秋祭り



By ドミ



(3)桔梗(快青祭り2016参加作品)



秋とは名ばかりの、まだまだ暑い日々が続く9月。

江古田神社の秋祭りに、江古田高校3年B組のメンバーが参加していた。
江古田高校は数年前から二期制をとっており前期試験が終わったばかりの短い秋休み、しかし3学年は受験を前にして遠出など望むべくもなく、近場の神社のお祭りはつかの間の息抜きだ。

このクラスのメンバーは仲が良くノリも良く、クラス行事でも何でもないお祭りに、多くのクラスメートが集っていた。

「こんなに大勢参加したのは、白馬君と小泉さんが浴衣で参加するよ!ってラインで流したからだよね、多分」

桃井恵子がそう言って笑った。

「白馬様〜!背が高くて彫りが深いお顔立ちなのに、浴衣もお似合いです〜」

白い無地の浴衣を着た白馬探は、女子生徒たちに囲まれて、満更でもなさそうに笑顔を見せていた。

「紅子様〜!お美しいです。何を着てもお似合いですね」

鮮やかな紅色の浴衣を着た小泉紅子は、男子生徒たちに囲まれて、如才なく笑顔を振りまいていたが、心の内で何を考えているのかは不明だ。


恵子のラインに影響されたのか、3年B組のメンバーは殆どが浴衣を着て参加している。
高校生が大勢で浴衣を着ているのは、それはそれでなかなかに良い感じではあった。


「ねえねえ。ところで、黒羽君は来ていないの?」
「快斗?うーん……来てないみたいだねえ」
「てっきり、青子と2人して来るかと思ってたのに」

恵子の言葉に、青子がちょっと寂しそうに微笑んだ。

「快斗はもう、空の上なんじゃないかな?」
「はあ?」
「なんか、アメリカに行くようなこと言ってたもん」
「へええ。9月のこの時期に、余裕じゃ〜ん」
「……快斗、日本の大学には行かないかもしんない」
「えっ!?どゆこと!?」
「ほら!恵子、あっちで、たこ焼き売ってる!」
「もー。青子ってば、18にもなるのに花より団子?」
「花?どこに?」
「言葉のあやよ。花があるって訳じゃ……っていうか、青子ってば、いつまでたっても、色気がないわね〜!」
「青子に、色気なんて似合わないよ」
「青子……」

青子の寂しげな表情に、恵子は胸を突かれる。

もしかしたら、青子は失恋してしまったのだろうか?
黒羽快斗と中森青子は相思相愛だと信じて疑っていなかったけれど。
もしかしてもしかしたら、青子は快斗から振られた?

「もしそうなら……許せない!黒羽快斗!」

青子の親友・恵子は、黒羽快斗への怒りを燃やしていた。

ずっと2人を見てきた。
青子がどれだけ快斗の事を好きなのか、よく分かっていた。
青子がどれだけ優しい子なのか、よく分かっていた。
そして、快斗の方も、何のかんの言いながらも、青子のことが好きなのだろうと信じていた。
彼にはガキのようなところがあるから、青子のことを好きだから意地悪するのだろうと思っていた。

なのに。


誰かが誰かを恋するというのは、理屈ではないし、快斗が青子を振ったのだとしても仕方がないと、頭では分かっている。
けれど。

「だったら、思わせぶりな態度とか、ちょっかいとか……やんなきゃ良かったのよ!」

青子にだけ意地悪で。
青子にだけちょっかい掛けて。
それが愛情ゆえじゃなかったのなら、許せないと、恵子は思った。



   ☆☆☆



「快斗。マジックの修行はアメリカが本場だし、大学はこっちにしたら良いのに。英語には不自由しないでしょ?」
「……考えてみるよ。ただ、アメリカじゃ9月が新学期だろ?今年はどっちみち間に合わねえし、とりあえず日本で進学して、もしアメリカに行こうって思ったら改めて受験する」
「ふうん。こっちには来ないって選択肢もあるのね」
「そ、そりゃまあ……」
「青子ちゃん次第ってとこかな?」
「ななな何でそこで青子が出てくんだよ!」
「おや。快斗はまだ、一番大切なサファイアを手に入れていないのかね?他の男に先を越されても、知らないよ」
「……!」
「まあ、仕方がないわね。この行動力のなさ、とても私達の息子とは思えないわ」
「まったくだ」

