First Love,Eternal Love



byドミ



(11)First Love



蘭は一晩の入院で薬も抜け、検査でも特に問題なく、今日退院して、新一と2人で工藤邸に戻ってきた。

蘭は今、お風呂に入っている。
昨日お風呂には入れなかったし、色々気持ち悪いから。

そう蘭は言った。

榊田に手で触れられ撫で回されただけでも、耐えがたい気持ち悪さだったようだ。

新一は、1人リビングのソファーに座って思いをめぐらす。
昨晩、気持ちが通じ合い、恋人同士となった2人。
今最高に幸せな状態であるのは確かだが・・・。

「別の問題があるんだよなあ」

健全な(?)男子高校生である自分。
ひとつ屋根の下に、惚れた女と二人きり。
今までだって、必死で理性をかき集め、耐えてきたのだが。
その相手と晴れて相思相愛になった今、自分の理性がどこまでもつのか、はっきり言って自信がない。
つい数日前にも暴走しかけたばかりだし。

そして相手は、その手の事には疎く、無自覚に、無防備な姿をさらしてくる。

蘭が家政婦として家に来る、と聞いた時は、まさかここまで自分自身を持て余すことになるとは想像もしていなかった。

「つくづく考えが甘かったよな、ほんと」

それなのに、つい昨日も、蘭に荷物を全部持って引っ越して来いと言ってしまった自分自身にも呆れてしまう。

新一は、自分の両親――とぼけた父親と、お茶目な母親のことを思い浮かべた。

「あいつら、絶対こうなることを予測してたな」

蘭を妙に気に入っているらしいあの両親のこと、もし新一が蘭に手出しでもしようものなら、嬉々として、結婚式の準備を始めかねない。

新一は、自分の想像に、顔を赤らめる。



  ☆☆☆



ドアが開く音がして、蘭がリビングに入ってきたため、新一の物想いは中断された。

新一は蘭を見詰め、固まってしまった。

風呂上がりで上気した頬、何時にも増して艶やかな髪と肌、ノースリーブのサマードレスは、胸元も結構あいており、はっきり言って今の新一には、ものすごく目の毒だった。
赤くなって目をそらしながら、呟く。

「そんな格好、俺以外の男の前ですんじゃねーぞ」

蘭が新一の真正面に来て言う。

「そんな格好って?」
「・・・露出度が高すぎる」
「水着に比べれば、全然大した事ないじゃないの」
『ああ、こいつ、やっぱり判ってねえ!』

新一は頭を抱えた。



  ☆☆☆



蘭が夕食の支度をしている間に、新一は頭を冷やす意味もあって、シャワーを浴びた。

『1日目からこんなんで、どうすんだよ・・・』

蘭が嫌がる限り、我慢するとは思うけれど、蘭は新一が何を望んでいるか知ってしまったら、自分を抑えてでも応えてくれようとする可能性が高い。
蘭を傷つけない、大切にする。
なけなしの理性を総動員させ、そう自分に言い聞かせる。


新一がこのところ蘭を避けていたから、2人で御飯を食べるのは久し振りだった。
他愛もない会話をしながらも、何となくくすぐったく、甘い雰囲気が漂う。
久し振りに、蘭の心からの笑顔が見られて、新一も心底嬉しくなる。

食事の後はリビングでのコーヒータイム。
今までだったら向かい合わせに座っていた蘭が、今日は隣に座ってきた。

「おい・・・」
「・・・隣に座るの、嫌?」
「嫌な訳ねーよ!だけど・・・」

蘭はそのまま座り込み、新一に寄り添い体を預けてくる。
蘭の体の暖かさ、柔かさに、新一の頭はクラクラするが、必死で理性をかき集めて耐えた。

その時、ふわっと漂う香に、新一は戸惑った。
蘭は今まで香水の類を使った事はない。
いつもなら、シャンプーや石鹸のさわやかで、それでいて充分甘くかぐわしい香を漂わせていた。

新一は探偵をやっているため、普通の高校生に比べたら膨大な量の様々な知識があり、香水についても少しは知っていた。
母親の有希子が使う事もある。

これは、ムスク、の香?

