開港祭



by 東海帝皇&ドミ



20××年6月1日金曜日。
帝丹小学校の2年B組教室にて……。


「歩美ちゃん、元太君。明日と明後日、横浜で開港祭があるんだそうですよ。」
「光彦、何だよ、そのカイカイサイって?」
「開港祭。江戸時代末期、それまで鎖国をしていた日本が、横浜の港を開港したんです。それが6月2日だったので、毎年、それを記念して、お祭りがおこなわれるんですよ。」
「……(サコツって、確か、肩の前の方に出てる骨だよな?カイコウって……出会いの事だって聞いた気がするぞ。)」
光彦の説明にも、いまだ意味が解ってない元太。

一方、歩美は、
「光彦君、すごい。物知りだねー。」
と、素直に感心していた。

「いやいや、僕なんか、コナン君と灰原さんには、全然、敵いませんよ。」
照れたように言う光彦。

コナンと哀は、実際は光彦達よりずっと大人で、ある意味「ずる」をしていたとも言えるのだが。
それを知らない光彦は、素直に、2人の知識の凄さに感嘆しているのだ。

「でも、お祭りかあ。いいなあ。」
「横浜市の小学校は、6月2日、お休みになるそうですよ。僕達が10月1日、都民の日で学校がお休みになるみたいに。」
「でも、今年はちょうど土曜日だから、私達も行けるんだよね?」
「そうそう、だから、今年はみんなで、3人で行きましょうよ。」
「うん……そうだね……。」

歩美が、少し寂しそうに俯いた。

「コナン君と哀ちゃん、元気にしてるかなあ?」
「最近は、メールもあんまり、来なくなったよな。あいつら、冷たいぜ。」
「コナン君と哀ちゃんと、一緒に、行きたかったなあ……。」
「歩美ちゃん。2人は外国にいるんですから、一緒に行くのは無理ですけど。その代わり、写真を沢山取って、メールで送ってあげましょうよ。」
「うん!そうだね!2人が悔しがるくらい、素敵な写真を、いーっぱい、撮ろうね!」

少年探偵団の3人は、外国にいる友人に、思いを馳せていた。
2人がすぐ傍にいるとも、知らずに……。

「ねーねー、子供だけで遠くに行くと怒られるし。阿笠博士の所にいる、哀ちゃんの親戚のお姉さん、誘ってみましょうよ!」
「あの姉ちゃん、ホント、灰原にそっくりだよな。」
「そうですね……でも、僕達なんかに、付き合ってくれるでしょうか?」
「大丈夫!この前、博士の所に行った時、すっごく優しく話しかけてくれたから!歩美、携帯番号教えてもらったの!かけてみるよ!」



同じ頃、帝丹高校の屋上にて……。


「ねーねー、新一。」
「ん、何だ、蘭?」
「明日の午後、私と横浜のみなとみらいに行かない?」
「みなとみらい?ああ……横浜の開港祭か。」
「うん。6月2日って日程が決まってるから、普段はなかなか、行けないでしょ?でも、今年はちょうど、土日だから。夜は花火大会とかもあるんですって。」
「花火大会か……。」
「ねえ、行こうよ、新一。」
と、新一にせがむ蘭。
「うーん……、そうだな……、ここ最近気晴らしもしてねーし……、よし、行こうか!」
「ホント!?やったあ!」
大喜びの蘭。
「で、蘭?花火を見たら遅くなるんだから、当然、泊まりがけOKなんだろ?」
「んもう、バカッ!そんな意味じゃありません!」
「ちぇーっ。」


「ふう……、デートか……。」
屋上への入り口の影に寄り掛かりながら一人ため息をつく少女。
「蘭さん、いいな……、積極的で……。あの頃に比べて、すごく明るくなったし、工藤君の前だと、すっごく可愛い表情するのよね。優しくて強い蘭さんだけど、恋する男性の前では1人の可愛い女。そのギャップがまた、良いわよねえ。」
その少女――宮野志保は、羨ましそうに呟いた。
彼女は数ヶ月前に黒の組織が壊滅した後、「灰原哀」から「宮野志保」に戻った際に、帝丹高校に編入学してきたのだ。
「私はこんなにイイ女なのに、明日も明後日も、暇を持て余しているのよね。どこかに、イイ男が転がっていないかしら?やっぱり、可愛げがないと、無理かしら?」
溜息をつく、志保。

