ホワイトデ―の騒動



By山口多聞様






人物設定 この作品の主要人物はBLUE-WING管理人のlitoさんの小説の登場キャラクターを許可を得て使用させていただきました。







20xx年3月14日 米花町工藤邸 15・00
 「ただいまあ!!」
 玄関の扉を勢い良く開け、この家の次男で帝丹小学校2年生の工藤勇人は靴を無造作
に脱ぐと、直ぐに二階の自分の部屋に掛け上がった。
 その様子を、母親である工藤蘭は冷静に、その親友である服部和葉は少し驚きながら見
ていた。
 「蘭ちゃん、勇人君どないしたんやろ?」
 和葉が蘭に問い掛ける。
 「どうせいつものことよ。事務所の方に警視庁の人が来ているのがわかって、早くそっち
に行きたいから慌ててるのよ。」
 蘭は呆れながらそう言った。
 「そうなんやろか、なんかいつもと少し違って違和感があるような。」
 和葉は首をかしげた。
 「あ、そう言われれば。なんか、ただいまの声が少し切羽詰っている感じだったような。」
 そういって、蘭も首をかしげた。さすが女のカンはするどい。
 と、そこへ勇人が階段を駆け下りてきた。しかし、その格好は蘭が予想していた物と違
っていた。
 「あら、勇人出掛けるの?」
 蘭が玄関に向かう勇人に声を掛けた。そう、勇人は外へ出る格好で降りてきたのだ。
 「うん、ちょっとね。」
 靴を履きながらそう言う勇人。
 「ねえ勇人君。事務所の方に刑事さんたちが来とるらしいけど,そっちにいかんでええ
の?」
 和葉が気になって聞いてみた。
 「うん、大事な用があるから。」
 さらりと勇人は言った。だが、蘭と和葉には衝撃的であった。
 「「え!!」」
 二人の声がハモッタ。事件以上に大事な用とは一体?
 大いに気になる。そこで、蘭はある事を思いついた。
 「あ、勇人。外へ行くならついでに銀行に行って通帳記入してきてくれない。」
 そう言って蘭は通帳を差し出す。
 「ええ、俺今急いでるのに。」
 不快な表情をする勇人。
 「ふうん。そんなに大事な用なの?」
 「え、それは。その。」
 言葉を濁す勇人。それを見てしてやったりという表情になる蘭。
 (我が息子ながら、わかりやす過ぎるわよ。)
 「だったらええやん。勇人君、お母さんの言うこときかなあかんで。」
 「ああ、もうわかったよ。」
 和葉にまでそう言われては、勇人に拒否する事など出来なかった。
 「じゃあいってきます。」
 蘭から通帳を受け取ると、勇人は立て掛けてあったスケボーを持って出かけていった。
 「どうやら希ちゃん関係の様ね。」
 「そうみたいやね。けどほんま血は争えんわ、新一君と蘭ちゃんみたいやわ。」
 和葉がそう言った途端真っ赤になる蘭。
 「ちょ、ちょっとなに言うのよ和葉ちゃん、私達あの歳じゃまだあんなんじゃなかったわよ。」
 「冗談や、冗談。」
 「もう。」
 そして二人は笑った。

 
 同時刻
 「全く、母さんったら今日は忙しいのに。ま、とにかくとっとと終わらせちまおうっと。」
 スケボーを地面に置いて、勇人は飛び乗る。
 このスケボー、あの新一が江戸川コナン時代に使っていた物と外見こそ変わらないが、中身は数段グレードアップしている。
 まず、電池の小型化により、長時間の連続運転が可能になっている。また、サスペンションの改良により走行性能や安定性、悪路の走破能力が各段に向上していた。加えて新素材の採用により重量も従来型より軽くなっている。二十年の科学の進歩の結晶と言える。
 これらの改良を行ったのはむろん阿笠博士である。ちなみに彼、72歳になった現在も、新一向けに新たなアイテムを作りつづけている。最近は某アニメの主人公である少女が腐海を飛ぶのに乗っていた凧を作っているとかいないとか。
 「よし、行くか。」
 スケボーの発車ようのボタンを押そうとしたとき。
 「勇人、どこ行くの?」
 ふいに聞き覚えのある声が。
 「え、か、希。い、いやちょっと母さんにお使い頼まれて。」
 狼狽しながら答える勇人。
 立っていたのは勇人の幼なじみである円谷希であった。
 「ふうーん。じゃあ暇だからついてってもいい?」
 「え、まあ良いけど。」
 一瞬躊躇したが、勇人はOKした。
 「やったー。」
 そう言って希は勇人の後に乗る。ちなみに彼女は何回か乗せてもらっているので特に乗せて不安なことはなかった。
 「じゃあ、しっかり掴まっていろよ。」
 勇人の言葉に、希はしっかり彼の腕を掴んだ。そして、勇人が発車ボタンを押した。一瞬、モーターが低い音を上げ、スケボーは凄まじい勢いで走り始めた。
 勇人は取り敢えず、通りへ向かった。しかし、彼は心の中で思っていた。
 <ははは、今日は厄日だ>と。

