スウィーティ・ナイト



byドミ



「キッド様〜、チョコを受け取って下さい〜!」
「ディゴバのチョコ、キッド様の為に買いましたのよ」
「私のは、心のこもった手作りです〜!」



怪盗キッドは、期間限定で江古田美術館に展示されている、とある南米の国の国宝級ビッグジュエル、「スウィーティ」という名のインペリアルトパーズを、2月14日に盗み出すと予告していた。

そして、予告当日、キッドの予告時間が近付いて来た時、突如、江古田美術館に現れたのは。
年輩から中学生まで、幅広い年齢層の女性の集団であった。

「チョコなんか。キッド様の欲しがるものは、宝石に決まっているでしょう?」
「私は、チョコより甘い、私自身を、プレゼントするわ」

そして。集まった女性達の間で、喧嘩騒ぎまで起きる始末。


「こ、これは一体・・・」

中森警部はじめ、二課の面々は泡を食っていた。

「な、何なんだよ、一体?」

実は、泡を食っていたのは、怪盗キッドも一緒だったのである。
警察や警備陣の動きは、念入りに調べ予測していたが。
この女性集団は、全く予想外予定外の出来事で。

キッドは、何とか宝石を盗み出す事に成功したものの、ほうほうの体で逃げ出すしかなかった。
幸か不幸か、女性軍団に阻まれて、警備陣は全く機能せず。

結局、キッドに逃げられた後、女性軍団を「公務執行妨害」の罪で捕え、こんこんとお説教をする以外になかったのである。


   ☆☆☆


「とっても嬉しそうね、キッド」

キッドが、中森邸のベランダに降り立つと。
窓を開けて出迎えた少女は、すこぶる不機嫌な顔で、そう言った。


黒羽快斗の幼馴染であるこの少女・中森青子は、先頃怪盗キッドの正体を知り。
すったもんだの末、キッドこと快斗は、青子に全てを受け入れ許して貰えたのであるが。
その細かい経緯については、省略させて頂く。

ともあれ、キッドは仕事が終わった後、必ず青子に顔を見せに来るようにという約束を、させられていた。


そして。
キッドの正体を知った今は。
青子が怪盗キッドに向かって、「快斗」ではなく「キッド」と呼ぶ時は、青子が快斗(キッド)に対して、何か怒っているか機嫌が悪いか、どちらかであると相場が決まっていた。


「ところで・・・どうだった?」
「ああ。こいつもパンドラじゃなかった」
「そう。仕方がないわね」
「オメーの親父さんにはわりぃけど、まだお仕事は止められねえな」
「うん・・・大きくて綺麗な宝石だけど。パンドラは、どんな石なのかしらね?」

満月にかざして見たスウィーティは、濃いシャンパン色で、何故だかチョコレートを連想させる色合いと形をしていた。
極上の宝石であるが、残念ながらキッドが探し求めているパンドラではなかった。


キッドのお仕事の顛末に関してのやり取りは、いつも通りなのだが。
やはり青子はとても不機嫌そうだ。

今夜、怪盗キッドこと黒羽快斗は、青子を怒らせた心当たりがなく、首を傾げていた。
素早くキッドの扮装を解いた快斗は、青子に向かって問いかける。


「アホ子。何拗ねてんだよ」
「青子、拗ねてなんか、いないも〜ん」

青子は、ぷんと顔を背ける。
機嫌が悪いのが、丸分りである。

快斗は、余裕のある表情を保ちながらも、内心冷や汗をかいていた。

「今年も、沢山チョコレートを貰ったようね。しかも今年は、黒羽快斗じゃなくて怪盗キッド宛にね」

青子に指摘されて下を見ると。

「おわわわっ!」

いつの間にか、チョコレートが沢山床に落ちていた。

「マントに沢山引っ付いていたわよ」

さすがに、怪盗キッドが、ファンからの贈り物を受け取る訳には行かないので、全部受け取らずに逃げた筈だったのだが。
敵(?)もさるもの、強力接着剤や両面テープで、素早くキッドのマントに、チョコレートを引っ付けたものと見える。

あの混乱した状況の中で、キッド本人に気付かれずに、チョコレートを引っ付けていたとは。
恐るべし、キッドファンの女性軍団、であった。

「にへへ、怪盗キッドも、なまじのアイドルなんかより人気者だよなあ。何だ、青子、焼き餅かあ?」

快斗がチョコレートを拾いつつ、思わずにやけながらそう言うと。
青子の逆鱗に触れたようである。

「青子が、泥棒さんに、焼き餅妬く訳、ないでしょ!?」

大魔神のように仁王立ちになって怒りの炎を上げている青子に対して、快斗はただひたすら頭を下げて謝るしかなかった。
どうやら、怪盗キッドがファンからチョコレートを貰ったのが、青子のご機嫌を損ねたのは、間違いない事のようであった。


