ビター・ホワイトデー



byドミ



*年齢制限がつく程の事ではありませんが、文中、性的表現があります。
閲覧には、お気を付け下さい。



「小母様、こんにちは」
「あら。青子ちゃん、いらっしゃい。快斗なら、いないけど」
「……今日は、小母様に、お話があって」

黒羽快斗の母である千影は、目を見張った。
快斗の幼馴染みである少女・中森青子は、真剣な眼差しで、千影を見ていた。



   ☆☆☆



「ただいま、母さん」
「お帰り、快斗」
「珍しいな。お菓子、焼いてるのか?」
「クッキーよ。快斗、甘いもの好きでしょ?」
「……まあな」
「青子ちゃんにあげるクッキー、手作りするなら、練習に付き合うわよ」

喉を潤そうとペットボトルを口に当てていた快斗は、思わず噴き出しそうになっていた。

「なななんでアホ子に手作りクッキーを……!」
「あら。バレンタインデーに、青子ちゃんの手作りチョコを貰ったんだから、お返しには手作りクッキーが良いんじゃないの?」
「……貰ってねえよ」

快斗が、憮然としたように吐き捨てる。
すると、千影が快斗の鼻をギュッとつまんだ。

「ヒテテテッ!な……何すんだよ!?」
「何、拗ねてるの?青子ちゃんが、快斗の為にチョコレートを手作りしていたのは事実だし。それを、当日、快斗に渡せなかったのは、バレンタインデーの事も知らなかった快斗の不甲斐なさの所為でしょ?」
「……わかってるよ……」
「解ってないわ。青子ちゃんが、どれだけ切ない思いをしていたのか、解ってないわよ、あなたは!」

母・千影の、強い言葉と眼差しに、快斗は動揺した。
青子が、どんな想いを抱えていたのか?
あの、手作りのチョコレートが、それを物語っていた。
青子の気持ちが詰まったチョコレートは、甘く、ほろ苦かった。

けれど。

「だけど、青子は……!」
「心変わりしたんだって、本気で思っているの?」
「……」

あれほど嫌っていた筈の、怪盗キッドに、唇を奪われて。
「恋したみたい」
と、頬を染めて言っていた、青子。

快斗には、分からない。
クルクルと猫の目のように変化する女心が、全く分からない。


「まあ、良いわ。快斗が青子ちゃんからチョコを受け取ってないから、ホワイトデーのお返しはしないって言うのなら、それでも」

千影が、呆れたように溜息をついた。

快斗だって、自分自身に対して呆れている。
もっと早く、バレンタインデーの意味を知っていたら。
あの日、キッドのままで青子に会いに行く愚を犯さなければ。
キッドとしてチョコと青子の唇を奪うという、バカな事を仕出かさなければ。