 さて、勇人がこの日大好きな事件にさえ目もくれず外へ出たのは、母親とその親友の推理どおり、希に関することであった。
 一ヶ月前、バレンタインに手作りチョコをもらった勇人は、そのお返しをホワイトデーにちゃんとしようと思っていた。ところが、それを何にしようか考え様にも、周りがそれを許さなかった。あの後、バレンタインの二人のことが学校中に知れ渡り、それが原因でひっきりなしに勇人のもとへ人がやってくるようになったのだ。
 記事にしたいので詳しい事を聞きたいという新聞委員や、ドラマの脚本作りの元にしたいという放送委員。また、希が好きで彼女を奪い取るべく決闘を申し込んでくる男子。(ちなみにこれまで来た者は全滅)また、刺激されいままでにまして強力にアプローチしてくる女子もいた。(特に同じクラスの小嶋瞳)
 そんな訳で,勇人はプレゼントを選ぶ機会を逸していた。そしてようやくその機会を得たと思ったら、ごらんのとおりという訳である。
 そして、この日は本当に厄日と成るのであった。



米花銀行本店 15・30
 「じゃあ希、俺窓口に言ってくるからここで待ってろよ。」
 「うん、わかった。」
 勇人は希を一人待合席にまたして窓口へ向かった。
 「通帳記入お願いします。」
 「あら、ボウヤお使い?偉いわね。じゃあ・・」
 窓口の行員がそう言ったが、勇人は殆ど聞いてなかった。勇人としては一刻も早くお使いを終わらせ、希を家に返して、再びプレゼント探しに行く事しか頭になかったからである。
 勇人は気になってチラッと腕時計を見た。ちょうど3時半を回った所であった。
 「じゃあ、ちょっと待ってね、い」
 行員がそこまで言った時、
 ガシャ―ン!!
 盛大な破砕音が入り口の方から響いた。見ると、二人組の覆面を被った男がいた。そしてその手には拳銃が握られていた。
 「強盗だ!!」
 誰かが叫んだ。この一言で銀行内はパニックとなった。もっとも、ちょうどお客の少ない時間だったため、それ程のものではなかったが。
 一方の強盗犯達はそんなことにおかまいなく、一人はカウンター内に侵入し、もう一人がカウンターによじ登って言った。
 「騒ぐな!とっととこいつに金を詰めろ、さもないと問答無用で殺す!!」
 そう言って、持っていたバッグを行員に投げつけた。
 投げつけられた行員は直ぐに金庫に行って金を詰め始めた。
 一方、勇人はというと。カウンターの影に隠れながら、時計型麻酔銃の照準装置を上げ,いつでも撃てるようにしていた。ちなみに、この麻酔銃も改良されていて、初代が単発だったのに対し、連発が可能となっていて、また照準装置もより精密な物になっていた。加えて、倍近く射程も延ばされていた。
 「こいつでなんとか仕留めてやる。」
 そう目論んでいた勇人だったが、その思いは直ぐに打ち砕かれた。
 「動くな、銃を捨てて投降しろ。」
 声のした方向を見ると、掛けつけた警備員が銃を強盗犯に向けていた。
 この時代、銃刀法の改正により、国から許可を受けた警備会社や探偵には特別に拳銃の携帯が認められていた。また、警備員の服装も常時防弾チョッキを着てヘルメットをするのが普通となっていた。
 その警備員向けて、強盗はすかざず発砲した。しかし、弾は当たらず、警備員達の後の壁に弾痕を残しただけであった。
 こうして銃撃戦が始まってしまい、勇人は麻酔銃を撃てなくなってしまった。
 <畜生!>
 心の中で悪態をつく勇人。
 一方、警備員達も反撃した。そして見事強盗に命中した。
 しかし、強盗は一瞬ひるんだが、直ぐにまた反撃した。
 これはどう言う事かというと、実は警備員の使っている銃に問題があった。