くすりという笑い声がして、快斗がそちらを見ると。

「こんばんは。相変わらず、青子さんには形無しですわね」
「おわわわ!紅子、何でお前がここに居るんだ!?」

いつの間にか青子の部屋の中に、小泉紅子が立っていたのである。

「青子が招待したのよ。紅子ちゃんは青子のお友達だから」
「しょ、招待って・・・青子、オメー・・・」
「ここは『青子の』部屋ですもん。いつ誰を招待しようと、青子の勝手でしょ?」

紅子は、キッドの正体を知っているので、その点で今更慌てる訳ではないが。
青子の部屋に紅子がいて、キッドを待ち受けていたのは、かなり心臓に悪い出来事だった。
茫然としている快斗の前に、紅子が包みを差し出した。

「・・・これ、何だ?」
「チョコレートですわ。皆様にもお渡ししたのだけれど、あなたにも『特別に』差し上げるわ」
「まさかまた、怪しいヤツじゃねえだろうな?」
「しっつれーねー、紅子ちゃんが怪しいチョコなんか、あげる筈ないでしょ!?」

去年、紅子から魔法の怪しいチョコを押し付けられそうになった過去がある快斗としては、当然の反応だったのだが。
何も知らない青子は、快斗を詰る。

『青子のヤツ。オレより、この魔女の言う事を信じるのかよ・・・』

快斗は情けなくなったが、青子に信用して貰えないのは、普段の行いの悪さが祟っている事には、気付いていない。

「ご心配なく。このチョコは、あくまで『義理』チョコですから。それでは、わたくしはこれで。ごきげんよう」

紅子はそう言って艶やかな微笑みを浮かべると、手を振って青子の部屋から出て行った。

「・・・あいつ、何しに来たんだ?」
「だから、快斗にチョコを渡しによ。もう自由登校で、快斗は今日学校に行かなかったから、会えなかったでしょ?」
「あ、ああ」

快斗達は現在高校3年生で、卒業間近。
2月14日の今日は、大学受験が終わった者も受験真っ最中の者もおり。
江古田高校も、自由登校期間になっている。

快斗自身も青子も、既に推薦枠で大学は決まっており、今は気楽な立場と言えた。
紅子はヨーロッパに留学するらしいと、風の噂に聞いている。

「言っとくけど、紅子ちゃんのチョコは、義理チョコなんだから。分不相応に、変な期待はしない方が良いわよ」
「なあ、青子。ギリ・・・って・・・そんな製菓会社、あったっけ?」

快斗の言葉に、それまで不機嫌そうな顔だった青子が、驚いたように目を見開いた。

「快斗!?まさか、今日のチョコレートの意味、分かってないの?」
「今日は確か、バレンケンシュタインとか言って、女の子が男の子に、チョコをあげる日、だろ?」

青子は、大きく「はああ」と溜息をついて、座り込んだ。

「バレンタインデーを全く知らなかった去年よりは、進歩なんだろうけど・・・」

快斗の頭の中には、大きな疑問符が渦巻いていた。
今迄にも、冬のこの時期、女の子達からチョコレートを沢山貰っていた記憶はある。
甘党で女の子が大好きな快斗にとって、それは、なかなかに嬉しい出来事であった。

去年、初めて「2月14日は女の子が男の子にチョコを上げるバレンケンシュタイン(笑)の日」であるという事を知った。
何故かは分からないが、2月14日でなければならないらしく。
去年青子は、14日の内に渡せなかったからと、チョコレートを自分で食べてしまい、快斗にくれなかった。

そして今、青子の不機嫌そうな態度の意味が分からずに、快斗は首をかしげていた。


「快斗。これ、学校の女子達から、快斗にって預かったの」
「おっ♪」

青子が大きな紙袋いっぱいになったチョコを快斗に渡すと、快斗は目を輝かせた。

「言っとくけど。みんな、『義理』チョコだって、言ってたわよ」
「なあなあ、ギリってメーカー、オレ、知らねえんだけど。よっぽど大きな製菓会社だよな」

青子が、再び特大のため息をついた。

「ま、良いけどね。そうねえ、毎年この時期だけ出現する、とっても大きなメーカーだと思うな」
「??ふうん??」


『お仕事』を終えて、寒い屋外に居た快斗は、体が冷え切っていた。
出来る事なら青子に温めて貰いたいと願いながら、まだ微妙に青子とそういう仲でない快斗は、コタツに潜り込む。
青子が、暖かい紅茶を淹れて来た。
快斗は紅茶も好きだけれど、青子は今の時期いつもココアを淹れてくれるのに、それをしないのをいぶかりながら、紅茶を口にする。

「青子。何か甘いもん」
「・・・沢山貰ったチョコがあるでしょ?」
「なあ。青子からは?」
「もう!仕方ないわね!」

青子は、コタツの上に、沢山のお菓子を出した。

キャラメル、ゼリービーンズ、ケーキ、プリン、アイスクリーム・・・。
甘い物好きな快斗には、どれも大好物だ。
けれど。

「なあ、チョコレートは?」

お菓子の山の中に、何故かチョコレートがなかった。

「別に青子があげなくたって、沢山貰ってるでしょ」
「オレ、青子からのチョコが欲しい」
「快斗、今日が何の日か、分かってないでしょ?」
「女の子が男の子にチョコレートを上げる日じゃ、ねえのか?」
「・・・だから。他の女の子からチョコを沢山貰ったから、青子からは要らないでしょ?」
「やだ。青子のチョコレートが欲しい」