その時、志保の携帯が鳴った。


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翌6月2日・土曜日午後2時、TR東日本米花駅にて……。


「お待たせー、新一。」
「よお、蘭。」
一足先に米花駅に来ていた新一が蘭を出迎える。
新一は、白いシャツにスラックスといういでたちで、カジュアル過ぎずフォーマル過ぎずの恰好が案外似合っている。
蘭は、フェミニンな白いワンピース、そして白いリボン付きの帽子をかぶっていた。
シンプルだが、蘭の清楚な美しさを引き立てている。
新一は、目を細めて蘭の姿を見、何か言いたげにしたが、結局何も言わず。
くるりと、駅の方に向きを変えた。
「さて、行こうか、蘭。」
「うん。」
と、二人が切符売り場へと行こうとした時、
「おーい、蘭姉ちゃんに新一兄ちゃん。」
「こんにちはー!」
「お2人でお出かけですか?」
と、声がかかった。

「「え?」」
と振り向く新一と蘭。

「こんにちは、二人とも。」
「あっ、オメーら!それに、灰ば……じゃなくて、宮野。」
そこには、無邪気に駆け寄って来る少年探偵団3人と、少し困ったような顔で、ブラウスにパンツルック、ショルダーバックを肩に掛けた志保の姿があった。

「歩美ちゃんに元太君、それに光彦君も。」
「どしたんだ、オメーら?」
「僕達、これから、横浜のみなとみらいに行く所なんですよ。」
「「みなとみらい!?」」
「あら、どうしたの二人とも?そんな驚いた顔して。」
「いやその……実は俺達も、みなとみらいに行くトコで……。」
「うん。」
「へえー、そいつは、奇数だなあ。」
「元太君、それを言うなら、『奇遇』ですよ。もしかして、お2人も、横浜開港祭の花火大会にですか?」
「ああ、そうだよ。」
「まあ、それはますますもって奇遇ね、工藤君。」
「ハハハ……。(ホントに偶然なのか?)」
苦笑いしつつも、心の中でちょっぴり疑問に思う新一。
「じゃあ、ちょうどいいじゃないですか。僕達と一緒に行きましょうよ。」
「あっ、それいいな。」
「さんせーい。」

少年探偵団の無邪気な提案に、たじたじとなる新一と蘭。

「工藤君。嫌なら断れば?」
「嫌とか、そんなんじゃねえけど……。」
困ったように蘭を見やる新一。

蘭は、最初戸惑ったような様子だったが、子供達に笑顔を向けて言った。
「良いわね、一緒に行きましょう!」
「蘭がそう言うなら、俺は別に、構わないぜ……。」
「じゃあ、これで決まりね。」
「ささ、早く行こうよ、新一さん。」
「そーだぜ。」
「わわっ、ちょっと!?」
歩美や元太に引っ張られながら切符売り場に向かう新一。
「ま、待って下さーい!」
後を追う光彦。

「……あのー、志保さん?」
「何、蘭さん?」
「これって……、ホントーに偶然だったの?」
「ホントーにホントーの偶然よ。私は、あの子達に誘われたの。私だって別に、あなた達のお邪魔虫をやりたかった訳じゃ、ないからね。同じく開港祭の花火を見に行くにしても、広いし、人も多いし、まさか、会うなんて思ってもいなかったわ。なのに、待ち合わせ時間と場所まで一緒になってしまうとは。」
「そ、そんな……。」
「蘭さん。工藤君と、デートだったんでしょ?子供たちや私と一緒なのが嫌だったのなら、ハッキリ嫌だと、言えば良かったのに。」
「で、でも。歩美ちゃん達が、あんなに喜んでるし……。」
「はあ。あなたも、お人好しなんだから。でも、『旅は道連れ、世は情け』って言うし。こうなったら、開き直って、みんなで楽しく行くしか、ないんじゃない?」
と言いながら志保も切符売り場へと向かった。

