101回目のプロポーズ
By ドミ
「皆様、お待たせいたしました、新郎新婦の登場です!」
明るい髪の眼鏡美人が、マイクに向かってひときわ高い声を張り上げた。
白いタキシードを着た青年と、ウェディング姿のたおやかな女性が、入り口から姿を見せ、会場はどっと沸いた。
青年が挨拶するように手を上げると、たくさんの薔薇の花が空中に出現し、女性客の胸元をめがけて1輪ずつ降りて来た。
「流石は、今や世界的なマジシャンとなった黒羽快斗!自分の結婚式を自分のマジックで盛り上げています!」
司会の女性は、自分の所にも降って来た薔薇を握り締めカメラに向かって差し出しながら、そう叫んだ。
今日は、今や父親を凌ぐかも知れないと評判の、若きマジシャン黒羽快斗と、幼馴染の中森青子の華燭の典が執り行われていた。
黒羽快斗は、悪戯っぽい活力溢れた目をした、なかなかにハンサムな青年である。
中森青子は、こぼれるような大きな黒目が印象的な、ほっそりした愛らしい女性だった。
今日は6月21日。
快斗の誕生日に合わせたのと、ジューンブライドでもあるという事で決まった日取りである。
日本では梅雨の真っ最中だが、普段の行いが良いのか悪いのか、今日は見事に晴れていた。
司会をしているのは、高校時代の2人の同級生で青子の親友である桃井恵子。
会場には、かつてのクラスメートや、妙な縁で知り合った「かつての高校生探偵達」も姿を見せている。
「すご・・・まるでマジックショーね」
赤いドレスを着た、青子とちょっと面差しが似た女性が感心したようにそう言った。
その胸には、今新郎がマジックで出した濃いピンク色の薔薇が付けられている
「けっ。どこまでも気障な野郎だぜ」
その連れ合いであり、こちらもまた快斗に面差しが良く似た青年が、吐き捨てるようにそう言った。
東都大に籍を置く学生探偵の工藤新一と、今はその妻となった幼馴染の(旧姓毛利)蘭である。
「工藤。妬いとんのか?」
からかうようにそう言って、新一にどつかれたのは、服部平次。
京都府にある東都大と張る名門大である平安大学に在学中で、新一と同じく学生探偵である。
新一とは高校時代から、「西の服部、東の工藤」と並び称される仲だった。
平次の隣では、平次の幼馴染で今は恋人である遠山和葉が、苦笑いをしていた。
和葉の胸には、今しがたのマジックで出て来たオレンジ色の薔薇が飾られている。
「今日のヒーローは、顔も工藤くんに似てるけど、気障度から言ってもどっこいのようね」
新一に冷静に突っ込みを入れたのは、宮野志保。
赤味がかった茶髪をボブにした切れ長の目の女性である。
その胸には薄紫色の薔薇が飾られていた。
快斗が妙な縁で東西の名探偵達と個人的に交流を持つようになった時に、志保とも関わりが出来、そして今日の招待となったのであった。
「でも、工藤くんが面白くない理由は、蘭さんの胸に飾られたその薔薇でしょ?服部くんが言った事、図星だと思うわ」
志保の言葉に、新一は赤くなってそっぽを向き、蘭は戸惑って目を見張る。
和葉が苦笑いして言った。
「オレの蘭に花を贈るとは許せん!って訳やな。ホンマ工藤君って独占欲強いねんな」
「薔薇を貰ったのは女性招待客全てなのに、蘭さんの事しか考えてなくて焼き餅妬くのが工藤君らしいでしょ?」
和葉と志保の言葉に、蘭は真っ赤になった。
「黒羽快斗・・・やるわね。もしかして、私の好きな怪盗キッド様を越えるマジシャンになるかも〜♪」
鈴木財閥会長・鈴木史朗の次女である鈴木園子も、今日の招待客であった。
その胸には黄色の薔薇が飾られている。
園子の隣で沈黙を守るのは、空手で先頃日本チャンピオンになり、今は世界大会を目指している京極真。
鈴木園子とは恋人同士である。
彼は黒羽快斗とも中森青子とも直接面識がなかった筈だが、今回は園子の護衛を兼ねて招待されたのであった。
新一、蘭、平次、和葉、志保、園子、真。この7人が同じテーブルに着いていた。
「ふっ・・・相変わらず、派手な事が好きな男だ」
そう言って皮肉気な笑みを浮かべるのは、今はケンブリッジ大の学生であり若き探偵でもある白馬探。
探は、快斗と同級生だった高校生の頃から探偵として有能かつ有名であったが、今は留学先のイギリスで、現地警察スコットランドヤードに協力する身である。
