ファインダー越しの恋




Byゆづる様



久しぶりの我が家で、久しぶりの自室の机の上には
複数の郵便物が並べてあった。
手に取り、一つ一つの差出人を確認する。
殆どが何かしらのダイレクトメールで、取り敢えず机の上に放り投げた。
その数に、辟易してくる。

暫くすると全て放り投げてしまいたい衝動に駆られるが
それでも根気よく見ていくと1通の真っ白な封筒が出てきた。
ダイレクトメールとは明らかに異なるもの。
貼られた切手からそれが何の封筒かは明白だった。

“結婚式の招待状”

消印の日付から届いたのは先週のようだ。
裏を返して差出人を見てみる。
其処には双方の父親の名前しかなく
しかも同級生でどちらの苗字も思い当たるものではなかった。

「誰だっけ?」

呟きながら他の封筒を机に置き、開封してみる。
中から出てきたのは縦開きの案内状と返信用葉書だった。
案内状を開くと其処には懐かしい名前が並んでいた。

 工藤新一
 毛利蘭

名前の部分を何度も見返すがあの二人に間違いない。
詳細を見ていくと下の方に唯一手書きが有った。

“約束を忘れてないだろうな!!”

これを書いたのは彼の方だろう。
二人が覚えていてくれたことが嬉しかった。
忘れるはずが無い。
何よりも大好きな二人だったのだ。





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高校に入学して、其の生活に慣れる余裕も無いままに写真部に入部した。
いつか世界中の写真を撮りたいという思いを秘めて・・・。

毎日が慌しくて、何処で息を吐いてよいのかも分からずにただ高校生活に慣れることで一生懸命だった。
そんなある日、新聞部に入部した友人の美里に各運動部の大会の写真を頼まれたのだ。
あまり乗り気ではなかったが、美里の熱意に負けて
何時か役立つかもしれないと自分に言い聞かせながら引き受けた。

でも、いざ始めてみるとそれは楽しかった。
いろいろな人物を撮っていると、それぞれの様々な面が見えてくるのだ。
相手はこちらには気付かない。
ファインダー越しに見え隠れする表情は私を惹き付けた。
其の中で、もっとも惹き付けられたのは

空手部女子主将 毛利蘭

一寸でも視線を外すとチャンスを逃してしまいそうだった。
それから私は毛利蘭と言う人物をもっと知りたくなった。
美里から情報を仕入れ、新聞部に写真を頼まれると必ず
写真を撮る条件として、空手部は私に回すように言った。

毛利蘭は今までで一番美しい被写体だった。


そんなある日、クラスの女子から写真を撮ってほしいと頼まれた。

「工藤新一?」
「えっ?知らないの・・・高校生探偵やってる人だよ。」
「なんとな〜く、聞いたこともあるような・・・。」
「私、工藤先輩の写真がどうしても欲しいの。」
「別に私じゃなくても、他にも写真撮れる人いるし・・・。」
「あなたの写真が一番良いって聞いたの。ねぇ、お願い!!」

正直困った。
興味が無いし、それに工藤新一が分からない。
結局の所、断り切れずに引き受けてしまった。
仕方がないので、新聞部の友人を巻き込み工藤新一を撮りに行った。
もう、自棄だ。
適当に顔が映っていればいいだろうと踏んでいたが・・・甘かった。

放課後、美里と校舎の影から工藤新一を探し出していると直ぐに見つかった。
が、ここで驚くことが一つあった。

「あっ、毛利先輩・・・。」
「ああ、帰りも一緒なのね、あの二人。」
其の言葉に驚いて美里の方を向いた。
「どういう事?」
「あの二人幼馴染なんだよ、毛利先輩の試合には来てるし、結構有名なんだけど・・・。」
「初めて知った。」
「あんた、疎過ぎ・・・。」
美里の言葉を無視して、カメラを構えた。

其処には私の知らない毛利先輩がいた。
空手部員と話す時の楽しそうな顔でもなく、試合に勝った瞬間の表情でもない・・・。
そう、恋する相手に向ける表情だった。
そして工藤新一の方は、呆れたような顔だったり、拗ねた様な顔だったり・・・

“毛利先輩があんなに笑顔を向けてるのになんて男だ”

