ビター・ブルーバースデー



byドミ



*年齢制限がつく程の事ではありませんが、文中、性的表現があります。
閲覧には、お気を付け下さい。




暦の上では秋になったものの、まだまだ暑い日々が続く。
ここ、ニューヨークでは、尚更だ。

けれど、夜風は少しひんやりとして、しのぎ易くなってもいる。


黒羽快斗と中森青子は、大学生活が始まり、多忙だった。
快斗は週末、マジシャンの卵をやっているから、尚更だ。


快斗の誕生日以来、快斗は「怪盗キッド」としてでなく、「黒羽快斗」として、青子の部屋に泊まるようになっていた。
今ではそれがすっかり自然な事になり、2人は身も心も、しっくり馴染んで来ていると、快斗は思う。


快斗は、どこぞの探偵達と違って、女好きだから、青子以外の女性……特に、プロポーションの良い女性相手に、スケベ心が働く事も、ないとは言えないが。
青子がシッカリと快斗を受け止めてくれた今、浮気だけはしまいと、心に誓っていた。

女性相手に浮気を隠すのは、難しい。
青子は一見、お子様なようでいて、女の勘の鋭さはシッカリと持ち合わせている。
迂闊な事をして、青子を失うリスクを冒すのは、絶対に避けたい。

なので今の快斗は、怪盗キッドになった時も、「青子に誤解される」ような行動は慎むようにしていた。
そして、青子と深い関係になった今は、将来の事についても考えるようになっていた。



冷房が効いている筈の部屋の中で、快斗と青子は、汗だくになっている。
貪るようにお互いを求め合い、満たし合い、与え合い……。
事が終わった後、快斗は、以前とは違った深い満足感と充足感を覚える。
青子が、「怪盗キッド」ではなく「黒羽快斗」に全てを捧げていたと知った時から、覚えた感覚だ。

「青子」
「ん〜、何、快斗?」
「結婚、しよ?」

情事の後に囁かれた、快斗からの突然の言葉に、青子は目を丸くした。

「嬉しいけど、まだ無理と思う」
「まあ、中森警部がうんと言わねえだろうしなあ。だからさ、1年経って、青子が20歳になったら……」
「その時も、お互い、学生だけど」
「それは、何とでもするさ。生活が、今と変わる訳じゃねえし」
「うん……」

青子の瞳が揺らぐのに、快斗は気付いた。

「青子?」
「……出来れば、それまでに、キッドが引退してたら良いな……」
「青子…………やっぱり今でも、キッドは嫌いなのか?」
「……違うよ。そんな意味じゃ、ないよ……」

青子が、辛そうに眼を伏せた。

青子の気持ちとしては、黒羽快斗が怪盗キッドだったから受け容れた、というよりも。
快斗がキッドにならざるを得なかった何かがあると気付いたから、受け容れたというのが、正しいらしい。



快斗は、青子がキッド宛に、快斗への誕生日プレゼントを寄越した事で、ようやく、青子がずっと、怪盗キッドの正体を知っていた事が分かったのであるが。
誕生日プレゼントを受け取った後、おそるおそる「いつ、何で、気付いたんだ?」と訊いた時の、青子の答がふるっていた。

「初めてキスされた時」
「は?そ、それで、何で?」
「嫌じゃなかったから」
「へっ?」
「キスが、嫌じゃなかったから。だから、快斗だって分かった」

快斗はその答で混乱した。
たとえば、青子が快斗とキスの経験済だったのなら、同じ感触だから気付いたと言われても、納得できるけれど。
青子にも快斗にも、あの時がファーストキスで、そういう事はあり得ない。

「だって!快斗じゃない男の人からキスされたりしたら、絶対、もんのすごく、気持ち悪いに決まってるもん!経験なくたって、その位は分かるもん!」

絶対に実験出来ない(というか、させる気はない)ので、青子の勘が正しいのかどうか、証明しようがないのだけれど、青子はそう言い張るのだ。

「っていうか!青子が気付いてるって事、快斗が気付いてないなんて、わかんなかったよ!分かってて空っとぼけてるんだって思って、合わせてたのに!」
「あ、青子……」
「何よお、快斗ってば、青子が快斗とキッドの二股してたって、思ってた訳!?さいってー!」