その隣には、こちらも快斗や青子と高校時代の同級生だった妖艶な美女・小泉紅子がいた。
紅子の胸の薔薇は、勿論真紅である。
探と紅子がいつの間に接近したものか、知る者はいない。
けれど、引っ付いたと聞けば、あの2人だったらそれもありだろうと誰もが頷くお似合いのカップルと言えた。
彼ら2人がついているテーブルのメンバーは、かつての江古田高校同級生で占められている。
「桃井、えらく司会張り切ってんな」
快斗、青子、そして恵子ともかつて同じクラスだった、江古田高校出身のメンバーが囁き交わす。
「ああ。今日の映像は、一部全国のお茶の間にも流れるからな」
「はあ?じゃあ今回っているビデオカメラ、ただの記念ビデオじゃないのか!?」
「今をときめく若くハンサムな天才マジシャンの結婚披露宴だから、ハイライトシーンがテレビ放映される予定らしいぜ」
「さっきの薔薇の花とか、大受けだろうな」
かつてのクラスメート達の言葉を裏付けるかのように、恵子は、招待客ではなくテレビカメラに向かって司会をしている。
「さてここで、今日の主役にインタビューしたいと思います!黒羽くん、青子さん、2人の馴れ初めはいつどこで?」
恵子が青子をさん付けした事に、彼らを良く知る面々は苦笑いを漏らしている。
司会の恵子はノリノリで、色々と意地悪な質問をぶつけ、青子は律儀にそれに応える。
「実は快斗は、高校2年生までバレンタインデーの意味を知らなくて、甘いもの好きだから、女の子達からチョコが貰えるってだけでその日はウキウキしてました」
「スケベな快斗はいつも青子のスカートをめくっちゃうんです。で、快斗はお魚嫌いだから、お魚さんのパンツで対抗してました」
会場からは笑いの渦が起き、快斗はいたたまれない様子で拳を握り締めた。
「で、そのお2人のプロポーズですが。何と何と、女性の青子さんからの方からの、いわば逆プロポーズだったそうで〜す!」
その言葉に会場はどよめきに包まれた。
ポーカーフェイスが得意な筈の快斗が、一瞬顔色を変えたが、うつむいて必死に動揺を抑えていた。
青子がマイクに向かって両頬を押さえ恥らいながら言葉を出す。
「えっと・・・学生だからまだ早いかなって思ったんですけど、快斗のお嫁さんになりたいってずっと思ってたから・・・」
「その時の言葉は?」
「えと・・・『青子を快斗のお嫁さんにしてくれる?』です」
「で、青子さんからのプロポーズを受けた黒羽くんは、どのようなお気持ちでしたか?」
恵子からマイクを向けられ、快斗は慌てて笑顔を作って言った。
「あ?ええと・・・嬉しかったです。でも本当は、一人前になったらオレからプロポーズしようって考えてたんで、先越されちゃったなと・・・」
その笑顔の裏で、快斗の拳がぷるぷると震えていたのに気付いたのは、ほんの一握り。
ひょんな事で彼と関わりを持つ事になった、同世代の探偵達だけである。
で、話はそこで終わらない。
司会である桃井恵子は客席に向かい、突然スポットライトが「東の学生探偵」工藤新一を照らし出したのである。
「今日は、黒羽くんと青子さんの結婚式に、お友達である探偵さん達も駆けつけてくれています!こちらが有名な工藤新一さんですが、ホラ、今日の主役の黒羽くんに良く似てますよね?」
会場内がどよめきに包まれた。
お茶の間でも格好の話題になってしまうかも知れない。
いきなり矛先が向けられて、新一は背中に冷や汗を流しながら表面はにこやかな笑顔を保った。
「ええ、彼とは全く親戚でも何でもない、他人の空似ですが、オレも初めて会った時は驚きましたよ」
「顔が同じだと好みも似るのでしょうか?工藤探偵の奥さんである蘭さん、こちらがまた、青子さんによく似てますよね〜」
会場がまたもどよめき、蘭はいきなりマイクを向けられて戸惑っていた。
「え?ええ、そうですねえ・・・。実は青子ちゃんのお父さんの中森警部と、私の父が、親戚でもないのにちょっと似てるんですね。それでかなと思ってますけど」
「そうですかあ。不思議な縁ですねえ。顔が似ると状況までも似るのでしょうか。実は工藤探偵のところも、奥様の蘭さんからの逆プロポーズだと伺ったんですが」