快斗自身、どうしてむきになっているのか、実はよく分かっていなかったが。
青子が不機嫌そうにしていて、意地でも快斗にチョコレートを上げるまいとしている様子だったので、「これは是が非でも青子からチョコを貰わなくては」という気になったのである。

「・・・じゃあ、代わりに、他の子達からのチョコ、全部返してって言ったら、そうしてくれる?」
「へっ!?」

青子の口から出た思いがけない言葉に、一瞬快斗は、目が点になって言葉を失った。
1年前、紅子から同じ言葉を聞いた事を、思い出す。
青子は、はっとしたように真っ赤になって顔を背け、言った。


「ごめん、快斗!今の言葉、忘れて!」
「青子?」
「青子、どうかしてた。ごめんなさい!こんな、酷い事・・・」

青子が背中を震わせて。
泣いているのが、分かった。

意味が分からないながらも、快斗の胸が痛む。

「青子。いいぜ。そうしたらオメーがチョコレートをくれるってんならよ」

快斗の口からは、去年紅子に言ったのとは違う言葉が、自然と口をついて出てきていた。
青子が、振り返って快斗を見る。
驚いたように見開かれた目には、涙の跡があり、快斗の胸は再びチクリと痛んだ。

「もお。快斗ったら、バレンタインデーの意味も分かってないクセに、そういった殺し文句言うんだから」

青子は立ち上がって、勉強机の上に置いてあった箱を持って来ると、快斗の前に置いた。

「はい。青子からのチョコレート」
「貰って良いのか?」
「うん。ちゃんと準備してたの。快斗は他の人から沢山貰ってるから、きっと青子からのチョコは要らないだろうなって思って、意地張ってたけど・・・」
「青子・・・」
「あ、さっきのは嘘だから。他の子達のチョコ、返す必要ないからね。ぎ、義理だって言ってたけど、快斗の為に心を込めてくれたんだから、粗末にしたら罰が当たっちゃう」
「ありがとな。(それにしても、ギリってメーカー、どこにあるんだろう)じゃ、早速・・・」

快斗が包みを開けると。
中には、やや不恰好な小さなハート型をしたチョコが、沢山入っていた。

「ギリって、形が不揃いなのが特徴なのか?」
「あのあの、それは義理チョコじゃなくって!青子の、手作り・・・」

青子が顔を真っ赤にして言った。

「へっ!?青子の手作り!?そっかあ、そりゃまた」

たとえ不恰好だろうと、青子が手作りしてくれたというのなら、それだけで無茶苦茶に嬉しい。
快斗は思わずにやけてしまう。

「あ、味見してないんだけど・・・もし、不味かったらごめんなさい・・・」

青子が、首まで真っ赤にして俯きながら、消え入りそうな声で言った。

「・・・せっかくだから。今、味見してみろよ」

そう言って、快斗はチョコを一つ摘み、ひょいと青子の口に放り込んだ。

「どう?」
「お、おいひいと、おもふけど・・・」

チョコレートが口の中に入っている状態で、赤い顔で口を動かす青子を見て。
とっても甘くて美味しそうだと思った快斗は。

「どれ」

無意識の内に、行動していた。
青子の唇に自分の唇を重ね、青子の口の中にあるチョコレートを奪い取ったのである。


「お♪うめえや」
「な・・・ななっ!!」

青子が、それこそ茹でダコのように真っ赤になって、口を押さえて涙目で快斗を睨んだ。

「あ、青子、ファーストキスだったのにっ!」
「オレも、ファーストキスだよ」
「なっ、だっ、だからっ!!」
「あ、ほんとにうめえや、これ」

快斗はもう一つチョコを手に取り、自分の口に入れると。
青子が口を押さえている手をどかして、再び青子の唇に自分のそれを重ね。
今度は、青子の口の中に、チョコレートを移した。

「な?うめえだろ?」
「う、うん・・・」


チョコレートの包みの中が、空になるまで、そのやり取りは続けられ。
そして。


「か、快斗、チョコはもうない・・・うんっ・・・!」
「こっちのが、チョコよりずっと甘え・・・」
「ば、バ快斗〜〜〜っ!!んんんんんっ!」

快斗は、包みの中が空になった後も。
もがく青子を抱き締めて。
チョコレートよりずっと甘くて柔らかなものを、堪能し続けた。


甘いもの好きな快斗だが、その夜は今迄で1番、甘いものを堪能して幸せな夜だったと、言えよう。




Fin.


++++++++++++++++++++


<後書き>


甘いんだか何なんだか。
2人はきちんと恋人同士になったと言えるのか。

かなり色々な意味で、中途半端なお話で、済みません。
でもって、この話はホワイトデー話に続く・・・予定です。

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