ビター・バースデー



byドミ



*年齢制限がつく程の事ではありませんが、文中、性的表現があります。
閲覧には、お気を付け下さい。



「快斗ー!青子ちゃんが来たわよー!」
「お邪魔しまーす」

太陽のような笑顔で入って来た幼馴染を、快斗は複雑な思いで見つめていた。

青子は、入試に合格した東都大学への入学を蹴り、アメリカ留学の道を選び。
そして現在は、快斗・快斗の母千影と、ルームシェアをして住んでいる。

快斗も青子も、好成績で入試に合格している。
と言っても、アメリカの大学は9月から始まる為、今は2人とも休暇中だ。

快斗は、修行と実益を兼ねて、ジョディ=ホッパー奇術団にお世話になっている。
大学が始まる前の夏季休暇期間中に、出来るだけ稼いでおきたいところだ。

そして、もう一つの仕事の方も、結構忙しかった。


青子は、ここ数カ月、眩しい位に綺麗になっている。
青子を磨いて美しくしたのは、青子を「女」にしたのは、快斗であって快斗でない「怪盗キッド」だと思うと、快斗の胸は複雑だ。


アメリカに移住して間もなく、快斗は「キッド」として青子の部屋を訪れた。

『いらっしゃい。そろそろ来てくれる頃だと思ったわ』
『青子。私を待たないのではなかったのですか?』
『帰国するのを待つ気はないって、言ったのよ。だって、こっちで会えるって、わかってたもん』

青子は、満面の笑顔でそう言った。
結局のところ、キッドとも快斗とも、別れを辛いと思っていない様子だったのは、「待たない」と言ったのは、青子がアメリカへの留学を決めたからだったという、単純な事だったのだ。


「待たないって……まさか、追って来る積りだなんて、わかるワケねえだろうが」

そうと知らずにやきもきして、そうと知らずに強引に青子と体の関係を持って。
快斗としては、嬉しかったのだが、何だかモヤモヤしてたまらない。

もっと、手順を踏んで進みたかった、というより、黒羽快斗として、青子と向き合いたかったと、考えてしまう。



黒羽快斗は、今でも、青子の幼馴染み。
青子が快斗の事を好きだという事は、キッドである時に聞いたけれど、快斗として告白を受けてはいない。
快斗として青子と向かい合った時は、幼馴染み以上の距離に近付く事が出来ない。

そして。
怪盗キッドは、青子の、恋人と言えるのか?
何だか微妙だと、快斗は思っていた。

会うたびに、好きだと言葉にし、唇を重ね、体を重ね。
そうまでしていても、青子にとって「正体不明の怪盗」のままでは、恋人同士とは言えないだろうと、快斗は思うのである。


「快斗。青子、バイトが決まったんだ〜♪」
「へっ?大丈夫か?日本に強制送還されたり、しねえか?」
「大丈夫大丈夫、留学生としての許可範囲内だから」
「だったら、良いけどさ……」
「お父さんは、そこまでお金持ちなワケじゃないし、自分のお小遣い位は稼がないとね」

自由の国アメリカ。
しかし、自由を行使するには、お金が必要である。
そして、アメリカ人の失業者も多い中、外国からの居住者が仕事をするのは、結構大変なのだ。
ワーキングビザは簡単に発行されないし、不法就労した場合は、ビザが取り消される事もある。