恵子の爆弾質問に、2人とも赤くなった。
「え、えっと・・・私も青子ちゃんと一緒で、まだ学生だから早いかなとも思ったんですけど、早く新一のお嫁さんになりたかったから・・・」
俯きながら、蘭が小さな声で言った。
「その時の言葉は?」
「え、えと・・・青子ちゃんと同じで・・・『私を新一のお嫁さんにしてくれる?』てす」
「で?工藤探偵は、蘭さんからのプロポーズを受けてどうでしたか?」
マイクが向けられた新一は、にこやかに答える。
「オレも、嬉しいのと、先越されて蘭に言わせてしまったなあという気持ちが半々でした。オレもまだまだ半人前、大学卒業時にプロポーズしようかと思ってたんで」
さて、その後の顛末だが、披露宴会場で撮影したDVDもテープも、何故か忽然と行方不明になってしまい、数時間後に見つかった時にはデータが一部飛んでしまっていて、「逆プロポーズ」発言部分を含め質問コーナー部分の映像がお茶の間に流される事はなかったのであった。
無難な部分の映像ばかりを見せられたお茶の間の人々は、快斗が見せた華麗なるマジックの数々を楽しみ、ハンサムなマジシャンと愛らしい花嫁のカップルをお似合いだと微笑ましく思いエールを送った。
☆☆☆
結婚披露宴が終わった後、親しい友人達だけの2次会が、居酒屋の座敷を借り切って行われた。
江古田高校のかつてのクラスメートの他、工藤新一・蘭夫妻、鈴木園子と京極真、服部平次と遠山和葉も、2次会会場に姿を見せていた。
次の日は休日という事もあり夜遅くまで話が盛り上がり、いつの間にか座敷の左右で男性陣と女性陣に分かれてだべっていた。
「くっそ〜〜っ、恵子のやつ〜、悪ノリしやがって〜!」
今日の主役の1人である黒羽快斗が、苦りきった顔で拳を握って言った。
「いやあ、黒羽も工藤も、嫁はんの方にプロポーズされるやなんて、男として情けないで〜」
平次がそう言って、新一の背中をバンと叩いた。
新一がキロリと平次を睨み、その後溜息をついて言った。
「あのな・・・オレは蘭に何度もプロポーズしたんだ」
新一の言葉に、周囲を取り囲んでいた男性陣が耳をそばだてる。
「はああ?どういうこっちゃ?姉ちゃんの逆プロポーズやなかったんか!?」
「いや・・・それはそれで、正しいんだ」
「よう分からへんで。何度もプロポーズしたいうんなら、返事は全部ノーやったんか!?」
「断られたと言うより・・・蘭に気付かれなかった、ってのが正しいな・・・」
新一と平次のやり取りを聞いて、探がふっと笑う。
「そうですね。蘭さんはその手の事には鈍そうですし。おっと、工藤君、僕は蘭さんとは直接関わった事などありませんからね、そう睨まないで下さいよ」
「関わった事がない?嘘吐け、オメー蘭とは黄昏館で会った事あるだろ、2人きりになった事はねーみてえだが」
黄昏館でたまたま探が蘭と会った時、その場に居なかった筈の新一から鋭く突っ込まれて、探は苦笑いし、軽く両手を挙げて首を横に振った。
「絡まないで下さい。いやいや、いつも冷静沈着な筈の工藤君が、愛しの奥方の事となると熱くなるってのは良く分かりましたよ」
「そうそう、確かに蘭ちゃんって結構鈍そうだもんなあ。ひくっ・・・けど青子の鈍さに勝る子はいねーと思うな」
快斗が普段飲まない日本酒で赤くなりながらそう言った。
「そうか?けど、青子ちゃんだって蘭の鈍さには勝てねえと思うぞ」
そう新一が切り返す。
「お前ら、嫁はんの鈍さ自慢をし合ってどないすんねん」
平次が呆れて言い、探は苦笑いし、真は無表情だった。
人の話を聞いているのかいないのか。
新一が独り言のように語り出した。
「オレが蘭に初めてプロポーズしたのは、・・・告白と同時で。長い不在から帰って来た日、オレにしがみついて泣く蘭に、言ったんだ。これからは、ずっと蘭の傍に居る。蘭にも一生、俺の傍に居て欲しいって」
その言葉を聞いた男性陣一同は、う〜んと考え込む。
「微妙、やな」
「そうですね。まだ高校生の頃でしょう?傍に居るって事が結婚とイコールになるとは限りませんし」
口々にそう言われ、新一は苦笑いする。
「まあ、流石にそん時は、プロポーズと思って貰えなくても、仕方ねえかなって思ったさ。けど、それだけじゃなかったんだ」
