大楠公の城


或る春の土曜日の午後3時、服部邸……。


「こんにちわー。」
「あら、和葉ちゃん、いらっしゃい。」
平次の家にやって来た和葉を出迎える静華。
「オバちゃん、平次おる?」
「ああ、おるよ。今自分の部屋で『太平記』読んどるわ。」
「は?『太平記』?エラリー・クイーンにしか興味が無い筈のあの平次が?ホンマなの、オバちゃん?」
「ホンマや、ホンマ。でもあの子、意外と歴史小説にも興味あるみたいやしなあ。」
「ハハハ……。十年以上ここに遊びに来とるけど、そんな事全然気付かへんかったわ……。」
自分の見る目の無さに苦笑いする和葉。
「まあ、ここにおるのも何やから、早よ平次んトコ行ったってあげて。」
「それじゃお邪魔しまーす。」
和葉は平次の部屋へと向かって行った。
 
  ☆☆☆
 
トントン。
 
和葉は平次の部屋のふすま扉を叩いた。
「平次、アタシや。」
「おー、和葉か。入りや。」
「ほな、お邪魔すっでー。」
和葉はふすま扉を開けて入室した。
「おお、よう来たな。」
和葉の目に、文庫本を読む平次の姿が飛び込んできた。恐らく、静華が言ってた通り、「太平記」でも読んでいるのだろう。
「オハヨ、平次。」
「まあ、何もあらへんけど、好きなトコ座ってええで。」
「ほな、お言葉に甘えて。」
と、和葉は平次の膝の上に座った。
「……それ、冗談のつもりか?」
ジト目で自分の膝の上に座る和葉を見る平次。
「うん。」
軽く頷く和葉。
「……ハハハ……。」
「……アハハ……。」
互いに笑いあう二人。そして、
「このこのこのこのこの……。」
「ギャハハハハハハ……。」
平次は突然和葉をくすぐり始めた。
「迂闊やったなあ、和葉!無防備もええとこやで!ニヒヒヒ……。」
「ぶひゃひゃひやひゃ……。」
と、大声で笑う和葉。が、
「……なんてバカなことやっとる場合やあらへん。」
「……ホンマやなあ……ん?」
平次から瞬時に離れた和葉は、近くにある小説文庫を手に取った。
「……ほーっ、これが平次が読んどった『太平記』かいな?」
「そや。これがまた、けっこーおもろうてな。学校から戻ってからずっと読んでんねん。」
「へえ……。」
太平記をじっと見つめる和葉。
「オレがこの太平記の中で特におもろいと感じるんは、オレ等の地元のヒーロー、『楠公はん』こと、楠木正成の大活躍や。」
「あっ、知っとる知っとる。金剛山の千早城で鎌倉幕府の大軍を向こうに回しての大活躍をみせた人やろ?」
「そや。かの足利尊氏に匹敵するほどの慧眼の持ち主や。」
「うんうん。そして神戸の湊川で、自分の美学と、自分を取り立ててくれた後醍醐天皇への忠義を貫いて散った、漢の中の漢。」
「そう。かの太閤秀吉と並ぶ私等大阪府民の誇りやで。」
「あっ、オカン。」
「オバちゃん。」
静華が麦茶とお菓子を持って現れた。
「ささ、こちらをどうぞ。」
と、静華は和葉にお菓子を渡す。
「ありがと、オバちゃん。」
「すまんな、オカン。」
平次と和葉は、お茶菓子を手に取った。
 
「なあ、二人とも。」
「ん?何や、オカン?」
「明日天気もええみたいやし、いっぺん千早城に行ってみたらどや?」
「は?あの金剛山の山奥に行けっちゅうんか?」
「そや。ええ若いもんが、たまに体動かさんでどうすんねん?」
「うーん……。そら一理あるけど、おい和葉、お前はどや?」
「そらええかもしれへんなあ。かの楠公はんゆかりの地に行ってみても、別に損はあらへんやろし。」
「じゃあ、決まりやな。明日、二人ん為におべんと作ったるよってな。」
「えっ、そんな別にええよ、オバちゃん。」
「まあまあ、そないな事言わんと。私こう言うの結構好きなんやから。」
「そやで、和葉。オカンの好意受け取っても別に損は無いやろ?」
「ウーン……、じゃあ、頼むわオバちゃん。」
「おお、そうか。ほな、明日を楽しみにな。」
と、静華は嬉しそうに部屋を出た。
 
「……何かオカンに乗せられたよーな……。」
「まあ、ええやん、平次。」
「フッ……、それもそやな。」
 




翌日曜日の午前9時、京阪本線寝屋川市駅……。


「なあ、平次。千早城までどうやって行くつもりや?」
「まずな、天満橋まで京阪乗って、そこで谷町線乗って天王寺のあべのまで行って、そこから更に近鉄使うて富田林まで行って、後はバスや。」
「何か複雑やなあ。」
「そっか?美國島行くよかずっと簡単やと思うんやけどなあ。」
「ハハ、確かに……。」


 
 
午前10時30分、近鉄長野線富田林駅……。
 
 
「何やかんや言うて、ここまで来てもうた。」
「全くやな……。」
 
京阪本線と谷町線と近鉄南大阪線&長野線を乗り継いでやって来た平次と和葉。
 
「さてと、バスは……。」
「あっ、あれちゃうか?」
和葉はバスを指差した。
「おお、何てラッキーや。」
「ほな、早よ行こ。」
二人は千早赤阪村へと向かうバスへと乗り込んでいった。
 
 

 