「……。(う〜っ、新一との二人っきりのデートが〜。)」
と、一人残った蘭は、心の中で嘆いた。



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午後3時半……。


「うわーっ、ランドマークタワーだー!」
「随分でっけーなー。」
「ホント、すごいですねー。」
天空に向かって聳え立つ巨大なランドマークタワーを目の前にして、驚嘆する少年探偵団。
「高さだけなら、東都タワーとかには負けるけど、こっちはビルですからね。」
「さすがに、みなとみらい21地区の目玉だけあるわね。ニューヨークの摩天楼には、全然負けるけど。」
「あのなあ、宮野、それを言い出したら、キリがないだろう?」
「ねえねえ、志保お姉さんは、ニューヨークに行った事があるの?」
「ええ。学校はアメリカだったから……。」
「すごいなあ。」
「志保さん、やっぱり、灰原さんの親戚ですね。顔だけじゃなくて、頭が良い所も一緒で……憧れます。」
新一達と少年探偵団は、ランドマークタワーを見上げて、会話していた。

「さて。いつまでも見上げてたら、肩が凝るだけだぜ。花火大会は夜だから、まだ、時間はあるよな……蘭、赤レンガ倉庫に行くか、それとも……。」
言い掛けた新一の手を、元太が引っ張る。
「そんなとこより、遊園地で、遊ぼうぜ!」
「遊園地?確か、コスモワールドって小さな遊園地が、あったな……。」
「さんせーい!遊園地、遊園地!!」
「ジェットコースターに乗りましょう!」
「それと、観覧車と、それから……。」
「おいおい……。」
子供達に押し切られる格好で、一同は、コスモワールドへと向かった。
小さな遊園地だが、今日は祭りもあるので、子供達が沢山来ていた。

少年探偵団の3人は、次から次へとアトラクションに向かっていた。
「次は、アレ行こうぜ!」
「おいおい。そろそろ、休まねえか?」
「新一さん、もうへばったんですか?体力なさ過ぎですよ!」
「ハハハ……(オメーらが元気過ぎだって―の!)」
楽しそうな子供達に引っ張り回される新一達。

「せっかく今日は、久し振りに蘭とデートの筈だったのに……。横浜まで来て、あいつらの相手かよ。」
ブツブツ言う新一に、志保は冷めた目を向けた。
「あら。私は、ちゃんと忠告したわよ。自分で自分の首を絞めた人達の面倒までは、見られないわ。」
志保の辛らつな言葉に、新一と蘭は、苦笑するしかなかった。

初夏の長い日も、さすがに傾き始める。
新一は、一同に声を掛けた。

「そろそろ、展望台の方に行こう。ここまで来たんだから、ランドマークタワーに昇らねえとな。」
「あっ、いいですね。」
「行く行くー。」
「はやくいこーぜ!」
「ハハハ、こいつ等……。」
今迄、遊園地のアトラクションに夢中になっていたのに、変わり身が早い探偵団に、ちょっぴり呆れる新一。



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ランドマークタワー展望台……。


「うっわーっ、すっげーなあーっ!!」
「ホント高いわねーっ。」
「横浜港が丸見えですね。」
探偵団は、展望台からの光景に驚きの声をあげていた。
夕暮れの中で一望出来る横浜港は、幻想的な美しさである。

遊園地でさんざん遊んだあとなのに、元気に駆け回る子供達を、新一達はベンチに腰掛けて見守っていた。

「フッ……、子供は元気でいーよなー。」
「あら、工藤君。私達もつい数ヶ月前までは元気な子供たちの中にいたでしょ。」
「ハハ、そうだったけどよ……。ホンモノの子供の元気には、負けるぜ。」
「クスッ……。」
「でも、今にして思えば、あの頃がまるで幻に思えてくるな。」
「え?」
「俺達が小学生になってた時の事だよ。」
「……そうね……。」
「……確かに……。」
感慨深げな三人。
「……でも俺さ。『江戸川コナン』でいた時のあの頃の経験は決して無駄じゃなかったと今でも思ってるんだ。」
「あら、どうして?」
「だってさ、俺は『工藤新一』のままでは決して体験できなかった事を、コナンになった事でいっぱい体験する事が出来たんだぜ。その経過はともかくとしても。」
「新一……。」
「まあ、蘭には、辛い思いをさせちまって、悪かったけど。」
「……なによ、自惚れちゃって!誰も、辛い思いなんかしてませーん!」
強がる蘭だが、コナンとして蘭の傍にいた新一には、バレバレである。

