2004年工藤新一お誕生日記念小説〜2〜

約束




byドミ



「新一、明日の待ち合わせ、忘れないでね」
「あれ?そうだったっけ?」
「もう!約束したじゃない!」

私はつれない返事をした新一に連続蹴り技を入れる。
私の幼馴染で、数ヶ月前に一応私のこ、こ、恋人になった新一は、憎たらしい事にひょいひょいと軽い動きで私の蹴りをかわして行った。


私は毛利蘭、帝丹高校3年生になったばかり。
特に目立つような容姿でもないし、成績も悪くはないけど自慢する程のものでもないわ。(注:蘭ちゃんには自分が容姿端麗で性格が良いと言う自覚はありません)
私の特技と言えば空手位かなあ?
それだけは結構実力があるって自信がある。
でも、この先も強い人はどんどん出て来るだろうから、精進しないとね。
帝丹高校女子空手部の主将だったけど、今は2年生の子に代替わりしてる。

私の幼馴染で同級生の工藤新一は、高校生でありながら「日本警察の救世主」だの「平成のホームズ」だの言われてる、誰1人知らぬ者のない名探偵。
容姿端麗でスポーツ万能、成績優秀、そして名探偵とくれば、もてない筈がない。
日本中からファンレターが舞い込んで来ているわ。
まあ幼い頃から傍に居た私から言わせれば、新一って、意地悪でいつも自信たっぷりな、只の気障な推理オタクよ。
でも、いざという時頼りになって、勇気があって、格好良くて・・・本当は優しい、私の自慢の・・・彼。

新一は、去年大きな事件を追って、学校も休学して、長い事私の前から姿を消していた。
只の幼馴染である私は、その事でどんなに寂しく思っても、詰る事も出来なかった。
ううん、結構文句言ってたけどさ。
大好きでたまらないのに、幼馴染という関係さえ壊れてしまうのが怖くて、いつも意地張って憎まれ口叩いて・・・私たちはそんな関係だった。
本当なら私の立場では文句ひとつ言える筈ないんだよね。
私は、自分が心配して会いたいのに、それを素直に言えなくて、「学校のみんなも心配してるよ」なんて言って誤魔化してた。
新一は何のかの言いながら、私への連絡を欠かした事なかったわ。


新一が帰って来た時、私を抱きしめて「ずっと好きだった」と言ってくれた。
関わっていた事件に私を巻き込まない為には、私の傍を離れるしかなく、全て解決してしまうまでは戻る事が叶わなかったのだと、だから私の所に帰る為に必死だったと、そう言ってくれた。
その言葉には真実味が篭っており・・・私はその時ばかりは本当に素直に新一に自分の気持ちを伝え、そして私達は恋人同士になった。


本当は、彼がずっと私の傍に居た事、彼がいまだに私に吐いてる嘘に、私は気付いていたけれど・・・彼が告げてくれた気持ちもまた、真実だと分かったから、私は黙っている。



でも、新一が、どうして何の取り柄もない私なんか(注:蘭ちゃんには本当に自分がどんなに素敵か自覚がありません)を選んでくれたのかが、私にはいまだに分からない。
ただ、私、他のファン達と違って、新一の本当の姿をちゃんと皆分かっていて、丸ごと好きなんだって、それだけは自信がある。
多分、新一にとって、幼い頃から傍に居る私は安心して自分を出せる相手なのだろう。
だから私を選んでくれたんだろうって思ってる。



けど、恋人同士になっても、私達の普段の関係は、あんまり変わっていない。
そりゃあ、キ、キス位なら・・・した事あるけどさ。
2人でどこかに出かけたり、一緒に登下校したり・・・ってのは、幼馴染時代からやってた事だし。(同級生からは、「只の幼馴染はそんな事やらないよ」って言われちゃったけどね)
2人で出かけるのに「デート」って呼び名がついた位かなあ?
けど、明日のデート、「蘭が見たがってた映画、見に行こうぜ」って誘ってくれたのは新一の方なのに、白を切るのが憎たらしい。

