夢聖夜(改訂版)



By東海帝皇&ドミ



12月24日の午後……。



「ふああ〜っ。」
「まあ、快斗ったら。何大あくびなんかしてんのよ。」

と、クリスマスの買い物からの帰りの途中、道のど真ん中で大あくびをする快斗を咎める青子。

「しゃあねえだろォ。夕べは下見で忙しかったんだからよ。」
「つったく、快斗ったらァ。あんまり仕事に集中しすぎると、その内身体を壊すわよ。」
「そりゃわかってるけどよォ。でもパンドラが入ってるかもしんねービッグジュエルを目の前にして、何もしねえなんて訳には行かねえだろ?……ったく、それに、中森警部も白馬も工藤も、しつっけーったらありゃしねえし。」

と、青子に語る快斗。
彼は昨晩、杯戸美術館にクリスマスイブだけの特別展示が予定されているビッグジュエルの一つ、ギガーススピネルの下見に行ったのだ。
そして今日が犯行予告日である。

「まあ、確かにそうかも知れないけど、どお?今度のは、見込みありそう?」
「……んなの、実際に手に取って月にかざしてみねーと、わかんねーよ。」
「で、もし違っていたら、当然の事ながらきっちりと返すのよね?」
「決まってんじゃねえか。それが怪盗キッドの流儀だからな。」
「くすっ、そうね。」

と、快斗と事も無げにキッドの仕事について語り合う青子だが、ひょんな事からキッド=快斗だと言う事を知ったのはつい最近の事である。

これまでの経緯から、最初は凄く怒ったのだが、裏事情を聞かされると、全てを許した上で快斗の行動を容認するようになったのだ。

「快斗。早くおじ様の仇を討って、キッドの引退ができるといいね。」
「あ、ああ……そうだな……。」

何となく慌てた様子の快斗をちょっといぶかった青子だったが、快斗につられたように大あくびをした。

「ふあ〜っ。」
「ん?何だ青子。オメーも大あくびしてんじゃねーか。」

と、快斗もあくびをする青子を咎める。

「あっはは〜、青子も一応、受験生だし。」

笑って誤魔化す青子。
しかし、快斗には分かっていた。

(青子……オメー、俺が仕事の時は、心配で眠れないんだろ……。)

実は快斗には、青子にまだ打ち明けていない秘密が残っていた。
青子が快斗の身を案じていることに、何となく気が咎め、後ろめたく感じてしまう。

「快斗。無理するなって言っても無理だろうけど……無理、しないでね……。」
「青子……。」

互いにじっと見つめ合う二人。
と、その時、

ぐう〜〜〜〜。

「え゛!?」
「え?」

快斗のお腹から聞こえてきた音に一瞬固まる二人。

「……ウフフフフ、もう快斗ったらやあねー。」
「ななな何言ってんだよテメー!!!?」
「だって……うぷぷぷ……。」

笑い出す青子に対し、顔を真っ赤にして抗議する快斗。

「つったくー、しゃーねーだろ?人間である以上空腹には勝てねーんだから。」
「はいはい、わかったから。とりあえず帰ったらすぐにご飯作ってあげるね。」
「おお、そいつはいいな。それじゃあ早速行きますか!!」
「えっ、ちょ、ちょっと快斗ぉ!?」

