八重桜



とある春の晴れた日……。

「ふに〜。」
自宅のコタツの中で横になっている佐藤美和子刑事。
「やっぱり非番の日はコタツの中でゆっくりするのが一番ね〜♪」
と言いながら、彼女は座布団を枕に、猫のように寝っ転がる。
と、そこへ、
「ちょっと美和子。」
「あっ、お母さん。」
「いい若い者が何て恥ずかしいマネを……。」
と、娘のだらけ振りを嘆く母。
「いーじゃないの、別に。たまの非番ぐらい、ゆっくりしたって。」
と、抗議する美和子。が、
「ああ、美和子のこんな醜態をお父さんが見たら何て言うか……。」
と言いながら母は、美和子の父の故・佐藤正義警視正の遺影を見た。
「あのね……。」
ジト目の美和子。
「こんな晴れた日くらい、少しは公園に行って桜でも見てきたらどうなの?」
「え?桜?」
と、美和子は上半身を起こした。
「そう。公園の八重桜が満開になってたわよ。」
「満開!?」
そう聞いて美和子は立ち上がった。
「私、ちょっと行って来る!」
と言うや、財布と腕時計を持って、公園へと向かって行った。
「……。」
あっけに取られる美和子の母。だが、
「ふう……。でも、あの子はいつも元気ね、お父さん……。」
と、佐藤警視正の遺影を見て呟いた……。





「うっわー、なんて綺麗なのかしら……。」
近所の公園で乱れ咲く八重桜を見て驚嘆する美和子。
「ホント、春って感じよね……。」
彼女は、八重桜を見ながら、公園を散策した。
と、そこへ、
「あっ、佐藤さん。」
「え?」
彼女は声のした方を振り向いた。
「こんにちわ。」
「どうもこんにちわ。」
「まあ、蘭さんに工藤君。」
美和子が振り向いた先には、新一と蘭がいた。
「どうしたんですか、佐藤さん。こんなトコで?」
「いやね、自宅がこの公園の近所だから、ちょっとばかし散策に来たの。非番で何もする事ないし。」
「へえ……。」
「で、あなた達は?」
「俺達ですか?もちろん花見ですよ。丁度大学も春休みだから。」
「この公園が八重桜の名所だって事、お母さんから聞いたんです。」
「うふっ、て事はデートかしら?」
「え゛っ!べ、別にデートって訳じゃ……。」
顔が八重桜の花の様に染まる蘭。
「ハハハ、やっぱ佐藤さんにはかなわないな。」
「うふふ……。」
「クスッ……。」
思わず笑いあう三人であった……。





公園内を更に散策する三人。
と、美和子は不意に足を止めた。
「ん?どうしたんですか、佐藤さん?」
美和子は、目の前に広がる一本の大きな八重桜の木を見つめていた。
「……この木、あの頃みたいにまるで変わってないわね……。」
「え?」
「公園の八重桜の中でも一番大きな『毘沙門桜』の木……。私ね、小さい頃、今頃の季節になると、よく父にここに連れて行ってもらってたの。」
「お父さんと言うと……。」
「故・佐藤正義警視正の事ですよね、佐藤さん?」
「そうよ……。」
と、目を伏せる美和子。
「あの時もそうだった。かの『愁思郎事件』で亡くなる一週間前のあの時も……。」
彼女は遠い過去に思いを馳せている様だ。
「あの時ね、この『毘沙門桜』を前にして、父は私にこう言ってくれたの……。」


―いいかい、美和子。決して元気と勇気を忘れてはいけないよ……。―


「今にして思えば、その言葉が父の私に対する遺言だったのね……。」
「……。」
「……。」
言葉が出ない新一と蘭。
「その一週間後、父は殉職した……。そしてこれを悲しむかの様に、この『毘沙門桜』の花は全て散って行ったの……。」
そう語る美和子の瞳からは、一筋の涙が流れた。
「……あ、あらやだ、私ったら。こんな恥ずかしいところを見せちゃって……。」
と、彼女はハンカチで涙を拭き取った。
と、徐に新一が口を開く。
「……それって、この『毘沙門桜』が、天国へ向かう佐藤警視正の為に、桜の花道を作ったからじゃないですかね。きっと……。」
と、『毘沙門桜』を見上げながら語る新一。
「そうですよ、きっと。」
「工藤君、蘭さん……。」
美和子は二人の顔をじっと見つめた。
「……そうね。この『毘沙門桜』のお父さんへの最後の贈り物よね……。」
美和子は再び『毘沙門桜』を見上げた。
「ありがとう、工藤君、蘭さん。何だか気分がすっとしたみたい。」
「それは良かったですね。」
「うんうん。」
軽く頷く新一。
「さあ、行きましょ、二人とも。この先に、おいしい甘酒のお店があるの。」
「えっ、ホントですか!?」
「そりゃ早く行かね―と。」
と、三人は再び歩き始めた。


ほんの少し歩いた所で、美和子は再び『毘沙門桜』の方を振り向いた。

「また来年も来るわね、お父さん。今度は大事な人と共に……。」

美和子を祝福するかの様に、優しい桜吹雪が彼女の周りを舞った……。


FIN…….


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