 法律によって、一般人に携帯が許されているのは、警察でも使用されているニューナンブ改型拳銃である。しかし、その弾は警察とは違って、減装(火薬を減らすこと)した物で、おまけときてあたっても破裂するゴム弾か、ペンキが飛び散るペイント弾のみであった。これでは人を倒す事は出来ない。
 一方の犯人達は、この時コルト軍用拳銃を持っていた。これは軍用と名がつくだけあって威力は大きい。しかし反動も大きい。そのため、素人の強盗犯がいくら狙っても当たるはずがなかった。
 結局この銃撃戦は双方が弾切れになって終わった。
 ちょうどその時、行員がバッグをもう一人の強盗に手渡した。
 「よし、ずらがるぞ!」
 「おう!」
 強盗犯が逃走に移ろうとした。
 <チャンス>
 勇人は二人がカウンターから出てきたところを狙おうとした。しかし、
 ファンファン
 サイレンの音が。行員が机の下の通報ボタンを押していたのだ。
 「ち、警察か?こうなったら、お!」
 強盗は何を考えたのか辺りを見まわした。そして突然予期せぬ方向に飛び出した。
 「なに!?」
 勇人が見たのは、待合席そばでうずくまっていた希に向かう強盗の姿であった。
 「お嬢ちゃん、ちょっとついてきてもらおうか?」
 そういって強盗は希の口を押さえ、その腕に抱えた。
 「なっ!!」
 予想外の事態に言葉が出ない勇人。しかし、次の瞬間には叫んでいた。
  「希!!」
 勇人はカウンターの影から出て直ぐに強盗を追おうとした。しかし、その時にはもう強盗達は走り出していた。そして、外の車に乗り込んでしまった。
 「人質を取りやがった!!」
 「警察はまだか?」
 行員たちの叫び声が飛び交う。
 一方、勇人はすばやくスケボーを持って外に出た。強盗達の車はかろうじてまだ見えていた。
 「希、待ってろ、今助けてやっからな!」
 直ぐにスケボーをスタートさせ、強盗犯を追跡する。
 スケボーの最高速は80km。楽に追いつく事が出来た。しかし、強盗は勇人の追跡に気付いたのかスピードを上げた。ぐんぐん離されていく。勇人もなんとか追いつこうとするが、他の車を避けながらの追跡であるから限界がある。
 「畜生!よし。」
 勇人はポケットからなにやら棒状の物を出した。そしてその先を強盗の車に向けた。そしてボタンを押した。
 ポン!
 軽い音がすると、何かが飛び出した。
 これこそ、阿笠博士謹製の新兵器、ペンライト型発信機発射器である。それまでは発信機を対象に直接つけるか、投げつけるしか方法がなかった。その欠点を改良すべく作った物である。ちなみに発射方式はガス圧式である。
 発信機は見事命中した。しかし、それから直ぐに完全に振り切られてしまった。すぐに、勇人は持っていた眼鏡を掛けた。改良を重ねた追跡眼鏡だ。
 アンテナが出て、片側のレンズに映像が投影される。
 勇人はスケボーから一端下りて、レンズに映った光点の動きに注意する。
 「東に向かってる。米花町からもう直ぐ出ちまうな。どっちにしろとても追えねえか。くそ、希がさらわれるなんて。俺は何をやってたんだ。」
 勇人は悔しくてたまらなかった。強盗犯に麻酔銃を撃ちこむことばかり考えて、守るべき人を守ることを怠ってしまった。
 「希、ごめん。……ん!?」
 勇人は光点の動きを注意して見る。
 それまで東に猛スピードで動いていた光点の動きが急に鈍った。それどころか、再びレンズの中心に近づいてくる。
 「米花町に戻る気か?じゃあ東に向かったのは警察を欺くためだったのか?」
 頭の中で強盗達の動きを推理しつつ、勇人は再び光点の動きに注意する。
 「この方向は、米花港!なるほど、倉庫街に隠れるつもりだな。よっしゃー、希待ってろよ、今度こそお前を助け出す。」
 再び、スケボーに乗り勇人は米花港に向かった。



