Sail Fish  ―名探偵たちの魚釣り―


初夏の或る昼下がりの毛利探偵事務所……。


「ねえ〜、ら〜ん。」
「なな、何よ、園子。」
遊びに来ていた園子にいきなりどアップでせまられる蘭。
「今度の日曜日、ヒマ?」
「まあ、別に予定は無いけど……?」
「そう、じゃあ私と相模湾へ鯛釣りに行かない?」
「へ?鯛釣り?」
「そーよー。今、鯛料理っつーのがはやっててねー。これを武器にいい男をゲットして……。」
と言いながら、雑誌の鯛料理のページを蘭に見せる園子。
「アンタったら、また……。」
呆れ顔の蘭。
「でも、ボートとかどうすんの?」
「それなら心配要らないわよ。葉山マリーナにうちのプレジャーボートがあるから。」
「私、操縦できないわよ。」
「その点も心配要らないわ。適役がいるじゃない。」
「適役?」
「そ、適役。」





「で……、俺に白羽の矢を立てたってわけか……?」
いきなり工藤邸に現れた園子の、これまたいきなりの誘いに呆れ顔の新一。
「そうよ、新一君。だって、アタシ達の知り合いでボート操縦出来るの、新一君しかいないもん。」

因みに彼等は今、大学生である。

「成る程……。でもそれって、結構面白そーじゃねーか。」
「あら、珍しいわねー。新一君からそんな言葉が飛び出すなんて。」
「そうか?」
「園子の言う通りね。」
「まあ、いーじゃねーか、別に。」
「そりゃそーだ。」
「で、どこにあるんだ、船?」
「逗子近くの葉山マリーナ。」
「葉山か……。そんで、集合時間は?」
「午前十時、現地集合。」
「成る程……。よし、わかった。」
「新一も行く事にしたの?」
「あったりめーだろ?俺だっていつも推理事ばっかじゃ、頭が固くなっちまうからな。だからたまには気分転換でもしねーと。」
「成る程。」
「確かにね。」





その夜、毛利探偵事務所にて……。


『ほーっ、蘭ちゃん、鯛釣りに行くんか。』
「そーなのよ、和葉ちゃん。新一も一緒にね。」
ケータイで和葉と通話する蘭。
『おお、そらえーやんか。夫婦水入らずで釣りかいな。』
「ブッ!な、何て事ゆーのよ、和葉ちゃんったら!」
『キャハハ、ジョーダンやて、ジョーダン♪』
「もう、本気に取っちゃったじゃない。」
顔が真っ赤になる蘭。
『アハハ、ごめんごめん。』
「それでね、新一は……。」
話が弾む蘭と和葉であった……。





日曜日の午前九時、TR横須賀線逗子駅前……。


「葉山マリーナって、確かここが下車駅よね。」
「ああ。ここから更に京急のバスに乗っていくんだ。」
釣り道具一式を持って逗子駅前のバスターミナルの案内板の前に立つ新一と蘭。
と、そこへ、
「で、何処行きのバスに乗ってくんや?」
「決まってんじゃねえか。葉山行きのバスに……って、い゛い゛っ!?」
「まあ!」
「よお、工藤、姉ちゃん。」

「オハヨ、蘭ちゃん、工藤君。」
新一達が振り向くと、なんとそこには、何故か釣り道具一式を持った平次と和葉の姿が。
「服部……、オメー、一体何しに来たんだ……?」
見るからに呆れ返った様な目つきで平次を見る新一。
「決まっとるやないか。これから鯛釣りに行くんや、お前と一緒に。」
「鯛釣りって……、ちょっと待て、こら。俺、お前なんか誘った覚えなんてねーぞ。それに一体、どっからそんな情報仕入れたんだ?」
「ごめんな、工藤君。アタシ、こないだ蘭ちゃんから聞いた鯛釣りの話を平次に話したら、こいつ、園子ちゃんに参加希望の連絡入れよったんよ。」
「それで園子のヤロー、二つ返事で許可したっつーわけか……。」
「如何にも園子らしいわね……。」
呆れ返る新一と蘭。
「まあ、そう言うこっちゃ。ほな、早よ行こか。」
と言いながら平次は新一を引っ張って行った。
「わわっ、ちょ、ちょっと待て、服部ィ!!」
「平次のヤツ、ホンマせっかちなやっちゃなー。」
「ハハハ……。」