快斗は青子の手を無理矢理引っ張り、自分の家へとダッシュして行った。



  ☆☆☆



そして犯行予告一時間前……。



「それじゃ頑張ってね、快斗。」
「ああ、ありがとよ、青子。帰って来たら、パーティーの続きをしようぜ。」
「うん……。」

CHU♪

と、快斗のほっぺに軽くキスをする青子。

「じゃあ行ってくるぜ。」
「気をつけてねー。」

と、青子に見送られながら快斗は夜の街へと飛び去っていった。

「……ふう……。」

快斗を見送った青子は、ため息を一つつき、再びテーブルに着いた。

「ふあ〜っ、何か眠いなあ……。」

とウトウトとしだす青子。

「やっぱ寝不足かなあ……。ま、快斗が戻ってくるまで軽くひと寝入りしよっと……。」

青子はクリスマスケーキが置かれたテーブルの上に腕枕をして眠り始めた……。








  ☆☆☆








「ん……ふ、ふあ〜っ……。」

と、大あくびをしながらゆっくりと目を覚ます青子。

「…………あれ……、青子ったら寝ちゃったのかな……?」

彼女は寝ぼけ眼のまま、ゆっくりと目を開いてみた。
すると、

「なっ……!?な、何よこれ……?」

彼女は自分の目の前に広がる光景を見て絶句する。
さっきまで家の中にいたはずなのに、ここは屋外だった。

「あ、青子確か、自分の部屋の机の上で寝てたはずなのに、これって一体……ハッ!?」

と、彼女は、自分の手を見て違和感を覚え、更に、すぐそばの建物の窓ガラスに写った自分の姿に血相を変えた。

「ち……ち……小さくなってる〜〜〜〜っっ!!!!」

なんと青子の姿は、どう言う訳か、小学校三年生の頃の姿になっていたのだ。

「ど、ど、どーなってんのよ、これって!?」

当たり前の事だが、青子は今自分の身に何が起こっているのか、全く理解できていないようだ。
しかし、

「そっ、そうよ!これってきっと夢よ!夢に違いないわ!!」

と、自分を納得させようと、ほっぺをつねった。
だが、

「痛いっ!……って事は……、これって現実なの〜〜〜〜!!?」

と、青子はムンクの「叫ぶ人」状態に陥ってしまった。

「とっ、とにかくこんなトコにじっとしていないで、何か手がかりを見つけなきゃ……。」

そう言うや彼女はその場所を歩き始めた。



「……でもここってどっかで見た事があるような……?でも何か違うのよね……。」

青子は、自分が今見ている光景が、何かとても馴染み深い場所の光景である事に気付いた。
しかし、それが何処なのかまでは思い出せずにいた。

「一体何なの、これって……。」

と、彼女は周りを見回しながら歩く。
それにしても、暑かった。
さっきまでクリスマスイブだったのに、今は真夏のようだ。
着ている物も夏物だ。

「けどこの風景、何かの遊園地みたいだけと……ん?」

と、青子はふと、何かに目を向けた。

「!こ、このポスター……!?」

彼女はそのポスターを見て血相を変えた。
何故なら、そのポスターには、


世紀の天才マジシャン、黒羽盗一の大脱出ショー、
トロピカルランド特設ステージにて本日開催!
平成〇〇年9月××日

と、書かれていたからだ。

「こ、ここってもしかして……9年前のトロピカルランド〜〜っっ!!!?」

彼女は自分が置かれている状況を把握した。
だが、

「でっ、でも何で青子が9年前のトロピカルランドにいるの!?しかも、小三の姿で!!?」

青子の頭の中は、完全に混乱していた。

「う〜っ、どーしよーっ。どーすれば元いた時代に戻れんのかしら〜〜っっっ!!」

と、悩んでいた時、

「おい、アホ子。」
「な゛っ!?だ、誰がアホ子……、ん?」
「どーしたんだ、一体?」
「な゛っ……!?あ、あなたは……快斗!?」

青子のスカートを引っ張っていたのはなんと、小学生の頃の快斗だった。
彼女は、スカートを引っ張り続ける少年――黒羽快斗を蒼ざめた表情のまんまで見つめていた。

「ほらほら、早くしねーとおやじのショーが始まっちまうぞ。」
「あっ、そ、そうだったっけ。(ショー!?って事はまさか!?)」

話を聞いた青子は再びポスターを見た。

(……間違い無いわ。今青子がいる時間は、間違い無くあの時の……、そう、おじ様が謎の組織に爆殺されたあの日!!)