 一方、勇人が強盗を追った1分後、警察が銀行に到着した。
 先頭のパトカーから30代ぐらいの眼鏡を掛けた若い刑事が飛び出した。だが、彼が店内に入った途端、冷たい非難の視線が浴びせられた。
 <あんたら今更なにしにきた>とでも言われている様だ。
 「う!」
 その刑事は一瞬ひるんだが、直ぐに気を取り直した。
 そこへ、店長らしい男が寄って来た。
 「警察の方ですね?米花銀行本店店長の富貴です。」
 「米花署の鈴原です。早速ですが、状況をお教え下さい。」
 鈴原警部は直ぐに手帳を開け、メモをとる。
 「はい。強盗犯は2人で、拳銃で武装していました。」
 「いくら盗まれましたか?」
 「二千万です。」
 「怪我人は?」
 「いません。ただ、女の子が一人さらわれました。」
 「なんですって!」
 「ええ、サイレンの音がした途端、急に。」
 <そうか、だからあんな非難の視線を浴びせられたわけか。>
 「となると強盗誘拐事件か。すいませんが、その女の子については何か?」
 「ええと、小学校低学年ぐらいで、こげ茶色のロングヘア―でした。あ、そうそう一緒にいた男の子が希と呼んでいました。」
 「その男の子は?」
 「それが、強盗犯を追っていきました。」
 「ええ!すいませんその男の子についてお教え下さい。」
 鈴原の叫びに多少うろたえながらも、富貴は再び話し始めた。
 「はい。ええと年恰好は女の子と同じ位。後は、女の子が勇人と呼んでいました。」
 「わかりました。」
 手帳を閉じ、鈴原は近くにいた警官に声を掛ける。
 「おい、君。」
 「はい、なんでしょうか警部?」
 「すまんが、すぐにパトカーの車載コンピューターで身元の照会を頼む。」
 鈴原は手短にさっき店長から聞いた二人の子供の情報を警官に言った。
 「わかりました。今すぐやります。」
 その警官は店の外に出ていった。
 警官を見送ると、鈴原は行員に聞きこみを行っていた50代くらいの刑事に超えを掛けた。
 「西尾さん。何か手がかりは掴めましたか?」
 鈴原の部下であり、先輩であるベテラン刑事の西尾警部補である。
 「ああ、警部。具体的に犯人を割り出せるような手がかりはない。取り敢えず防犯カメラの映像を調べさせてはいるが、判っているのは犯人は黒のセダンで逃走した事だけだ。とにかく警部、今は人質の安全の確保を優先して下さい。」
 西尾が鈴原にアドバイスする。
 「判りました。」
 そう言って、鈴原は店の外のパトカーに向かった。
 「何か判ったか?」
 パトカーのところまで戻って声を掛けたのは先ほどの警官だ。
 「はい、二人の子供の身元が判明しました。男の子は工藤勇人君8歳、帝丹小学校の二年生です。人質となった女の子のほうは円谷希さん8歳、同じく帝丹小学校の二年生です。」
 二人の名前に、鈴原は何故か既知感を覚える。
 「工藤に円谷?どこかで聞いたことあるような。」
 その疑問に警官が答える。
 「はい、工藤勇人君は名探偵の工藤新一氏の息子です。そして円谷希さんは、科捜研の若きホープ、円谷哀さんの娘さんです。こりゃあ絶対助け出さないといけませんね。」
 「そうか。しかしね、君。人質が誰であろうと我々は全力で捜査し助け出さねばならないぞ。」
 鈴原の一言に、警官はハッとした。
 「警部、すいません。」
 「わかればいい。」
 警官との会話を終えると、鈴原は無線機のヘッドフォンを頭につけ、マイクを取る。
 「現在パトロール中の全車両、警官に告げる。米花銀行本店に押し入った強盗は人質をとって逃走中。強盗は二人組の男。黒のセダンで逃走している。人質に取られたのは小学校2年生の円谷希さん。なお、その車両を男の子、工藤勇人君が追跡しているとのこと。各員厳重なる注意を要す。」
 そこで、鈴原はマイクの送信を一時中断した。その時。
 「ん、これは!」