葉山マリーナにて……。


「さてさて、みんな揃ったわね。」
プレジャーボート前で点呼をとる園子。
「よろしゅー頼むで、園子ね―ちゃん。」
「魚、いっぱい釣らへんとな。」
「バッチシがんばんなきゃ。」
「全くだ。」
やる気満々の面々。
「所で園子、ボートのキーは?」
「はい、これ。」
新一にプレジャーボートのキーを渡す園子。
「OK。さあ、行こうか!」
「「「「おーっ!!」」」」

こうして新一達は意気揚揚と出港して行った……。





葉山沖、西10kmの地点にて……。


「へっへっへ、やったで!」
「和葉ちゃん、すごーい。」
大型のマダイを釣り上げて、満面の笑みを浮かべる和葉。
「凄いじゃないか、ホントに。」
「初めてにしちゃ上出来よ。」
和葉を褒め称える新一と蘭。
「ほんと、凄いものよねー。」
園子も我が事の様に満足そうだ。
「全く、大したもんだぜ、なあ、服部。」
「フン!あんなのまぐれや。どうせあれ一匹だけに決もうとる。」
と、釣竿を持つ手が余り穏やかではない平次。
「大体鯛一匹釣ったくらいで、あないに大騒ぎ無いと思うんやけどなあ。」
「そーゆーオメーは、ここに着いてから一匹も釣れてねーじゃねーか。」
と言いながら平次のバケツを見る新一。

「ほっといてくれ!本番はこれからじゃい!!」
「ハイハイ。」




 


それから30分後……。


「アハハ、また釣れたで。」
「和葉ちゃん、結構やるじゃない。」
「いやいや、そう言う蘭ちゃんだって。」
二人のバケツの中には、大きなマダイが5匹づつ入っていた。
「やるわねー、二人とも。」
「あら、そう言う園子もなかなかのもんじゃない?」
園子のバケツには、中型のマダイ一匹とカンパチ三匹が入っていた。
「いやあ、それほどでも。」
照れる園子。
「けど、ホントにすげーよな、蘭達って。なあ、服部。」
「ぶすーっ……。」
新一の呼びかけに全然答えない平次。
「……あっ、そっか。お前あれから、一匹も釣れてねーんだっけ。」
新一は再び、魚が何も入っていない平次のバケツを見つめた。
(因みに新一のバケツには、カツオが2匹、サワラが3匹入っていた。)
「じゃかましいわい!俺は大物一本釣り主義なんや。だから、そないな雑魚にかもうてるヒマなんてないんや。」
「おーおー、無理言っちゃって。」
「くっそーっ、オレだけ一匹も釣れへんなんて、こないなままで、とても大阪なんか帰れるかいな。見とれよ、今にでっかい獲物捕まえ……。」
と、その時、

ガクッ!!

「ん?この手ごたえ……?」
「おっ、早速かかったか?」
「そのようやな。」
「でも、これ少しデカイんじゃねーのか?オメーの竿、しなりが意外と大きいじゃねーか。」
「何言うてんねや。そうとうイキがいい魚がかかった証拠やんか。」

と、平次がリールを巻いた直後、

バシャーン!

魚が突如ジャンプした。そして、

「わあっ、な、何やアレ!?」
「へ、変な魚!?」
「か、怪物……?」
突如海からジャンプした、長い上唇と巨大な背びれを持つ異形の大型魚に驚く五人。

バシャーン!!

