銀板の恋人たち



byドミ



番外編・競技場のバレンタインデー(快青編)



朝、宿舎を出た快斗の前に、幼馴染みの少女が立っていた。

「か、快斗、これ・・・」
「青子?も、もしかして、チョコレートか!?」
「う、うん・・・」

青子はありったけの勇気を振り絞って渡そうとしたのに、快斗にはあっさりと「バレンタインデーのチョコ」と見破られてしまい、青子は少しだけ、落ち込んでしまった。

「雪山でのエネルギー補給としては最高だなっ♪サンキュー、青子!」
「う、うん・・・」
「いやー。バレンケンシュタインって、どうやら日本だけの風習らしくてよー」
「快斗・・・」

昨年まで快斗は、バレンタインデーの事を知らず、ただ、大勢の女の子達から大好きなチョコレートを貰って、有頂天になっていた。
それにしても、名前の勘違いはそのままなのかと、青子は思った。

「女の子達が沢山いるから、てっきりチョコレートを貰えるって思ったのに、誰もくれねーでやんの」
「か、快斗・・・?今日の事、どういう日だと思ってるの?」
「は?青子、オメー何も知らねえのに、オレにチョコくれたのかよ?今日はバレンケンシュタイン、女の子達が男達に、チョコレートを恵んでくれる日、だろ?」

青子はガックリと肩を落とした。
快斗は、いまだに、バレンタインデーの意味が分かっていなかったのだ。

青子は今年、快斗の為に、手作りのチョコに挑戦したのだが、快斗にはきっと何も、分かってないに違いない。

「快斗。青子、応援してるから!頑張ってね!」
「サンキュ」

女子シングルの試合は、オリンピック大会日程の終わりの方である。
まだ、現地入りしてない選手も多い位だ。
だから青子は、時間的に言えば、直接応援に行けない事もない。

しかし、雪山で風邪を引いてこじらせたり、怪我をしたりしたら、大変だ。
快斗が青子に「直接の応援には来ないように」と強く言って、青子も、それに頷いた。

そして、快斗は競技場へと出かけて行った。



   ☆☆☆



黒羽快斗は、尋常ではない運動神経を誇っている。
元々、運動全般に天才的な腕を持っていて、スケートだけは何故かダメだが、他の事はさして努力しなくても何でもこなして来た。


しかし、モーグルスキーの選手として、選手権に出始めてからは。
ものすごい超人的な選手との出会いもあり。
如何に天才といえども、努力をするようになった。
そのお陰で、このところ、世界選手権でも上位に着け、昨年はメダルも取得した。

今季は、オリンピックという事で、さすがに背負う大きさも半端ではなく、かなり真面目に頑張っていた。
晴れて恋人同士となった、中森青子も、フィギュアスケートのオリンピック代表になったから、尚更だ。


快斗は、心引き締めて、スタート台に立った。
そして、滑り始めた。


スピードに乗って、舞うように滑り下りる。
要所で見せるターンは、まさしく芸術品。

しかし。


『ヤベッ!』

運動系統全てに、神の業を誇る快斗だが、そこはオリンピックの魔物か、普段だったら決してあり得ない事に、僅かながらバランスを崩しそうになった。
その時。


「快斗っ!」


青子の声が、聞こえた。
ここにいる筈がない。
たとえ、この場所に応援に来ていたとしても、快斗の耳に青子の声が、届く筈がない。
しかし、快斗は、確かに青子の声を聞いたと、思った。


目に映るは、氷上で舞う、スノウ・フェアリー青子の、舞姿。


快斗は、バランスを崩しそうになったのが嘘のように体勢を立て直し、華麗な滑り、素晴らしいスピードで、ゴールした。




「快斗!」


ゴールした先の、応援席に。
愛らしい姿を認めて、快斗は眼を丸くした。


「青子・・・雪山で風邪ひいたり怪我したりしたらいけねえから、来るなって言ったのに・・・」
「だって・・・」
「青子の声が、聞こえた」
「えっ?」
「青子の声で、オレは、立ち直ったんだ。ありがとな」
「か、快斗・・・」