「……確かに工藤君の言う通りね……。私も同意見だわ……。」
「へえ、そうか?」
「うん、だって私、生まれて初めて『真実の恋』ってモノを知ったから……。」
と、新一を見る志保。
「え?」
「ギクッッッ!?」
志保の言葉に、目を丸くする新一と、ドびっくりで慌てまくる蘭。
(し、し、志保さんって、やっぱ……、はわわ……。)
蘭は、自分が最も恐れていた事が遂に現実のものとなったと思い、かなり慌てふためいた。
しかし、
「へえー、オメーが『真実の恋』に目覚めるとはな。その相手の面を是非見てみたいモンだぜ。」
「……冗談に決まってるでしょ。子供の姿になって、どうやって恋愛する暇があったって言うのよ?」
「いや、オメーの今の目、マジだったからよ、てっきり……。」
「てっきり?」
「光彦にでも、本気で恋をしたのかと。」
「え゛?」
新一の思いがけない言葉に、蘭が、素っ頓狂な声を上げる。

「何だよ、蘭、変な声を出して?」
「だ、だって……光彦君って、まだ小学生だし……。そ、その、彼の方が哀ちゃんに片思いだったと言うなら、まだ解るけど……。」
「ストップ!工藤君、変な邪推は止めてくれる?蘭さん、私の恋愛事情なんか、どうだって良いでしょ?」
「……元はと言えば、オメーが真実の恋だとか、柄にもねえ事、言い出すからじゃねえか。」
「ふう……だから、私が言いたかったのはね。何の約束もなく姿をくらました男を、健気に待ってた、どこかの誰かさんと。その誰かさんの所に元の姿で帰る為に、必死になって戦っていた、別の誰かさんとの、恋物語の事……。」
「へっ!?」
「し、志保さん……それって、まさか?」
「まあ、2人の恋の障害を作った張本人が、偉そうに言える事じゃないけどね。」
志保が、柔らかい瞳を、蘭に向けた。
蘭は、赤くなって俯く。

(……わ、私ってば、志保さんの事、変な風に勘ぐってたのに……志保さんは、私達の事を、そんな風に想ってくれてたんだ……何だか、恥ずかしい……。)

と、そこへ、
「俺、腹減ったぜ……鰻重食いに行かねえか?」
「元太君、鰻重はさすがに……でも、確かに、お腹すきましたね。」
「だってもう、晩御飯の時間だよ。」
少年探偵団の飯コールが聞こえて来た。
「お、もうそんな時間か。花火の前に、腹ごしらえに行くか。」
新一が立ちあがった。
「でも。見て、会場付近に向かう人が、あんなに沢山いるわ。今の内に場所取りをしておかないと、花火が見られないんじゃないの?」
「へえ。」
場所取りと言った志保に、新一が面白そうな目を向ける。
「な、何よ?」
「いや、オメーが、花火の場所取りとか言い出すなんて、随分、変わったもんだと思ってよ。」
「……工藤君。あなた一体、私の事、何だと思ってるのよ?」
志保が軽く新一を睨む。
「ま、場所取りも、食事も、心配は要らねえからよ。俺について来な。」
そう言って新一が笑う。
「新一?」
「じゃ、行こうか。」
6人は、エレベーターに乗り込んで、展望台を降りて行った。


お祭りと花火の会場である臨港パークへと向かう、人の群れ。
「オメーら、迷子になるんじゃないぞ!」
「大丈夫よ、私達には、探偵団バッジがあるもん!」
「……あのな。連絡が取れても、自分の現在位置を、説明出来ねえだろうが。」
「大丈夫ですよ。だって、新一さんが絶対、僕達を見つけてくれるでしょう?」
「……光彦……オメー……。」
「新一兄ちゃんは、コナンがソンケーしてた、日本一の探偵だよな。」
「ぜったい、歩美達を、助けてくれるよね!」
3人が、自分自身に、コナンを重ねているのに気付いて、胸が熱くなる新一。
「ああ。オメーらの事は、コナンに頼まれてっから、面倒は見てやる!けど、迷子にならねえように、自助努力はしとけ!」
新一は、照れ隠しのように叫んで、少し先に立って歩き始めた。
「なあ、光彦。ジジョ努力って何だ?」
「ジジョって……姉妹の2番目……では意味が通りませんねえ……。」
「……他人を頼らず、自分の力で何とかしようとする事よ。」
歩美の手を引いた志保が、言った。
「……灰原さんと同じ事、言うんですね……。」
寂しそうに言う、光彦。
3人の心の中には、今も、コナンと哀がいるのだ。
志保は、少し悲しげに微笑んだ。

