7.やるっきゃないのさ
(エースヘヴン開設10周年記念短編)



byドミ



「江戸川コナン……探偵さ!」
「た、探偵……!?坊やのような子供が!?」

相手は、驚愕して、目を見開く。
それは、当たり前の事。

今のオレは、江戸川コナン、7歳。
本来のオレは、工藤新一、17歳。

頭脳は、今迄と全く変わらない。
でも、体は小さくなり、体力もなくなった。
新一と同じ事を語っても、大人達にバカにされるだけ。
でも、今は、知恵を絞って、オレにやれる事をやるしか、ない。


オレは、探偵。
事件の謎を解くのが、オレの仕事。
それは、変わらない。
だから、オレは、進んで行く。
振り返らずに、真っ直ぐ、前を向いて。


オレは、まだ生きている。
アポトキシン4869を投与されながら、まだ、生きている。
落ち込んでなんかいられない、悲しんでなんかいられない。
やるしかないんだ。
負ける訳には行かない。
終わる訳には、行かないんだ。



   ☆☆☆



「蘭姉ちゃん、ありがとう」
「ふふっ。わたしも、楽しいから良いのよ、気を使わないで、コナン君♪」

少年探偵団との付き合いは、阿笠博士が引率してくれる事が多いが、たまに、蘭やおっちゃん、園子が加わってくれる事もある。

蘭は、損得抜きに優しい。
居候のオレや、オレの今のクラスメートである少年探偵団の面倒を、親身になってみてくれる。

最近のオレは、少年探偵団との生活もそれなりに楽しめるようになったけれど。
正直言って、蘭達と一緒に過ごす方が、楽しい。
……まあ、蘭やおっちゃんには子供扱いされちまうから、別の意味で苦痛だけどな。


今回、少年探偵団でキャンプに行く事になっていたのだが、博士の具合が悪くなって。

おっちゃんの運転するレンタカーで、蘭も一緒に、キャンプに行く事になったのだった。
ちなみに、灰原は、博士の看病をする為、キャンプに参加しない事になった。
オレはともかくとして、歩美と光彦は、かなりガッカリしていたようだが。


おっちゃんは、車を出す時、散々、悪態をついていた。
でも、探偵団の前で悪態をつかない分別はちゃんと持ってたし。
何のかんの言っても、面倒を見てくれるおっちゃんには、ホントに、感謝してるぜ。


オレ達の今回のキャンプでは、バンガローを借りていた。
食事の支度には早かったので、河原に遊びに行く。

「ここら辺、昨日まで雨が降ってたし、上流にダムがあるから、放水時間には気をつけるんだぞ」
「うん、わかった!」
「もちろん、大丈夫ですよ!」
「おう、まかせときな!」

こんな時、少年探偵団の3人は、聞き分け良く、本当に良い子だと思う。
むしろ、聞き分けがよくないのは、年だけ食った大人の方だったりする。


川遊びするオレ達の前方に、川の中島でキャンプをする人達の姿が見えた。

「あそこは、キャンプ禁止になってるはずですよね、コナン君」
「……道徳的な問題より、マジで危険だよ。おーい、おじさん、おばさん!ここは昨日まで雨が降ってたから、そこでキャンプすると危ないよー!」

オレは、叫んでみた。
けれど、そのキャンプ地の人達は、オレ達の方をチラリと見たから、聞こえてない訳ではなさそうなのに、知らんふりだ。

あの中には小さな子供もいる様子なので、流されても自業自得とは言えない。
けれど、どうしたもんか。

すると蘭が、ズボンの裾をまくりあげ、躊躇わず水に入って中島まで歩いて行った。
今の時点では、歩いて行ける程度の水量なのだ。

蘭が、大人達に強く訴え、一行は渋々、中島から引き上げたようだった。



そのグループの大人の一部は、相当に性質が悪かったらしい。
オレ達の近くのバンガローを借りた一行は、色々な嫌がらせをしてきた。

事情を聞いたおっちゃんは、苦々しげに言った。

「あんな奴ら、ほっておけば良かったのに」
「だって、小さな子供もいるんだもん。そういう訳には行かないわよ!」

おっちゃんだって、本気で「ほったらかしておけば」と思った訳ではないだろう。
けれど、逆恨みの嫌がらせは、本当に腹立たしかった。

しかも、それだけじゃ、済まなかった。



次の日。

いつも勉強や部活や家事で疲れている蘭が、子ども達が川遊びをしている間に、少し昼寝をすると言って、バンガローに引き上げて行った。
そして、オレ達がバンガローに帰った時、蘭の姿がなかった。

