君に伝えたい「ありがとう」〜After quarter〜
(*2011年コナン映画・「沈黙の一五分(クォーター)」補完話)



byドミ



朦朧としかけた意識の中に、一筋の光が射し。
目を開けた時、目の前にあったのは、何よりも大切で愛しい少女の、涙ぐんだ笑顔だった。
その腕に抱きしめられ、温もりを感じながら、オレの意識は再び、遠のいて行った。



   ☆☆☆



再び目が覚めた時、オレがいたのは、診療所とおぼしき所のベッドの上だった。
涙ぐんだ蘭とおっちゃんが、オレを覗き込んでいた。

「うむ。特に問題ないでしょう。明日は、皆さんと一緒に帰って頂いて大丈夫です。ご心配であれば、東京に戻ってから、地元のお医者さんに診てもらって下さい」

オレの胸に聴診器を当てていた診療所の医師が、大きく頷きながら、言った。オレに付き添っていた蘭と小五郎のおっちゃんは、ほうっと安堵の息をついた。
オレは、雪崩に埋もれて十五分、タイムリミットぎりぎりの時間に、助け出されたのだった。

「ったく、無茶しやがって。こっちの心臓が止まるかと思ったぞ」

おっちゃんは、憮然とした顔で言った。
数ヶ月一緒に生活している内に、おっちゃんはオレの事を、家族の一員として受け容れるようになっている。その有難さを、改めて噛みしめる。
蘭は、涙ぐんでいた。

「お父さんはね、雪崩を起こして水を止めたコナン君の事、誇らしく思ってるのよ。わたしも、もうあんな事しないでとは、言わないし、言えない。コナン君が村を救ったんだもの。でも……」
「蘭姉ちゃん……」

蘭はそれ以上、言葉を続けず。
不意に、笑った。

「良かった。コナン君が無事で……」

そして、蘭はまた、オレを抱き締めた。

「はい、コナン君の携帯。雪の中に落ちてたよ?」


蘭がオレに、サッカーボールのストラップがついている携帯を手渡して来た。

工藤新一の携帯は、オレのズボンのポケットに入ったままだ。
同時に二つ落としていなくて、本当に良かったと思う。

オレは、コナンの携帯を開いた。
幸い、壊れてはいないようだ。

「あれ?蘭姉ちゃんから、着信……?」
「うん。コナン君を探している時に、掛けてみたの。着信音が鳴ったら、そこにコナン君がいるかと思って。でも、コナン君、走っている途中で携帯が落っこちちゃったんだね」
「……ありがとう、蘭姉ちゃん。ボクの事、探してくれたんだね」
「当たり前じゃない!」

蘭の顔がクシャッと歪み、オレは再び蘭に抱き締められた。
蘭の体が震えていた。

「みんなで、コナン君を探したんだよ!見つかって、間にあって、本当に良かった……!」
「蘭姉ちゃん……」
「坊主。蘭は指から血を流しながら、雪をかき分けてオメーを探したんだぞ!今度こんな事があったら、ただじゃおかねえ!」
「ご、ごめんなさい……」

蘭の涙に、震えている体に、オレの心は痛む。

「まあまあ、お父さんとお姉さん。異常はないとは言え、この子は弱っています。もう暫く、休ませてあげて下さい」
「……分かりました。ホラ、蘭、行くぞ」
「う、うん。それじゃ、コナン君」

蘭が、抱きしめていた腕を離した。

「坊主、また後で迎えに来っからよ、大人しく寝とけ、いいな!?」
「先生、どうもありがとうございました。コナン君の事、宜しくお願いします」
「お任せ下さい」

おっちゃんと蘭が診察室を出て行く。
蘭は出ぎわに一度、オレを振り返った。

「蘭……姉ちゃん……」
「君は、もう少し、寝ていなさい」
「はあい」

医師の言葉に、オレは素直に横になった。

診療所の医師も部屋を出て行き、オレは考え込んでいた。

オレは、あの時の行動を、後悔してはいない。
行動出来なかったら、逆に、生涯、後悔しただろう。

蘭もおっちゃんも決して、オレがダムの水を止める為に行動した事を、責めた訳ではない。
ただ、オレが危険だった事に、心を痛めているだけだ。

他に方法はなかった。
たとえあったとしても、探す余裕もなかった。

けれど、自分自身を危険にさらした事は、確かに間違っていた。

そうは言っても、もう一度同じ状況に立たされたら、オレは同じ事をするだろう。
これから先、新一の姿を取り戻し、蘭の元に戻って来た後も、「もう絶対危険なマネはしない」と、誓う事は出来ない。
オレの心には、後悔とは違うモヤモヤが渦巻いていた。


オレは、ポケットから工藤新一の方の携帯を取り出してチェックした。
そして気付く。
蘭からの着信履歴がある。

そして、それは、コナンの携帯に残っていた蘭からの着信履歴の、ほんの数分後だった。

コナンの方の携帯には、蘭が「コナンの居場所を探す為」に電話をかけたのだと、聞いた。
では、新一の携帯に、蘭が電話が掛けて来た、その意味は?