 米花港 16・20
 強盗犯のセダンは埠頭の一角に停止していた。
 「なんとか警察の目はごまかせたな。」
 強盗犯の一人が覆面を外しながら言った。
 「ええ、あとは予定どおりやるだけですね。」
 そう言って、もう一人も覆面を外す。
 「ああ、ただ予想外の事態も起きたがな。」
 そう言って、強盗犯達はさらってきた希を見た。ここまで来る途中で、彼女は縄で縛られ、口にはガムテープを貼りつけられていた。その目には恐怖の色が浮かんでいる。
 「どうします?」
 「どうするもこうするもない。今となってはただの足手まといだ。ここは…」
 強盗達の会話は、希の恐怖をより一層大きくした。
 <そんな、こいつら私を殺す気?いやだ死にたくない。誰か助けて、勇人!!>
 希は泣きながら心の中でひたすらそう願った。
 希、絶体絶命の危機。希は知らなかったが、ここはかつて母親である哀が黒の組織のベルモットに命を狙われた場所であった。偶然にも、彼女は母親と同じ場所で命の危機に陥っていた。
 「・・殺すしかねえな。」
 強盗犯がそう言って笑みを浮かべた時であった。
 「そうはさせるか!!」
 「何!!」
 声に驚いて振り返った強盗達の前に、スケボーに乗った勇人が現れた。
 <勇人!!>
 「くそ!!」
 強盗達は拳銃を構えようとしたが、その時には勇人の麻酔銃の餌食となっていた。あっという間に倒れこむ強盗達。
 二人組を倒したのを確認すると、勇人はスケボーから降り、希の元に駆け寄った。
 「希、今ほどいてやるからな。」
 まず口のガムテープを剥がし、それから縄をほどきにかかる。
 「勇人、ありがとう。」
 希が小さく呟く。しかし、勇人はそれに気付かなかった。そして、縄がほどけた。
 「さ、行こう。」
 希の手を引き、その場を離れようとする。しかし、
 「そうは問屋が卸さねぇぜ。」
 「何!!」
 勇人は振り向こうとしたが、その前に後頭部に凄まじい衝撃と痛みが走った。
 「うっ!!」
 頭を押さえ、倒れこむ勇人。
 「勇人!!」
 倒れた勇人を抱える希。
 勇人は激しい痛みに頭がくらくらする中、なんとか目を開ける。するとそこには、先の二人とは別の男が鉄パイプを持って立っていた。
 「残念だったなボウヤ。実は強盗は俺を含めての3人グループだったんだ。こいつらを倒した所で油断したのが仇となったな。」
 「くっ!!」
 勇人の顔に悔しさが浮かぶ。
 「さあ、覚悟してもらおうか。二人仲良くあの世へ送ってやる。」
 そう言って鉄パイプを構え直す男。
 <畜生、ここまでか。> 
 勇人があきらめかけたまさにその時であった。
 「覚悟するのはお前らだ。」
 「何!!」
 埠頭に多数の警察車両が現れ、あっという間にパトカーから降りた警官達が強盗犯達を取り囲む。
 そして、警官隊の先頭に出たのは鈴原であった。
 「楊文元、康相玉、花山英男。強盗、誘拐、殺人未遂の罪で現行犯逮捕する。」
 男は真っ青になり、何が何やら判らないという表情をしながら、ただそれを鈴原の言葉を聞いているだけであった。
 「かかれぇ!!」
 鈴原の命令と共に、一斉に警官が強盗犯達に飛びかかり、手錠を掛け身柄を確保した。
 「畜生、なんでここが判ったんだ。」
 さっきの男が悔しそうにしながら言った。
 「その子が教えてくれたのさ。その子は持っていた無線機(改良型の探偵団バッチ)の周波数を警察無線に合わせ、リアルタイムで現場の音声を送ってくれていたのさ。そして無線の発信地点からここを割り出せた。ついでにお前達の声からすぐに名前も割り出せたぞ。まあそういう訳さ。よし、連れてけ。」
 鈴原の命令により、強盗犯達は連行された。
 鈴原は勇人達の元に駆け寄った。
 「大丈夫かい。円谷希さん、工藤勇人君。」
 「警部さん、勇人がけがしてるの、はやく病院に連れてって。」
 希が泣きながら言った。一方の勇人は気を失っているのか、ぐったりとして動かない。良く見ると、頭から血を流している。
 「わかった。西尾刑事、ここを頼みます。」
 「はい。」
 西尾がそういうと同時に、鈴原は勇人を抱き上げた。
 「さ、君もおいで。」
 そして彼は一番近いパトカーの後部座席に勇人を乗せ、自分は運転席に座ってシートベルトを締める。希は後部座席に乗りこみ再び勇人に駆け寄る。
 「刑事さん。早くして!!」
 「ああ、判ってる。」
 鈴原は赤色灯を回し、サイレンを鳴らしながら、病院に向かった。