蘭の空手の腕は相当なものなので、たとえ男が数人がかりで襲って来たとしても、蘭が簡単に負ける筈がない。
ただ、蘭は、一旦寝付くとそうそうな事では目覚めない。
昼寝をしている隙に、連れ去られた可能性が高い。


オレ達は急いで、奴らが寝泊まりしているバンガローへ向かった。
おっちゃんは、一応正面から行って、奴らに「蘭を知らないか」と声をかけたが、奴らはニヤニヤ笑って、知らないと答えた。

その隙に、オレは、木に登って、バンガローの高窓から入り込み、蘭を探し出した。
案の定、蘭は縛られて目隠しと猿ぐつわをかまされていた。

オレは慌てて蘭に駆け寄り、縛っていた縄を解いた。

「新一……?」

蘭は、猿ぐつわと目隠しを自分で取りながら、そう呼んだ。
そして、オレの顔を見て、ちょっとばつが悪そうにする。

「コナン君!助けに来てくれたの?」
「良かった、蘭姉ちゃん、無事で」
「目覚めた時は縛られてて、どうしようもなくて。……目隠しされてたからかな、何だか、新一がいるような気がしちゃったの。今、ここにいる筈、ないのにね」

そう言って蘭は、寂しそうに笑った。
オレは、胸が突かれる思いだった。



ちなみにその頃、例の中島は、ダムの放水で完全に水没していた。
おっちゃんは、蘭をさらった不届き者達に、その光景を見せ。

「オメー達、蘭がいなかったら、今頃あの世にいたんだぜ、わかってんのか?」
と説教し。

さすがに、その不届き者達も、心の底から恐縮して悔い改めていたようだった。

「コナン君。本当にありがとう。助けに来てくれて、嬉しかった」

蘭が、ニッコリ笑う。
オレ達は、手を繋いでバンガローまで戻って行った。

蘭のお礼の言葉と笑顔には、一点の曇りもない。
けれど、あの時蘭が縋るように「新一?」と呼んだ事を、オレは、忘れない。



子どもの姿でいる事の利点は、それなりにある。
っていうか、オレが、「あるものは使わなきゃ損」と考えるから、子どもの姿のウィークポイントを逆手に取って利用しているだけなんだが。

今回、狭い高窓から中に入り込むなんて芸当が出来たのは、子どもの姿だったから。
でも、新一の姿なら、それは出来なくても、別の事が出来る。


何よりも。
蘭が工藤新一を心から待ち望んでいる事が、とてもよく分かったから。

オレは何としても、工藤新一として、蘭の元に戻らなきゃならない。



   ☆☆☆



「わたし、新一がだーい好き!」

幼馴染として、誰よりも近い所にいるという自負はあったけれど。
ハッキリ言って、オレの事を好いてくれているのか、そんな自信は全くなかったアイツから。
オレへの想いを聞かされて、勇気百倍、いや百万倍。

オレは負けない、絶対に負けない!
蘭の為にも、オレ自身を絶対に取り戻す。


オレは、蘭の元に工藤新一として戻れないまま、終わるワケには、いかねえんだよ。
必ず必ず、工藤新一に戻って、お前と共に生きて行くんだ!

オレにとっての「夢」は、お前との未来。
それをこの手に抱き締めて、オレは進んで行く。


ありったけの勇気を振り絞り、ヤツらを必ずぶっ潰して、蘭との未来を掴むんだ!


さあ。
振り返らずに、前へと進んで行こう。


Fin.


+++++++++++++++++++



「やるっきゃないのさ〜コナンの勝利〜」作詞:及川 眠子  作曲:大野 克夫


歌詞を元にしたと言うより。
殆ど、「意訳・翻案」で、ございます。

歌詞には恋愛要素は丸っきりない筈なんですが、何故かこうなっちゃいました。


途中のキャンプエピソードは、完全に歌から離れています。
どうしても、コナン君が蘭ちゃんを助け、なおかつ「新一に戻るぜ!」って決意を新たにするって話を、入れたくなったんです。



2012年3月19日脱稿
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