やがて、一行は、大きな帆の形をした、横浜グレートインターナショナルホテルの所まで来た。
もう、臨港パークは目の前だ。

「え?新一?」
「工藤君……?」

新一は、ホテルの中へと入って行く。

「どうした?早く来いよ。」
一行は、新一について、ホテルに入った。
新一は迷うことなく、エレベーターへと向かう。

エレベーターのボタンで新一は最上階の31階を押した。
ほどなく、エレベーターは、目的階に着いた。

降りた所は、フロア全部が、中華料理のレストラン「火竜」になっていた。
新一は、入り口にいるスタッフに告げる。
「個室を予約していた、工藤ですが。」
蘭と志保は、新一の言葉に目を見張った。
「工藤様、お待ちしておりました。予約では、大人お二人様と伺っておりましたが……。」
「大人3人、子供3人の、総勢6人に変更になったんですが、構いませんか?」
「勿論でございます。どうぞ、こちらへ……。」

一行が案内された部屋は、海が一望できる大きな窓がある個室だった。
「うわあ……!」
「いい眺めですねえ!」
「すげえなあ。」
少年探偵団が、声をあげて、中に飛び込んで行った。
「残念ながら、元太の望む鰻重はねえけどよ。オメーらも、コース料理で良いか?」
「……新一、でも、ここって、高いんじゃない?」
「ハハハ……正直、かなり懐がいてえけど。しゃあねえな。」
「ちょっと、工藤君、本当に大丈夫なの?」
「さすがにタダとは、行かねえけどよ。以前、事件絡みでこのホテルのオーナーと懇意になって、結構割引が効くんだ。」
「じゃあ新一、ここの予約も、そのコネで?」
「ちょうど折よく、キャンセルもあったんでね。」

新一と蘭と志保のやり取りをよそに、子供達は窓からの風景に歓声をあげている。
さすがに、日はとっぷりと暮れているが、港や町の灯が幻想的で美しい。


窓に張り付いて楽しそうな少年探偵団を、笑顔で見やった志保は。
やはり窓外の景色に見とれている蘭と、蘭の横顔を見てこっそり溜息をついている新一の姿を見て、複雑な表情になった。


やがて、料理が運ばれて来る。
見た目も綺麗だったが、口に入れて、その美味しさに皆うなった。

「やっぱり、中華料理と言えば、横浜ですよね!」
「光彦君、そうなの?」
「うめえけど……やっぱ、鰻重はねえのか……。」
「中華街は、日本各地にあるけど。有名どころは、横浜・神戸・長崎だな。どこも港町だ。」
「へえ、そうなんですか。」
「一口に、中華料理って言っても、中国も広大だからな。地域によって、料理も違う。神戸は南京街と言われるけれど、いわゆるチャイナタウンってのは殆どなくて、広範囲に華僑が雑居している。出身地も様々だ、長崎新地の中華街は、烏龍茶で有名な福建省がメイン、そして、横浜元町の中華街は、広東省出身の人が多いんだ。」
「すごいなあ。新一お兄さんって、コナン君みたい……。」
歩美の言葉に、むせそうになる新一。
「ま、まあ……あいつとは、遠縁の親戚だからな。」
「……そろそろ、花火が上がる時間だわよ。」
志保が、時計を見て、言った。

志保の言葉が合図であるかのように、夜空に明るい火花が上って行く。
そして。


ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!

パラパラパラ……。


夜空に、巨大な花が次々と咲き。
厚いガラスを通して、音が伝わって来る。


「うわあーっ、すごーい!!」
「でっけーなーっ!!」
「ホント、綺麗ですねえーっ!!」
夜空に次々と舞い上がる花火に、驚嘆する少年探偵団。


ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!

パラパラパラ……。


「本当に……すごく、綺麗ね……。」
「やっぱり、実際に見ると、とても素晴らしいわ。日本の花火は、世界でも最高峰だしね。」
「え?アメリカの花火は、もっと凄いんじゃないんですか?」
「何でもかんでも、アメリカが日本より優れているって訳では、ないのよ。日本の花火は、芸術品だわ。」
「志保さん、アメリカの学校に行ったんなら、花火、あんまり見られなかったの?」
「ええ。そうね。私も、哀も……花火とは縁がなかったわ……。」
「じゃあ、哀ちゃんに、花火の写真を、沢山送ってあげなくちゃ!」
「コナンもだぜ。あいつも、今、アメリカにいるんだよな。」
「じゃあ……えいっと!ああ、綺麗に撮れません……。」
何度も携帯で花火を撮影しようとしては、上手く行かず、悔しがる探偵団。
「新一。デジカメ、持って来てるんでしょ?撮ってあげたら?」
「ん?ああ、そうだな……。」
新一は、蘭の言葉に、デジカメを取りだし、花火を撮影し始めた。
「この花火の写真、俺んちのパソコンから、オメーらの携帯に送ってやっからよ。」
「蘭お姉さん、新一お兄さん、ありがとう!その写真を、コナン君と哀ちゃんに、送るね!」
「ホント、アイツらと一緒に、見たかったぜ。」
「そうですね。写真を見たら、きっと悔しがりますよ!」


ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!

横浜港の夜空には、なおも舞い上がる多数の花火。

ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!
ドーーーンッ!!



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花火大会が終わり、食事も終わり、一行は、ホテルから外に出た。

「うわあ。人がすごいね……。」
「今から、一斉に帰るからな。TR桜木町駅とか、みなとみらい線の駅とか、スゲー事になってるだろうぜ。」
「僕達、無事に帰れるんでしょうか?」
「大丈夫。博士が、車で迎えに来てくれるわ。」
「……っても、ここら辺は交通規制があって、無理だろ?」
「紅葉坂のところまで、来てくれるって。」
「そうか。で、紅葉坂がどこか、誰か分かるのか?」
新一の問いに、志保も含め、皆、ブンブンと首を横に振る。

「ちっ!しゃあねえなあ。じゃ、そこまで送ってってやるよ。」
「悪いわね。」
「乗り掛かった船だ。」

新一の言葉に、蘭は奇異な思いを抱いた。
新一は、「送って行く」と言った。
だとすると、志保や探偵団と一緒に帰る積りはないのだ。

横浜グレートインターナショナルホテルから紅葉坂までは、さほど距離がある訳ではないのだが。
人混みの中でそちらに向かうと、かなり時間がかかる。


「俺もう、くたびれたぜ。」
まず、元太が、音を上げた。

「おい。遊ぶ時は、あんなに元気だったクセに。」
新一が苦笑しながら、元太の前で屈みこむ。
「そらよ。」
「新一兄ちゃん?」
「背負ってってやっから。」
「お、サンキュ。やっぱ、コナンより頼りになるな。」
「現金なヤツだなー。小柄なコナンに、元太が背負えるワケ、ねえだろうが。」
「じゃあ、私は歩美ちゃんを背負ってあげるわね。」
何も言わないが、疲れたような顔をしている歩美に、蘭は声をかける。
「蘭お姉さん……ありがとう……。」
「どういたしまして。」
「ねえ、蘭お姉さん。コナン君は、いなくなっちゃったけど……これからも、時々、歩美達と遊んでくれる?」
蘭は、歩美を背負ったまま、ハッとした表情になった。
「ええ、勿論よ。いつでも、誘ってちょうだいね。」

残された志保が、光彦を見やる。
「光彦君、どうする?」
「ぼ、僕は、大丈夫です!」
「本当に?」
「レディーに背負わせるなんて、男として、そんな事、出来ません!」
「……わかったわ。でも、はぐれないように、せめて、手を繋いで行かない?」
「し……志保さんが、構わないのでしたら、喜んで。」
志保が差し出した手を、光彦は赤くなりながら、そっと握った。

新一が、何とも言えない表情で、志保と光彦を見やった。

「工藤君、何が言いたいのよ?」
「……いや、別に何も。じゃあ、行くぜ。」

そして一行は、歩き始めた。

ランドマークタワーの横を通り、首都高速とTR京浜東北線根岸線の高架下をくぐり抜け、16号線の紅葉坂交差点まで、歩く。

高架をくぐり抜けると、目の前は坂で、光彦は目を見張った。
「すごい坂ですねえ。」
「ああ、横浜は、坂が多い。近世以降、港町として栄えた長崎・神戸・横浜は、皆、坂の街だな。海のすぐ傍まで坂が迫っている分、岸からすぐに深くて、大型船がつけられるんだ。古代に港として栄えたのは、大阪の難波津とか福岡の那の津とか、遠浅の海だけどな。」
「……今日はもう、それ位で。光彦君達は、疲れているでしょ?帰りましょう。」
ほって置くと、いつまでも新一のうんちくが続きそうと見てか、志保が、横から口を挟んだ。
元太と歩美は、新一と蘭の背中で、もう寝息を立てている。