彼女は、9年前のトロピカルランドにて、自分の目の前で起こった、快斗の父・盗一の事故、いや、爆殺のシーンを思い出していた。

「さあ、行こうぜ、青子。」

と、快斗が青子を連れて走り出そうとした時、

「待って!」
「え?」

青子は咄嗟に快斗を呼び止めた。

「ねえ、快斗。ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
「何だ、青子?」
「あんたのお父さんってもしかして、あのショーに出演する黒羽盗一さん?」

と、親指でポスターを指しながらチビ快斗に尋ねる青子。

「はあ?なに寝ぼけた事言ってんだ、オメー?」

と、怪訝そうに青子を見る快斗。

「い、いや、その……改めて聞いてみようと思って……。」
「ああ、そうさ。俺の親父はすっげーマジシャンなんだぜ。」

と、得意げに話すチビ快斗。

「ふーん、そうなんだ。」
「……つったく、今日のオメー、少し変じゃねーか?」
「そっ、そーかもしんないわね。ハハハ……。」

と、笑って誤魔化す青子。

「まあ、そんな事はいいとして、ささ、早く行こうぜ、青子。」

と言うやチビ快斗は、青子の手を取って、走り出した。

「わわっ、ちょ、ちょっと快斗!?」

二人はショーが行われる特設ステージへと向かって行った。
が、青子はその途中である事を考えていた。

(もし……、もし盗一おじ様に会ったら、絶対に伝えなきゃ……!あの事故の事、そして快斗が2代目のキッドになった事を……!そうすれば、未来が変わって、快斗がキッドになる必要が無くなるもの……!)



  ☆☆☆



「さあ、着いたぜ、青子。」
(……同じだ、あの時と……。)

チビ快斗に案内されて、トロピカルランド内の野外ステージに着いた青子は、9年前の当時の事を思い起こしていた。
だが彼女は、その様な事をおくびにも見せず、

「有り難う、快斗。」

CHU★

「わわっ、なっ、何だよ青子!?」
(はわわわ……、あ、青子ったらなんて事を……。)

彼女は一瞬、自分が今小学生の姿でいることを忘れ、チビ快斗を褒めるつもりで彼のほっぺに軽いチューをしてしまったのだ。
これはキッドの仕事に出向く快斗を送り出す際にいつも行う事で、習慣として完全に身に付いてしまっていて、それが行動に出てしまったのだ。
当然の事ながらチビ快斗はこの青子の行動に驚き、また青子は青子で恥じらいのあまり顔が真っ赤に染まっていた。

が、

「……へへっ、ありがとよ。」

どうやらチビ快斗は満更でもなかったようだ。

「い、いえ……。(かっ、快斗ったら……。)」

と、内心ちょっぴりドギマキしているチビ青子。
しかし、

(ウフフフ……、なんか懐かしいわね……。)

と、優しい瞳で微笑ましげにチビ快斗の様子を見るチビ青子。

その時、

「快斗ぼっちゃま!」
「え?」

と、青子は、チビ快斗を呼ぶ声がした方を向いた。

「あっ、ジイちゃん!」
「一体何処へ行ってたんですか。もうあと少しで盗一様のショーが始まりますよ。」
(あっ、あの人……!)

彼女は、チビ快斗を呼んだ老人――寺井黄次郎を見て、

(8年前の寺井さんって、今とあんまし変わってないわね、クスッ。)

と、軽く微笑んだ。が、

「おや、青子ちゃん。」
「えっ、あっ、その、あの……。(やっ、やっばあ〜〜い。)」

と、突然寺井に話しかけられて、慌てふためく青子。
だが、

「青子が、ショーの前に親父に会いたいって言うから、ここまで案内してきたんだ。」

と、チビ快斗が寺井に説明した。

「えっ、そうなんですか?」
「はい、青子どうしても盗一おじ様に会いたくて……。」
「うーむ……、困りましたねえ……。もうそろそろショーの開演が始まりますから、果たして……。」
「そこを何とかお願いします!」

と、強い調子で懇願する青子。
その時、

「どうしたんだい、一体?」

と快斗達に声をかける者が。

「あっ、親父。」
「こ、これは盗一様。」
(盗一おじ様……!)

