幼い頃、新一の家でよくこんな光景を見た。

何処かに出掛けていた新一のお父さんが大きな花束を抱えて帰ってきて
それを新一のお母さんに渡す。
新一のお母さんはすごく嬉しそうで幸せそうでその光景をとても憧れた。

いつかは自分も好きな男性(ひと)から花束を贈られたい。
それは、未だ変わる事のない憧れの一つだった。







両手いっぱいの花束を



By ゆづる様






「えっ、またぁ?!」
「わりぃ、また今度の時に埋め合わせするからよ。」

電話越しに申し訳なさそうに言う彼だが、蘭の我慢は限界点を超えそうだった。

「今度今度って、その今度は何時来るのよ!!
 だいたい、今回の約束だって以前の埋め合わせだったのよ。」
「・・・悪い・・・。」

無意識に溜め息を吐いてしまう。
彼だって約束を約束を反故したくてしているわけではない。
推理してる時の彼も好きで
探偵は彼の夢で、そして彼を必要としている人達がいるのだ。
自分がその邪魔をしてはいけない。
頭で理解はしても、心が付いていかない。


数秒の沈黙後

「・・・わかったわよ、食事はまた今度ね。」
「本当にごめん。」
「わかったから、無理だけはしないようにね。」
「ああ、また連絡する。」

そうして、通話は切れた。
もう一度溜め息が零れる。
ドサッという音を立ててベッドに倒れこんだ。

「折角お洒落したのになぁ。」

最近、なかなか会えなくてやっと会える嬉しさで一杯だった。
それが出かける直前のキャンセル電話。
もう、泣くに泣けない。

これからの時間をどう過ごすか考えていると携帯電話が鳴った。






「その様子だと、彼はまた呼び出されたのね?」

テーブルにお菓子と紅茶を置きながら志保が尋ねた。
電話の相手は志保で、美味しい紅茶が手に入ったからと誘われた。
断る理由もなく、蘭はその誘いを喜んで受けた。

「・・・うん。」
「辛そうな顔するぐらいなら、『行かないで』って言えばいいのに。」

そう言いながら志保がカップを口に運ぶ。
蘭もそれに倣うようにカップを手に取った。

「でも、それを言ったら新一が困るの分かってるし・・・。
 どうしたって、新一は事件を気にしちゃうもの。
 そしたら、デート中だろうと完全に上の空だよ。」

仕方ないよ、と最後に付け加えると志保が溜め息を一つ零した。

「本当に貴女は良く出来た彼女よ、工藤君には勿体無いわ。」
「そんな事ないよ・・・だって、よく思うもの
 新一にとっての優先順位は、事件の次に私でいつだって私の存在は
 新一の心を占めることは出来ないんだって、悔しくなるもの。」

少しでも心を軽くしてやりたいと思いながらも志保は口に出す言葉に悩んだ。
新一が事件を優先しているのは確かだが
心のほとんどを占めているのは蘭という存在なのだ。

さて、何を言えば良いやら・・・。


「気にしないでね、志保さん。
 今に始まった事じゃないんだし、デートはいつだって出来るんだから、ね。」

無理して明るく振舞おうとする蘭が痛々しく見えた。
志保は新一が何かを起こそうとしているのを小耳に挟んでいる。
今ここで、それを話してしまうと蘭へのサプライズが無くなってしまう。
少し考えて・・・。

「大丈夫よ、工藤君は貴女が思っているよりも、ずっと貴女の事を想ってるわ。」
「そ、そうかなぁ。」
「そうよ、こういう事はね、第三者の方がよく分かるの。
 例えば、蘭さんが望んでる事なら、それがどんなに少女趣味でもやろうとするとか・・・。」
「ええ〜!まさかぁ。」

蘭はありえないとケラケラと笑った。

「でも、本当なのよ。」
「じゃあ何をしようとしてるの?」
「ナ・イ・ショ。
 工藤君の態度って、隠そうとしても隠しきれてないから丸分かりだもの。」

新一の行動を思い出し、クスクスと笑う志保。
蘭はそんな事は有り得ないと思いながらも気になり始めていたが
相手が志保では簡単には教えてもらえそうもなく、剥れ始めた。