16号線も混雑していたが、博士の黄色のビートルは目立つので、すぐに見つかった。

「ん?今日は、新一も一緒じゃったのか?」
「ちげーよ。偶然合流しただけ。」

新一と蘭は、元太と歩美を背中から降ろして、それぞれ車の後部座席に乗せる。
光彦も、続いて乗り込んだ。

「じゃあな。」
「新一お兄さんと蘭お姉さんは、一緒に帰らないの?」
「無茶言うなよ。定員オーバーだ。」
「私達は、大丈夫だから。また、遊びましょうね。」
「うん。きっと、約束だよ!」
「新一兄ちゃん、今日は色々、ありがとな。」
「僕も、楽しかったです。」

後部座席のドアを閉め、志保が新一に向かい合い、お金を差し出した。

「工藤君。私までご馳走になる義理はないから。これ。」
「いいのか?なら、遠慮なく……って、これ、多くねえか?」
「子供達の分、半分は私が持つわ。」
「そっか。サンキューな。」
「お礼を言うのは、私の方よ。私だけだったら、あの子達をあそこまで楽しませる事は、出来なかったもの。偶然とはいえ、ありがとう。そして、偶然だけど、デートの邪魔をしてしまって、ごめんなさい。」
「いや……。」

新一と蘭は、ちょっと酸っぱいような顔をした。

「決して、わざとじゃないけど、敢えて避けようともしなかったのは、事実だしね。私、蘭さんが羨ましかったのかも。」
「え?ええっ!?」
蘭が思わず声を上げた。
(はわわ……や、やっぱり、志保さんは、本当は新一の事?)
「まあ、相手が工藤君ってとこは、全然羨ましくないけど。」
志保が半目で新一を見る。
「……俺が相手じゃ羨ましくなくて、悪かったな。」
「好きな人の前で、すごく明るく楽しそうで、とっても可愛い蘭さんの事が、羨ましかったのは、確かだわ。でも、それも、辛い時期があって、ようやく手に入れた幸せだからこそ、だものね。邪魔して悪かったって、思ってるわ。」

蘭は、真っ赤になりながら。
けれど、どこかで、志保の複雑な想いを感じ取っていた。

「じゃあね、また。」
志保は、助手席のドアを開けて、車に乗り込む。
車は程なく出発し、新一と蘭は、それを見送っていた。


「じゃあ、新一。私達も、そろそろ……。」
蘭が言い掛けるのを遮るように。
新一は突然、蘭を歩道の脇、陸橋欄干の陰に引っ張って行くと、ぎゅっと抱きしめた。
「しんい……!」
蘭の声は、新一の唇で遮られる。
新一とのキスは何度も交わしているけれど、こういう風に、強引に貪るよな口付けは、初めてだった。


ようやく、唇が解放された時、蘭は小さな声で言った。
「新一……ひ、人が見てるよ……。」
物陰とは言え、人通りが多い中、いきなりそういう事をされて、さすがに蘭は恥ずかしかった。
「ごめん。我慢、出来なくて……。」
「新一……。」
新一に、熱い眼差しで見詰められて、蘭は何も言えなくなる。
そして暫く、その場での熱い抱擁と口付けが、続いた。


「俺は正直、思いがけず、今日久し振りに、あいつらと過ごして、楽しかった。でも、それ以上に、オメーと2人きりで過ごしたかったよ。オメーの方は、そうでもなかったようだけどな。」
「ば、バカッ!私だって……あの子達の事、無碍に出来ないから、一緒に行く事にしたけど!それに、私だって、久し振りにあの子達と一緒に過ごして、楽しかったけど!でも、本当は、新一と2人きりで、過ごしたかったよ……。」
「蘭……。」
「でも、新一の方は、私の誘いに応じてくれただけで、別に、そんなに乗り気でもなかったのかなって……。」
「バーロ、んなワケ、あるかよ!」
「うん……昨日の今日なのに、新一ってば、ゆっくり花火を見て美味しい食事が出来るようにって、準備してくれてたし。多分、デートスポットとかも、色々調べてくれてたんだよね?私は誘っただけだったのに、新一は、一所懸命準備してくれてたんだって分かって……私、すごく、嬉しかったよ。」
「蘭……。」

