どうせなら



byドミ



Side:黒羽快斗

「青子さん。今日は、どうしてここに?」
「お父さんにお弁当届けに来たのよ。いけない?」

長身の男の端正な顔が近づき、オレは思わず後ずさりしそうになりながら、ぞわっと鳥肌が立ちそうになるのをこらえて、踏ん張った。


オレの名前は黒羽快斗。
そして、「怪盗キッド」というもう一つの顔を持つ。

オレの幼馴染中森青子は、捜査2課のキッド特捜班中森警部のひとり娘だ。
完璧な変装が得意なオレは、しばしば青子の姿を借りて、「キッドの予告現場」に顔を出す。

警察連中はハッキリ言って無能……い、いや、さほど優秀ではないし。
オレが対応に苦慮するのは、目の前にいるこの男……同級生で高校生探偵の、この白馬探だけだ。

ただ、青子の変装は完璧で、この白馬でも見破れるとは思わない。

「いけなくはないですけど……あなたがここに来て下さると分かっていたら、ボクがエスコートしたのに……残念だと思ってね」

そう言って、白馬はグイッと顔を近づけてくる。
おいおい、勘弁してくれよ。
オレはノーマルだっつーの!
って、白馬にとって今のオレは、女の子である青子か。

しかし、男に顔を近づけられてもポーカーフェイスを保つのは至難の業だった。
よく考えてみりゃ、青子本人だって、白馬にここまで顔を近づけられるのをよしとはしない筈。

「白馬君には、エスコートして欲しがる女の子がたくさんいるでしょ。青子なんか誘わなくても」
「おや?この前、甘い時間を過ごしたことを、もうお忘れですか?」

背中がぞわっとなった。
甘い時間?
青子と白馬が?
甘い時間って……!?

「青子さんの薄紅の柔らかな唇に、そっと触れた……あの日を、お忘れではないでしょう?」

オレは目を見開いてフリーズした。
すると。

「怪盗キッド!確保だ!」

突然白馬の表情が変わり、オレの手首に手錠が掛かっていた。
いや、正確には手の形をした風船だったが。

オレは閃光弾を投げてその場を逃れた。
白馬の話にウッカリ魂を持って行かれそうになっちまった。
危ない危ない。


しかし。
完璧なオレの変装が白馬に見破られたのは、何故だ?

『青子さんの薄紅の柔らかな唇に、そっと触れた』

白馬の言葉が頭の中でリフレインする。
あんなのは、オレを動揺させる嘘っぱちだ。
その筈だ。

しかし、だったら何故、白馬はオレの変装を見抜いた?
青子と親しく連絡を取って、今日の青子の行動も知っていたからじゃ!?

青子は今日、ちょっと体調が悪いと言い、中森警部への弁当をオレに預けて、家にいる筈だ。
それも、もしかしたら、白馬の差し金だったんじゃ!?

オレは急いで中森警部の家に向かった。


「あれ?どうしたの、快斗?」

青子が目を丸くしてオレを出迎えた。
その顔色は悪くない。

「オメー、具合が悪かったんじゃ?寝てなくて良いのかよ!?」
「え……うーん……まあ、寝てるほどじゃないっていうか……」

青子の視線が微妙に泳ぐ。

「……まさかオメー……白馬に言われたんじゃ?具合が悪いと言ってオレに弁当を届けさせろって」
「え!?何で、わかったの?」

青子が目を丸くした。
オレの好きな、あどけない大きな瞳。
薄紅色の柔らかそうな唇。
そこに……白馬が触れたのかと思うと、オレは腹立たしくなった。

青子のヤツ……無垢なあどけない顔をして、もう、他の男と!?


気が付いたらオレは、青子を抱きすくめてその唇を奪っていた。
柔らかくて、甘い……。

ウットリするような甘美な時間が過ぎる。

やがて。

「ン〜ッ!ン〜ッ!!」

青子がもがき暴れて、オレは青子の唇を解放した。

「ぷはっ!」

青子が息をつく。
どうやら、唇を塞がれて息ができなかったらしい。

「バ快斗!ひどい!青子のファーストキス……!」

青子が大きな目に涙をいっぱい溜めて、オレの胸を叩く。

「は?青子のファーストキスは、白馬とじゃ?」
「何でここに関係ない白馬君が出てくるのよ!?青子のファーストキス、返せ〜ッ!!」

こと、ここに至って。
オレは白馬に担がれたことに気付いた。

そして、オレが青子に断りもなく無理に奪ったことも忘れ、青子の甘く柔らかい唇を奪ったのがオレ1人だったことに、にんまりとしていた。

当然ながら、青子は怒りまくっていて、オレの顔は手形とミミズ腫れだらけになってしまったが……。
告白の言葉と、青子だけという誓いに、ようやく青子の怒りは解け、めでたく恋人同士となり、2回目の口付けを堪能したのだった。