と思っていると、ほんの一瞬だけど彼が優しい眼差しを毛利先輩に向けた。
ファインダー越しの私もドキドキするぐらいに。

何回かシャッターを押してると、工藤新一と目が合った。
そして、そのままこちらに向ってくるではないか。
「なんか・・・やばそう。」
美里はそう呟いたが、既にやばいのだ。
下手すると私達はストーカーにも取られかねない、などと思うと自分が哀しくなってくる。
そうこうしている内に工藤新一は目の前に来てしまった。

「こんな所に隠れて君達は何をしているのかな?」
後から何事かと毛利先輩が着いてきている。
後の先輩を気にしながら、私達はしどろもどろになってしまった。

「あれ?あなた達、新聞部と写真部じゃなかった?」

救いの一言。
でも、それ以上に私達の事を覚えていてくれた事が嬉しかった。

「蘭、知り合いか?」
「新聞部の記事に載ってる写真は、今はこの子が撮ってるんだよ。
 凄く良かったんだよ、評判だっていいし。新一は興味ないかもしれないけど!」
最後の言い方がちょっと拗ねている様で可愛かった。
「知ってる、良い写真だったよ。」
飾り気の無い一言だけど凄く嬉しかった。

でも、それと今の状況は別だ。
「で、君達はここで何をしてたのかな?」

振り出しに戻る・・・・。
誤魔化し様も無く、結局は正直に答えるしかなかった。

「え、えっと・・・ク、クラスメートに頼まれて・・・
 工藤先輩を撮ってました、すみません。」
「すみません。」
巻き込んでしまった美里まで何故か一緒に謝ってくれていた。
「なんだ、俺か・・・。」
明らかにホッとした表情だった。
でも、隣の毛利先輩の顔は引き攣ってる。
“なんか・・・危険な空気?”
「良かったわね、相変わらずモテモテで!!」
「らっ、蘭?!」
「二人とも、また試合会場でね。」
「「は、はいっ!!」」
「あっ、蘭!ちょっと待てよ!!」
二人の姿は直ぐに見えなくなってしまった。



私達は暫く呆然と其処に立ち尽くしていた。
そして、私は自分の手に有るべき筈物が無い事に気付いた。
工藤先輩はちゃっかり私の手からカメラを奪い取っていったのだ。

「カメラ、取られちゃった・・・。」
「いや、はや・・噂通りの二人だね。」




数日後

工藤先輩から直接カメラが返ってきた。
ずっと使っている愛機。
ほんの数日でも私には何ヶ月にも感じられ、この手に戻ってくるのが待ち遠しかった。
「写真、勝手に現像させてもらったぞ。」
隠し撮りをしていたわけだから文句は言えない。
同級生には其の時の状況とカメラを没収された事を説明し
工藤新一の写真は無理だと断った。

「俺を取ってくれと頼まれた割に俺が中心って写真じゃなかったな。」
「撮るなら毛利先輩の方が良いに決まってるじゃないですか!」

思わず言ってしまった。
私の言葉に工藤先輩が吃驚してる。

「だって・・・毛利先輩は凄く素敵ですよ!!
 工藤先輩だって分かってるんじゃないですか? 先輩が好きなんでしょ!!」
「いや、俺は別に、す、好きだとか・・・。」

私の勢いに負けて、工藤先輩がしどろもどろになってる。
しかも顔を真っ赤にして。
この人もこんな一面があるんだなとちょっと得した気分になってしまった。

「私、これからも毛利先輩をとり続けますから!!
 一番最初に工藤先輩に見せてあげますよ。」
にやりと笑って私はその場を離れた。



それから、わたしは試合会場や練習風景の中で工藤先輩と毛利先輩を撮り続けた。
もちろん気に入った運動部も含めて。
工藤先輩がいなくなった数ヶ月間は毛利先輩だけだったけど
その間の写真は工藤先輩の自宅に送り続けてやった。

『毛利先輩にこんな表情させてどうするんですか?!』

というお節介な一言まで付け加えて。
毛利先輩が心配だったのもあるけど、やはり私はあの二人揃ったときの表情が見たいのだ。
それは、好きな人に逢えないもどかしさにも似ているのかもしれない。