 
 勇人が眼を開けると、そこには母親の蘭と父親の新一の姿があった。
 「あれ、母さんに父さん。ここは?」
 「病院よ、勇人。」
 「お前は丸1日気を失っていたんだ。」
 両親にそういわれ,勇人は必死に昨日のことを思い出そうとする。しかし、強盗犯に殴られ、その後掛けつけた警官が連中を取り押さえた所までは覚えているが、その先の記憶がまったくない。ただ誰かにずっと名前を呼ばれていたような気がする。
 「そうだったんだ。そう言えば、希は?」
 「そこ。」
 新一が指差した方を見ると、希が机に突っ伏してかわいい寝息を立てていた。
 「昨日は大変だったのよ。面会時間が終わっても勇人のそばにいるって言い張って、結局志保さんも光彦君も渋々許したけど。それからずっと勇人の手を握っていたのよ。けど、やっぱり疲れちゃったみたいね。」
 「希。」
 勇人は希をじっと見つめようとした。しかし、そこへ父親の雷が落ちた。
 「それはそうと勇人、なんでこんな無茶したんだ。蘭なんか警察から連絡受けた時、危うく倒れちまう所だったんだぞ!!」
 「と、父さん。」
 「全く、それにお前自身ももしかしたら死んでたかもしれないんだぞ・・」
 「そこらへんで許してあげてはどうですか?」
 新一の言葉を遮るように、一人の男が言った。
 「鈴原警部。」
 いつのまにか部屋に入ってきたのか、鈴原警部が立っていた。
 「ようやく目が覚めたようだね小さな名探偵君。おっと、自己紹介がまだか、私は米花署の鈴原警部だ。君からの今回の事件の事情聴取は退院後になると思うから、その時はよろしく頼むよ。あ、あと今回は君のおかげで事件が解決したような物だ。ありがとう、おそらく君には感状が出されるだろう。」
 そのことばに慌てる新一。
 「警部、こいつはまだまだ未熟なんですよ、そんな勢いづかせるようなことやめて欲しいんですが。」
 「ああ、それはすいません。けどさっき言った事に偽りはありません。今回の君の活躍はまるで彼の様だった。」
 「彼?」
 勇人の頭の上にハテナマークが浮かぶ。
 「ああ、もう二十年前になるけど中学で部活動中だった今の妻がボーガンで撃たれたことがあってね、その時事件を解決に導いたのが君と瓜二つの江戸川コナンという少年だったんだ。本当に彼は名探偵のようだった。君を見ているとあの時のことが頭に浮かんで彼と君を重ねて見てしまうんだ。」
 「「ははは・・」」
 鈴原警部の言葉に、苦笑いする新一と蘭。まさか新一がそのコナンとは口が裂けても言えまい。
 「う、ううん。あ、警部さん。」
 希が眼を覚ました。
 「おっと、起こしちゃったようだねお嬢さん。それでは話しは以上なので、自分は失礼いたします。」
 そう言って敬礼し、鈴原警部は出ていった。
 一方、部屋には奇妙な沈黙が流れた。新一は今の会話で怒る気が失せてしまった。また、蘭はなんと言えば良いのか判らなかった。
 沈黙を破ったのは勇人だった。
 「あのさ父さん、母さん。ちょっと希と二人きりにしてくれない?」
 「「ああ、(ええ)良いよ(良いわよ)。」」
 勇人の提案に二人はおとなしく従い出ていった。
 部屋には二人だけとなった。それを確認すると、勇人は希の方を向いた。
 「希。」
 「なに、勇人?」
 その途端、勇人が頭を下げた。
 「ちょ、ちょっとどうしたの勇人?」
 「ごめんな希。俺がお前をほっといたばっかりに、お前が誘拐されて。本当にお前に怖い思いさせて。それにホワイトデーのお返しも出来なかった。挙句心配まで掛けちまうなんて。ははは、俺って最悪な男だな。守りたい人ほっといて事件の方に首突っ込むなんて、本当に。」
 勇人が自嘲気味にそう言った。それに対し、希は微笑んで言い返した。 
 「ううん。そんな事ないよ、勇人は私の事助けようと頑張たって警部さんは言ってたよ。それにケガをしたのは私を助けるためでしょ、違う?」
 「希…・。」
 「勇人は昨日本当にかっこよかったし素敵だったよ。それにね、私にとっては勇人ががんばって私を助けてくれた事が一番のプレゼントだよ。本当にありがとう勇人。」
 最後は真っ赤になりながらも、希は極上の笑顔で言った。それは1ヶ月前、バレンタインの時に見せた物と同じであった。
 希の笑顔を見て勇人の心臓は跳ねあがる。それをなんとか抑え付け、勇人は笑顔で希に言った。
 「ありがとう、希。」














