1.ぼくがいる
(エースヘヴン開設10周年記念短編)



byドミ



オレがこの姿で蘭の傍にいるのは、最初は、探偵をやっている蘭の父さんの所で情報収集をするため、だった。

けれど、どうやら簡単に元の体には戻れないと自覚するにつれて。
蘭のところにいるのは、「惚れた女の傍を離れたくない」という、自分の欲と。
少しでも、蘭の寂しさを紛らわせてあげられたらという気持ちとに、変わって行ったのだった。



   ☆☆☆



この姿になって、ちょびっとだけ利点があったとしたら、それは、人知れず辛さを堪えて泣いている蘭の姿を見て、フォローが出来るようになった事だ。
蘭の涙は心臓に悪いが、オレの心臓より、蘭が笑顔でいられる事の方が、ずっと大事だ。
それも、涙を堪えた偽りの笑顔でなく、心からの笑顔でなければ。

蘭は、優しい。
突然現れた、縁もゆかりもない得体も知れない子供のオレを、弟同然に可愛がってくれる。
一緒に暮らす事で、少しは、蘭の寂しさも紛れるようになっただろうかと、オレは思う。


オレと同じく、薬で子供の姿になった灰原が、呆れたように言った。

「そんな事してて。蘭さんが、工藤君より、江戸川君の方に惚れてしまったら、どうする気?」
「な、何だよ、灰原?んな事、あるワケねえだろ?」
「あら。絶対有り得ない事でもないと、思うけど?」

灰原が、皮肉気にふっと笑う。

嫌味なヤツだなー。

けど、実際、有り得ないだろ。
小学1年のガキに、誰が惚れるかっての。

「工藤君って、自惚れ屋さんね」
「……は?」
「傍にいなくても、彼女が心変わりする筈ないって、信じているワケ?」
「んなんじゃねえよ!」

何でこいつは一々、人の神経を逆撫でするような事を言うんだろうな?

蘭が、オレ……というか、工藤新一の事を好いていてくれている事実を知ったのは、オレがコナンになっちまってからで。
その気持ちが、絶対変わらないなんて、自信を持っている訳じゃない。

ただ、蘭がコナンであるオレの事を、庇護する対象として見ているのは明らかで。
その表情も言葉も態度も、母性的な優しさに満ち溢れている。
工藤新一への遠慮のない言動とは、全く違う。

完全に、庇護の対象となる相手に、恋はしねえよなあ。


それでも。
コナンとしてのオレがいる事で、蘭の気持ちが少しでも紛れるなら。
蘭の寂しさが少しでも癒えるなら。
それで良いんだって、オレは思っている。



   ☆☆☆



「また置いてけぼりか……」

レストランアルセーヌで、蘭が泣いた。
俯き、肩を震わせて。

オレは、唇を噛む。
コナンであるオレには、蘭を抱き締める事も叶わない。


オレは蘭に、自分の気持ちを伝える積りだった。
蘭をどんなに大切に想っているか、伝える積りだった。
でも、伝えられなかった。


だけど、その時のオレは、「コナンに戻る前に気持ちを伝えよう」と思っていたワケじゃなかった。
完全に工藤新一に戻ったと信じていたから。
だから、蘭に気持ちを伝えようと思っていたんだ。

偽りの帰還だと覚悟した上で、それでも気持ちを伝えておこうと思っていたワケじゃ、ない。

まあそれでも、「言うだけの事は言っときゃ良かった!」と、後悔はしたが。


オレが蘭に気持ちを伝えるのは、本当の姿で、本当の声で、と決めている。
気持ちを伝える前に、コナンに戻っちまったから、告白が未遂に終わった事は、後悔している。


けれど……。


事件が起こらなくて。
あるいは、事件にかまけてなくて。
そして、蘭に気持ちを伝える事が出来ていれば、そしたら、そうしたら、蘭の涙は「なかった」なんて、きっと、そんな事はないだろう。
蘭が泣いたのは、新一が結局気持ちを伝えられなかったからじゃ、ない。
工藤新一がまた、行ってしまったからだ。
そして、いつ帰って来るか、何の保証もないからだ。

何をどうすれば良かったのか、オレには分からない。
蘭が泣かずに済む唯一の方法は、「工藤新一の完全な帰還」でしか、有り得ないのだから。
それが出来るなら、それが出来る位なら、苦労はしない。


だからオレは、「必ず戻って来る」というオレの決意を、伝えるしかなかった。




蘭が、オレの……工藤新一の為に、涙を流すのは、辛い。
そこまで蘭が工藤新一を想ってくれているという事実は、天にも昇る程に嬉しいが、それでも、蘭が心を痛めるのは、蘭が辛い涙を流すのは、嫌だ。
蘭が泣く位なら、オレの事を忘れてしまったって良いと、本気で考えてしまう位、嫌だ。


蘭が「待てなかったの」と言ったら、そして、他の男に目を向けたら、オレはそれこそ、死ぬほど辛い想いを味わう事だろう。
それでも、蘭には、辛い顔をして欲しくないんだ。
蘭にはいつも、笑っていて欲しいんだ。

お前は、どんな表情してても、可愛いし綺麗だけど。
やっぱり、笑顔が一番似合う。
お前が笑顔になる為なら、オレは、何でもする。

たとえ姿が変わっても、蘭の為に、オレは、いつでもここにいる。



蘭。
……蘭。

泣かないでくれ。


工藤新一は傍にいなくても、江戸川コナンが、いつも傍にいるから。
お前の涙を止める為なら、オレは、何を犠牲にしても構わない。
蘭の為なら、オレは、江戸川コナンは、何だってするよ。
蘭が心からの笑顔になる為なら、オレは、この命だって差し出すよ。


だから、だから、蘭。
どうか、どうか、泣かないでくれ。


オレは、ここに、ずっといるから。
蘭の為に、ずっと、ここにいるから。



Fin.




+++++++++++++++++++



「ぼくがいる〜コナンのテーマ〜」作詞:及川 眠子  作曲:大野 克夫



正直言って。
難しかったです、この歌。

これ、「工藤新一」ではなく「江戸川コナン」の歌なんですね。
でも、コナン君は、やっぱりあくまで、新一君なんですよ。
江戸川コナンとしての人格を、別に持っている訳じゃない。

大体、彼の一人称は「ぼく」ではなく「オレ」ですからね。
子供の振りをしている時は別として。

何か、書いても書いても、上手くマッチしてくれなくて。
悩みましたねえ。
歌詞の中で、上手くとりいれられなくて、割愛した部分もあります。


ただ、書こうと思った時から一貫してイメージしていたのは、この歌は、コナン君から蘭ちゃんへのラブソングだって事です。
そこは、迷いがありませんでした。

戻る時はブラウザの「戻る」で。