チビ青子は自分達の前に現れたマジシャン――黒羽盗一の姿を見て思わずハッとなる。

「あのさあ、青子が親父と話がしたいって言うんでここに連れてきたんだけど……。」
「ほう、私に?」
「えっ、ええ……。」
「……。」

青子をじっと見る盗一。
そして、

「よし、いいとも。ささ、こっちにおいで。」
「えっ、あ、ありがとうございます!!」

盗一の心遣いに感謝する青子。

「で、ですが……。」
「大丈夫だよ、寺井。ステーシーが始まるまでまだ時間はあるし。さあ、行こうか。」
「はい!」

青子は盗一に手を引かれて、控え室へと向かっていった。

(そうよ……、これって神様がおじ様を助ける為に奇跡を起こしてくれたんだわ。だったら何としてもおじ様を止めなきゃ……!)

そう固く心に誓う青子であった……。




  ☆☆☆



「ささ、どうぞ、青子ちゃん。」
「あっ、有り難うございます……。」

盗一に勧められるままに着席する青子。

「さて、私に何か用かな?」
「え……と……、その……あの……。(なっ、何やってんのよ、青子!早くおじ様に伝えなきゃ!)」

青子は盗一を前に、完全に上がってしまっていた。

「おやおや、小さなレディは、ちょっと緊張しているようだね。では私がリラックスさせて上げよう。」

ポンッ!

「わあ、綺麗な花!」

青子は、盗一が掌から出した花一輪を見て、歓喜の声をあげた。

「さっきの困った顔も可愛いけれど、レディはやっぱり、笑顔の方がよく似合うよ。」

そう言って気障にウインクする盗一に
(やっぱり血は争えないわね……。)
と呆れる青子。


「では、話してもらえないかな、私への用件を。」
「あっ、そっ、そうだった。」

と、姿勢を正す青子。

「あの……。」
「はい?」
「こんな言い伝えをご存知でしょうか。」
「言い伝え?」
「『ボレー彗星近付く時、命の石を満月に捧げよ……。さすれば涙を流さん……。』と言うものなんですが……。」

と、チビ青子は少し俯きながら盗一に話した。

「…………。」
(うっ、うっわー、とーとー言っちゃったよ〜っ。盗一おじ様、一体どんな反応をするのかしら。)

と、彼女は不安げに顔をゆっくりと上げながら、盗一の方を見た。

「…………。」
(あ、あれ……?どうしちゃったの、おじ様……?)

盗一は何も語らぬまま、青子の方をじっと見ていた。

「あ、あの……。」
「君、その話、一体何処で聞いたんだい?」
「えっ……。」

突然盗一は青子に尋ねた。

「もし良かったら、話してくれないかな?」
「あっ、あの……。(つっ、ついにきたわ……。今こそおじ様に全て話さなきゃ……。)」

と、青子は腹をくくった。

「あっ、あの、おじ様!」
「えっ!?」

青子の態度の変化に軽い驚きを覚える盗一。

「お願いです!今日のショー、辞退して下さい!」
「ど、どうしたんだね、急に?」
「もし今日おじ様がショーに出たら、おじ様……、おじ様は暗殺されるかもしれないんです!」
「……!?」
「私、中森青子なんですけど……、ホントは今から8年後の世界からやって来た中森青子なんです!」

と、青子は勢いのままに、盗一が爆殺された事、快斗が盗一の後を継いで二代めの怪盗キッドになった事、そして、盗一と同様に命の石・パンドラを追っている事などを洗いざらい盗一に激白した。



「……ハア、ハア……。」

勢いのままに激白した反動で、やや息切れ気味のチビ青子。

「こ、こんな話……信じてもらえないかもしれないけど……。」
「……いや。信じるよ。君は人を欺くような子じゃないし……それに、9歳の子どもに18歳の振りはできまい。」
「信じてくださるんですね!」
「……ありがとう、青子ちゃん。」
「じゃあ、ショーを中止なさるんですね!?」

