6.想い出たち
(エースヘヴン開設10周年記念短編)



byドミ



「蘭!ここよ、ここ!」
「園子!」

わたしは、喫茶店の奥の方に、手をあげた親友の姿を見つけ、そちらへ足早に向かった。

「ごめん、遅くなって!」
「ホントよ、いつも遅れるんだから」

わたしの、古くからの友人・園子は、肩をすくめて言った。
わたし・蘭は、手を合わせて頭を下げる。
これも、昔からの光景。

わたしは、学校に通うとか、そういう事では遅刻しないんだけど。
園子との待ち合わせによく遅刻してしまうのは、強度の方向音痴の所為もある。
一応、それを考慮して、早目に家を出るようにはしてるんだけど、どうもね。

今日、園子と待ち合わせたのは、初めて来る店だったから。
頑張ったけど、やっぱり迷ってしまった。
園子の方も、わたしが遅れて来る事位、最初から見越していたみたい。

「蘭が遅刻せずに来られる時って、新一君が一緒の時だけだよねー。今日も一緒に来ればよかったのに」
「もう!そういう訳には行かないじゃない!」
「そうねー。今も、愛しの奥さんをほっぽり出して、事件にかまけてるんだもんねー」
「だって……」
「はいはい。探偵は新一の大切なお仕事だもの!……でしょ?」
「……」

ホント、新一は、今、一体、どこで、何をしているんだか。

「だったら、コナン君を連れてくれば良かったのに。あの子、意外と聡くて、地図も見れるでしょ?」
「うん、そうだね。でも、今日はコナン君も、ちょっと用事があるみたいで……」
「まだ小学1年生のガキのクセして、蘭より重要な先約があるワケ?」

園子が呆れたように手を広げて、わたしは苦笑した。

喫茶店は、大きなガラス張りになっていて、表の様子が良く見える。
川岸に柳が植えられ、レンガタイルの歩道が川べりに沿って続く、どこか懐かしさを覚える風景。

その道を、コナン君と同じ年頃の子供達が、駆けて行く。


「蘭?」
「え……?」
「どうかした?遠くを見るような目をしちゃって」
「うん……ちょっと……昔を思い出しちゃって……」


わたしの一番大切な人・工藤新一は、わたしの幼馴染で。
いつでも、わたしの傍にいてくれた。

わたしの母が、父とつまらない事でケンカして家を出たのは、コナン君と同じ、小学校1年生の頃。
その時もその後も、新一がいつも、わたしの傍にいてくれた。

あの頃のわたしは、子供ながらに新一が、どんなにわたしを大切にしてくれていたか、全然気付いていなかった。

今、振り返ると、鮮やかに思い出せる。
いつも隣にいた新一の、さり気ない優しさが。

今になってみれば、新一のさり気ない優しさと愛情がとてもよく分かるのに。
どうして、あの頃には、気付けなかったんだろう?
思い返すと、せつなく、瞼の裏が熱くなる。

時が流れても。
ううん、時が過ぎれば過ぎる程。
瞼の裏の、あの頃の風景が、鮮やかで眩しい。


「ふうん。蘭、子供の頃に帰りたいとか、思う?」
「そんなんじゃないよ。帰りたいワケじゃ、ないの」

帰りたいのではない。
でも、なつかしくて、なつかしくて。
そして、甘く切ない。


もしも、あの頃に帰る事が出来るとしたら。
あの頃の幼い蘭に、教えてあげたい。
すぐ傍にある、幼馴染の愛と優しさに気付いてあげてって。


「じゃあ、蘭。そろそろ、行こうか」

お茶を飲んで、わたし達は立ちあがった。

今日、園子と行く約束をしているのは、米花町の程近くに鈴木財閥が作った、米花ニュータウンだ。
見た目は、和洋折衷の、懐かしい風景を再現した感じだけれど、さり気なく最先端の技術も使っている、自然との共生をテーマにした街だ。
ソーラーパワーと水車と風車とで、電力の多くを賄え、雨水を有効利用出来るように、様々な工夫がされているのだ。