ニューヨークで、二度目の新婚生活を満喫している快斗の両親は、快斗の目の前にもかかわらず、いちゃいちゃし始めた。
快斗は大きな溜息をつく。

快斗が子供の頃に亡くなったと思っていた父親が、実は生きていたことを知ったのは、昨年の事。
生きていたこと自体はもちろんとても嬉しかったが、それを母親にも快斗にも寺井ちゃんにも教えてくれず、8年間も音信不通だったことは許せない。
悲しみと涙と、怪盗キッドになった覚悟を、返せと言いたくなる。

死んだと思っていた夫をずっと思い続け、恋人を作ることも再婚を考えることもなかった母親も、少しは怒ってもいい筈だと思うけれど、今は8年の空白を埋め合わせるかのように、年甲斐もなく快斗の目の前でもいちゃいちゃしっぱなしである。

実は、盗一が目の前に現れた時、千影は、嬉しさだけでなく腹立たしさも込み上げて、ハグと口付けの後、盗一に三重往復ビンタをかませたのであったが、快斗はその事実を知らない。
母親は、何度も渡米をしていたが、盗一が生きていることを知ってからは、日本の我が家に滅多に帰らなくなってしまった。

今回の快斗の渡米は、盗一(死んだことになっているので名前は変えている)のマジックショーの手伝いをするのと、進路について両親と話し合うためであった。

快斗は、出発の前に、青子に渡米の話をし、その時、「もしかしてアメリカの大学に進学するかも」と告げた。
その時、青子があっさりと「頑張ってね」と笑顔で言ったため、快斗は意気消沈していた。
青子が無理して笑顔を作ったのにも気付かず、自分が振られたような気分になっていたのである。

その快斗も、秋祭りについての連絡ラインは受け取っており、それに間に合うように、帰国の飛行機に乗ったのであった。
羽田空港に到着し、入国審査を待つ間、快斗は携帯を開いた。
恵子からのメッセージが入っていた。
画像つきだったので、いぶかりながら開く。

画像を見たとたん、快斗の体がわなわなと震え始めた。

そこにあったのは、青子と白馬の写真。
青子の顔は白馬の頭の陰になって写っていないが、青子の体のラインを快斗が見間違えるはずがない。
青子は白馬から肩を抱かれ、2人の顔は重なり、口づけをしているとしか思えない写真だった。



   ☆☆☆



「げー!本当に、白馬様と青子がキスしてるみたいにしか見えない!」
「おおっ!すげーな、桃井。ナイスショット!」
「……やめてくださいよ……」
「そうよみんな!白馬君に失礼じゃない!白馬君、ごめんね……」
「いやいや、青子さんが謝ることではないです」

読者諸氏にはお分かりだろうと思うが、慣れない下駄ですっころんだ青子を、紳士な白馬探が抱き起してあげた、というだけの事だったのである。
しかし、そこをタイミングよく激写したのが恵子で。
何も知らない人が見たら、探が青子にキスしているようにしか見えないという、すごい写真になってしまったのであった。

といっても、偶然、そんなに上手く行くはずなどなく、実はそこに、紅子の魔法の力がちょっぴり働いていたのだが、それを知るのは誰もいない。
紅子は紅子で、昔はともかく今は青子贔屓になっており、ヘタレの快斗に対して腹立たしく思っていたのだった。
なので、こっそりと恵子に味方をしたのである。