オレは、そっとベッドを抜け出し、部屋の外を窺った。医師も他のスタッフも、すぐ近くにはいないようだ。

オレは、変声機を使って、新一の携帯から、蘭に電話を掛けた。


『もしもし、新一?』
「おう」
『どうしたの?』
「いや、オメーから着信があってたみてーだからよ」
『着信?あ……っ!』
「ん?どうした?」
『何でもないの、ちょっと間違ったっていうか、勘違いしちゃってたみたいで……』

蘭の、どこか慌てたような誤魔化すような言葉が気になったが。
その後、追及も出来ず、他愛ない会話をした。



   ☆☆☆



次の日。
すっかり元気になったオレは、皆と一緒に帰る事になった。

帰り際ギリギリになって、皆、お土産の事を思い出し、売店に向かっていた。

蘭がフクロウを買っているのを遠目に見ながら、探偵団の皆が買い物をしているのを横で見守る。

結局、白鳥のマグカップを買ったようだった。
オレはフクロウと言ったが却下された。

まあ、小林先生には、少年探偵団からのお土産だったら、何でも喜んでもらえるだろうと思うけど。
今は、白鳥警部とラブラブだから、ちょうど良いかもしれない。


工藤新一として、蘭へのお土産を、ここで買う気はない、というか、ヘタに買う事は出来ない。
けど、蘭からフクロウを貰ったら、何かお返ししなきゃな。

ただ、この姿のままでは、うっかり蘭へのお土産を買うのも、憚られる。
アイツらや蘭に目撃されたら、誤魔化すのも一苦労だろうから。

博士に買い物を頼むしか、ねえだろうな。
ちょっとしたアクセサリーでも贈るか?
いや、それは重いか?

重いってこた、ねえよな、一応、告白は済んでんだから。
いずれ蘭には、高校生に分相応な位の、イヤリングかペンダントでも、贈る事にしよう。


東京への帰路は、高速に乗って、かなりの長時間。
おっちゃん一人の運転なので、適宜休憩を挟んだ。

パーキングエリアでの休憩中、お茶とお八つで一服している皆を置いて、園子が土産ものを見ていたので、オレは近付いて声をかけた。

「園子姉ちゃん、まだ何か買うの?」
「うん。パパとママと姉貴に、お土産買ってなかったから」

その気になれば何でも手に入るだろう鈴木財閥の会長一家に、果たして、お土産がいるのかと思ったが。
園子は気さくで、妙に庶民的なところがある。
旅行に行ったら家族にお土産買うのは、案外、園子のポリシーかもしれない。

「ねえ、園子姉ちゃん」
「何よ、ガキンチョ」

園子がじろりとオレを見る。
ははは。こういう辺り、ちょっと腹立たしいんだけどな。
けど、不思議と憎めねえ。

「新一兄ちゃんが、蘭姉ちゃんからの着信があったって、不思議がってたんだ。でも、蘭姉ちゃんに電話掛けて聞いてみても、言葉濁されてしまったんだって」

そう切り出してみると。
園子が、妙に真剣な目付きでオレを見た。

「蘭ってば、本当にアンタの事、まるで弟のように、大事に思ってんだよね。そして、蘭はギリギリの時いつも、新一君を頼るのよ。小父様でも小母様でもなくて、蘭をほったらかしてどこかに行ってしまってる、薄情な旦那をね!」
「???」

話が見えねえ。

「蘭は一昨日、新一君が北ノ沢村にいるって言い出してさ。でも、今日、あれは勘違いだったって、苦笑してた。何でそう思い込んだのか、わたしには今いち、わかんないんだけどさ」

やっぱり。
蘭は、オレが雪に書いた文字を見て、「新一がここにいる」と思ったらしい。
あれはマジで、まずかったな。

「アンタが雪崩に巻き込まれて、探しても探しても見つからない。もう、いよいよタイムリミット、これはもう無理って時。蘭は、新一君に電話をかけたのよ!助けて、もし近くにいるなら、ガキンチョを助けてって!」

オレは、思わず息を呑んでいた。

「わたしはさ。昔から、蘭が新一君の事好きだって、気付いてた。本人が自覚してなかっただろう頃からね。だって蘭は、何かあった時、いつも必ず新一君に頼るんだもの。新一君だったらきっと、助けに来てくれるって、信じてるんだもの!」
「園子姉ちゃん……」
「また実際、アヤツも、憎たらしい位、蘭の信頼に応じてたんだよね。だから、今回もきっと、助けに飛んで来てくれるって、信じてたんだね。まあ実際は、近くにいなかったから、無理だったんだろうけど」
「……」


