あ、哀君…?!」
「おお。これはすまん事したの…。お嬢ちゃんには、こんな山奥の寺に居っても退屈なだけじゃったな…。ちょっと待っとくれ…。今、遺骨を持って来るわい…。」

そう言って、住職は奥に消えた。
後に残った二人は、ひそひそと小声で話し始めた…


「感謝してよね…博士。私が居なかったら、本気で日が暮れてたわよ。」
「そんなに、話し込んでおったか?」
「あれから、ゆうに30分以上たっているわよ。」
「ハハハ…それは、スマンかった。」


それから数分後、二人は広田雅美(宮野明美)の遺骨を受け取り、帰宅の途についた。


  ☆☆☆


一方、工藤邸では…。


ようやく穴掘りが一段落したので、六人は工藤低のリビングで蘭の入れたお茶を飲みながら、くつろいでいた。
暫らくは、たわいの無い話しで盛り上がっていたが、不意に和葉が宮野の話しを始めた。

「なあ、アタシはいっぺんも会った事無いけど、宮野さんてどんな子なん?」
「青子も知りたい。」
「そやな…。工藤、お前は知ってるやろ?」
「そうは言っても、俺の知っているのは“灰原哀”としての彼女だけだからな…。」
「新一にも心を開いてなかったの?」
「ああ。博士もこの事でかなり気を使ってたぜ…。」
「そうなんだ…。」
「なんだよ…、みんな彼女の本当の姿を知らないのか?」
「なら、快は知っとるんかいな?」
「もちろん。」
「どこで?」

青子は鋭い目線で、快斗を睨みながら聴いた…。

「あんだよ…まさか青子、やきもちかぁ?」
「何よ!バ快斗!!!」

プリプリ怒り出した青子を見かねた、新一が口を挟んだ。

「快斗…青子ちゃんからかうのもいい加減にしろよな…どうせ、お前のオヤジさんの事で調査しに行った時に、組織に居た宮野と出会ったんだろ?」
「まあな…。」

そう言って、快斗は悲しげに目を伏せた…。

「快斗…。」

青子の悲しげな目を見た快斗は、

「だから、言いたく無かったんだよ。青子はキッドの話をすると直ぐ泣き出すんだから…。」
「だって、青子知らなかったんだよ!快斗がこんな危険な事してたなんて…。」
「俺だって、キッドやるのがこんなにも危険だって言う事知ったのは、大分経ってからだったんだよ!」
「ホンマかいな…。」
「ああ。去年のあの日…奴等から“ビックジュエル”の事や、オヤジが事故で死んだ事になっていたのを知ってしまったんだ…。」
「如何言う事なん?」
「快斗のオヤジさんが事故に見せかけて殺されたんだよ…。奴等、“黒の組織”にな…。」
「そんな、盗一叔父さんがそんな事に…。」
「10年近く前の話だ…。今ではもう、証明する手立てもねぇよ…青子。」

暫らく、辺りに沈痛な空気が漂った…。
その沈黙を破ったのは、またしても和葉だった…。

「なあ、去年のあの日ってなんか有ったん?」
「ん?何でそんな事聴くんだ?和葉ちゃん。」
「だって、普通の日とは思えんぐらい悲しそうやったから…、快斗君が…。」
「それは、多分青子ちゃんの誕生日だったんじゃねーのか?」
「「「「「ええっ!!!」」」」」

新一を除く全員が驚いていた。
特に快斗は愕然とした表情になっていた…。

「快斗…、それって…。」

青子の問に、目を伏せる快斗…。
それが答え…。

「な、なんで判ったの?新一。」

蘭の問に対して新一は、

「あ?俺も、服部も、快斗の奴も似たようなもんだからな…。」
「な?!俺は関係無いやろ?工藤!」
「ほー…。じゃあオメー今まで一度も、事件で和葉ちゃんの約束すっぽかした事はねーと言いきれるんだな?」
「数えきれん程有るなぁ…平次?」