新一は、空を見て暫く黙っていた後、再び口を開いた。
「2度目のプロポーズは、蘭が飯作りに来てくれた時。この先もずっと毎日、蘭の飯食いたいって言ったんだよな」
「ほう。それで?」
探に促されて、新一はふっと自嘲気味に笑う。
「『あら、毎日なんてそんな事無理よ。お父さんのご飯も作らなくちゃいけないし、私だって部活もあれば勉強もしなくちゃいけないんだから。そんな甘えた事言ってないで、少しは自分で何とかしたら?新一ってば自炊暦長い割に、料理下手なんだから』って説教されちまった」
その新一の言葉を聞いて、快斗が身を乗り出す。
「あ。それ、オレも全く同じ事あった。オレの場合、それが3回目のプロポーズだったんだけど」
「何?黒羽、オメーもか!?つー事は、オメーも逆プロポーズの前に、何度もプロポーズしたのか?」
「ああ。お互い、鈍い彼女持って苦労したよな」
新一と快斗は、普段あんまり「仲良しこよし」という雰囲気ではなく、友人ではあってもライバルに近い雰囲気がある。
けれどこの時だけは、お互い「オメーの気持ち分かるぜ」という同士愛に満ちた目で、お互いを見た。
「で、5回目のプロポーズは、毎朝一緒にコーヒー飲みてえなって言ったら、蘭に『それは無理、私、紅茶の方が好きだから』と軽くいなされた」
「ふっ・・・似たようなもんだな。オレの場合は、毎朝ココアを一緒にって言ったんだが、青子のやつ、『んもー、毎朝ココアだと胃にもたれちゃうでしょ!』だってさ」
「何や気の毒やなあ。けど、ちょお回りくど過ぎたんちゃうか?」
平次が気の毒そうにしながらもそう茶々を入れ、他の男性陣がうんうんと頷く。
「そうだな・・・その頃は、まあ焦るこたねーさと思って、通じなくてもそこまで思ってなかったんだが・・・高校を卒業する頃からかな?ちょっとこれはやばいって思い始めたのは」
「へえ?工藤もそうなんだ。オレも、その頃だったな、焦り始めたのって」
「25回目のプロポーズは、蘭と初めて・・・その・・・深い関係になった時だな」
いきなり話がやばい方向に言った為か、男性陣が皆ごくりと喉を鳴らして聞き入る。
「『痛い思いさせてごめん。オレ、責任は取るからな』って言ったらさ・・・蘭に泣かれちまってよ。『私は私の意志で新一と結ばれたのに、責任なんてそんな言い方しないでよ!』って、すげー剣幕で。オレとしてはそんな積もり毛頭なかったんだが、蘭にはオレがその場の勢いだけで蘭を抱いたと思われちまったらしい。あん時は初めての感動もどこへやら、とにかく蘭を宥めるのに必死だったなあ」
「何だ、工藤もか。オレも殆ど同じ体験しちまった。『青子は快斗の気持ちが欲しいの、責任なんて欲しくない!!』って大泣きされて。そもそも、惚れてるから抱いたんだって肝心の事を伝えるのが、そりゃあ大変だったぜ」
そこら辺になって来ると、男性陣の顔がやや引きつってきた。
「そ、そこまで来たんやったら、鈍いのにも程があるかも知れへんな」
「そうですね。『責任取る』って言い方、僕個人的にはどうかと思いますが、ある意味プロポーズの常道とも思えますし」
「オレが一生蘭を守るって言えば、蘭には『何言ってんのよ、私は空手があるから大丈夫!でも、新一の気持ちはとっても嬉しい』って答えられるし」
「ああ。オレの場合は、『嬉しいけど、青子、自分の身は自分で守るよう頑張ってるから、甘やかさないで。ごめんね』って言われちまったよ」
「で、ここは直球勝負で行かなきゃ、通じねえと思い始めたオレは、50回目のプロポーズでは思い切って蘭に『一緒に住もう』って言ってみたんだ」
「ほほお。で?」
平次が先を促し、新一は苦笑して言った。
「思いっ切り、気を悪くされた・・・」
「ほえ?何でやねん!」
ずっと黙っていた真が、真摯な表情で口を挟んできた。
「・・・もしかして、同棲などけじめの付かない事は嫌だと言われたのですか?」
「いや・・・それならまだ、説明の仕様があるが」
そう言って新一は自嘲気味に笑い、遠い目をした。
『新一ってば、ちょっと面倒臭がり過ぎじゃない?』
『め、面倒臭がり!?って、どういう意味だよ!?』
