小さな宝物



Byゆう様



息子の成長を見るのはとても楽しいものである。
私の息子新一は、親の私が言ったら親ばかと言われそうだが、よく出来たとてもかわいい奴だ。
母親である有希子に似て、誰からも好かれるすっきりとした顔立ちをしており、また、私に似て好奇心旺盛で何でも興味を示す。
その興味が持続することはあまりないみたいだが、いろんなものに興味をもつことはいいことだ。
そのため時々びっくりするような悪戯をしたり、怪我をしたりして私や有希子を驚かせることも多い。
有希子は心配で仕方がないみたいだが、私は男の子なんだから少しくらいやんちゃなくらいがいいだろうと思っている。
怪我しても気にすることなく夢中になって遊びつづけている息子を見て逞しく育っていると喜んでいるくらいだ。

そんなやんちゃ坊主な息子だが、抱きしめたくなるようなかわいらしい面も持っている。
それは新一が今一番気に入っている、いるかのぬいぐるみが関係している。
先日訪れたクリスマス。
わざわざサンタクロースに扮し、深夜新一の部屋の窓から忍び込んで苦労の末プレゼントしたのがこのいるかのぬいぐるみだ。
新一と同じくらいの大きさで、お腹をぎゅっと押すと”きゅー”と鳴き声を出す仕掛けになっている。
サンタクロースを理解してから初めて受け取るクリスマスプレゼントだったこともあり、新一はサンタクロースからプレゼントをもらったとこのぬいぐるみをいたく気に入ってくれた。
その気に入りようは寝る時もごはんを食べる時も、出掛ける時も一緒で、さらにはお風呂に入る時まで一緒に連れて行こうとすることからも伺える。
自分と同じくらいの大きさのむいぐるみを一生懸命抱き抱えて、よたよた持って歩く後姿は本当にかわいらしい。

しかしかわいらしいのはその後姿だけではない。

ある時、私は冗談で新一にいるかのぬいぐるみの鳴き声を聞かせた後、「はじめましてと言っているよ。」と言ってみた。
すると新一は、好奇心の塊のような大きな瞳を輝かせたとびきりの笑顔を見せてくれた。
いるかが話せる、なおかつ私がいるかの言葉がわかるものと思ったらしい。

私は新一のその笑顔を見るためにお腹を押して何度も鳴き声を聞かせた。するとその度に、

「今なんて言ったの?」

と私の思惑通り好奇心いっぱいの笑顔を何度となく見せて尋ねてくれるのだ。
私が適当にいるか語を通訳すると、今度は新一がいるかのぬいぐるみに向かってなにやら話し掛ける。
そしてまた私がお腹を押し”きゅー”といるかが鳴き声をあげると

「今なんて言ったの?」

と身を乗り出して通訳をせがむ。

何度も通訳するのは大変だが、その度に新一が私に満面の笑みを見せてくれるので飽きることは決してない。
本当にいるかのぬいぐるみが話せると思っている幼い息子。
なんてかわいいのだ。
かわいいのを通り越して愛しい。
よく目の中に入れても痛くないと言うが、正にその通り。
有希子と同じくらい新一は私の大事な宝物である。

しかし、だからといっていつも新一の相手をしてやれるわけではない。
もちろんそうしたいのは山々だが締め切りがそうはさせてくれない。
私が仕事をし、有希子が家事をしている時、新一はこのいるかのぬいぐるみで一人で遊ぶしかないのだ。
だが私か有希子が鳴き声を出してやらない限りいるかは新一に返事をしない。
それなのにいるかが話せると思っている新一は何度も何度も話し掛けるのだ。

仕事をひと段落させ、さっきまでいるかに話し掛けていた新一の様子を見に行くと、新一はいるかにバスタオルをかけて、いるかの隣に寝そべっていた。
何度話し掛けても鳴き声をあげないので、いるかが本当は話せないことを知って拗ねているのだろうかと私は思った。
しかし、いるかの頭をなでたりしているのを見るとそんなわけでもなさそうだった。
私はわけが知りたくて率直に新一に聞いてみることにした。

「何してるんだ?新一。」

側までいってそう問い掛けると新一は私の方へ顔を上げて、とても残念そうに

「いるかさん、寝ちゃった。」

と応えたのだ。
私はそれを聞いたとたんあまりのかわいさに我慢できなくなり、新一をぎゅ〜っと抱きしめていた。
かわいいかわいいかわいい。
本当になんてかわいいのだ。
かわい過ぎてもうずっと抱きしめていたいほどである。

しかしそんな幼い様子を見せたのはこの年までだった。
翌年、クリスマスの時期が近づいていた12月のある日のこと。
私は今年のクリスマスプレゼントは何をプレゼントしようかと頭を悩ませていた。
今年から幼稚園に通いだした新一は最近では以前より随分しっかりしてきているし、何故なのかはわからなかったがぐっと男らしくもなってきていた。
ということはおそらく興味の対象も変わっているし、欲しいものも変わってきているということだろう。
今ではいるかのぬいぐるみのお腹を押して”きゅー”と鳴かせてみても、さらりとそれを交わしサッカーボールを持ってきてサッカーしようと言うくらいなのだ。
もういるかのぬいぐるみでは遊ばないのだ。

プレゼントが決まらないまま月日だけがどんどん過ぎていく。
数日前からクリスマス当日のメニューに悩んでいた有希子の方はすでにクリスマスの日に作るご馳走を決めたようだった。
そうなると私の方はいよいよ焦りだす。
去年のようにぬいぐるみではもう喜ばない。
いったい何をプレゼントすればいいのか。
今、新一が一番欲しいものはなんなのだろうか?