真っ赤になった青子が、また更に愛らしいと、快斗は思った。



   ☆☆☆ 


その夜。

快斗と青子は、2人で食事をしていた。

大衆的なビストロレストランで、本格的だが肩の張らないフランス料理を堪能する。
地中海に面したサブリナ公国は、シーフード料理も多いが、魚は姿形を見るのもダメな快斗の為に、青子も今日は魚料理は止めて、子羊肉のローストを選んだ。
快斗は、ちょっと贅沢だが、今日の打ち上げとして、牛肉の赤ワイン煮込みを選ぶ。

実は、2人が食事をした場所は、新一と蘭が食事をしていたビストロの、目と鼻の先だったのだが。
お互いにそれは知らない。

食事中、快斗がおもむろに切り出した。

「青子。何で教えてくれなかったんだよ?」
「え?なあに?」
「バレンタインデーの意味」
「あ・・・そ、それは、だって・・・!」
「元々、恋人達を守護する日って事じゃねえか」


青子は、目をパチクリさせた。
そう言えば確かに、本来はそういう日だったらしいと、思い至る。
女性から男性に、愛の告白と共にチョコレートを贈るというのは、日本で始まった独特の風習なのだ。


「ん〜。まあ、日本では、女の子が意中の男性にチョコレートを渡して告白をする日、ってなってるみたいだけどね」
「へー、青子、今日のチョコは、そういう意味だった訳?」
「んもう、ば快斗!そんな筈、ないでしょ!」

恋人同士になった筈の今でも、つい、ムキになって否定してしまうのは、以前の通りだ。

「そうだよなあ。だって、オレ達付き合ってんのに、今更、告白もねえだろ?」
「えっとお・・・」


青子は、自分に天然の部分があるという自覚が、多少ある。
しかし、快斗は時々、自分などはるかに及ばない天然になると、感じる事があった。


食事を終えた2人は、タクシーに乗り込む。

「せっかくだから。元々の風習に従って」
「えっ?」
「青子の競技は、まだ先だし。今夜は少しくらい羽目を外して、明日、足腰が立たなくなっても、大丈夫だよな?」
「快斗?青子、鍛えてるんだから、滅多な事で足腰立たなくなんか、ならないよ」
「でも、スポーツとは別の筋肉を使うからな」
「へっ?」
「・・・多分」
「快斗?何の話、してるの?」
「実は今夜、寺井(じい)ちゃんに頼んで、手配して貰ったんだ」


タクシーが止まり、2人はタクシーを降りた。
そこは、選手村の入り口などではなく、ロッジ風の小さなペンションだった。


「か、快斗!?」
「青子。今夜は、一緒に・・・」

真っ赤になった青子は、しかし快斗の誘う腕に、逆らう事が出来ず。



その夜、2人が今迄にない、甘く熱い夜を過ごしたのは、言うまでもない。


Fin.


+++++++++++++++++



<再掲に当たっての後書き>


「銀盤の恋人たち」、主役は勿論、新蘭ですが。

快青は元々、新蘭に負けない位の応援カプですし。
キャラ的に、青子ちゃんが大好きなので。
このお話では特に、サブである筈の快青にも、妙に力が入ってました。

オリンピックの開催国を、アン王女のサブリナ公国に設定したのも、そこら辺に起因しています。

しかし、このお話の快斗君って、何気に忙しいですよね。
表立っては殆ど出て来てませんけど、モーグルスキーの選手として超多忙な生活をしながら、同時に、怪盗キッドとしても活躍していたりするんで(爆)。


このお話の未来で、いずれあるかもしれない、探偵・工藤新一君と怪盗キッドとの対決は、書く気はありません。

このお話で、青子ちゃんはまだ、キッドの正体を知らないです。
知ったら、葛藤するでしょうけど、離れる事はないだろうと思う。

そういった派生話は、いつの日か余裕が出来たら、もしかして番外編として書く事があるかも、しれません。
でも、当面、予定はないです。

とりあえず、このお話の本編では、オリンピックを契機にラブラブになった快青の二人が、他のカプと同じく、その後もきっと仲良く幸せに過ごしただろうって事だけで、納めて置きたいと思います。
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