顔はにこやかだが、和葉の目は笑って無かった…。
平次は冷や汗をダラダラと流しながら、

「い、今そう言う事言う必要無いやろ?工藤。」
「有るんだよ。俺も経験あるからな…。」
「オメーも、やっぱり事件か?」
「それはねーけど…。」

そこまで言って、悲しげに目を伏せる新一…。
快斗は理由に気が付き、慰めるように呟いた。


「そっか…。オメーは去年誕生日も、七夕も、クリスマスも、バレンタインも居なかったからな…。」
「はぁ?何を言うとるんや?工藤はずっとおったがな…。」
「平、お前ってホントこう言う方面駄目だな…。」
「バレンタインの事知らなかった快斗が、言わないで!!!」

そう言った後、女性陣は盛大なため息をついた…。


  ☆☆☆


2時間後…。


阿笠博士から、ようやく連絡を受けた新一は大きなため息をついた。

「どないしたん?工藤君?」

落ち込んでいる新一を、心配した和葉が聴いた…。

「ああ…。博士が夜まで帰れそうにねーから、戸締りだけして帰って良いんだと。」
「今ごろ言うて来たんかい。」
「ああ。なにしろ、携帯の電波すら届かない山奥まで出掛けたみてーだな。」
「何でそんな所まで行ったんだ?新一。」
「実は…。」

新一は快斗と青子に今までの事を話した。

「そんな事が有ったのか…。」
「哀ちゃん、かわいそう…。」

快斗と青子は今までの経緯を聴いて口々に呟いた。

「そやけど、今の今まで探してたんか?その広田雅美さんこと、宮野明美さんのお墓。」

和葉のその問に、平次が答えた。

「いや、組織の残党が残ってたんや。俺のオヤジが有る程度のめどがつくまで、この一件から俺等を遠ざけとったみたいやからな。」
「ああ。博士がその事で俺に気を使って、おっちゃんに頼んだみてーだけどな。」
「お父さんがその事で、凄く不思議がっていたわ。」


  ☆☆☆


その夜…。


一台のビートルがようやく阿笠邸の玄関先に着いた。
そして、そのまま車庫入れを済ませると、二人は阿笠邸に帰宅した。

「すっかり遅くなってしまったわね…。」
「そうじゃな。一日仕事になってしまったのぉ。」

そう話し合いながら、二人裏庭に到着した。
そこには新一と蘭、そして快斗と青子がいた。

「貴方達…どうして?」

灰原の問に快斗は、キッド口調で恭しく挨拶をした。

「お嬢さんとのお別れを言いに来たんですよ。」
「相変わらずキザね。キッド…。」

そのまま遺骨を抱え、彼女は家の中に消えた。

「彼女…如何したんだ?」
「遺骨を削るんだよ…。」
「「「ええっ!!!」」」
「ど、どうしてそんな事を?新一。」

蘭のその問に対して、新一が答えた。

「アイツは…、灰原はもう彼女しか居ないんだ…。」
「如何言う事なの?」
「以前言ったろ…、俺の身体の異常…。」
「そっか…。遺伝子の異常が有るかもしれないって言ってたね。」
「本当か?新一。」
「ああ。もうほとんど治ったけどな…。」
「如何して?」
「コナンになった副作用だよ。青子。」
「そんな…。でも、如何して遺骨を…?工藤君。」
「アイツの…、宮野の正常な遺伝子情報は、この世にもう存在しないんだ。」
「そうか…、組織にいた頃の情報はほとんど消したもんな。」
「そうなんだ。アイツのオリジナルの遺伝子はもう存在しない…。灰原の遺伝子に異常が有ったとしても、調べられないんだ…。」
「工藤君、ご両親は居ないの?」
「博士が言ってたんだ…。正確にはピスコこと、枡山さんが言ってたんだが…、事故で死んだそうだ。」
「俺は、オヤジと同じだと思うけどな。」
「如何言う事?快斗。」
「殺されたんだよ…、多分な…。」
「そんな…、本当なの、工藤君?」
「ああ。灰原の両親は科学者でアポトキシンの開発をしていたらしい…。それに目を付けた組織が彼等を利用した…。」
「俺が調べた所、オヤジさんはその研究で異端の存在だったらしい。」
「それホントなの?快斗?」
「確証はねーよ…。20年以上前の話だ…、古すぎて今となっては…。」
「両親の血を引いて、高い能力を持って産まれた宮野を組織が洗脳したんだ…。分別の有る大人よりも、高い能力を持った子供を組織の手先として教育したんだよ…。」