「ただいま〜っ」

私が仕事もそっちのけで考えていると玄関から元気な声が聞こえてきた。
幼稚園から新一が帰ってきたのである。

「おかえり」

リビングで新一を向かえる。
今日も元気いっぱいでかわいい新一。
いつもよりご機嫌だなと思ったら今日は新一1人ではなかった。
新一の後から恥かしそうに蘭ちゃんが顔を覗かせている。

「こんにちは。」

目がくりくりしていて大きく、素直なとてもかわいらしい女の子で有希子も私もとてもかわいがっている。

「こんにちは」

私とは久しぶりに会ったせいかほんの少しはにかんで挨拶する蘭ちゃん。
新一はどうやらこの蘭ちゃんに熱烈に夢中らしい。
何かにつけて蘭ちゃん蘭ちゃんと口にする。
蘭ちゃんと遊び、蘭ちゃんを連れてきて、蘭ちゃんとともに過ごす。
新一はいつでも蘭ちゃんさえいれば満足なのだろう。

クリスマスプレゼントのヒントが見つかるかと思い、私はリビングで2人が遊んでいるのを何気なく見ていた。
すると新一がいるかのぬいぐるみを持ってきていた。
新一はもうぬいぐるみで遊ばないもんだと決め付けていた私はほんの少し驚いた。
しかしその意図がすぐに理解できたのである。

蘭ちゃんの前でいるかのぬいぐるみのお腹を押して”きゅー”と鳴かせてみせるのだ。
蘭ちゃんはびっくりした表情でいるかのぬいぐるみを覗き込んできた。
その後ぱぁ〜っととびきりの笑顔を新一に向けた。

「いるかさん鳴いた〜っ」

新一はぬいぐるみで遊びたかったわけではなく、蘭ちゃんのこの笑顔を見たかったのだ。

「はじめましてって言ってるよ。」

新一は私が以前新一にしてやったように、蘭ちゃんにいるか語を通訳した。

「えっほんとう?」

それを聞いた蘭ちゃんは先ほどよりも驚いて、くりくりの目をさらに大きくした後、たくさんの笑みをこぼした。

「はじめまして、もうりらんです。」

新一の通訳に答えて蘭ちゃんは以前の新一のようにいるかに話し掛ける。
それは以前の新一を思わせるものだった、その姿たるやなんとかわいいのだろう。
あの頃の新一の愛らしい姿が蘭ちゃんと重なる。

新一は何度も繰り返し蘭ちゃんにいるか語を通訳している。
新一と同じくらい大きいぬいぐるみ、小さな体でいるかのお腹を押して鳴き声を上げるのはかなりの重労働だ。
しかしそれでも新一はそれを繰り返す。
大喜びではしゃぐ蘭ちゃんの極上の笑顔を見るために。

そうか。

私はようやく気付いた。
私としたことがこんな簡単なことに気付かなかったとは。。。

新一はもう宝物を見つけてしまったのだ。
愛しい愛しい女の子を。
かわいい極上の笑顔を。
日を重ねるごとにしっかりしてきたのは蘭ちゃんのおかげなのだ。
蘭ちゃんにかっこいいところを見せようとしたり、優しくするうちに男らしい顔をするようになったのだ。

ついこの間産まれたと思ったらもう歩き出し、ちょっと言葉を覚えるようになったと思ったらあっという間に自分を持って大切な女の子まで見つけてしまった。
もう新一はいるかに話し掛ける時のような、いるかと添い寝する時のようなあの愛らしい姿は見せてはくれないのだ。
私はほんの少し寂しく思った。
するとタイミングよく有希子がコーヒーを運んできてくれた。

「もういるかさんが話せないってわかっているのよ。」

その表情はとても優しく穏やかだ。
相変わらず美しい。

「そして私たちよりも大切な女の子、もう見つけちゃったのね。」

新一と蘭ちゃんが遊ぶ姿を見て優しく微笑んだ有希子、その微笑は20年後の未来を想像しているようだった。
私は静かにコーヒーを一口、口に含んだ。
豆から挽かれたコーヒーの香りが口の中にすーっと広がっていく。
息子の成長においていかれたような気持ちになったためか、
それとももうすでに親よりも大事な女の子を見つけてしまった寂しさからかそのコーヒーはいつもより苦く感じられた。

「子供の成長とは早いものだな。」

大きくため息をもらしながら私はそうこぼした。
こんなに小さいうちから愛しいものの極上の笑顔を知ってしまった新一は、いったいどんな男に成長していくのか。
おそらく大切なものを守れるように必死に強くなろうと努力するのだろう。
夢中で成長しようとする新一の姿が今から目の前に浮かぶようだ。
そう思うと私は息子の成長がとても楽しみになってきた。

クリスマスプレゼント。。。

私は新一にクリスマスプレゼントを渡すのを止めることにした。
新一が有希子のオーバーアクションのせいでもうサンタクロースを信じていなかったということも理由の一つだが、
新一にはデパートで買ったプレゼントよりももっと与えてやりたいものを見つけたからだ。

それは、たくさんの経験。

たくさんのことを教えてやろう。
経験させてやれることはなんでもやらせてやりたい。
ヘリコプターの操縦、銃の扱い、車の運転、エトセトラ。
一般的にはやらせないようなことでも、私が丁寧に教えてやればきっと身につけられるはずだ。
惜しみなくたくさんの経験をさせてやる。
それがいつか、新一が見つけた小さな宝物を守る力に変わるはずである。

私はもう一口コーヒーを口に含んだ。
それは先ほどよりもずっと柔らかい、口当たりのよい味に変わっていた。
私の顔もきっと変わっていたに違いない。
なぜなら、目の前で私を見つめていた有希子がふわっと優しく微笑んでいたのだから。


end




戻る時はブラウザの「戻る」で。