そして恵子は、快斗にその写真を送った。
快斗はものの見事に引っかかった。


「あれ、何?」
「鳥?」
「でも、鳥は夜、目が効かないんじゃ?」
「違う!あれは……怪盗キッド!?」

暗くなった秋祭りの空を、近づいてくる白い影。
それは、ここしばらく鳴りを潜めていた怪盗キッドだった。
今回、何の予告もなかったため、もちろん警察の待機はない。


「気のせいかな?キッドはオレたちの方に向かってないか?」
「いや、気のせいではないかもしれません。桃井さん」
「え?何?」
「さっきの写真、もしかして、黒羽君に送りましたか?」
「へっ?送ったけど、それが何か?」
「やはり……」

白馬探は、大きな溜息をついた。

「すみません、今回、僕は逃げます!」
「えっ!?白馬様!?」
「おーい白馬!キッドを捕まえなくてもいいのかよ?」
「今回、そんな余裕はありません」

そう言って探は駆け出したが。
さすがの探も、今夜は下駄ばき、あまりスピードが出せない。

すると、やっぱり下駄を履いている筈の紅子が、音もなく探の隣に来た。

「白馬君、逃げるのに協力して差し上げてもよろしくってよ」
「それはありがたい」
「今回は、ワタクシにも責任の一端がありますから」

そして、2人の姿はふっとその場から消えたのだが、キッドに気を取られて上空を見ている一同に気付かれることはなかった。
一方、ターゲットを見つけたキッドは、急降下し、1人の少女を攫って、また飛び立っていった。

「ええっ!?青子ッ!?」
「あーん、青子ったら、キッド様にさらわれるなんて、超羨ましい!」
「おのれ、怪盗キッド!青子を返せ〜〜〜!!」

キッドが青子を攫って行ったため、青子の親友である恵子が怒り狂ったのも無理はないであろう。



   ☆☆☆



「ちょっと!何すんのよ!」
「おっと。暴れると落ちますよ」

キッドの腕の中で暴れていた青子は、下を見てぞっとなり、大人しくなった。
暗いためキッドの顔はよく分からないが、何となく優しく見つめられているような気がして、落ち着かなくなる。

「いったい、何の積りなの?」
「……極上のサファイアをいただきに参りました」
「サファイア?」

不意に。
青子の口が覆われる。
キスされたのだと気付くまで、時間が掛かった。

唇が離された瞬間、青子は泣き叫んだ。

「ひどい!青子のファーストキス……!返せ〜〜!」
「え?ファーストキス?初めての相手は白馬じゃ?」
「あれは!偶然そんな風に見える写真が撮れただけだもん!青子は……青子は……!!」

そもそもキッドが何故写真を見たのかとか、青子にはそんなことを考える余裕はなく、泣きじゃくっていた。
キッドは、とんでもない事をしてしまったと後悔するが、今更どうしようもない。

「快斗……!」

キッドの腕の中で、青子がその名を呼んだ。

「快斗。快斗。快斗……!」

繰り返される中、キッドに青子の気持ちは十分に伝わった。

「青子。ごめん。オレが、黒羽快斗が、怪盗キッドなんだ……」

青子が、涙で濡れた目を見開いて、キッドを見る。

「今まで、騙していて、ごめん……」
「嘘よ!だって、キッドは変装の名人で……だから今も、快斗の振り、してんでしょ!?」
「本当だ……オレは……怪盗キッドだった親父が殺されたことを知って、後を継いだんだ……」

その言葉に、青子の表情は変わった。

その後は2人無言のまま、やがて中森邸のベランダに着く。
去って行こうとするキッドのマントを、青子が掴んだ。

「……全部、話して」
「……わかった……」

キッドは中に入り、シルクハットもモノクルも外して、素顔で青子と相対する。
キッドの……いや、快斗の長い話を、青子は黙って聞いていた。

「快斗」
「ん?」
「辛かったね。寂しかったね」
「あお……こ……」

青子は、目に涙を浮かべて快斗を見た。
その涙の意味は、先ほどの涙と意味が違う事は、快斗もよく分かっている。

「許して、くれるのか?」
「許すも許さないもないよ。青子は……青子が何か言えることじゃないし」
「そっか……」
「でも、ひとつだけ、教えて」
「ん?」
「な、なんで……青子に、キスしたの?」