『一緒に住めば、毎日会えるから、デートに誘う必要もないし、私に[寂しい]って文句言われる事もないって思ったんでしょ!?でも、そんなのって、私、やだ。そりゃなかなか会えなくて寂しい事だってあるけど、新一が私に会う為に努力してくれるって方が、ずっと嬉しい』
「・・・蘭が鈍いのは今に始まったことじゃねえし仕方ねえと思うが、何でそこまで捻って受け取るかなって、流石にその時は悲しかったぜ」
そう言って新一は溜息をついた。
じっと聞いていた快斗がそこで口を挟む。
「へえ?驚いた、工藤んとこもなのか。オレの場合、やっぱ50回目のプロポーズで青子に『一緒に暮らそう』って言ったらさ・・・」
そう言って快斗は遠い目をする。
『快斗のスケベ!』
『へ!?や、そりゃ、スケベしてえって気持ちがねえと言えば嘘になるような気も・・・けど、そんな意味じゃなくてなあ!』
『あのね。そりゃ、青子は快斗とそういうのって・・・イヤじゃないけど・・・毎日家に閉じこもりデートばっかりの関係なんて、青子はやだ!デートって外でするから意味があるんだから!』
「毎日エッチしたいが為に、一緒に暮らすの誘ったって思われちまってさ・・・」
快斗がそう言って溜息をつくと、平次が茶々を入れて来た。
「ほお、黒羽はそういう積り違うた言うんかいな?」
「そ、そ、そりゃ!結婚してえってのにそういう部分が全くねえとは・・・けど、それが第一義って訳じゃなくてなあ!」
むきになって言う快斗の言葉には全く説得力がないのであった。
その後しばらく平次と探に突っ込みを入れられて、快斗はしどろもどろになり・・・新一と真は黙々と酒をあおっていた。
いつもだったら快斗にぼろくそに突っ込むであろう新一が、知らん振りを決め込んで沈黙しているのは、その話題が自分の方に振られたらやばい事を自覚していたからであろう。
「それにしたかて・・・前から工藤と黒羽、姉ちゃんと青子姉ちゃんは顔が似てる思うてたけど、ホンマ性格まで似とんのやな」
平次が妙に感慨深げにそう言った。
「ふっ・・・黒羽くん達が妙に気障で雄弁で回りくどいところと、女性のお2人は天然で鈍いところですか?」
探の言葉に、快斗が不貞腐れたような顔で反論した。
「気障で雄弁で回りくどいのはオメーも一緒・・・いや、オメーの方が上だろが」
「で、60回目のプロポーズでは・・・」
「70回目の時は・・・」
快斗と新一が次々と話す、プロポーズと玉砕の顛末に、男性陣はもはや呆れるのを通り越し、うんうんと頷くばかりだった。
「そして、とうとう100回目。オレは、いくら何でもこれなら通じるだろうと思って、白紙の婚姻届用紙を蘭の前に置いた。そして、ここに署名捺印してくれと言ったら・・・」
新一の言葉に、男性陣が再び喉を鳴らす。
「蘭はあっさり、『うん、いいよ』って言ったんだ。それこそオレが拍子抜けする位に。けどそこで喜ぶのは、早計だった」
誰も何も言わずに新一の次の言葉を待った。
「蘭が署名しようとしたのは、何と証人の欄だったんだ・・・」
「「「「はあ!?」」」」
一同が思わず訊き返す。
「婚姻届用紙には、立会人と言うか、誰でも良いから証人として署名する欄があるだろ?蘭は、そこに名前書こうとしてるからさ、慌てて止めたら、不思議そうな顔をして言ったんだ。『え?これって、高木刑事達の婚姻届けでしょ?高木刑事が、2人とも忙しくて役所に届け出用紙を取りに行く暇ないってぼやいてたって・・・この前新一が言ってたじゃない』って・・・」
「で・・・?」
平次と探が身を乗り出して訊いた。
「『あ、証人はそれぞれのお母さんに頼むって言ってたの、すっかり忘れてたぜ』と言って、誤魔化した」
「アホやな・・・オレとお前の婚姻届やって、そこで言うたったら良かったんに」
平次が呆れて言い、新一は額を抑えて溜息を吐いた。
「そういう話の流れに出来そうな雰囲気じゃなかったんだよ!」
聞いていた快斗が、ふっと笑う。
「甘いぜ、工藤。オレなんか、オレなんかなあ!100回目のプロポーズでは婚姻届用紙にオレの署名捺印をして、青子の前に差し出したんだよ!したら・・・どうなったと思う?」
一同が、今度は快斗の方を向き、固唾を呑んで続く言葉を待った。
