2004年工藤新一お誕生日記念小説〜3〜

何よりも大切な事




byドミ



5月5日。
工藤新一は、いつもと違う朝を迎えた。

目覚めた時、自分のすぐ横に、暖かく柔らかな存在があったのだ。
まだ寝息を立てている、新一にとって至上の存在。


昨夜、蘭は工藤邸に泊まり、新一と蘭は初めて結ばれた。

「愛してるよ、蘭」

新一はそう囁いて、まだ眠る愛しい相手の髪に口付けた。


昨日、合鍵をいつどうやって渡そうかと考えあぐねていた相手が、まさかあっさりと肌を許してくれるとは。
新一はいまだに信じられない思いだった。

蘭は、「『これ』が誕生日のプレゼントってわけじゃないからね」と頬を染めて言いながら、新一を受け入れ、全てを与えてくれた。
そう、こんなに大きなものが、たかだか「誕生日のプレゼント」の筈がない。




実は昨夜、目暮警部から連絡があった。
蘭がシャワーを浴びていて、新一がドキドキして待っているその間に、である。

蘭が泊まる事に決まった時に、携帯の電源はさり気なく切っていたのだが、自宅の方の電話に掛かってきたのだった。

新一は、状況を簡単に聞き、警察だけで何とかなりそうだと判断し、今日だけは行けない旨を伝えた。

『まあ、高木刑事が居るから、大丈夫だろう』

新一が推理力・判断力において現在の捜査1課の面々で1番信頼を置いているのは、高木刑事である。

最近の新一は、その推理力を信頼して任せられる相手も何人か出来、自分で何もかもやる事を優先するのではなく、人に任せられる時は任せるようになった。



けれども、自惚れなどでなく、どうしても新一の力が必要になる事はある。
もし夕べの事件がそういったものであったのなら、新一はあの状況であっても、蘭を置いて現場に出かけたかも知れない。

蘭は、きっとわかってくれるだろう。
もしそうなったら、きっと蘭はここで待っていてくれたに違いないと思う。
新一がそんな蘭に甘えてしまう事が多々あるのは、紛れもない事実である。



蘭は「我慢する」のでなく、新一のやっている事を理解してくれている。
その確信が、新一にはある。



蘭と探偵である自分とを、同じ次元で比較する事など出来はしない。

蘭は世界中で1番大切な人。
探偵である事は、新一自身のアイデンティティに関わる事。

どんなに「欲張り」と言われようが、新一に取っては両方とも必要な事なのだ。



けれど、新一に取って何が一番大切かと問われれば、その時は躊躇いなく「蘭」と答える事が出来る。



この世で1番愛しくて大切な存在である蘭が、新一の探偵としての在りようを(口では色々言っていても)理解してくれている。
それは新一に取って無上の幸福だった。







蘭が眠りの淵から上がって来た時、新一の深い色の瞳に見詰められていて、どぎまぎした。

幼い頃を除き、目覚めた時に同じベッドの中に居て新一に見詰められるなど、初めてである。
当然の事ながら身には何も纏っておらず、蘭は気恥ずかしさに、布団を引き上げて首元まで覆い隠した。

「おはよう、蘭」
「お、おはよう・・・新一」

新一が微笑み、顔が近付いて来る。
蘭は目を閉じ、柔らかく暖かく湿ったものが優しく自分の唇を覆う感触を感じた。



階下で電話のベルが鳴り、2人体を強張らせる。
蘭が目で促すと、新一は溜息を吐いて机の上から携帯を取り、おもむろに電源を入れた。


電話を取って会話している新一の顔が引き締まる。
ああ、行くのね、と蘭は思った。



昨夜蘭が泊まる事に決めた時、新一がそっと携帯の電源を切った事には気付いていた。


蘭がシャワーを浴びている間に、工藤邸の電話のベルが鳴った。
けれど、シャワーが終わって出て来た蘭に、新一は何も言わなかった。

何も言わなかった事で、逆に(優作や友人達からの電話などではなく)事件だったのだろうと蘭には察しがついた。

おそらく、新一が電話で指示を与えるだけで事足りる事件だったのだろう、と思う。
流石に、新一が足を向けなければ解決しないような事件で、それを無視するなどはあり得ない事だから。