「後はお楽しみって事、あんまり教えると私が工藤君に怒られちゃうじゃない。」

志保の言葉に蘭は笑った。
どんなに新一が怒ろうとも新一は志保に勝てた為しがない。
剰え、軽くあしらわれてしまうのだ。

「辛くなったらいつでも来なさい、愚痴でも何でも幾らでも聞いてあげるから。」
「うん!有り難う、志保さん。」
「どういたしまして。」








その翌日、新一から連絡が来た。

事件が早めに片付いたから、今日の夜に食事をしようと言うものだった。
待ち合わせ場所は、今回も前回同様にアルセーヌ。
家に行こうかと言う蘭に、新一は断固反対をした。
其処まで反対されると気になるが、昨日の志保の言葉もあるので引き下がった。

待ち合わせは19時にも拘らず、蘭は30分も早く着いてしまった。
早めに着いたときは先に行っておくように新一に言われていたが
30分も早く中に入るのも気が進まず、そのまま新一を待つことにした。


待つこと数分、先程から蘭の事をチラチラと見てくる男達がいた。
蘭も男達の視線に気が付いていたが
何が変なのだろうかと自分の服などを気にしてみるが
可笑しな様子はどこもない。
首を傾げていると、蘭の事を見ていた一人が近づいてきた。


「ねえ、君一人。良かったら俺等と飲みに行かない?」
「えっ、いえ、人を待ってるんです。」
「でも、もう10分も待ってるじゃん。」

いつの間にか、男の仲間が来ていた。

「私が早く来すぎただけなので。」
「じゃあ、時間まで俺らとお茶しようよ。」

どうしたら立ち去ってくれるかと、蘭が思案している隙に
男は蘭の手を掴んで無理やり連れて行こうとした。

引き摺られるようになりながら、慌てて腕を振りほどこうとするが
もう一人の男が蘭の背中を押してくるので、待ち合わせの場所から離れ始めた。

「ちょっと!やめて下さい!!」




突如、蘭の腕を掴んだ男の手首が強い力で掴まれた。
その力強さに男は呻きながら蘭の手を離す。

「人の女を何処に連れて行く気だよ!!」

蘭は新一の姿を確認すると、その腕にしがみ付いた。
男達は新一を睨み付けたが、新一の圧倒的な威圧感を前に逃げだした。


「全く、だから中に入っとけって言っただろ!」
「だってぇ。」

涙目になっている蘭を見ると、新一は溜め息を一つ吐いた。

蘭はそんな新一に「ごめんなさい」と一言零すと
視線を下した先で、新一のもう片方の手に握られている物に気付いた。

「どうしたの、その薔薇。」

それはとても大きな花束で真紅の薔薇ばかりだった。

「ああ、これは。」

そう言うと新一はその花束を持ち直した。
そして、蘭の正面に向き直ると差し出した。

「えっ?」

差し出された薔薇を見て、新一を見た。
新一は顔を真っ赤にしている。

「早くしろよ、恥かしいんだから。」
「あ、うん・・・。」

蘭の両手に一杯になるほどの花束だった。

「どうしたの、これ?」
「どうしたのって・・・買って来たに決まってんだろ。」
「買ってきたって、なんで?」
「なんでって・・・昔、オメーが俺の母さん見て羨ましがってたから。
 憧れてたんだろ、記念日に花を貰うの。」
「な、なんでその事・・・。」
「気付くに決まってんだろ、蘭のことずっと見てたんだからよ。
 本当に恥かしかったぜ・・・
 重たいし目立つし、いろんな人からじろじろ見られるし。」

新一が歩き出し、蘭は慌てて耳まで真っ赤にしている新一の後を追った。

「そこまで言うなら、買わなきゃ良かったじゃない。」
「・・・オメーとの約束散々反故しちまったし、それに・・・
 オメーの願いは叶えてやりたいんだよ。」
「・・・バカ。」

蘭は新一の隣に並ぶと、その花束で熱を持ち始めた顔を隠した。
あまりに嬉しすぎる新一の言動に蘭の瞳が潤む。






「でも、今日って何かの記念日だっけ?」

アルセーヌで席に着くと、蘭は花を貰う意味が分からなくて新一に聞いた。

「いや、まだ記念日じゃねぇよ。」
「まだ?」

不思議そうに見つめてくる蘭の瞳を見つめ返すと
その新一の真剣な眼差しに蘭の頬がピンクに染まった。


照れくさくなったのか、蘭は瞳を逸らしてしまった。
新一は瞳が逸らされた事を残念に思いながら蘭の手を取ると
そこにビロードのケースを乗せた。


「今日が記念日になるんだ。」


中身を見つめる瞳が潤み始めた。
そして、咲き零れるような笑顔を新一に向けたのだった。




END.



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