「青子。そもそもオメーは、何でアメリカに来たんだ?」

青子の成績は良かったけれど、特に、将来なりたいものがあると、聞いた事はない。
留学を決めた理由が、良く分からない。

「何でって。好きな人を追って来たんだよ」
「……青子!?」
「だって、青子、待つのは嫌だったんだもん」


怪盗キッドと黒羽快斗は同一人物。
なのに、青子がキッドを追って来たらしい事に、黒羽快斗は嫉妬で胸がかきむしられる思いだった。

待つのは嫌だと言った相手は、キッドだけではなかったのだが。
今の快斗は、それを思い出す事が出来なかった。



   ☆☆☆



「こんばんは、青子」
「キッド!」

キッドの訪れに、青子は顔をパアッと輝かせて、駆け寄って来た。
そのまま真っ直ぐ、キッドの胸に飛び込んでくる。

唇を重ね、その後は、大人の男女の時間だ。
見事に花開く青子の表情も姿も、キッド以外、誰も知る事はない。


熱い時間を過ごした後、青子は、キッドの胸に甘えるように、頭をすり寄せ、キッドは青子の肩に手を回して抱き寄せる。


「青子」
「なあに?」
「あなたは、私の事を、嫌っていたでしょう?」
「……うん。大嫌い、だったよ」
「じゃあ、何故、私の想いに応える気になってくれたのです?」

青子が、キッドの胸に寄せていた顔をあげ、マジマジとキッドを見た。

「キッド……ずっと、辛かったでしょ?」
「はあ?」

青子が言った事があまりにも突拍子がなくて、キッドは思わず、間抜けな声をあげてしまった。

「ずっとずっと、1人だけで、戦って来たんだよね。青子に出来る事は、こうやって、温もりをあげる事だけ、だから……」

鈍感でお子様なようでいて、どこか妙に鋭い少女を、キッドは驚きながら見詰めていた。

たった1人だった訳ではない。
寺井ちゃんもいたし、母さんも……。

そう思いながら、キッドは、心のどこかに傷付いた孤独な魂を抱え込んでいた事を、自覚する。

青子は、黒羽快斗が見つけ出した、この世でただ1つだけの宝石。
快斗の……キッドの心の飢えを満たす事が出来るのは、世界中でただ1つ、ただ1人、この少女だけ。


キッドの心に、凶暴さにも似た、強い飢えがわきあがり。
少女の上にのしかかり、唇を奪い、先程情熱のままにさらったものを、再び貪欲に求め始める。

そして少女はキッドの求めに応じ、その全てを与えた。



さすがに疲れて眠ってしまっている少女を、キッドは微笑んで見詰めた。
その頬に優しく口付けを落とし、立ちあがって身なりを整える。


ふと、少女の可愛らしい唇が動いた。


「かい……と……」


少女が、夢の中で呼んだ名に、キッドは目を見開いた。
そして、その眦に浮かんだ涙に、更に驚愕する。

そっと、涙を唇で吸い取り、物音を立てないように、窓から外に出た。
ベランダ伝いに自分の……黒羽快斗の部屋に戻り、変装を解いた。


キッドを愛し体を許しながらも、変わらず快斗の事をも想ってくれているらしい、青子。

四の五のグダグダ、思い悩むのは止めよう。
青子に、キッドは黒羽快斗であるという事実を告げよう。

青子は、怒り、詰るだろうが、きっと許してもくれるだろう。


そう決意した快斗の胸の中は、先程までとは比べ物にならない位、凪いでいた。



   ☆☆☆



青子に、怪盗キッドの正体を告げる。
そう、決意はしたものの。

さて、なかなか、機会がうかがえないままに、数日が過ぎた。


日本ではそろそろ梅雨入りしそうな時期であるが。
こちらニューヨークでは、緯度が高い為、梅雨前線は上がって来ず、日本ほど雨は多くない。
但し、夏場は蒸すし、6月下旬になるとグッと気温が高くなる。