 その二人を、ドアの間から見ていた人々がいた。お見舞に来た工藤邸の住人たちと円谷夫妻だ。
 「「「「「……・」」」」」
 二人の様子を見て黙りこくってしまっている優輝、鈴、紅葉、秋、藍の5人。一体何を考えているのやら。
 一方、親達はというと。
 「新一さん。」
 光彦が神妙な面持ちで言った。
 「なんだよ光彦?」
 「あの二人が結婚すれば僕達親戚ですね。」
 その言葉に仰天する新一。
 「なに考えてるんだお前、あの二人はまだ小2だぞ。」
 「あら、素敵じゃない新一。」
 「そうやん新一君。」
 蘭と和葉が横から口を挟む。
 「いやそうじゃなくて、たしかにそうなっても良いけど、なんでそこまで論理が飛躍するんだって言いたいんだ。それに光彦は一人娘がとられてもいいのかよ?」
 「そうや、そうや。工藤の言うとおりや。」
 新一と平次が言った。
 「勇人君みたいな立派な子だったら良いと思いますよ。」
 光彦がさらりとそう言うのを見て、新一と平次は愕然となった。娘をとられることに本当になんの抵抗もないのかと言いたげだ。
 さらに、この会話を聞いてしまった優輝と秋も相当なショックを受けていた。なぜ一番小さい勇人が認められて自分達は認められないのだと言いたげだ。
 そんな中、哀はこう思っていた。
 <希、私本当に嬉しいわ。あなたがそんなに幸せそうに生きてくれていて。勇人君とこれからも仲良くするのよ。なんって言っても工藤君の子だの。彼ならきっとあなたを守ってくれるわ。>





 病室の外でこのような人々の思惑が交錯する中、勇人と希は外を見ていた。そこには彼らの仲を象徴するように、雲ひとつない青空が広がっていた。
 

 <二人の未来に幸あれ>


 完






 あとがき
 というわけで、勇希小説第二段です。形式的には前作の続編です。しかし、今回の作品は作者の趣味が爆発してしまいました。まあ、この後受験突入のため、しばらく小説に打ちこめないのでどうかお許し頂きたい。今回の作品の最後では、光彦と新一の考え方を対照的に書きました。独占的な新一とあくまで娘のためを思う光彦。この意図については皆さんのご想像にお任せします。なお、最後に快斗と青子が出てこないのは、海外に行っているからです。






 あとがきα
 今回の小説においては、前回と違いキャラクター達に激しく動いて貰いました。その過程において一番戸惑ったのがキャラクターの性格でした。この小説のキャラクターの殆どは、blue−wing管理人のlitoさんの小説登場のキャラクターです。そのため、オリジナルの要素を壊さないというのが命題でした。しかし、やっぱり書いていると勇希のイメージがコ哀とダブってしまい、大いに苦戦しました。しかし、なんとかやれるだけやってみました。多くの助言と、快くキャラクタ―の使用を承諾してくださったlitoさんには本当に感謝です。
 
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