そうしたら、そうしたら。
黒羽快斗と中森青子として、恋人同士になる事が、出来ただろうに。


けれど。
快斗はキッドとして青子と会い、青子のチョコレートと唇と……心を奪ってしまった。


今、快斗は、自分の中の「怪盗キッド」を、憎む気持ちが起こっている。
けれど、ホワイトデーにはきっと、キッドとして、青子に会いに行くだろう。



   ☆☆☆



「こんばんは。青子」
「……いらっしゃい。きっと、来てくれると思ってた」

3月14日の夜。
中森邸2階の、青子の部屋の窓には、鍵が掛かっていなかった。

そして、青子は、ドレスアップをしていた。
明らかに、キッドを迎え入れる準備をしていたのだ。

「3月とは言っても、まだ、夜は冷えるわよね。待ってて。今、お茶を淹れるから」

青子はそう言って立ちあがる。
そして、キッドの前に差し出されたのは、ココアだった。

「青子。これは、私からあなたへ。ホワイトデーの贈り物です」

キッドが差し出した包みを、青子が受け取って開ける。
中には、深い青色のキャンディが入っていた。

「綺麗……可愛い……」

「あなたの名前である、サファイアをイメージしたキャンディです。気に入っていただけましたか?」
「うん!」

青子が、満面の笑顔で頷く。
そして、一粒、口に入れた。

「これ、すごく甘い……」
「甘いものはお嫌いですか?」
「ううん。好きよ」
「それは、良かった」

キッドが青子の頬に手をかけると、青子はそっと目を閉じた。
2人の唇が重なった。

「本当だ。甘いですね」
「味見はしなかったの?」
「甘いのは、あなたのサクランボのような唇です」
「……怪盗さんは、気障なのね」

青子が、真っ赤になって俯きながら言った。
そして、キッドの胸に頭をもたれさせて目を閉じる。

「青子……私はもう、あなたに会いに来られない」

青子が、はじかれたように顔をあげた。

「……どうして……?」
「日本を離れるからです。多分、暫く……3〜4年位、日本に帰って来る事はないでしょう」

青子は、目を丸くして、キッドを見ている。
そこには何故か、キッドと別れる事への悲しみや寂しさは見えなかった。
いきなりの事で戸惑っているからだろうかと思いながら、キッドは言葉を続ける。

「青子……私が帰って来るまで、待っていて下さいますか?」
「ううん。青子は、待たないよ」

青子の答に、キッドの頭は一瞬真っ白になった。

「どうして……!?」
「待つのは、嫌だから……」
「青子!」

キッドに恋をしたと言っていたのに。
当然のように、キスを受け容れたのに。

あっさりと、「待たない」と言った青子に。

キッドは、何かがプツンと切れてしまったのを感じていた。
考える暇もなく、青子を抱え上げ、ベッドの上に降ろしていた。

青子が、目を見開いて、キッドを見ていた。



   ☆☆☆



青子のドレスと下着が、散らばっている。
青子の白い肌には、いくつもの赤い花弁が散っていた。

青子の露わになった太腿には、青子が純潔を失った印が伝い落ちている。


キッドはようやく、我に返った。
黒く激した心のままに、青子の全てを奪ったのだった。


「青子……すまない……オレは……」

狼狽したキッドは、言葉づかいを取りつくろう事も忘れていた。
青子が、閉じていた目を開け、キッドを見る。
その眼差しに、嫌悪も拒絶も哀しみもなかった。

「どうして、謝るの?」
「どうしてって……」
「謝らないでイイよ。こういうの……和姦っていうんでしょ?お互い、同意の上でそういう関係になる事……」
「和姦?同意……?」
「青子が、受け容れたんだから。だから、謝る必要は、ないの」
「……」

確かに、青子は、さしたる抵抗もしなかった。
キッドが、激した感情のままに強引に求めた事は事実でも、青子は拒まなかった。
破瓜の瞬間、痛みに声をあげたけれど、嫌がる仕草は見られなかった。

多分。
青子が抵抗したら、さすがにキッドももっと早く、我に返っていただろうと思う。


「何故……?」

キッドは、何に対してとも分からず、思わず問うていた。

「好きだから」

青子がそう言って微笑む。
その表情に、今迄には無かった艶がある。
少女から「女」になった青子が、そこにいた。

「……青子?」
「青子は、あなたが好きだから。そして、あなたが青子をとても大切に想ってくれている事を感じたから。だから……青子、バージンをあげた事、後悔はしないよ」
「好き?私の事が……?」
「うん」
「……幼馴染の少年よりも?」
「そんなの。比べられる筈、ないじゃない。青子、快斗への気持ちは、変わらないよ?」

青子が不思議そうな顔で言った。

キッドは、混乱していた。
青子は、キッドに恋をして、キッドの全てを受け入れたけれど、黒羽快斗への気持ちが無くなった訳ではないらしい。

一体、どういう事なのか?
実は、答はすぐそこにあったのだが、IQ400を誇るキッドが、頭がスッカリ混乱して、その答に辿り着けなかった。

ただ。
青子がキッドの求めに応じ、初めてをくれたのは事実であるから、キッドの胸に期待が生まれていた。
そこで、キッドはもう一度、体を重ねる前と同じ問いを発した。

「青子。私が帰るまで、待っていてくれますか?」
「ううん。青子は、待たないって言ったでしょ?」

キッドの全てを受け入れても、それでも、待たないのだと青子は答え。
キッドは絶望に、目の前が真っ暗になった。



   ☆☆☆



「快斗。アメリカに発つのは3日後でしょ?荷造りは終わったの?」
「……んにゃ……」
「もう!シッカリしてよね!私、快斗の分までの荷造りは、してあげる気、ないから!」
「……ほえ……?」
「私は今日、今の職場の送別会で、遅くなるから。ご飯は、青子ちゃんに頼んでいるからね」