今日、わたしが園子と待ち合わせた喫茶店は、米花ニュータウンの入り口付近に、新しく出来た店で、そこも、ニュータウンのコンセプトに従って作られていた。


木立の中、自然のままの小川のようにしつらえた「人工の川」に添って歩く。
これも、雨水を集めて、ろ過した水を蓄えているタンクが「水源」になっている。

居住地は、マンションとメゾネットタイプの住宅がある。
メゾネットタイプは、一戸建てとさほど変わらない位の独立性が保たれている。
太陽電池の屋根があり、ベランダは土が入れられた人工庭になっている。

屋根の裏側では、太陽の熱で空気と水を温めるようになっており、家の暖房やお風呂などに利用される。
家庭排水は、浄化装置を通した後、庭の土壌を潤して行く。
各家庭には、生ゴミをたい肥化する装置が置かれている。

「マメな人は勿論、ズボラな人でも手間をかけずに、エコ生活が出来る工夫がされてるのよ!」

園子の自慢そうな言葉に、わたしは笑ってしまった。
忙しい人や、マメじゃない人にも、気軽に出来る自然との共生エコ生活、というのが、この街作りでは重視されたらしい。
園子の場合、鈴木財閥のお嬢様だから、メイドさんのいない生活なんて考えられないだろうけれど。

モデルハウスとして、内装が整えられた家に、わたし達は入って行った。
受付にいる係の人が、園子の姿を見て立ち上がり、頭を下げた。
案内をしようとするのを園子が制して、園子自ら、わたしを案内してくれる。

「ここが、台所。電気とガスのどちらも使えるようになってるの。ガス使用時も、火事にならないよう、安全装置はバッチリ!」
「そんなに広くないけど、使い易そうな配置だね」
「でしょ?リビングは、欧風リビングと、和風掘りごたつ風茶の間と、選べるようになってるわ」

家の中は、落ち着いた感じの、和と洋が調和した雰囲気になっていた。

商店街の方も、見た目は一昔前和風の感じだけど、色々と最先端のエコロジー技術が使われているのだという。


わたし達は、モデルハウスを出て、青空の下、風にそよぐ木立の中を歩いた。
出来たばかりの新しい街並みなのに、どこか懐かしい風景は、昔の事を思い起こさせる。

子供の頃の、新一と……新一や園子や他の友達と遊んだ、そして……コナン君の手を引いて歩いて行った、あの川べりを。


不意に、目頭が熱くなった。

とても懐かしい日々。
あの頃に、戻りたい訳じゃないけれど、せつなくて胸締め付けられる。

と、突然。
緩やかにカーブした道の向こう側、木の陰から、手を繋いで歩く男性と子供の姿が、現れた。


「よお」
「し、新一?どうして、ここに?」
「事件が早く解決したから、何とか、時間のやりくりをして、駆けつけたのさ」
「それに、コナン……あなた、用事があるんじゃなかったの?」
「へへっ。お父さんの事件現場に、連れてってもらったんだ」
「……もう!そんなとこまで、本当に新一ソックリなんだから!」


現れたのは、わたしの幼馴染で……そして今は「夫」である、工藤新一と。
わたしが産んだ、新一の子供の、コナン君。

幼い頃の新一に……10年前、わたしの傍にいてくれたコナン君に、ソックリな我が子。
「あの時」のコナン君と違うのは、眼鏡をかけていない事。

10年前の「コナン君」の正体を知る、数少ない1人である親友が、溜息をついた。

「本当に、あの頃のガキんちょとソックリだ事」
「だって、新一の子供なんだもん。当たり前でしょ?」
「それにしても似過ぎよ。新一君、アンタ、単体生殖したんじゃないの?」
「バーロ……蘭が産んでくれるんじゃなきゃ、ガキなんぞに興味はねえよ」

臆面もない新一の言葉に、わたしは顔から火が出そうになって。
園子は、半目になって、手で顔を扇いだ。

「で、どう?新一君、この街、気に入った?」
「ああ、そうだな……蘭は、どうだ?」
「うん。わたしも、気に入ったよ」
「けど、あの値段で本当に良いのか?」
「名探偵工藤新一が、この街を気に入って住んでくれる事で、イメージアップと宣伝になるからね。広告料、広告料」


