振る袖は、要らない



byドミ



米花市民センターは、大勢の若者達で賑わっていた。
女性の大半は、振り袖姿。
男性の殆どは、スーツ姿。

今日は、成人の日。
新成人達が集っているのである。


米花市は、東京都内にある為、地元を離れている若者は少ない。
それでも、別々の大学に進学したり、就職したり、それぞれの状況は変わっている為、幼馴染同士は疎遠になっていて。
成人式は、さながら同窓会のノリであった。


「ねえねえ、あの人、着物がちょっと違くない?」
「うーん、そうねえ。何か少し、地味?」
「地味とかじゃなくってえ。な〜んか、違うよねえ」


振袖姿が圧倒的、たま〜にドレス姿がいると妙に新鮮に見える一同の中で。

振袖とは明らかに異なる着物で、異彩を放っている女性がいた。
清楚で凛とした美しさ。
長い黒髪はきっちりと纏められ。
濃い桜色の着物は、袖が短く、裾にだけ模様が入っている。

華やかな振袖姿が揃う中で、地味と言えば言えるのだが、それがかえって女性の美しさを引き立て、目立たせていた。


「あ!あれ、蘭だわ!」
「蘭?」
「毛利蘭。小学校の時、私の同級だったの」
「ふうん?」

「あ!彼女、中学の時同級だった、毛利蘭だわ!」
「蘭ってば、すごい美人になっちゃったわねえ」

「お、あれ、毛利じゃん?」
「昔から可愛かったけど、超いけてんなあ」
「うわあ。まずったなあ。もっと仲良くなっとけば良かった〜!」
「おいおい、仲良くなってたって、無理だって。しがない俺達に取っちゃ、高嶺の花、精々お友達の一人が関の山だって」

振袖の女性群と、スーツ姿の男性群のあちこちから、そのような声が上がり。
懐かしさと好奇心で、何人かが傍に寄って行った、その時。


「蘭」

涼やかな声がして、その女性はふわりと微笑み、振り返る。

「新一!」

そこに立っているのは、スーツ姿が板についた、りりしい青年である。


「あ、あれって・・・工藤君じゃない?」
「嘘・・・あの、学生探偵の工藤新一?」
「げ!工藤だ!」
「俺達帝丹小中高同窓生が誇る、探偵の工藤新一か!」


工藤新一は、米花市出身で現在も在住の、学生探偵である。
何せ、米花市の成人式だから、新一とは小中高校が同級だった者も多かったし、そうじゃなくても、米花市の誇る有名人だから、殆ど誰もが知っていた。

そして、同級だった過去がある者達は。


「工藤君と毛利さんって・・・」
「やーん、今も2人付き合ってんだ〜、ショック〜」
「あいつら、今も付き合ってんのか」
「子供の頃から夫婦してたけど、今も夫婦やってんだな〜」
「うわあ。工藤が相手だったら勝ち目ねえ!」
「その前に、お前じゃ無理だって」
「今も、幼馴染の腐れ縁とか言って、すっとぼけんのかな?」


工藤新一と毛利蘭は、昔から、2人セットになっている事が多かった為、そこにいた者達の多くが、驚きと感動半々の面持ちで、仲良く寄り添って立つ2人の姿を見ていた。



「蘭!」
「蘭じゃない、久し振り!」

振袖姿の何人かが、蘭の元に歩み寄って行く。
駆け寄れないのは、慣れない着物姿だからだ。


「紀久恵。望。春香。・・・久しぶりね」

蘭は、旧友達の姿を認めると、微笑んで応えた。


「蘭ってば、今でも工藤君とお付き合いしてんの?」
「工藤君ってば、超有名になっちゃってえ。で、相変わらず、蘭と夫婦してんのね?」

「工藤!新聞で見てるぜ!超有名になりやがって!」
「おまけに、こんな美人になった毛利を射止めやがったんだな、このこの〜!」


「狭山、鍛冶、平本・・・オメーらも、相変わらずのようだな」

新一は、ちょっと苦笑して、旧友達の言葉に応えた。


新一と蘭を中心として、大勢が集まって来た。


「ねえねえ、蘭。何でそんな、地味目な着物着てんの?」
「うん。よく似合ってるけどさ。成人式なら、振袖でしょ?」
「そんな袖がない着物、まるでオバサンじゃない。まあ、蘭は美人だから、着物が地味でも良いかもしんないけどさ〜」
「そ、それは・・・」