新一は、少し顔を赤くすると、蘭の手を引いて、歩き始めた。

「ねえ、新一。」
「ん?」
「志保さんって、美人だよね。」
「……そうかもしえねえが、それがどうした?」
「少しでも、心動いたとか、ないの?」
「は?」
新一が立ち止まり、蘭の方を見る。
「どういう意味だ?」
「あの……だから……その……。ドキドキしたりとか……。」
新一の眼差しが一瞬険しくなり、蘭は変な事を言ってしまったと、後悔した。
新一が、少しそっぽを向いて、ふうと息をついた。
「……俺って、信用ねえんだな。」
「新一……今、怒るかと思った……。」
「怒らねえよ。俺の信用がねえのは、俺の不徳なんだろうし、それに……蘭に嫌われたくねえから。」
そう言って、新一は再び歩き出した。
「私は、新一を疑ってるとか、そんなんじゃなくって。ただ……。」
「ただ。何だよ?」
新一が、再び立ち止まって、蘭の方を見た。
「時々……志保さんが本当は、新一の事好きなんじゃないかって、感じる事があって……。」
「それは、ない。」
新一がきっぱりと言って、蘭は目を見張る。
「な……何で、そう言い切れるのよ?」
「何でって言われても。俺とあいつでは、合わねえし。……うまく説明は出来ねえけど。お互い、そういう対象には、成り得ねえんだよ。」
「新一……。」
「あのな。蘭。俺は、宮野だろうが他の誰かだろうが、オメー以外の女性との事なんか、考えた事も、ねえんだ。」
「えっ?」
「もしも、オメーに振られたら。その時は……俺は生涯、独り身だ。お前じゃなかったら、俺は女なんて、必要ねえんだよ。」
蘭の目を真っ直ぐ見て、キッパリ言い切った後。
新一は、真っ赤になって目を逸らした。
そして、また歩き始める。
「行くぞ。」
「う、うん……。」
蘭の心は、ジワリと温かくなった。
蘭が想像していた以上に、蘭は新一から愛されているらしい事が、分かったからだ。


志保が新一に対して、もしかしたら淡い恋愛感情を持っているのではないかという思いは、今もあるけれど。
新一が「それはない」とキッパリ言い切ったのだから、それで良いのだろうと、蘭は思う。



「ねえ新一。また、ゆっくり、デートしようね。今度こそ、2人きりで。」

新一が驚いたような表情で振り返り、蘭は、にっこりと笑った。
新一は、大きく息をついた。
そして、蘭をグイッと抱きよせ、その耳に囁きかけた。


「蘭。さっきのホテルに、今夜、部屋を取ってる。」
「えっ!?」

新一の思いがけない言葉に、蘭は目を大きく見開いた。

「新一……まさか、それって……。」
「取っている部屋は、1室だけ。それも、ツインじゃなくて、ダブル。」
「い、いきなり、そんな……!」
新一が少し体を離し、真っ直ぐに、蘭を見詰める。
その目の中には、灼熱の色が宿っている。

「い、嫌だって言ったら?」
「その時は……ホテルはキャンセルして、このまま電車で帰るだけだ。」
「新一……私は……。」
新一は、大きくふうっと息をついた。
その目の光が和らぎ、優しく蘭を見詰めて、腕を解き、蘭を解放する。
新一は、蘭の額を軽く小突いた。

「バーロ。んな顔すんなよ。帰るぞ。」
「えっ?」
新一は、くるりと蘭に背を向けると、歩き始めた。
「泊まりは、また、いずれな。」


新一の後姿に、蘭の胸は切なくきゅううんとなる。

「新一!」
蘭が、後ろから新一に抱きつく。
「わわっ!何だよ、蘭!?」
「あ、明日は……赤レンガ倉庫とか、山下公園とか、今日行けなかったところに、連れてってくれる?開港祭のイベントも、まだあるみたいだし。」
「……って、明日また、横浜に来いってか?」
「ち、違うわよ、バカ!だ、だから!……ホテル、キャンセル、しなくていいから……。」
新一の背中越しに、息を呑む気配が伝わって来る。
新一は、くるりと向きを変え、真正面から蘭を見詰めた。
「マジ?」
「な……何度も、言わせないで……。」
「蘭!」
新一に、息もつけぬ程強く抱きしめられて。
蘭は、幸せだと思っていた。



花火は終わったけれど、新一と蘭の熱い祭りの夜は、これから始まる。




祭りが終われば、横浜に夏が来る――――。




FIN…….

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