と、希望に満ちた笑みを浮かべる青子。だが、

「これで私も心置きなくステージへと向かう事ができるよ。」
「なっ……!?そ、そんな……!?」

彼女は一挙に蒼ざめた。

「どうして!?どうしてなの、おじ様!?今ステージに向かったら、間違い無く死ぬとわかっているのに!?」

と、彼女は盗一に詰めよった。

「青子ちゃん。ステージに立つものは、何があってもステージに穴を空けるわけにはいかないのだよ。私は、マジシャンのプロとして、ここでショーを中止するわけにはいかないのだ。」
「で、でもっ!」
「それに、たとえ今ここでショーを中止して逃れたとしても、やつらはまた追ってくる。生涯、ステージに立たずに逃げ回るわけにも行くまい。」

盗一の意志の強さの前に、青子は何も言い出せず、その目から涙が溢れ出た。
その時、

「あ、そうだ。」

と言うや盗一は、服のポケットに手を入れ、

「これを……君の時代の怪盗キッドに渡してくれないか?」

と、快斗がキッドになる時に身に付けるモノクルと同じ物を取り出した。

「お、おじ様、これは……?」
「これはね、私の妻から送られた、フレームがプラチナ製のモノクルでね。私の大切な宝物でもあるんだ。」
「でっ、でもそんな……。」

そう青子が言いかけた時、

「盗一様、そろそろお時間です。」

と、部屋の外から時井が盗一を呼びに来た。

「そうか、今行く。」
「あっ、待って、おじ様!」

と、盗一を呼び止めようとする青子。

「青子ちゃん、それにね。私は、むざむざ殺されに行くわけではない。闘いに行くのだ。」

と言いながら、盗一は手を振って去って行く。

「だっ、だめ!行かないで!」

と、後を追おうとする青子。だが、

「なっ、何?かっ、体が……動かない……!?」

突然青子の体が動かなくなり、しかも彼女の周囲に闇が広がりだした。

「まっ、まさか、元の世界に……いやっ!待って!おじ様を……と……め……な……きゃ……。」

青子の視界は更に闇に覆われ、盗一の姿が彼方へと消えつつあった。

「おじ様…………おじ様あーーーっっ…………!」

青子の絶叫は、空しくも闇の中へと呑まれていった……。







  ☆☆☆







「行ってはだめ……おじ様……。」
「おい、青子!しっかりしろ!」
「おじ様…………ん…………あ……あれ……?」
「大丈夫か、青子!?」
「か、快斗……?」

青子は快斗に揺り起こされて、顔をあげた。

「どーしたんだオメー?随分うなされてたけど、何か悪い夢でも見てたのか?」
「ゆ……め……?」

青子は、自分の手を見た。
18歳の青子の手だ。
そして、部屋は、18歳の快斗の部屋だった。

(あんなに、あんなにリアルだったのに……夢、だったの?そうよね……あんなことが起こるはず、ないもの。青子の願望が強過ぎて、あんな夢、見ちゃったんだ……。)

青子はガックリしながら、そう自分自身に言い聞かせていた。

「う、うん、悪い夢だったのかも……。」
「ふうん。」

快斗はよく分からないという顔をした。
青子は、全てが夢であったことにガッカリしていたが、悪い夢かといわれたら、ちょっと違うような気がしていた。

「あ、そうだ。ねえ、快斗。」
「ん、何だ?」
「快斗の方はどうだったの?」
「ぜーんぜんダメ。今回もスカだったぜ。」
「そう……。」

と残念そうな青子。
その時、

「ん?おい青子。」
「え、何、快斗?」
「オメーの手に持ってる物、何だそれ?」
「え?」

と青子は自分の右手の中の物の感触に気付き、それを見てみた。
すると、

「こっ、これは……!?」

彼女は、自分の手に握られている物を見て、驚きの表情を見せた。

「ん?これモノクルじゃねーか。何でオメーが持って……。」

と快斗が言いかけている途中で、

「これ……プラチナのモノクルじゃ……。」
「え!?」

快斗は青子からモノクルを取り、それをよく見てみた。
すると、

「……間違いねえ、このフレームは確かにプラチナ製だ。」
「……って事は……やっぱりあれは夢じゃなくてホントの事……!」

と突然青子の目から涙があふれ出てきた。

「お、おい、青子!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい快斗!!」
「おっ、おい青子!?」

青子の只ならぬ様子に戸惑う快斗。

「青子が、青子があの時おじ様を、もっと強く止めてれば……。」
「おい、オメー一体何を言ってんだ?何があったんだ!?」
「ごめんなさいごめんなさい、快斗……!!」

快斗は、自分に抱き着いて泣きじゃくる青子の背中を撫でて、青子が落ち着くのを待った。
少し経ってようやく涙が落ち着いてきた青子は、しゃくりあげながら、快斗に、今自分が見ていた夢とも現ともわからない体験談をした。