快斗達の住まいは、空調が万全なので、家の中にいる間は大丈夫だろうが、外出したら地獄だろう。
青子は、窓から、よく晴れた空を見上げて言った。

「怪盗キッドも、夏場は大変よねえ」
「ん?あ、ああ……多分な……」

青子から突然、デリケートな話題を振られて、快斗は動揺しながら、曖昧に答えた。
ふと、今が、話すチャンスなのではと、快斗は思う。

「あのさ、青子」
「ねえ、快斗」

快斗が青子に声をかけるのと、青子がくるりと快斗の方を振り返り声をかけて来るのと、ほぼ同時で。
快斗は、結局、次の言葉を飲み込む。

「何か、欲しいもの、ない?」
「へ?は?欲しい物って……?」
「あんまり高いのとか、手に入りにくい物とかだったら、ダメだけど」
「え、ええっと……」

どうやら、青子は、間近に迫った快斗の誕生日のプレゼントを、考えてくれているものらしい。

「アウトドア用の、ミニパーソナル扇風機!」
「……目いっぱい、実用品だけど……確かに、これからの時期、あった方が重宝するかなあ」

青子は、ちょっと呆れたように手を広げて見せたが。

「うん、わかった!探してみる!」
と、頷いて見せた。


結局、快斗は、決意もどこへやら、言い出せないまま。
それから更に数日が過ぎた。


「はひー。あちぃ……」

ベランダに出ただけで、思わず愚痴がこぼれてしまう。
その位、今夜のニューヨークは暑かった。

これからずっと、こんな暑い時期が続くかと思うと、ウンザリしてしまう。
この暑さの中、キッドのマントとスーツは、正直、辛いものがある。


仕事の時は、仕方がないが。
青子の部屋を訪れる時、たった数メートルが結構大変だ。


「……ってか、早く告白しろよオレ。黒羽快斗として、屋外に出ずに、堂々と通えるようになれば良いだけだろうが」

自分に自分で突っ込んで見せる。


青子の部屋の窓を叩くと、青子が笑顔で迎え入れてくれた。
そして、コーンに盛ったアイスクリームを差し出された。

暑い中を通って来た身には、ありがたい。
キッドがありがたく頂いていると、突然、青子がポツンと言った。

「アイスクリームって、冷たいよね……」

青子の今の言葉と同じ台詞を、確か昔、聞いた事があったと、キッドは思う。

あの時は。
「黒羽快斗=キッド疑惑」を打ち消す為に、青子が快斗をデートに誘ってくれたのだった。
その時の青子の涙と、「冷たいんだから」という言葉とを思い出し、キッドは複雑な想いになる。

「でも、アイスクリームは、甘いんですよ」

そう言って、キッドは口移しで青子の口の中にアイスクリームを入れる。

「うん、そうだね。冷たいけど、甘い……」

青子の揺れる眼差しの意味は、何なのか測りかねたまま。
そのまま、なし崩しに、「大人の甘い時間」に突入してしまった。




外はゲロ暑だが、室内は空調が効いて、少し肌寒い位だ。
裸のままうたた寝してしまったキッドは、腕の中にあった筈の温もりがなくなった為もあり、思わずくしゃみをして目が覚めた。

「あ、起きた?」

先程まで、キッドの腕の中にいた少女は、室内着だけどキチンと着込んでいる。

「青子?」
「もう、そろそろかな?」
「そろそろって、何が?」

ふと、かすかに。
どこかで、時報が聞こえた。

「日本とは時差もあるし、日付も違うけど。こちらニューヨークでは、今が、6月21日0時だよ」
「ほえ?」
「はい。リクエストの、パーソナルミニ扇風機。シルクハットのツバに留めたら良いと思うよ」
「……青子?」
「ハッピーバースデイ!」


満面の笑みで、リボン掛けした箱を差し出す青子。
キッドは、石化したように暫く動けなかった。



<ビター・ブルーバースデーへ続く>


+++++++++++++++++++


<後書き>

相変わらず、裏ギリギリの描写が続き、あいすみません。

そしてそして、クソ寒い今頃、クソ暑い時期のお話で、更にすみません。
半年以上遅れのアップでございます。

中身については、語る事はございません。
が、キッド@快斗君が相変わらず、アホーで、ファンの方には真に申し訳ないです。

キッドは、常に青子ちゃんへの夜這いだけをやってる訳じゃなく、一応、ちゃんと(?)「お仕事」もやっております。
文中には出て来ませんけどね。
パンドラは、まだ見つけられないようです。

うーん、どこがビターなんだろうと、自己突っ込みを入れまくりのこのシリーズですが。
一応、次回のお話で、ピリオドを打つ積りでございます。
9月のお話ですが、一体いつアップされるのかは、予測がつきませんけどね。


それでは、また、次のお話で。


2012年1月13日脱稿

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