その点に関しては、快斗としては平謝りするしか、ない。
青子は、「青子が気付いている」事に、快斗はとっくに気付いているだろうと思っていただけで、ことさら、「気付いている事を隠していた」訳ではなかったのだ。


ファーストキス以来、快斗はずっと悶々としていたのであるが。
初めて青子を抱いて以来、その悶々がもっと酷くなったのであるが。
青子は、「快斗から求められた」のだと、素直に嬉しく受け取っていた、らしい。
そして、快斗が青子を弄ぶなんて有り得ないと、信頼してくれていた、らしい。


『そこまで買いかぶられると、たまんねえよなあ……』

無条件に快斗を信頼してくれる青子に対して、快斗も、誠実であろうとするしか、ない。


そして、快斗は、青子に語った。

父と母が、怪盗だった事。
自分が、父の跡を継いだ事。
父・盗一が、事故を装って殺された事。
父の敵を討ちたい事。
父を殺した組織の者達が探し求めている、パンドラという宝石を、先に探し出して壊したい事。


話を聞いた青子は、涙を流し、快斗を抱き締めた。

「何となくね。小父様が絡んでいるのかな、もしかして、小父様が怪盗キッドだったのかな、とは思ってたの。快斗がキッドだったって知ってから、改めて調べたら。以前、怪盗キッドが出現しなくなった時期って、小父様が亡くなった時期と、同じだったんだもん……」

そう言って、快斗の為に、盗一の為に、涙を流してくれた青子は、この世で最高に綺麗だと、快斗は思った。
世界中を探しても、青子しかいない。
この世でたった一人の、かけがえのない女性だと、快斗は心底思っていた。


そして、快斗は、青子にプロポーズした訳であるが。
青子の「……出来れば、それまでに、キッドが引退してたら良いな……」という言葉も、分かるような気がする。

青子は、怪盗キッドを追っている中森警部の娘。
父親と恋人との間に挟まれて、辛いのだろう。

その時の快斗には、その程度の考察しか出来なかったのである。



   ☆☆☆



アメリカのスーパーマーケットに置いてある食材は、大抵、日本と比べてビッグサイズである。
快斗の母・千影と青子は、2週に1度位、車で一緒に買い物に行き、まとめ買いをして、大きな冷蔵庫で食材を保存していた。
肉なども、日本のような薄切り肉は望むべくもなく、塊で買って来たものを自分でスライスするのである。

今日も、2人連れ立って、買い物に出かけ、一緒にキッチンに立ったのであるが。

青子が突然、流しの前で屈み込んだ。


「青子ちゃん!?」
「だ、大丈夫です……ちょっと、気持ち悪くなっただけで……」

青子が無理したような笑顔で、立ち上がる。

「今日は私がやるから、青子ちゃんは休んでて」
「小母様、ご心配かけてすみません。でも、本当に、大丈夫ですから」
「あの……青子ちゃん、まさか……つわりなんじゃ……?」

千影がおずおずと言った言葉に、青子は目を丸くした。
そして、首を横にぶんぶんと振る。

「そんなんじゃないです!月のものもちゃんと来てるし……快斗、最初は避妊してくれてなかったけど、今はちゃんと……」
「良かった……って、最初は避妊なしだったの!?あんの、バカ息子〜〜〜〜!」
「お、小母様、あの、2人の責任なんで、快斗を怒らないでください」
「そりゃ、そうだけど。でも、傷付くのは女の方なのに!って、でも、子どもができた訳じゃないのね?」

青子は、赤くなって頷いた。

「それに、気持ち悪いって言っても、何と言うか……悪い予感というか、何か胸の奥がざわざわする感じで……」

青子の言葉に、千影は、昔の事を思い出して、ハッとなる。
夫を永遠に喪ったあの日、千影は胸の奥で、何とも言えない気持ち悪さを感じていたのだった。

「あの子、今日は、スミソニアン博物館に展示してある、呪いの赤ダイヤ・エスポワールを盗むと、予告を出していたわよね……?」

千影が、青子の両肩に手を置いて、唇を震わせながら訊いた。
青子は、千影の表情にハッとなったようだった。

千影も青子も、料理そっちのけで、慌ててテレビをつけ、ネットを立ち上げる。
怪盗キッドのニュースを、見る為である。



   ☆☆☆



キッドは、摩天楼の上に立ち、盗み出した宝石を、月にかざして見た。
色付のダイヤモンドで、宝石としての価値があるものは、珍しい。
天然の赤いダイヤモンドは、ルビーほど深い色ではなく、淡い……けれど、ピンクダイヤよりは濃い色合いである。
その透明度と輝きは、一流のダイヤモンドのものであった。