「もう!良いわよ、新一なんか当てにしないで他の人誘って映画見に行くんだから!」

私が悔し紛れにそう言うと(勿論本気でそんな事思ってないわよ)、何故か新一が焦りまくる。

「おい、蘭、嘘嘘、冗談だって!ちゃんと覚えてるよ!明日、午前11時、杯戸シネマビルの1階ロビーだよな」
「・・・何だ。覚えてんじゃん」

私は拍子抜けして蹴り技をおさめた。
でも、そうなのよねえ。
新一は、何のかんの言いながら、私との約束を本当に忘れてた事、滅多にない。



1回だけ、本当にすっかり忘れられてて、2時間も待たされた事あるけどね。
あの時は、暗くなって心細いし、いつまで待っても来ない新一相手に、私かなり怒ってたわ。
怒ったり、暗闇に心細くなったり、何かあったんじゃないかと心配したり。
けど、現れた新一の、「全力疾走して来た」様子と、滅多に見られない申し訳なさ気な顔と、普段の意地っ張り振りはどこへやらいきなり手を合わせて謝りだす姿とを見たら、怒りはどこかに吹っ飛んで行っちゃったの。

園子には後で呆れられたわ。
私が新一を甘やかし過ぎるって。
そんな事するから男は付け上がるのよって。

けど、それ以降、新一が何の理由も連絡もなしに私との約束を破る事はなかった。



新一はまだ高校生なのに探偵として、多くの人から頼りにされている。
だから、結果的に私との約束を果たせない事はある。
けれど、そんな時だって必ず連絡があるし、一方的に「当然」と言った顔をしたりはしない。

私は、探偵として活躍する新一が大好きだし(あ、これは有名人だからとか、そんなんじゃないのよ。本当に新一が水を得た魚って感じで目を輝かせているのを見ると、私の方まで胸が熱くなるんだもん)、寂しくはあるけれど、いつも笑って探偵活動に向かう新一を送り出していた。
園子からはいつも、「蘭がそうやって許すから新一くんは付け上がるのよ!」と怒られるけど、そう言う園子だっていつも海外修行に出かける京極さんを一生懸命笑顔で送り出してるのを私は知ってるわ。

恋に夢中な女って、本当に仕方ないなあって自分でも思う。
でもそれは、相手の言いなりになるとか、自分を押し殺してしまう、とか、そう言うんじゃないわ。
古風な日本女性のように、黙って耐えて殿方に従うと言うのとは絶対に違う。


だって、私知ってるもん、ちゃんと分かってるもん。
新一の方だって、決して好き勝手してる訳じゃない、私の事本当に大切にしてくれてるって事。
新一は、私がもし「行かないで!」って頼んだら、きっと困った顔をしながらも行かないで傍に居てくれるって、わかってる。
でも、事件を前にして知らん顔するなんて、そんなの新一じゃないわ。
だから私はそんな事、絶対に言わないの。




次の日、新一と2人で映画を見に行く約束をした日の朝9時。
私の携帯の着信音が鳴った。
新一が帰って来た後に、きちんと携帯の番号も教えて貰って設定した、新一の携帯からの連絡を知らせる着信音。

私はどの服を来て行こうかと、箪笥から引っ張り出した服をベッドの上に並べて考え込んでいるところだった。
そこへ届いた音に、流石にちょっと悲しくなる。

「もしもし、新一?」
『蘭?実は、今さっき目暮警部から連絡があって・・・』

私はがっかりした気持ちを悟られないようにと殊更に明るい声で返事をする。

「また、事件なの?解決するのに新一の力が必要なんでしょ?頑張って来てね、名探偵さん?」
『ああ。で、ちょっと下まで来てんだけど、顔出せねえか?』

私は息を呑み、次の瞬間部屋を飛び出していた。


そりゃあ一応の身支度はしてるけどさ。
まだ今から余所行きの服に着替えて、リップ塗って、なんて考えてたのに、全部パアよ。
一体、どうしてくれるのよ?