旧友達から着物の事を突っ込まれた蘭は、赤くなって、なぜか新一の方をちらりと見た。
見られた新一も、赤くなって頬をかいている。


「お〜っほっほっほ。そんなの、簡単じゃな〜い!」

「園子!」
「え?鈴木さん?」
「園子?」

高笑いをしてその場に現れたのは、幼い頃からの蘭の親友である鈴木園子だった。
園子は、スタイルが引き立つ洋装ドレスで、振袖が圧倒的に多い中では、非常に新鮮で目立っていた。


「あんた達さ〜。振袖が、ミスの正装って事位、知ってんでしょ?」
「え?み、ミスって?」
「だから〜。未婚女性じゃないと、振袖は着られないのよ」
「え?ええ!?」
「って事は、まさか!?」


皆が一斉に、蘭と新一を見る。
2人は、真っ赤になっていた。


「そう。蘭が来ているのは、色留袖。既婚者も着られる礼装ね。5つ紋じゃなくて1つ紋だから、略式礼装になるけど」

こういった面では結構知識豊富な園子が、滔々とうんちくを垂れる。
だが、皆の興味は、当然、そこではない。

「高校卒業してすぐに、身内中心の式を挙げて、籍を入れたから。蘭は、工藤蘭。オレの・・・妻だ」

新一が頬を染めながら、蘭を抱き寄せてキッパリと言って。
一同は、「おお」とどよめいた。

「この色留袖は、新一のお母様が、結婚の時に贈って下さったの」

蘭が、はにかみながら言った。
蘭の美しさは、初々しい人妻の輝きが加わっていたのかと、一同納得していた。


「悔しいけど、何かカッコいいな」
「昔からお似合いだったけど、2人はホント、すごくいい感じだよね」

昔から2人を知る者達にとっては、感慨と感動を持って、2人が正式に夫婦である事が受け入れられたのであった。


   ☆☆☆


「蘭。ごめんな・・・」
「ん?新一、何が?」

蘭をエスコートしながら、新一が小声で言って。
蘭が、怪訝そうに新一を見詰める。

「いや。オメーが振袖着る機会、奪っちまってよ」

蘭は、目を丸くした後、柔らかな笑顔を見せた。

「バカね。新一、わたしには振袖なんか、必要なかったもん」
「???必要ないって・・・何で?」
「だって。振袖と留袖、その意味、新一知ってる?」

新一は首をかしげた。
蘭はクスクス笑う。

「何でも知ってる新一でも、知らない事があるのね」
「・・・あのな・・・」
「元々、振袖と留袖は、同じものなの。振袖の、袖を短くする事を、留めるって言うの。娘は、結婚したら、それまで長かった袖を留めた。だから、娘時代は振袖で、結婚したら留袖な訳」
「ああ。成程。・・・で、蘭に振袖が必要なかったってのは?」
「だって。振袖って元々は、言い寄って来る男性に、娘が好き嫌いの意思表示をする為に、振る為の袖なんだよ。左右に振ったら、あなたが好き、前後に振ったら、あなたは嫌い。そういう意味なんだって」
「!」

新一は、驚いて目を見開く。

「留袖って、『あなただけのもの』という意思表示に、長かった振袖を留めた(切った)もの。わたしは最初から、新一だけだから。振る袖は要らないの。新一の為に留めた袖しか、必要ないでしょ?」

微笑んで言う蘭の姿を、新一はまともに見られず、顔を真っ赤にして目を逸らした。


旧友達が大勢いるその場所で、新一が蘭を抱き締めずに過ごす為には、かなり理性の力を必要とした。
その分、夜が大変だったというのは・・・新一と蘭2人だけの秘密である。




<終わり>


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季節外れの、成人式ネタ。

私が書く新蘭では、「成人式以前に結婚済み」という話が多いもので。
そこからふっと思いついたネタです。

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