工藤先輩が戻ってきた時、工藤先輩自身が変わった感じもあったけど
何よりも二人の関係が前進した事が嬉しかった。
漸くもどかしさから脱してくれたのだ。
其の頃には私も何度か先輩達を隠し撮りすることに成功していた。




そして、先輩達とお別れする日がやってきた。
卒業式が終って、別れを惜しんでいる卒業生や在校生の間を掻い潜って私は二人を探した。
靴箱を見てみると未だ二人は校舎の中のようだった。
多分、教室の中なのかもしれないと思い、二人の教室へと向った。
静まり返った校舎の中では廊下からでも二人の声は聞こえた。

「そろそろ帰っても大丈夫な頃かな?」
「もうちょっと待とうぜ、園子が連絡くれるんだろ?」
「うん、そうなんだけど・・・園子には最後まで迷惑掛けちゃったね。」
「あいつが言い出したんだろ、気にする事ねえよ。」
「うん、でも後でなんか御礼しとこうよ、ね?」
「既に請求された・・ケーキバイキングを二人分。」
「ふふっ、園子らしいね。でもなんで二人分なの?」
「オメーの分だとよ。」

またクスクスと笑う毛利先輩の声が聞こえた後、工藤先輩の真剣な声が聞こえてきた。
本当、私は気配を消すのが上手くなったものだ。

「本当は帰ってからにしようと思ったんだけどよ。」
「なあに?」
「今、此処でってのもありかなと思ってよ・・・。」
「だから何が?」
「俺のこれからの全てを蘭にやるから、蘭の全てを俺にくれないか。」
「それってどういう意味?」
「だからっ!いつになるかは分かんねえけど、おめーと結婚した言って事だよ!!」
「・・新一・・・。」

工藤先輩の照れている口調と毛利先輩の嬉しい時の呼び方。
私は扉の硝子の部分から構えていたカメラをそっと下した。
神聖な恋人達の儀式は私の瞳の中でだけ収める事にして、その場をそっと離れた。

何故か涙が落ちてくる。
私が言われたわけではないのに嬉しくなってくる。

「どうしたの?」
正面には美里がいた。
何故だか分からないけど、私は泣きたくなって美里に抱きついた。

全て話し終えたとき、美里が言った。
「やっぱり、それも恋なんじゃない。ちょっと特殊だけどね。」




美里がお茶に誘ってくれたので、鞄を取りに教室へ向ったら二人に会った。
これで最後かと思うとまた泣きたくなった。

「卒業おめでとうございます。」
「聞いたんだけど、お前、報道写真に行きたいんだって?」
「いえ、まだ考え中なんです。生半可な気持ちで行きたくないんで。
 やはり厳しい世界ですから・・・。」
「でも、頑張ってね。どれも素敵な写真だったよ。」
「ありがとうございます。毛利先輩も空手続けられるんでしょ?頑張って下さい。」
「ありがとう。」
「・・・そうだ!!お二人の結婚式は私に撮らせて下さいね。」
ちょっとからかう様に言うと、二人の顔が真っ赤に染まった。
「今まで有り難うございました!!それじゃ、失礼します。」

二人の横を駆け抜けると工藤先輩に呼び止められた。

「ちゃんと呼ぶからな!忘れんなよ!!」

顔を真っ赤にしてそう言ってくれた工藤先輩の隣で
毛利先輩が優しく微笑みながら手を振ってくれている。

「はいっ!!」
私はそれだけ答えると、また廊下を駆けていった。





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あれから5年

私は卒業後、直ぐに写真の世界へ飛び込んだ。
美里は大学へ進学し、その後は新聞記者かアナウンサーになるらしい。

私達の交流はメールと電話だが未だに続いている。


本棚から一冊のアルバムを取り出した。
其処には工藤先輩、毛利先輩にも渡していない二人の写真。
あの頃には渡す事が出来なかった写真。

ただ、渡すだけでは芸が無いので思い当たる人物に連絡をする事にした。



電話帳を引っ張り出して見つけ出した。
3回目のコール音の後

「はい、鈴木でございます。」
「あの、私・・・。」





あの頃の感情の名はやはりわからない。
恋で納得したくない気もする。
でも、ファインダー越しに見た二人の表情は
今でも私の瞳の奥に焼きついている。




END



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