「青子は突然泣き出したんだ。それも、どう見ても、嬉し泣きって雰囲気じゃなかった。オレは、青子に断られたのかと思って焦ったぜ。けど、その後の青子の台詞は、オレの予想をはるかに超えていた」
快斗は、その場面を思い起こすかのように、遠い目をした。
『快斗ってば、酷い!別れ話しに来たのね!?』
『はあ?何で・・・別れ話!???』
『快斗は、この前の話の人と結婚する積りなんでしょ!?だから、だから、けじめつける為に青子と別れる気なんだ!!青子は、青子は、快斗だけなのにっ!快斗は青子の事もてあそんだのねっ!?酷い!!』
『お・・・おいおい、何の事だよ!?この前の話の人って!???』
『先輩マジシャンの真田一三さんが、快斗の事褒めて、是非娘のお婿さんにって言ってたって話じゃない!快斗だって、満更でもなさそうだったじゃない!』
『おいおいおい・・・真田さんはいくつだと思ってんだ、冗談に決まってんだろ!?真田一三さんの娘って・・・まだ這い這いもしてない赤ん坊だぞ・・・いくら何でも、本気で今すぐ結婚の対象になるかっつーの!!』
『ええ!?そ、そうだったの?・・・ご、ごめんなさい、快斗。青子ったら、勘違いしちゃって』
青子は赤くなって俯き、両頬を押さえた。
その姿は可愛くて、快斗の理性を吹き飛ばすのに充分で。
気がつけば、青子を抱き上げてベッドまで直行しており、快斗が我に返って婚姻届の事を思い出した時には、青子は既に情熱の後の眠りに就いていた。
「はあ・・・それで、今更青子さんに署名してもらう事が出来なくなったと・・・?」
今迄蚊帳の外に居た京極真が、身を乗り出して訊いて来た。
「あ?ああ、そういう事です。後になって青子にその話をされた時には、新しいマジックのタネだって誤魔化しちまったよ」
快斗はそう締め括って溜息を吐いた。
新一がちょっと笑って言った。
「マジックのタネと言われて、そういうのは素直に信じちまうところが、青子ちゃんらしいよな」
平次が、両手を広げて言った。
「まあ、鈍い姉ちゃん達に伝わらんかった事情は、分かったけどな。そこまで来たんやったら、ストレートに『結婚してくれ』言うた方が早かったんちゃうか?」
「ああ、だから、101回目のプロポーズは、単純に『蘭、オレと結婚して欲しい』って言うつもりだった」
「あ、オレは、『青子、オレの嫁さんになってくれ』って言うつもりだった」
「ははあ。けれどその前に、それぞれの彼女から逆プロポーズされてしまったと、そういう事だったのですね?」
探がそう締め括り、新一と快斗は脱力したように頷いた。
「なるほど。非常に参考になりました。プロポーズはストレートに、ですね」
真が真面目腐った顔でそう言った。
「ははあ。京極はんは、今具体的に考えてる事があんのやな」
平次が半目でそう言って。
真は黙って表情も変えなかったが、その顔が僅かに赤く(赤黒く)なっていた。
探が顎に手を当てて言った。
「まあ・・・流石に蘭さんや青子さんほどに鈍い女性はそうそう居ないとは思いますけれど」
「甘い!甘いぞ、白馬。女性は普段鋭いものだが、肝心の時に、他人の言葉を裏読みし過ぎて自爆する傾向にある。オメーも精々気をつけるんだな」
快斗が苦虫を噛み潰したような顔でそう言い、新一もその言葉に頷いた。
果たして数年後、今日は快斗と新一をからかっている平次や探が「その時」に苦労しなかったのかどうか。
それは神のみぞ知る。
☆☆☆
男性陣が、新一と快斗の100回にわたって玉砕したプロポーズ話で盛り上がっていた頃。
女性陣もお喋りに花が咲いていた。
「恵子さん、何だか悪乗りし過ぎじゃありませんでしたこと?」
妖艶な美女・小泉紅子がそう言った。
「あはは〜、そう?何だかテンション上がっちゃって〜」
恵子はそう言って、頭の後ろに手をやって笑った。
「でも、意外だったわ。絶対新一君の方がプロポーズするって思ってたのになあ」
園子が言って、和葉もうんうんと頷く。
「黒羽君達も青子ちゃんの方からとは知らへんかったわ」
蘭と青子は、顔を見合わせて恥ずかしそうに俯いた。
「そりゃ、私だって新一からプロポーズしてくれるのを夢見てたわ。でも、あのね・・・新一ってもてるでしょ?新一は『一人前になってからプロポーズ』って思ってくれてたみたいなんだけど、そこまで待ってたら、きっと他の女の人に目移りされちゃうんじゃないかなあって、心配だったの・・・」