「……成る程、そんな事が……。」
「青子ね、あの時何でおじ様を止められなかったのかと思うと、とっても悔しくて……。」

と悲しく呟く青子に対し、

「……え?」

快斗はキッドの衣装のまま、彼女をそっと優しく抱き寄せた。

「青子。泣くな。オメーが泣くことはない。」
「でも!」
「青子。クリスマスの奇跡と、言ったよな?それはまだ、終わってねえんだ……。」
「快斗!?」
「今、分かった。何もかも……オメーのおかげだったんだよ!ありがとな、青子!」
「ええっ!?」

その時。

「やあ。青子ちゃん。想像通りの素敵なレディになったね。」

ドアを開けて入ってきたのは、怪盗キッドとほぼ同じだが、真黒な衣装に身を包んだ一人の男性だった。

「あ、あなたは!?怪盗コルボー!?」
「おや、コルボーと君は面識がない筈だが?」
「だ、だって、怪盗キッドとそっくりの衣装で、でも真黒な……。って、ま、まさか!?」

コルボーが黒いシルクハットを脱ぎ、モノクルを取り去った。
そこには……10年の歳月が刻まれているが、先ほどまで青子が対面していた黒羽盗一の姿があった。

「久しぶり。あの時、君の助言のおかげで、奴らの仕掛けた罠を見つけ出し、からくも脱出できたというワケさ。」
「じゃ、じゃあ……。」

盗一が、自分が死んだと見せかけてひそかに脱出していたことを知った青子は、感動と安堵と戸惑いが混じり合い、言葉に詰まっていた。
しかし、落ち着いてくると、今度は怒りの気持ちが沸き上がり、青子は快斗に食って掛かった。

「快斗!今まで、青子のこと、騙してたの!?おじ様の敵討ちって、嘘だったの!?」
「え!?あ、いやいやいや!俺とお袋だって、ずっと親父は死んだと思ってたんだ!親父は付き人だった寺井ちゃんだって騙してた。俺が敵討ちのために怪盗キッドになったのは本当だ!」
「ああ、すまないね、青子ちゃん。私がこの姿で怪盗キッドジュニアの前に現れたのは、快斗がジュニアになって半年以上も経った頃だっただろうか。その時に、千影には会って本当のことを告げていたが、快斗と寺井ちゃんに真実を告げたのはつい最近のことなのだよ。」
「えええっ!?じゃ、じゃあ……!ひどい!おじ様!か、快斗も、おば様も、何年間もずっと、どんな気持ちでいたと……!!」

青子は、今度は涙を流しながら、盗一に食って掛かる。
長い間快斗の傍にいた青子は、快斗と千影がどんなに辛い思いをしてきたのかを、ずっと見てきていたのだ。

「青子ちゃん、すまない。だが暫くはとても、千影や快斗の前に姿を現すことも連絡を取ることもできない状況だったのだ……敵を欺くには味方からとも言うし。」
「そ、それにしたって……!」
「快斗の傍には、君がいてくれる。心優しい君のおかげで、快斗はどんなに心慰められただろう。」
「でも、おば様は!?」

と、その時。

「ええもう本当に。殿方の勝手な理屈は、我慢ならない時もあるわよね。」
「お、おば様!?」

快斗の母親、黒羽千影が、部屋に入ってきた。

「私が女手一つで快斗を育ててやつれ果てていた頃、この人は好き勝手していたかと思うと……。」
「おいおいおい。秘かに外国に渡り、新たな戸籍を得て、一から苦労してマジシャンとしての地位を築いていたというのに……。」
「どうだか。稼ぎ始めたら、女もより取り見取りだったんじゃないの?」