「ママ―!」

女の子の声がして、わたし達は振り返る。
駆けて来るのは、色白と明るい色の髪は母親に似ているけれど、涼やかな目元は父親似の、女の子。
笑顔になって手を広げた園子の元に、その女の子は飛びついて来た。

「真矢(まや)!」

園子は、飛びついて来た女の子を抱き締めた。
コナン君よりふたつ下で、今年5歳になる、園子の娘・真矢ちゃんだ。

「園子さん」

背の高い、浅黒い肌の男性が、真矢ちゃんの後ろから姿を現す。
園子の旦那様である、鈴木(旧姓・京極)真さんだ。
園子は、真矢ちゃんを抱き締めたまま、真さんの方を向いた。

「真さん。どう、ここは?」
「良いところですね。新しいけれど、懐かしい。良い場所だと思います」
「良かった、真さんに喜んでもらえて」
「私には、園子さんが待って下さっている場所が、いつも最高の場所ですよ」


京極さん……もとい、真さんは、時々、新一も顔負けの超気障な台詞をはく事がある。
隣の新一を見上げると、新一は脱力したような笑いをしていた。
きっと、自分の事を棚にあげて、気障な人だ位に思ってるんだろう。

コナンは、真矢ちゃんの手を取って、わたし達の先を駆けて行く。
その後姿を微笑ましく見つめながら、園子と真さん、新一とわたしは、ゆっくりと歩いて行った。

「あの子達もいつか、幼馴染同士の熱々カップルになるかもね」
「……恋だの何だのは、百年早いです」

わたしの言葉に、新一と園子は頷いたけど、女の子の父親だからだろうか、真さんだけがちょっと仏頂面で答えた。

園子が真さんに寄り添う。
真さんが頬を染めた。

「園子さん?」
「あの子は、かけがえのない娘だけど。あなたの妻は、わ・た・し」

真さんは苦笑して、園子の肩を抱き寄せた。


わたしも、そっと新一の腕に自分の腕を絡めた。

「……蘭?」
「ココ……何となく、懐かしいって感じる……」
「ああ。オレも……」


わたし達の目の前を、幼い子ども達が駆けて行く。
その姿が、かつてのわたし達と重なる。

「蘭。これからまた、沢山の、想い出を重ねて行こう。この街で、子ども達と一緒に」


わたしは、ゆっくり頷いた。
わたし達の心の奥で、ずっと変わる事のない大切な想い出たち。

その上に、これからもまたずっと、新しい大切な想い出たちが、積み重なって行くだろう。



Fin.


+++++++++++++++++++



「想い出たち〜想い出〜」作詞:及川 眠子  作曲:大野 克夫


名探偵コナンの中で、それなりに使われる事がある歌だと、思います。
映画「水平線上の陰謀」での挿入歌にもなりました。

しかしねえ。
これって、とっても難産!だったんですよ。

だって、この歌詞って、過ぎ去って、もう、取り戻す事のないものを、懐かしみ惜しんでいる感じじゃないですか!
いつも未来を見詰めるコナン@新一君には、全然、相応しくない!
蘭ちゃんとの仲も現在進行形なんだから、過去を懐かしむ事があっても、想い出より、今現在の方が、もっとずっと大事でしょう。
そりゃ、万一(にも考えたくないけど)蘭ちゃんとの別れが来てしまった後なら、この歌詞も……って、縁起でもない、ぶるぶるぶる!

って事で(?)、突然、「未来の子持ち・新蘭真園」です。


このお話、大震災の後に書いたんで、色々と、その影響を色濃く受けています。

私は大抵、新蘭の結婚後の住居は工藤邸で設定してますが、たまには違うのも良いかもしれないと、思います。
新蘭の子どもの名前に、コナン君を使ったのも、初めてかな?
まあ、それは、前半での園蘭のやり取りを、ちょっとフェイク風にしたかったので……。


2011年7月7日脱稿
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