大阪府河内郡千早赤阪村、千早城入り口前……。
 
 
「……。」
「……なあ、平次。」
「皆まで言わんとわかるわ。」
「アタシら金剛山系に登山しに来たんやろか……。」
「同じ事や。千早城=金剛山系なんやからなあ……。」
金剛山系と一体化している千早城全域を見て唖然とする二人。
「だが!ここで引き下がっとったら、『西の名探偵』の異名がすたるわ!行くで、和葉!」
「あっ、ちょっと平次!」
二人は千早城へと足を踏み入れて行った。

 
  ☆☆☆
 
千早城四の丸……。
 
 
「はあ、はあ……。」
「な、なんつートコや、ここ……。」
二人ともやや息絶え絶えになって来たようだ。
「なあ、平次……。本丸まであとどんくらいや……?」
「本丸……?ほれ、あれや……。」
と、平次は千早城のてっぺんを指差した。
「ひ……、ひえ〜っ……。」
本丸への道のりを見て、真っ青になる和葉。
「だが、ここまで来といて引き返すなんぞ、オレの主義に合わへん。ほな、行くで!」
「へ、平次〜っ。」
二人は再び歩き出した。


  ☆☆☆
 
千早城三の丸……。
 
 
「ちょ、ちょっとここで休憩や……。」
「そ、そうしよ……。」
完全に息も絶え絶えになった平次と和葉は三の丸の売店で少し休息をとる事にした。
 
「ふーっ、さすがにきっついなあ……。」
「ホンマやなあ。しかし、千早城本丸への石段って、あないにキツかったんかなあ……。」
「アホ。今通った石段は、明治頃出来た道で、あの当時は無かったもんや。」
「えっ、じゃあその当時の本丸への道って、どないなもんやったんや!?」
「山ん中の登山道の何等変わらんモンや。」
「ほーっ、成る程……。けど、こないなトコで鎌倉幕府の大軍をずっとひきつけとったんやから、楠公はんはホンマモンの天才やなあ。」
「全くや……。」
平次と和葉は、ショルダーポットから麦茶をコップに入れて、飲み干した。
 
「さてと、次は二の丸の千早神社や。」
「千早神社?」
「そや。そこでちとお参りしてこ。」
「あっ、それいいな。」
「ほな行くで。」
「うん。」
 
二人は二の丸の千早神社に向けて再び歩き始めた。

 
  ☆☆☆
 
二の丸・千早神社……。
 
「……。」
「……。」
千早神社の社殿前で黙々と祈る二人。
「……ほな、行こか。」
「うん!」
二人は最終目的地の本丸へと歩き出した。
「……なあ、平次。」
「ん?」
「アンタ、何祈ってたん?」
「内緒や。で、そう言うお前は?」
「……アタシも内緒。」
「フッ……、まあ、ええか。」
 
  ☆☆☆
 
「ふあーっ、やっと着いたで!」
「ホンマ、キツかったなあ。」
平次と和葉の二人は、遂に千早城本丸跡にたどり着いた。
「けど、目的を達成したっちゅう事は、ホンマ気持ちがええもんやなあ。」
「全くや。」
「あっ、そや。ここで弁当にしよ。」
「そやな。」
 
二人は静華手製の弁当を食べ始めた。
 
「うん、うまいなあ。」
「さすがは静華オバちゃんの弁当や。」
お弁当に舌鼓を打つ二人。
「けど、こないや山ん中で楠公はん、どないして水とかを調達したんやろな?」
「それがな、和葉。この千早城には水源が5つもあった上に、篭城に備えて、水がめをいっぱい設置したんやと。」
「ほーっ、そら凄いなあ。で、食料は?」
「楠公はん、篭城するずっと以前から河内全体に巨大なネットワークを張り巡らせとったらしゅうてな、そのつてを使うて、極秘に食料を調達しとったんや。」
「それって、それ相応の信頼感が無ければ、とてもでけへんことやろ?」
「そや。だからこそ、楠公はんはオレ等の誇りと言えるんや。」
「うんうん。」
平次の言う事に納得する和葉。
 
  ☆☆☆
 
「うっわー、ホンマすっごいなあーっ。」
「夕日がモロに映え取るわ。」
金剛山系からの夕日の大パノラマに驚嘆する和葉と平次。
「なあ、平次。」
「なんや、和葉?」
「楠公はんもこの夕日見てたんやろか……。」
「そらそーやろなあ……。この夕日を見ながら、未来への希望を感じ取っておったんやろな、きっと……。」
 
沈む夕日をじっと見つめる平次と和葉。
 
「……平次……、アタシ、ここに来てホンマによかったわ。」
「オレもおんなじや、和葉。」
「また、ここに来たいなあ……。」
「そやな……。」
そう言いながら和葉の肩に手を掛ける平次と、彼に身を預ける様に体を寄せる和葉。
 
 
沈む夕日が二人の恋人達を赤く照らしていた……。
 
 

 
 
翌月曜日の朝、改方学園にて……。
 
 
「う〜っ、キツイ〜っ。」
「か、体が言う事きかへん……。」
 
平次と和葉は、いつもよりも動きがとてもぎこちなかった。
千早城登山の疲れが、翌日になって現れてきたからである。
 
「なあ、平次……。」
「な、何や……?」
「昨日言ったあの台詞、あれ撤回するわ……。」
「オレも同意見や……。」
 
この後二人は、授業中も疲労の為、ずっと動く事もままならなかったとか……。
 
 
二人ともお疲れさん♪
 
 
Fin…….

 
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