赤く輝く宝石……ダイヤなので、きらめきが強く、なかなか内部の様子はうかがえない。
が、辛抱強く月の光にかざして見ていると、赤いダイヤの中に、ルビーと見まごうような深い赤色が浮かび上がった。
宝石の中に、確かに、別の宝石が存在している。
鮮やかに、赤く輝きだす宝石。

キッドは、大きく身震いした。
ついに、探していたモノが見つかったと、震える手で懐に仕舞う。


そして、翼を広げ、帰路についた。


その時。
キッドの胸を、大きな衝撃が襲った。



   ☆☆☆



意識が浮上する。
徐々に、目の焦点が合って来る。

目の前にいるのは、愛しい二人の女性。
恋人と、母親。

その背後には、寺井ちゃんの姿もあった。


「快斗……」

目に涙を浮かべて、青子が快斗の名を呼んだ。
快斗は、ゆっくりと起き上がる。
そして、辺りを見回した。

「ここは……?」
「急きょ借りたホテルの一室よ。さすがに、ニューヨークまで連れ帰るのは無理があったし」

快斗の問いに答えたのは、母親である。

モノクルや、上着・ネクタイは外してあったが、シャツとズボンは、キッドの扮装のままであった。
あの後、意識を失って落ちてしまったキッドを、三人がかりで助けてくれたのだろう。
翼を広げた状態だったので、地面に激突しなかったのは幸いだった。


快斗は、胸元から、盗み出した宝石を取り出した。
宝石は、粉々になっていた。
そして、銃弾がひとつ。

「……皮肉だな。こいつが、オレの身代わりになったとは……」


キッド自身が打ち砕く筈だったパンドラが、キッドを狙った銃弾を受けて、砕け散ってしまったのだった。

「快斗……?」
「もしかして、それは……」
「ああ。母さん、青子。こいつは、間違いなく……親父を殺した奴らが狙っていた、命の石パンドラだったよ……」

青子が目を見開き。
千影の目から、涙が溢れ落ちた。

3人は、それぞれの感慨を込めて、砕け散った石を見やっていた。



   ☆☆☆



3人がニューヨークのアパートに帰って来た日は、青子の誕生日だった。
千影がご馳走を作り、快斗からは、ささやかなペンダントのプレゼントが贈られた。

そして夜、快斗の腕の中で、青子が言った。

「快斗……これで、怪盗キッドの役目は、終わったのね……?」
「あん?」
「だって。パンドラを探し当てて壊すのが、目的だった訳でしょ?」
「い、いやあ。まだ、親父の敵取った訳じゃねえし。それにまあ……色々と……ってー!」

青子に思いっきり頬をつねられ、快斗は声をあげた。

「ったく!小父様を殺した組織を潰しても、まだ何やかやで、怪盗キッドを続ける積りでしょ!?」
「えっと。その、だから……」
「……義賊としての範囲なら、仕方がないから、許してあげる。でも、それ以外でキッドをやった日には……」
「わ、わーった、わーったから!」
「鈴木財閥の挑発に乗るのも、ナシだからね!」
「わーってるって!」
「青子、大学卒業して日本に戻ったら、警察官になって、捜査二課に志願するから!」
「げ……!」
「怪盗キッドが、至らぬ事をしたら、すぐに、お縄にするから、覚悟!」
「い、いや、だから、至らない事って……」