青子が、真っ赤になって言った。
そういえばそちらの話はまだしていなかったかと、快斗は思った。
そして、どんなに恥ずかしくとも、ここは正面切って言うべきだということも分かっていた。

「好きだ、青子。時計台の前で初めて会った時から、ずっと」
「快斗……」

青子の目からまた別の涙が流れ落ちる。

「青子も、快斗のこと、好きだよ」
「青子……」

快斗は、青子を抱き締めて、唇を重ねた。

軽く重ねた唇が離れた後、青子が微笑んだ。

「よかった。青子のファーストキスが快斗で」
「青子……」

その言葉で、快斗のスイッチが入った。



   ☆☆☆



朝の光の中。
目を覚ました快斗は、昨夜自分に全てを捧げてくれた愛しい少女の寝顔を、微笑んで見詰めていた。

「言いそびれてたけど……浴衣、よく似合ってたぜ」

部屋に広がる、青子の浴衣。
青い桔梗模様は、本当に青子によく似合っていた。
昨夜、それを堪能する余裕もなく、脱がせてしまったが。

メリハリに乏しい華奢な青子の体。
けれど、もう「お子様」とからかうことなどできない。
浴衣を着た姿も、生まれたままの姿も、何よりも美しい「女」の姿だと、快斗は思った。


絶対に、離さない。
ずっと生涯、傍にいると、快斗は決意していた。

アメリカに行くか行かないかは、青子次第で決めようと思う。
ずっと一緒にいる、それだけは変わらない。


「おーい。青子、まだ起きんのか?遅刻するぞー」

中森警部の声が聞こえ、快斗は慌てふためいた。
快斗が、キッドの服を全部持って天井に張り付いたのと、ドアが開いたのは、同時だった。

「キャーッ!お父さんのエッチ!」

青子が目覚まし時計を投げ、見事に中森警部の顔面にヒットする。

「な……っ!青子、何で裸で……!」
「昨日、疲れて、浴衣を脱いでそのまま寝ちゃったのっ!」

中森警部が部屋の外に出ている間に、快斗はこっそり、窓から出て行った。


とりあえず、青子の父親はやり過ごしたけれど。
その後、恵子の怒りを解くのが大変だったり、白馬探と小泉紅子にトゲトゲした言葉を投げつけられたり。
そして、「実は盗一が生きていた」という肝心のことを後から知った青子から、特大の雷が落とされたり。

色々あったが、それはまた別の話。




秋祭り(3)桔梗 了


+++++++++++++++++


謎町に、キッド・快斗君・白馬っちは、います。
いや、いました。
ですが、青子ちゃん・恵子ちゃん・紅子様は、いませんでした。
名探偵コナン原作に出たことがあるか否かが、謎町に出るかどうかの鍵だったのでしょう。
まあ、謎町はあくまで「名探偵コナン」ですから。そこは仕方がないです。

謎町のイベントは、クリスマスを最後に、なくなりました。
もしかして課金フィーバーの要因になるからと、何らかの指導が入ったのかもしれないですね。
そしてとうとう、謎町自体が、開始から1年少しでお亡くなりに。

シンデレ蘭(ツンデレではありません)・ウェンディ蘭・ハロウィンドラキュラ新一君など、とうとうゲットできなかったキャラが結構います。
謎町のキャラは、蘭ちゃんも新一君も可愛くて好きだったので、残念無念です。

で、謎町から離れた今回のお話。
青子ちゃんの浴衣にからむお話は、前々から温めていたのです。

なのに、書いている内に迷走した結果、浴衣関係ない話になっちゃったし、最初に考えていたネタは入れられなかったしで、うーん。

最初に考えた浴衣ネタは、また、別の機会に。
ま、しょうもない小ネタです。

今回、一番、予定外に動いたのは恵子ちゃんです。
そこから連鎖反応的にみな予定外の動きをしちゃってくれちゃいまして。

最後の着地は予定通り?
ま、この三部作は全部、落ちが一緒という……。
最初からそう予定していた訳ではないのですが、そうなってしまいました。

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