「蘭ちゃんも?実は、青子もそうなの。だって快斗、大学卒業したらマジックの本場・アメリカに行きそうだもん。世界中の美女に囲まれたら、きっと青子なんか色褪せて見えちゃうって思って」
周囲で聞いていた者達は、皆あんぐりと口を開けていた。
新一がどれ程蘭しか見えていなくて、快斗がどれ程青子一途か、傍から見れば一目瞭然で。
2人が心配するような事は、天地が引っくり返っても有り得ない事だと思えたからである。
「それにしてもねえ。新一って、すっごい思わせぶりなの!」
「そう?快斗もだよ。ずっと一生傍にいるとか、毎日ご飯作って欲しいとか」
「そうそう!毎朝一緒にコーヒーを飲みたいとか、すっごく期待させるような事ばっかり言うのよね!」
蘭と青子の言葉に、女性陣は皆目が点になった。
「ね、ねえちょっと・・・それってもしかして・・・」
園子が、顔に汗を貼り付かせながら口ごもった。
志保が妙に冷静に横槍を入れる。
「ねえ、蘭さん、青子さん。その『思わせぶり』とやらを、思い出せる限りで良いから、教えてもらえないかしら?」
そして2人の「彼氏の思わせぶり」披露が始まった。
「新一と初めて結ばれた朝、新一ったら、『痛い思いさせてごめん。オレ、責任は取るからな』なんて言うのよ!私は・・・そりゃ、痛かったけど、とても幸せだったのに、新一はそうじゃなかったんだって思ったら、泣けてきて・・・」
「あ〜、青子も同じ事言われた。青子が泣いたら、抱き締めて謝って来たけど・・・男の人と女の人とでは、ずいぶん感覚が違うんだなあって思った」
蘭と青子は、思い出せる限りの事を、あげて行く。
その度に女性陣の顔が、奇妙に歪んで行った。
そして最後の婚姻届用紙の話になると、皆頭を抱えたり、空を仰いだりしていた。
とうとう恵子がお腹を抱えて笑い出した。
「ちょっともう、2人とも最高!黒羽君も工藤君も、可哀想だったらありゃしない!」
涙を流しながらひいひいと笑い転げている恵子に、青子と蘭は呆然とし、園子もつられたように畳をバンバンと叩きながら笑い出した。
「あは、あはは、蘭ってば、鈍い鈍いとは思ってたけど、ここまでだったとは!」
紅子が、冷静な声で爆弾投下した。
「青子さん、蘭さん。それって全部、お2人からあなた方へのプロポーズだったとしか思えませんわ」
青子と蘭は、最初何を言われたか理解出来ないというように、ポカンとしていた。
次いで、顔色が青くなり・・・お互いに顔を見合わせた後、周囲の女性陣をおそるおそる見回す。
「あの・・・みんな、そう思う?」
和葉が苦笑いしながら言った。
「アタシもそないに思うわ」
恵子と園子が笑い転げながら言った。
「あはあは、もう最高!どこをどう取ってもプロポーズとしか思えないじゃないの!」
「新一君も黒羽君も、可哀想に。高校時代から何度もプロポーズしては撃沈してたって訳ね!」
志保が更に冷静に分析する。
「男性って割と単純で、言葉を出す時あまり深く考えてない事が多いのよ。たとえ、聡明で洞察力に優れたあの2人でもね。女性は言葉を出す前に、相手にうざがられないかとか迷惑じゃないかとか、妙に色々考えるでしょ?だから、相手の言葉のありもしない裏を考えちゃって自爆する事が多いの。あなた達2人とも、あまりにも彼らの事を想い過ぎて、裏読みし過ぎていたのじゃない?」
志保の口調は淡々としていて、決して2人を責めるように言ったのではなかったが、2人はうな垂れていた。
和葉が優しい微笑を浮かべて言った。
「けど、仕方ないやん?いっちゃん好きな相手の言葉とか態度とか、冷静に見られへんのが当たり前やんか」
紅子もちょっと笑って言った。
「それが、乙女心というものだと思いますわ」
友人達に慰められても、青子と蘭は、うな垂れて落ち込んだままだった。
「でも、青子・・・快斗に悪い事しちゃったよ・・・」
「私も、新一に辛い思いさせてたのね・・・合わせる顔がないわ・・・」
と、突然、2人は親友から・・・青子は恵子から、蘭は園子から、それぞれ背中をバンと叩かれた。