寝室からは、言い争いの声が暫くしていたが、いつの間にか、睦言に変わって行った。



   ☆☆☆



そして、12月。
アメリカの学校や企業の多くが、クリスマス休暇に入った時期。


ニューヨーク近郊の小さな教会で、若い2人の結婚式が行われていた。


「青子〜〜!」
「恵子!紅子ちゃん!それに、白馬君も。来てくれて、ありがとう!」
「クラスのみんなからの、お祝いメッセージも、持って来てるからね!……にしても。青子、お腹、まだ目立たないよね」

花婿の母親である黒羽千影は、ニコニコ満面の笑顔であるのに対し。
花嫁の父親である中森銀三は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

銀三は、青子の幼馴染でボーイフレンドである黒羽快斗の事を、気に入って可愛がってもいたけれど。
さすがに、成人前の娘に「出来ちゃった婚」させた事で、かなり不機嫌になっていた。

元々、青子は、クリスマス休暇に日本に帰る積りだったのだが。
おめでたが分かり、長時間のフライトは体に障るので帰国は取りやめ、休暇中に結婚式を挙げる事になったのである。


パンドラを見つけだし、破壊した(された?)安堵感から、その後の青子の誕生日に、つい、避妊を怠ってしまった。
その結果、めでたく、ご懐妊となってしまったのであった。

もっとも、青子は結構あっけらかんと、「快斗から青子への、誕生日のプレゼントね」と、笑顔で言ってのけたのだったが。


恵子は、旅行がてら、高校のクラスメート達を代表して、青子達の結婚式に参列してくれる事になった。
白馬探と小泉紅子は、イギリスのオックスフォード大学に進学していたが。
クリスマス休暇に日本に帰る予定は元々なく、パリ辺りで休暇を過ごす予定だった。
しかし、快斗達の結婚式を知って、アメリカまで足を延ばしてくれたのだった。

「青子と黒羽君は、いずれ結婚するだろうって思ってたけど、まさかこんなに早く、出来ちゃった婚になるとはねー」
「いや、以前、別に避妊しなくても、子どもは出来なかったから、つい……いってーっ!」

快斗が頬をかきながら言うと、千影のゲンコツが快斗の頭に振り下ろされたのであった。

「まったくもー!人様の娘さんに……IQが無駄に400もある癖に、確率も理解してないとは、我が息子ながら、情けない!」
「ま、まあまあ、奥さん……」

怒り心頭だった筈の中森警部が、千影のゲンコツに毒気を抜かれて、とりなすように言った。

「黒羽君。僕も、お祝いのメッセージを預かってましてね」
「白馬?預かるって、一体……?」

探が快斗に寄越した手紙を見て、快斗はいぶかる。
引っくり返すと、
「眼鏡の坊主より」
と書いてあった。

「げ……!」

江戸川コナンと名乗っていた子どもは、その後、自分自身の姿を取り戻していた。
彼は今、日本で、幼馴染の少女と同棲生活を送っている筈だ。

『おめでとう。結婚のお祝いに、いつか、監獄という墓場をプレゼントするから、楽しみにしててね、キッドのお兄ちゃん♪』

元の姿を取り戻し、今は19歳の青年である筈の男が、子どもの口調でこの手紙を書いたところを想像して、快斗はげんなりとしてしまった。


青子は、恵子や紅子と楽しそうに談笑している。
探が、ニッコリ笑って、快斗の肩をポンと叩いた。

「大丈夫だよ。彼が、君を捕まえる心配はない。その前に、この僕が捕まえるから」
「この晴れの席に、なんちゅう事言うんだよ……」
「はっはっは。取り敢えず、青子さんを大事にするんだね。中森警部を二重の敵にしたくなければね」


快斗は、空に目を向けた。
空気は冷たいが、青く晴れ渡っている。


『親父。青子と赤ん坊には、母さんとオレのような思いはさせねえ。見守っててくれよな』


空の向こうで、父親が苦笑したような気がした。



FIN…….




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<後書き>

タイトルが、「ビター・ブルーバースデイ」なのに、青子ちゃんの誕生日は、なんか、アッサリ過ぎちゃって、申し訳なく。
そして、結局、シリーズ通して、どこが「ビター(ほろ苦い)」なのか、よく分からないまま終わってしまいました。

気が向けば、裏のお話を書くかもしれませんが、シリーズはこれで完結です。
お付き合い、ありがとうございました。



2012年8月30日脱稿

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