職場に向かう母親を、快斗はボーッと見送った。

「そうか……学校も卒業進学の時期だけど、職場でも人の出入りがあるんだな……」

快斗はそう独りごちた。


青子が、快斗のご飯を作りに来てくれる。
嬉しいけれど、ある意味、辛い。


とりあえず、アメリカ行きが迫っている。
自分で決めた事だ。
快斗は、荷作りに精を出す事にした。

マジシャン黒羽盗一の付き人で、2代にわたる怪盗キッドの付き人でもある寺井ちゃんは、快斗に少し遅れて渡米して来る事になっている。
独り暮らしは初めてだ。
しかも、慣れない外国暮らし。
けれど、言葉には不自由しないし、そこら辺、快斗は楽観視している。


けれど。
青子と離れてしまう事への不安は、日々、募るばかりだった。


キッドとして、青子に愛され、口付けを交わし結ばれた。
しかし、黒羽快斗としては、青子と幼馴染のままだ。


『青子、快斗への気持ちは変わらないよ』


青子は、そう言った。
快斗が、黒羽快斗として告白したら、青子は受けてくれるだろうか?
待っていてくれと言ったら、待っていてくれるだろうか?


けれど。
もし、快斗の告白に青子が応えてくれたとしても。

快斗以外の男にあっさりと肌を許した青子を、快斗は許せるだろうか。



そうこうしている内に、呼び鈴が鳴った。
ドアのスコープで覗くと、快斗の悩みの種である青子が、そこに立っていた。


「こんばんは、快斗。ご飯、作りに来たわよ」
「あ、ああ……ありがとな」

快斗は、歯切れ悪く言いながら、青子を迎え入れる。
青子が黒羽邸の台所に立つ後姿を、快斗はボンヤリと見詰めていた。

青子は、ここ数日の内に、何とも言えない艶が出て来たように思う。
快斗が……いや、怪盗キッドが、青子を「女」にしたのだ。

快斗は、複雑な思いにとらわれていた。
何故、快斗として青子に告白しなかったのだろう?
何故、怪盗キッドが黒羽快斗である事を、打ち明けなかったのだろう?


考えている内に、青子のご飯作りは終わったようである。


「快斗、どうぞ、召し上がれ」
「……いただきます……」


母親不在で、主婦代わり歴が長い青子は、料理上手だ。
その上、快斗の母・千影に料理を教わっているから、快斗の好みを熟知している。

青子が作ったのは、特に何の変哲もない家庭料理だが、快斗の口に合っていた。

「うまい」
「ホント?良かった」

青子が笑顔を見せる。
快斗は、青子の、この笑顔に弱いのだ。
これを見る為なら、何でも出来ると、本気で思う。


快斗と青子は、幼馴染だが、家が近所で幼稚園が一緒だったとか、そういう幼馴染ではない。
親同士が知り合いだったという訳でも、なかった。

元はと言えば。
幼い頃、時計台の前で1人ぽつんと立っていた可愛い女の子の寂しげな眼差しに、胸を射抜かれてしまったのが最初だった。
早い話、一目惚れである。

今、快斗が青子の事を好きなのは、顔だけに限った事ではないが、青子の顔立ちが好みなのは事実で。
だから、青子と似た顔立ちである毛利蘭と、その恋人である名探偵には、ちょっかいをかけたくもなるのである。


快斗が青子と仲良くなって、家に連れて来た時。
快斗の父・黒羽盗一は、青子が中森警部(当時の階級は警部補)の娘だと知って、少し目を見張っていたが。
今にして考えれば、怪盗キッド担当刑事の娘である事を知っていたからだろうと思う。