麝香鹿から原料が取れるその香水は、人の官能を刺激する、大人の香・・・。
新一の頭に、一気に血が上る。

蘭を見ると、にっこりと笑ってきたが、気のせいかどこかいつもと比べると、その微笑みは妖しく見える。

「・・・香水、つけてんのか?」
「うん。匂いきつすぎるかなあ」
「きついとかなんとか言う前に、何でそんな香水持ってんだ?」
「お母さんが持ってたの。お父さんと喧嘩した後とかに、仲直りしたい時につけるって言ってた」

その意味するところを正確に理解して、新一は赤くなる。
しかし蘭に意味が判っているのかは謎だった。

「なあ蘭、その香水、何なのか知ってんのか」
「どうしたの、やけに絡むじゃない。やっぱり私が香水なんて似合わない?」
「だ、だから、似合う似合わないじゃなくって・・・」

新一は頭を抱えてしまう。

そして突然立ち上がり、

「俺、部屋に行くから」

と離れて行こうとした。
しかし、シャツの裾が蘭に捕まえられているのに気付き、振り返る。

蘭が泣きそうな目で見上げていた。

「新一、私を1人にしないで、ここにいて」

新一はもう1度座りながら溜め息をつく。

「あのなあ、この前言ったろ。俺の理性にも限度があるんだって」

蘭は新一の胸に顔をうずめると、小さいが、はっきりした声で言った。

「じゃあ、理性を捨ててしまって」

蘭の思いがけない言葉に、新一は固まった。

「おめー、自分が何言ってんのか、判ってんのかよ」
「うん、判ってる。・・・香水の意味だってちゃんと判ってるよ」

あっさり答えられ、新一は言葉を失う。
蘭は新一の首に両腕をまわして抱きついてきた。
新一はおずおずと蘭を抱きしめ返しながら、何か言おうとするが、口の中が乾いて、言葉が出てこない。

「あのね、新一。私ね、あいつに奪われそうになったとき、もしこのまま・・・だったら、舌を噛もう、って思ってたの」

新一は息を呑む。

「まあ、薬を使われたから、それも出来なかったんだけどね。・・・そしてね、思ってたの。あの時あなたのものになってたら良かったのにって」
「蘭・・・」

もしかしたら、蘭の存在そのものさえ失われたのかも知れないと気付くと、新一は今更ながらにゾッとした。

蘭を抱きしめる腕に力がこもる。

「だからね、わたしをあなたの物にして欲しい。そしたらきっと、この先どんなことがあっても、私、耐えられるから」

新一は、きつい位の力で蘭を抱きしめ、腕の中の存在を確かめる。

「蘭」

最初はついばむように軽く、そしてやがて深く、何度も何度も口付ける。
最初の出会いの日から、ずっとずっと焦がれ続け、やっと手に入れた大切な人。
愛しさが溢れ出す。

新一は一旦蘭から体を離すと、蘭を横抱きに抱えあげた。

「し、新一」

蘭は、恥ずかしそうにぎゅっと新一にしがみつく。
新一は、もう一度蘭の唇にキスを落とすと、

「もう、止めらんねーからな」

そう囁いて、蘭を横抱きにしたまま、ゆっくりと2階への階段を上って行った。



  ☆☆☆



新一は目を覚ました。
すぐ横に、自分の腕を枕にして寝息をたてている蘭の顔がある。
新一は微笑むと、その頬にキスをし、蘭を起こさないように、そっと抱きしめた。
あんなに大胆に迫ってきたくせに、いざとなったら、怖さと羞恥心に震えていた蘭。
愛しさが込み上げる。