   ☆☆☆



Side:白馬探

「白馬君」
「おや。事件現場で、珍しい方と出会ったものだ」

ボクの目の前に現れたのは、同級生とはとても思えない、あでやかな美貌の女性、小泉紅子さんだった。

「男と分かっている相手にあそこまで迫るなんて……趣味の悪い方」
「誤解なさらないでください。ボクは女性が好きですよ」

あなたのような美しい方は、なおさらです……という言葉は、唇に乗せることはなかった。

どうやら彼女には、先ほどのキッドとのやり取りを見られていたようだ。
そして……彼女は、キッドの正体を知っているようだ。
それは、黒羽快斗のことを彼女が憎からず思っているから……?

「それにしても、白馬君が青子さんと甘い時間を過ごしただなんて、存じ上げませんでしたわ」

紅子さんの目が不可思議な色をたたえる。
少しでも、妬いてくれているのだろうか?
それとも……。

「ああ。あの話なら……この前の修学旅行の時のことですよ。皆で『甘い時間』を過ごしたじゃないですか」

紅子さんが怪訝そうな表情になる。
京都への修学旅行で、ボクと紅子さんは、黒羽君・青子さん・桃井さんと同じ班だった。
班のみんなで入った甘味処で、甘党の黒羽君と青子さんは特大の「紅葉ソフトあんみつ」を平らげ、唖然とさせたものだった。
黒羽君はともかく、青子さんの可憐な唇に大量の甘味が豪快に飲み込まれていく様子が、すごかった。
まあ、青子さんの唇が「柔らかい」というのは、想像でしかないことだけれど。

「まあ、青子さんにご執心の彼のことだから、誤解するような言い回しを敢えてやったことは否定しませんけどね」

紅子さんの顔が少し曇る。
黒羽が青子さんにご執心というのは、紅子さんにとっては辛いことのようだ。

ボクは、紅子さんの赤い唇を見ながら、いつかそこに触れ、黒羽君のことを忘れさせたいと、考えていた。

「それにしても。よく、怪盗キッドの変装を見破りましたわね。やはり、お気に入りの青子さんだから?」
「いや。そうじゃなくて、ヤツの変装のクセを知っているからです」
「変装のクセ?そのようなものが?いったい……?」
「それは……紅子さんにも、内緒です」

紅子さんに内緒にしているのは、嫉妬の所為ではなく。
これを紅子さんに知られてしまったら、それに気付いたボクに対して、軽蔑されてしまうかもしれない。

実物の青子さんと、キッドの変装の青子さんとでは、胸の大きさが違う。
惚れるのに胸の大きさは関係ないけれど、「どうせなら、もうちょっとあればな〜」と思ってしまうヤツの本能は、よく分かる。

もちろん、これを黒羽君に親切に教えてやる義理はない。
ボクだけに分かる、ささやかな「変装見抜き術」だ。
まあ、青子さんに変装した時限定の話だけれど。

「それより。もしよろしければ、これから2人だけのお月見パーティといきませんか?」
「あら、本当だ、お月見したくなるような見事な月ですわね。ご一緒してもよろしくてよ」

誘いに応じてもらえるとは思っていなかったので、心の中で小さなガッツポーズをした。
明日は満月でキッドの犯行予告日。
紅子さんと一緒にお食事できるとは、怪盗キッドとの攻防にも、勝てそうな予感がした。



Fin.



+++++++++++++++++



<後書き>

最近の原作を見ていて。

んん?
キッドが青子ちゃんに変装した時は、胸がある?
と気付いたことが、ネタ元になっています。


青子誕月間の9月中に何とかお話をひねり出したくて、頑張りました。
なのに、青子ちゃん出番少なくて、ごめんなさい〜〜。

キッドの犯行当日の攻防を書く気はありません。
悪しからず。


2017年9月28日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。