「あっ、アレは……!?」
新一は再び海に入った大型魚について、何か気付いた様だ。
「おい、工藤、あれカジキとちゃうか!!?」
必死こいて竿を握りながら新一に尋ねる平次。
「ああ、ありゃ間違い無くカジキマグロだ。」
「カジキマグロ!?」
「そうだ。それもただのカジキマグロじゃねえ。あれはセイルフィッシュ――バショウカジキだ。」
「セ、セイルフィッシュ―――!?」
「バショウカジキですって!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、新一。確かセイルフィッシュって、相模湾で釣れたっけ!?」
「いや、恐らく黒潮に乗って泳いでいるうちに、相模湾に入り込んだんだろ、きっと。」
「成る程……。」
納得する蘭。
「それに見ろ。」
新一は、水面から出ているバショウカジキの巨大な背びれを指差した。
「うっわー、ごっつでっかい背びれやなー。」
「あの芭蕉の葉の様な巨大な背びれを持つ所から、『バショウカジキ』って名前がついたんだ。」
「そしてそれがヨットのセイル(帆)に見えるトコから、『セイルフィッシュ』っちゅー英名がついてんねや。ぐぐぐ……。」
バショウカジキと必死に格闘しながらも、説明する平次。
「見た所、ありゃ少なくとも全長2メートルは下らねえな。」
「にっ、2メートル!?」
「そんなデッカイ魚釣るんかいな、平次!?」
「あったり前やないか!本場の赤道直下でもめったにお目にかからん獲物や!ここで釣らんでどうすんねん!?」
「服部の言う通りだ。このままだと、どうせ最期に行き着く先は、この相模湾の深い海の底だ。だったらそうなる前に俺達の胃袋に送り込んでやった方が、自然の摂理にかなってるだろ!?」
と言いながら、平次と共に釣竿をもつ新一。
「頑張って、新一!」
「平次、負けるなーッ!」
「やれーっ!」
新一と平次を応援する二人。





「く〜〜〜〜っ!」
「ぬうう〜〜〜っ!」
バショウカジキがヒットしてからおよそ10分が経過した。
「こいつ、結構やるやないか……。」
「だからこそ、カジキじゃねーか!?」
と、リールが少し緩んだ。
「おっ、あっちもだいぶ弱ってきたみたいやな!?」
「そのようだな!」
と、更にリールが緩む。
「よし、いまや、工藤!」
「行っけーーーーっっ!!」

ブウォンッッ!!
竿を一気に振り上げる新一と平次。

ザバアーーーンン。

その勢いで、バショウカジキが一気に水中から引き上げられた。
「うわあっ!?」

ドガッッ……。

プレジャーボートの甲板に叩き付けられる様にバショウカジキが飛び込んだ。

ピシャッ、ピシャッ……。

甲板上でなおも跳ね上がるバショウカジキ。

「「「「「……。」」」」」
余りにも凄い釣果に、言葉も出ない五人。

ピシャッ……、ピシャッ……。

そのうちにバショウカジキの動きが収まった。そして、

「……や……、やったぜーっ!!」
「よっしゃあ!!」
「スゴイ、スゴイわ、新一!」
「平次、かっこええで!」
「二人ともホント凄いわ!」
ボート上で歓喜の声をあげる五人であった……。





「いやー、ホンマに楽しかったなあ。」
「全くや。」
「けど、あんな凄い魚をヒットさせるなんて、オメーも大したもんだぜ。」
「ホントよねえ。」
「うんうん。」

葉山マリーナに戻って来た五人は、皆、満足げな表情をしていた。

「けど、今日は他の魚もいっぱい釣ったよな。」
「さすがにアレだけ釣ると、もって帰るのが大変よね。」
「そーそー。だから、持って帰れる分以外はみんなクール宅急便で送ってもらう事にしたのよね。」
「そして、セイルフィッシュは肉を取り除いた部分使うて、剥製にして俺んちに飾るんや。」
平次の両手の袋には、バショウカジキの本体から取り出したトロが満載されていた。

「あっ、あれ見て、平次!」
と、和葉は海の方を指差した。
「うわあ、凄い夕日やな。」
「綺麗……。」
「何て美しいのかしら……。」
「すげえ……。」
鮮やかな夕日に見とれる五人。
「これだけ見事な夕焼けが出るって事は、明日は晴れだって事かな。」
「ああ、そやな。」
「でも、今日はホントに楽しかったね。」
「うんうん。」
「また何時か釣りに来ようか。」
「おお、それエエな。それで、今度はソードフィッシュ(メカジキ・世界最大最強のカジキで、釣り人垂涎の的。)でも狙うて……。」
「無理だって、そんなの……。」
「「「「「ははは……。」」」」」


真っ赤に燃える夕日が、五人の若者達を赤く照らしていた……。



Fin…….


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