快斗の母・千影は、母のいない青子を不憫に思ってか、娘同様に可愛がっていた。
盗一が亡くなってからは尚更に、家族ぐるみでの付き合いが続いていた。

けれど、快斗と青子は決して、親を失った傷を舐め合うような関係だった訳ではない。
お互いを大切に想うのは、欠けたものの代わりとしてでは、なかった。


離せない。
離したくない。

それ以前に、付き合ってもいないのだが。


「青子」
「ん?なあに?」
「……オレが帰って来るまで、4年位はかかると思う」
「うん。そうだよね」
「お金もかかるし、一時帰国も、そうそう出来ねえと思う」
「うん……」
「勝手な言い分かもしれないけど……青子。待ってて欲しい……」

青子は、快斗の言葉に目を丸くした。
そして、にっこり笑って言った。


「い・や」
「……は?」
「青子、待つのは嫌だから。待たないよ」

快斗は、ガックリと項垂れた。



   ☆☆☆



夜中。
日付が変わろうかという頃、母・千影は帰宅した。

ちなみに、青子は、とっくの昔に、快斗が家まで送っている。
青子も、色々新生活の準備があって忙しいという事だった。

『青子が行くのは地元の東都大学の筈だが……入学の為に色々したくが必要なのか?』

快斗は、そういう風に考えていた。

「ただいま、快斗。あー!案の定、荷造り、全然進んでなーい!」
「お帰り、母さん……こんなに遅くまで飲んで、明日の仕事、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。お母さんの仕事、今日で終わりだもの」
「……は?」
「今日は、私の送別会だったから、最後までお付き合いしちゃった」
「し、仕事、辞めたのか?何で?」
「だって。アメリカからじゃ、通勤出来ないもの」
「あ、アメリカっ!?母さんが?」
「あら。母1人子1人なのに、快斗だけアメリカにやる訳には、行かないでしょ?」
「か、母さんっ!?」
「心配しなくても、ワーキングビザも取ってるし、私の食いぶち稼ぐくらいの仕事は見つけてあるから。快斗は、快斗のやりたい事に専念して頂戴」
「……良いのか?」
「あら。快斗は、嫌なの?」
「や……嬉しいけど……」


快斗は、複雑な気持ちでいた。
母が来てくれるのは、嬉しくない事はないけど、1人で頑張る積りだったのに、肩すかしをくらった気持ちだった。

「あ、そうそう。あっちでは、ルームシェアが普通に行われているの、知っているわよね?」
「あ……ああ……」
「ルームシェアの相手は、快斗と同じ年の女の子よ。嬉しいでしょ?」
「……は?んなの、相手によるに決まってるだろ!?」

いくら快斗が、女の子好きだと言っても、どんな女の子でも、一緒にいて楽しいという訳ではない。

「その子は、快斗の好みど真ん中だから、大丈夫だと思うわよ」
「か、母さん!?」
「あ。でも、合意の上なら何をしても良いけど、避妊はちゃんとして置きなさいね。何かあった時傷付くのは、女の子の方なんだから」
「だ、だから……っ!!!」
「とにかく、出発間近なんだから。早く、支度をしなさいよ!忘れ物したって、日本から送ってあげる訳には行かないんだからね」

快斗は、本格的に頭痛を覚えていた。
新生活が、快斗の想い描いていたものとはかなり違ったモノになりそうで、快斗は思わず頭を抱えて溜息をついた。



そして。
青子が「待たない」と言った真意を快斗が知るのは、3日後の事である。



<ビター・バースデーへ続く>


+++++++++++++++++++


<後書き>

表で良いのか、これ?

会長談「ぎりぎりですね」


多分。
読者の方々には、青子ちゃんが「待たない」と言った意味、快斗君に先駆けて、気付かれたのではないかと思いますが。

どうして、私の描く快斗君って、こんなにアホーなんだろう……?

何か、色々な意味ですみません。
っていうか、タイトルの「ビター」が、全然違うような……。

「ビター」シリーズで、次は「ビターバースデイ」かと、思っているのですけど。
バレンタインデー編でもそうだったけど、当初狙っていたシリアスダークから、どんどん、遠くなって行く……。

戻る時はブラウザの「戻る」で。