あの時。
朦朧とした意識の中で。オレは確かに、蘭がオレを――新一を呼ぶ声を、聞いた。

後から聞いた話では、サッカーボールが雪の中から飛び出して、そこを掘ってタイムリミットぎりぎりに、オレを見つけたんだって事だった。
オレが最後の力を振り絞って、ボール射出ベルトのスイッチを押したらしい。

そして、今、知った。
その奇跡を起こしたのは、蘭がオレを呼ぶ声だった。
蘭が「工藤新一」に、助けを求める声、だった。


「これ、新一君には、絶対内緒よ。そして、わたしがアンタに話した事も、蘭には言わないでね。蘭は、新一君にもアンタにも、出来るだけ心配をかけまいと、頑張ってんだからさ」
「うん、分かった。ありがとう、園子姉ちゃん!」


オレは、手をあげてその場を去ると、皆がお茶を飲んでいる所へ向かった。

蘭は、少年探偵団に囲まれて談笑している。
その優しい微笑みを見て、オレの胸はキュンとなった。

そうか。
お前が、オレを守ってくれたんだな。
お前が、オレの命を、この世に繋ぎ止めてくれたんだな。

いつもいつもいつも。
オレは、お前の存在に助けられている。
お前を守りたいと思いながら、オレが、お前に守られている。
ったく、情けねえぜ。

その場を離れようとしたオレを、園子が呼び止めた。

「待って、ガキンチョ」
「なあに、園子姉ちゃん?」
「前言撤回。さっきの話、新一君に伝えて」
「えっ?」
「蘭が新一君に、アンタを助けてって電話した事。新一君に、伝えて」
「園子姉ちゃん?」
「蘭は、言えないから。わたしから新一君には、伝えられないから。だから、ガキンチョ。アンタが伝えて」
「……うん、わかった。電話しとく」

そう言ってオレは、園子の傍を離れた。

園子は本当に、蘭思いの、いいヤツだ。
こいつが蘭の傍にいるから、オレは安心していられる部分がある。

オレは、蘭と少年探偵団がお茶しているテーブルに向かった。

「あ、コナン君!どこ行ってたの?」
「そろそろ、出発らしいですよ」
「やべ、オレ、トイレにまだ行ってねえ」
「小嶋君、まだだったの?早く行ってらっしゃい!」

蘭がオレを見て、にっこり笑い、手を振った。
その慈愛に満ちた表情が眩しくて、本当に綺麗だ。


オレが、こんな姿になっても、工藤新一としての自我を保っていられるのは、蘭、お前がいるからだ。

お前がいるから、オレはオレでいられる。
いつか必ず工藤新一の姿を取り戻して帰るんだという、希望と意志を失わないでいられる。


北ノ沢村に向かった時は、蘭達が一緒なのを、ちょっとお荷物にも感じていたけれど。

オレは、愚かだった、本当に大バカだった。
もし、蘭が、蘭と園子とおっちゃんが、北ノ沢村に一緒に来ていなければ、オレは今頃、この世にいない。

園子の事も、おっちゃんの事も、内心で邪魔者扱いしていたオレは、本当に大バカ者だったよ。
蘭のお陰で、そして園子やおっちゃん達、みんなのお陰で、今、オレはここにいる。



蘭。
お前はオレのただ一人の女で、オレを導く光。


オレは必ず、工藤新一の姿を取り戻して、お前の元に帰るよ。



そしてその時は、コナンからの沢山の「ありがとう」を、お前に伝えよう。




Fin.



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後書き


2011年コナン映画「沈黙の一五分(クォーター)」の補完(?)話というのかな?

この映画は、何しろ3.11の後でしたので、映像的に辛いものがありましたね。

それとは別に。
個人的には、コナン映画史上、一番感動し、泣けた映画ですけど、結構不満がありました。
以下、同人誌として出した時に書いた後書きから。


「今年の映画での一番の不満点は、黒絡みの事件でもないのに、蘭ちゃんがずっと蚊帳の外だった事です。一番腹が立ったのが、北ノ沢村に来た時に、コナン君が蘭ちゃんを邪魔者扱いしていた事。
最近の映画では、コ哀色が強いとまでは感じていませんが。探偵という存在を小バカにしているような節があり、決して協力的ではない哀ちゃんが、映画では何故か事件解決に積極的に協力していて、コナン君の相棒扱いなのは、違和感があり過ぎてたまりません。」


で、そこら辺の不満を、私なりに解消しようとして書いたのが、このお話。

まあ、映画は原作とは別物・パラレルと割り切って楽しむようにしようと……思っているのですが、なかなか。
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