「こら、そこでしょげるんじゃないの!」
「そうよ!ウジウジするよりか、旦那にぶつかって行けば良いじゃん!」
2人はハッと顔を上げた。そして、座敷の反対側で男性の友人達に囲まれているそれぞれの夫の元に、一直線に向かって行った。
☆☆☆
「あ、青子・・・!?」
「蘭・・・!?」
快斗と新一は、まっすぐに彼らの元に駆けて来た愛しい妻を抱きとめて、戸惑った声を出した。
「快斗。お願い、青子にもう1度プロポーズして!」
「新一。私にもう1回、プロポーズして!」
快斗と新一は、一瞬戸惑ったが、愛しい彼女の「もう1度」という意味を、取り違えたりはしなかった。
「青子。オレの嫁さんになってくれ」
「蘭。オレと結婚して欲しい」
それぞれの彼女が、輝くような笑顔で「ハイ!」と答え。
快斗は青子を。
新一は蘭を。
しっかりと抱き締め、優しく口付けた。
2次会に参加していた者達から、自然と拍手が沸き起こる。
快斗と新一のプロポーズは、101回目にしてようやく、愛しい相手に届いたのであった。
園子が両手を広げて呆れたように・・・けれど笑顔で言った。
「やれやれ。結婚してからも世話のかかる人達ね」
真が真面目くさった顔で言った。
「今迄100回プロポーズして、通じなくて。だから今回が確か『101回目のプロポーズ』になる筈です。・・・園子さん、私は1回で決められるよう、ストレートを心がけますので、その時は宜しくお願いしますね」
真の言葉に園子は戸惑い、それからボッと赤くなった。
『意味深な言葉だけど・・・そういう意味だって思って良いのかな?』
真は自分がたった今、「回りくどい言い方」をして愛しの園子を悩ませた事に気付いていなかった。
平次が腕組みをして言った。
「女は意外と肝心なとこで鈍感なとこあるゆうこっちゃな。オレもプロポーズん時は考えんと」
和葉が平次の背中を叩いて笑いながら言った。
「アタシは蘭ちゃん青子ちゃんのように鈍ないから安心しいや」
平次が半目で和葉を見て、その額を小突いた。
「アホ。そういうのがいっちゃん怪しいんやで!」
志保が呆れたように平次と和葉を見て言った。
「あなた達・・・自分が痴話喧嘩しているのに気付いてる?」
恵子が笑って言った。
「誰にするプロポーズか、お互いに微塵も疑ってないところがすごいわよねえ」
志保と恵子の突っ込みに、平次と和葉は顔を見合わせ真っ赤になった。
探と紅子は、ちょっと目を合わせ、微笑んだ。
お互いの気持ちが果たして通じているのか、通じていると思い込んでいるだけなのか、それは傍からは分からない。
ともあれ、この広い世界で縁があって巡り会えた恋人達が、それぞれに幸せになれますように。
Fin.
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<後書き>
青山剛昌先生、高山みなみさん、ご結婚おめでとうございます!
記念とお祝いに、逆プロポーズネタでお話を書こう!と思い立ち、青山先生の誕生日には間に合いませんでしたが、ようやく何とか書き上げました。
実は私、タイトルだけパクっておいてなんですが、テレビドラマの「101回目のプロポーズ」は見た事がないのです。最近中国で「101次求婚」というタイトルでリメイクされたそうで、職場の人達がそのビデオを貸し合って見ているようですが(笑)。
しかしこれって、逆プロポーズネタと言えるのか?とっても微妙・・・(滝汗)。
私的に逆プロポーズは現実生活では全然OK!なんですが、コナン・まじ快キャラで考えると、本当の意味での「逆プロポーズ」は無理でした。
で、この話、私には珍しい「コナン・まじ快ミックス」です。
私にはどうしても、お互いのキャラがゲスト出演位なら出来ても、2つの話が大元で交わるような話が書けないのです。
何故なら、私の中でまじ快は「魔法がある世界」だからです。
最初は新蘭で考えてました。
青山先生と高山みなみさんの組み合わせなら、誕生日繋がりと声繋がりで快青が正しいかなあと悩み。
色々いじくり回した挙句に、結局、快青新蘭ダブルのお話となりました。
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