ジト目で盗一を見やる千影。

「私の宝石箱には、昔も今も君しかいない。信じてくれ。」

自分たちの目の前で痴話げんかを始めた二人を見て、青子は唖然と、快斗は憮然としていた。

千影は、青子の方を見ると、笑顔になって言った。

「青子ちゃん。私のために怒ってくれて、ありがとう。でも、この人が私の前に9年ぶりに現れた時、私がキッチリ制裁してあげたんだから!大丈夫よ。」

快斗がもの言いたげに盗一の方を見やった。

「う゛……ま、まあ……三重往復ビンタと無数の引っ掻き傷……かな?」
「でも、その後に美味しい思いもしたんだろ?」
「美味しいとは人聞きの悪い。長年の思いのたけを遂げ合ったというだけのこと。」
「…………。」

青子と付き合ってはいるものの、まだ深い仲になっていない快斗は、父と母が元々夫婦なのだから当然としても、自分たちだけがちゃっかりと、めくるめく夜を過ごしたらしいことに、やや面白くない思いをしていた。

「さて。これ以上若者たちの邪魔をするのは無粋だ。私たちは去るとしよう。」
「快斗。頑張ってね。」

父親と母親の邪気のない笑顔に、快斗は脱力するしかなかった。

「あ、待って、おじ様!青子、おじ様から預かったものが……。」
「青子ちゃん?」
「青子にとってはついさっきだけど、おじ様にとっては9年前の、あの日に……。」

そう言って青子は、盗一から預かったプラチナのモノクルを差し出した。

「青子ちゃん。それは、私の物ではない。」
「え?で、でも……。」
「私は、言ったはずだよ。君の時代の怪盗キッドに渡してくれと。今の私は、コルボーで、怪盗キッドは別の者が継いでいる。」
「!」

盗一がウインクし、青子は、盗一の言った意味を悟り、頷いた。

「炎の中でモノクルも溶けて無くなったと思っていたけど……盗一さんに再会した時、モノクルはどうしたのか聞いたら、その内分かるってニヤッとしながら言ったのよね。まさか、時空を超えていたなんて……。」
「クリスマスの奇跡さ。」

そう言いながら今度こそ、千影と盗一は去って行く。
玄関が開いて閉じる音を聞いて、青子は呟いた。

「ここは、お二人の家なんだから、今夜はここに居ればいいのに……。」
「いやまあ、お互いに物音が聞こえたらまずいって判断だろ?」
「物音って?」

邪気のない青子の問い返しに、快斗は言葉に詰まった。

(こいつ、分かってねえよなあ。ま、まあ今夜は……キスだけで勘弁してやっか。)

快斗とその両親がとんでもないことを考えていたことを、青子は知らない。


「ねえ、快斗。」
「ん?」
「このモノクル、付けてみて。」
「えっ、いいのか?これはオメーが親父から貰ったモンだろ?」
「いいからいいから。ささ、早く。」
「あ、ああ……。」

快斗は青子に促され、プラチナフレームのモノクルを装着した。

「うっわー、かっこいい!!」
「えっ、そ、そっかあ……?」

驚嘆する青子に対し、照れる快斗。

「ねえ、快斗。今度から怪盗キッドになる時には、おじ様からいただいたそのモノクルをつけてね。約束よ。」
「ああ、いいぜ。」
「それともう一つ。」
「ん、何だ?」
「快斗は青子の所には絶対に……絶対に生きて帰ってね!」
「……ああ、約束する。」
「何年も死んだふりも、ダメだからね!」
「ああ。俺は絶対にオメーを一人になんかにはしない。ずっと側にいるよ。」
「ありがとう、快斗……。」
「青子……。」


CHU…….


満月の光を受けながら、二人は熱い口付けを交わした。
その姿はあたかも二人が、月の祝福を受けているかのようでもあった。

そしてその一瞬の時こそが、二人にとっての夢の聖夜なのかもしれない……。




FIN…….





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