快斗の説明を新一が補足した。

「じゃあ、雅美さん…じゃなくて明美さんは…?」
「宮野と違ってある程度成長していたから、教育が無理だと判断したんだ…。」
「だから、妹の存在を盾にとって10億円強奪事件を起こさせたのか…。」
「ああ。犯行後、10億円を奪い合って殺しあった様に見せかけ、抹殺したんだ。全ての罪を明美さんに擦り付けてな。」
「酷い、酷すぎる…。」
「そんな奴等と戦うんだ…。オメーを巻きこむわけにはいかなかった…。」
「新一…。」
「ねえ、快斗もそうだったの?」
「俺は最初、オヤジを殺した連中をつきとめたいだけだったからな…。それに青子はキッドのこと嫌っていたからな。」
「それは…、事情を知らなかったから…。」

青子は悲しげに俯いた…。


  ☆☆☆


一方、灰原は…、


「何やってるのかしらね…、全く。」

そう呟きながら、遺骨を削る灰原。
その目には涙が溜まっていた…。


  ☆☆☆


そして、最後の別れの時…。


骨壷と一緒にシェリーのパーソナルデータを小さな箱に入れ埋葬した…
その上に小さな石の十字架を置いた…。
その十字架には大きな文字で“宮野明美ここに眠る”と、書いてあり、その傍らに小さく“その妹志保は死に、灰原哀に転生した”と書かれていた…。

それを見た灰原は、涙ながらに叫んだ。

「何が転生よ!私は実の姉の骨をしゃぶって生きていく女なのよ!」
「そいつは違うぜ。灰原。」
「何でそう言いきれるの?工藤君。」
「聴いてるだろ?俺は明美さんの死を見取ったって…。」
「それで?」
「彼女は最後まで妹…つまりオメーを心配していた…。だから、その骨でオメーが新しい人生を生きれるなら…本望だったんじゃあねーのかな。」
「利いた風な事言わないで!」
「俺も新一の言う通りだと思う。」
「新一と快斗君の言う通りよ…、哀ちゃん。」
「そんな風にないてたら、お姉さんきっと悲しむよ。」

その言葉に、灰原は堰を切った様に泣き崩れた。





翌日…。


「灰原さーん。」
「こんな所で何をしているんですか?」

そう言いながら、少年探偵団の3人組が灰原の居る裏庭にやって来た。

「貴方達!如何して?」
「どうしてって…、博士の新作ゲームをしに来たんだよ。」

元太のその答えに灰原は呆れながら聞き返した。

「そうじゃなくて、何でこんな裏庭に?ここには貴方達の好きそうな物は何も無いわよ。」
「だって、灰原さんがここでお墓参りしてるって博士から聞いて…。」
「灰原さんの大切な人だったんですか?」
「ええ。私の大好きなお姉ちゃんのお墓なの。」
「そうだったんですか…。」
「灰原ぁ!そんな風に泣いてばっかだと干からびるぞ!それに腹へってくるし…。」
「元太君と、灰原さんは違います!」
「何時までも泣いていると、お姉ちゃん心配するよ?灰原さんは、笑っていた方が断然綺麗だよ。」

そんな3人のやり取りに灰原は笑い出した。

それを見た3人は、

「良かった!灰原さんが笑ってくれて。」
「元気出して下さい。灰原さん。」
「そうだぜ。泣いてると腹へってくるし…。」

そう言いながら、灰原を連れて阿笠低に入っていった。
その光景に十字架の後ろから、明美の微笑む姿が一瞬見えたような気がした彼女は、
「心配要らないよ…、お姉ちゃん。私には、こんなすてきな人達が居るから…。安心して眠って。」

そう呟いた。


第3話に続く。



「オマケ……。」に続く。