「初めてだっていうのに、無理させちまったよな」

新一自身にとっても初めての行為だった為、加減がわからず、我慢できずに何度も求めてしまった。
新一が調べた範囲では蘭には男の影はなかったし、蘭の言動からしても、おそらく処女だろうと思ってはいたが、こうして抱いて新一が初めての相手であった事を実感すると、どうしようもなく頬が緩んでくる。勿論、そうでなかったとしても、自分の気持ちがいささかも揺らいだりするものではないが、やはり嬉しさは禁じえない。

「ほんと、俺って人間出来てねーな」

我ながら、独占欲が強いと苦笑いする。

両親に従ってロサンゼルスにいる間中、蘭がどこかの男に攫われるんじゃないかと、気が気ではなかった。高校だけは日本の高校に行く、と強硬に言い張って、昨年からこの邸に帰ってきたものの、蘭との接点を作ることが出来ず、ずっとあせっていた。
何とか、毛利小五郎を通して知り合いたくても、肝心の小五郎からいつも邪険にあしらわれていた。

「おっちゃん、父親の勘、ってやつで俺の下心判ってたのかもな」

ちょっと苦笑する。

思いがけず、「家政婦」として新一の前に現れたときは、天地がひっくり返るほど驚いたものだったが―――。

「やっぱ、父さんたちには見抜かれてたんだな」

なにしろ、あの事件の後、蘭の身を守るために、優作に頼み込んで警察を動かしたのである。
物事にも人物にも執着しないはずの自分がとった行動で、優作には新一の気持ちなど、お見通しだったのだろう。
ぶっ飛んではいるが、蘭を新一の傍に置いたのは、両親なりの愛情の現われらしい。

信じている、と言いながら、いざとなったら新一が蘭に手出しするだろう事まで、きっとお見通しだったに違いない。
口惜しいが、まだまだ役者が違う。
けれど、何よりも大切な存在のために、今回は両親の手の平で踊らされても、良しとしようと思っていた。

新一はまだ眠っている蘭を見詰める。

夢にまで見た初恋の成就。
新一は、これを将来「思い出」に変えてしまうつもりは毛頭なかった。
蘭とこうなったことを勿論後悔するはずはないし、この先ずっと、生涯、蘭を愛し守っていくと決めている。
けれどひとつだけ、失敗というか気になったことがあった。
新一は、指折り数えてみる。

「ま、ぎりぎりってとこかな」

新一はそっと蘭の体を離すとベッドを抜け出し、国際電話をかけるために部屋を出て行った。





(11)おまけ篇につづく

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(11)の後書対談

「平次、用意はええか?」
「ちょお待て、和葉。何で俺らが突然ここに居るんや」
「それはやな、主役の二人が照れまくって出てきーへんからやて」
「工藤、寝室で姉ちゃんを離さへんのやな」
「もう!下品な事言わんといてや」
「まあ、今回でこの話、『第1部・完』て感じやな。で、今後はどないなるねん」
「次回の事はまだ決まってへんけど、全体の構想から言うたら、ここまで来たら、後はポイントとなる話は、3つだけやそうや」
「工藤と姉ちゃんにもう1試練あるいう話は聞いてんねんけど」
「その話自体はむっちゃシリアスで長くなるねんて。それを過ぎたら、後は工藤くんの18のバースデイと、最終回や」
「最終回は、題名からなんとのう想像つくで。今回のサブタイトルが『First Love』やろ。最終回のサブタイトルは、多分あれで、中身もあれやな。で、話はそれだけなんかいな」
「後はイベント――クリスマスとか、バレンタインとかやな、それと穴埋めになるエピソードは今からでっちあげる言うとったで」
「何やまだ話出来てへんのかいな」
「それ次第では、あたしらの出番もあるかも知れへんのやて」
「ドミの気紛れと想像力と、リクエスト次第いう事やな」
「もし出番があるとしたら、あたしは蘭ちゃんと同い年なんやて」
「ほんまか?・・・ちゅう事は、まさか!」
「平次は工藤くんと同い年。つまり、あたしの方が年上や」
「お姉さん役やのうて、ほんまにお姉さんかいな。敵わんなあ」


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