蘭は、電話の指示だけで事足りるのが理由であったとしても、新一が何も言わず蘭の元に残ってくれた事が、嬉しかった。

けれど、いかなる時でも、新一が本当に必要とされているのならば。
蘭は新一の背中を押すだろう。


以前、新一は、「犯人を追い詰める時のスリルと快感が止められねえ」と蘭に語った事があり、蘭は半ば呆れてそれを聞いたものであるが。
蘭は、それが全てではない事を知っている。

新一が普段、声高に言わないだけで、本当は揺ぎ無い正義感と大きな優しさを持っている事を、蘭は知っているのだ。




新一が困ったように蘭を見た。

「新一、事件なんでしょ?」
「ああ・・・」
「朝ご飯、食べる時間ある?」

蘭はベッドを抜け出すと、手早く服を身に着けながら訊いた。

「10分後に迎えが来る」
「そう。じゃあ、すぐに身支度しなくちゃね」


寂しくない、と言えば嘘になる。
けれど、事件となればほっておけない、探偵である工藤新一、それが蘭の選んだただ1人の男性なのだ。



蘭は手早くコーヒーメーカーをセットしトースターに食パンを入れ、自分も急いで洗面して身支度する。

今日は出来るなら、見たい映画もあったし、買い物にも行きたいと思っていた。
けれど、1番やりたかった事は、新一と2人で過ごすと言う事。


『寂しいけど、ここで待ってるから、早く事件を解決して帰って来てね、探偵さん』


蘭は、ポットにコーヒーを入れ、焼きあがったトーストをナプキンに包んで籠に入れ、玄関へと向かった。
身支度が整った新一も、玄関ホールに立っていた。

「新一、これ・・・パトカーの中で食べてね。で、あの・・・迷惑でなかったら、ここで待ってるから・・・」

そう言ってポットと籠を渡そうとした蘭を、新一がぐっと引き寄せる。

「え・・・?」



「あ、あ、あの・・・工藤君?」

パトカーの運転席で、高木刑事がちょっと困ったような声を出した。

「あら、いいじゃない。蘭さんも、今迄毛利探偵と一緒に、数々の事件現場を経験してるし、事件解決の手助けをしてくれた事は何度もあるわ。きっと力になってくれるわよ」

そう助け舟のように言ったのは、パトカーの助手席に座る佐藤刑事である。


「あ、あの・・・新一・・・」

パトカーの後部座席で戸惑った声を出しているのは、有無を言わさず引きずられるようにパトカーまで連れ込まれた、毛利蘭である。
新一は、しっかりと蘭の手を握って言った。

「良いんだよ。オメーは、俺のパートナーなんだからさ」
「新一・・・」
「どうしたって、オメーを置いて行かなくちゃならねえ事も多いと思う。でも、出来る時はいつも、俺の隣に居て欲しい」
「馬鹿・・・」

蘭の目に涙が光り、新一がそっと蘭の肩を抱き寄せた。
流石にパトカーの中だったので、それ以上の事はしなかったが。




佐藤・高木両刑事は、「2人だけの世界」オーラに顔を赤くし、流石に2人が昨夜どういう風に過ごしたのかも察しがついていた。

現場に着けば、新一は「探偵」の顔になる。
けれど今は、毛利蘭をこよなく愛する1人の若者であった。

佐藤刑事と高木刑事は、赤くなった顔を一瞬見合わせ、事件現場に到着するまでのひと時は2人に声を掛けず、そっとしておく事にした。



Fin.



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(3)「何よりも大切な事」後書き


いきなり2人が一線を越えちゃってて、驚かれたかと思いますが・・・「レモンパイ」の次の朝です。

最後の部分、元々は「一刻も早く帰って来るから待ってろ」と新一くんが言って、工藤邸で待つ蘭ちゃん、になる筈だったのですが、書いてる内に筆が(キーボードが?)滑り、新一くんが蘭ちゃんをパトカーに連れ込んじゃいました。
まあテーマは、ずれてないと思いますが。




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