でも私は、飛び出さずには居られなかった。
玄関のドアを開けて、転げるように階段を駆け下りる。



「よ。蘭」

新一は階段の下に居て、手を挙げた。

「こんな所に来て、早く行かなくて良いの?」

私は嬉しいのに、ついそんな事を言ってしまっていた。

「わりぃ。蘭の顔を見ねえとエネルギー切れ起こしそうだったからさ」

私は言葉を失ってしまう。
新一は、私と恋人同士になってから、時折こうして素直に言葉を出してくれるようになった。
それはとても嬉しい事なのに、こちらの張り詰めた気持ちまでも緩ませてしまう。

「何泣いてんだよ?」

新一が私の頬に手を伸ばして涙を拭おうとした。
私は、新一に涙を見せてしまったのが・・・申し訳なくてたまらない。

「こここれは、今日見る予定の映画の原作読んでたら、ついつい泣けてきちゃって・・・」

どう聞いても嘘と分かるだろう苦しい言い訳。
新一は何も言わず、優しい目で私を見た。

「なあ、蘭。映画、何時からの上映の分を見る予定だった?」

新一が何を考えているのか、今一掴めないまま私は答えた。

「え?11時40分よ・・・」
「次の上映時間は?」
「14時10分・・・」
「よし、分かった!最初の予定は無理だから、2時10分のやつにしよう!蘭、わりぃけどこれ持ってって、先に席の予約を取っててくれねえか?1階のロビーは止めて、8階の映画館ロビーで2時に待ち合わせな!」

そう言って新一は、私の手に前売り券2枚を押し付けた。

「ええ!?ちょっと!」
「それまでに必ず事件解決して来っからよ!」

そう言った新一は、もう既に駆け出している。

「もおっ!今度こそ約束破ったら、夕御飯新一の奢りだからね!」
「わーってる!」

既に遠くなった新一が、そう答えたのが聞こえた。



新一はきっと、何も食べる暇もなく飛んで来る筈。
私は、映画館の中で食べられるお弁当作りに取り掛かった。

新一は探偵で、事件をほったらかす事なんて出来ないの。
だけど、どんな時でも私の事を忘れず、最大限約束を違えない様努力してくれる。


もうすぐゴールデンウィークになる。
一緒に見る約束をした映画は、今日が封切り日で、結構前評判が良い。
だから、11時40分の回の方が観客も少なくて良いかと思ったんだけど、そんな贅沢はこの際言わないわ。
大体、ラブロマンス映画なんて新一の趣味じゃないのに、一緒に見てくれるって言うんだもの。



もうすぐ新一の18歳の誕生日。
5月4日、国民の休日の日なんだけど、新一って毎年自分の誕生日忘れてんのよね。
いっつも私が思い出させてんのよ。

去年は・・・死と隣り合わせの「ハッピーバースデー」になっちゃったなあ。
でも、今、新一も私も無事に生きていて、恋人同士として新しい誕生日を迎えられる。
それは本当にありがたい事だって思う。

今年の誕生日プレゼントは何にしようか、今考えているところ。
ううん、一応決めてはいるんだけど・・・新一にとってそれが本当に「嬉しい」プレゼントなのか、自信がないの。

新一は、果たして私があげようと思うものを、欲しいと思ってくれてるだろうか?




1時を回り、私は家を出た。
電車に乗って、杯戸シネマビルに向かう。

去年爆破事件が起きた米花シティビルはまだ復旧してないので、映画を見るには隣町まで行かないといけないのだ。


お洒落をして、作ったお弁当を持って、映画館で席の予約をして。
そして映画館ロビーで私は待った。


時計の針が2時を指した時。

エスカレーターを駆け上って必死にこちらへ駆けて来る愛しい人の姿が、私の目に映った。







Fin.



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(2)「約束」後書き


工夫も何もないタイトルでごめんなさい。

蘭ちゃん1人称で書くと、1つだけとっても困る事があります。
それは蘭ちゃんに、自分がとっても素敵な子だって自覚がない事。
で、つい反則の注意書きをやっちゃいました。

この「約束」は、時間的に第1話「レモンパイ」の前になります。



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