銀板の恋人たち



byドミ



番外編・競技場のバレンタインデー(新蘭編)



昨年のバレンタインデーは、世界選手権の前で。
蘭は、新一を含め日頃世話になっている人達に、男女問わず、義理チョコを配った。

新一と再会してから、2回過ぎたバレンタインデーは、その他大勢も含めて、義理チョコを渡すに留まったのだった。
こっそりと、新一にだけ「特別製」だった事は、新一にも他の誰にも、内緒だったのであるが。


そして。
今年のバレンタインデーは、オリンピックと重なっている。

オリンピック出場が決まった一同は、正直、バレンタインデーどころの話では、ない筈だった。

バレンタインデーの前日、13日が、開会式である。
そして、フィギュアスケートの競技は、ペアが一番早く、バレンタインデー当日の14日がショートプログラム、次の15日がフリーという日程だ。

14日当日に、チョコレートを渡す隙すら、作れるかどうか。

それでも、せめて、どこかで「良いチョコレートを買いに行く時間を作りたい」と、蘭は考えていた。



10日には、日本選手団の入村式が行われるが、蘭達は4日の内に、入村して練習や調整を行っていた。


『でも、せっかくだから、新一に、ちゃんとしたバレンタインデーのチョコレートを、渡したいな』

蘭は、公式練習リンクで調整を行いながら、新一の姿をちらちら見やって、考えていた。

今回は、恋人同士になって、初めてのバレンタインデー。
せっかくだから、手作りのチョコレートを渡したい。
でも、オリンピックの選手として、ここサブリナ公国に来ている状況では、そのような事、贅沢だと思われた。


トレーニングが終わり、リンクを出ようとする時、親友の園子から蘭の携帯電話に、連絡が入った。

『蘭。お茶しに行かない?』
「え・・・?あの・・・」

蘭は、新一の方を振り返る。

『新一君とは、嫌というほど、いつも一緒じゃない。わたしは選手じゃないから、選手村に一緒に住む訳には行かないし、寂しいの、たまには付き合ってよ。もし出来るなら、他の子たちも誘ってさ』

蘭が、電話の内容を新一に伝えると、新一が苦笑して、頷いた。

「また、道に迷って絡まれたりしねえようにな」
「大丈夫よ!今回は、運転手つきだから!」

前科がある園子と、方向音痴の蘭では、「絶対迷わない!」と胸張って言えないのがつらいところだが。
今回、オリンピックに合わせて長期滞在している園子には、鈴木家が手配した運転手が付いているのだ。

鈴木財閥は、日本選手団の冬季オリンピック派遣費用を引き受けている大口スポンサーのひとつであり、園子は鈴木家の代表として、冬季オリンピックの開催地である、サブリナ公国の首都サブリナ市に派遣されている。
サブリナ市内に一軒家を借り、メイドやシェフや運転手まで同行していた。
贅沢なようだが、財閥を代表しての公式な滞在であるし、安全面から考えても、必要な事だったのだ。



蘭は、青子達に連絡を取り、結局、フィギュアスケート女子選手全員で、一緒にお茶する事になった。

スケートリンクの入り口で蘭は新一と共に、迎えに来ていた鈴木家の車に乗り込んだ。
車は一旦選手村まで行き、そこで新一を降ろし、他の女子選手達を乗せた。

そして一行は、しゃれたログハウスのカフェで、降ろされた。


「ここのケーキは、お勧めなのよ」
「フィギュアスケート選手は、太らないようにカロリー制限しないといけないんだけど・・・」
「蘭もみんなも、ちゃんと理想体重を維持してるじゃない。そりゃあ、いつもだったら困るけど、たまには良いんじゃない?」

フランス圏にあるサブリナ公国は、紅茶よりコーヒーが主流なので、一同はケーキとコーヒーのセットを頼んだ。
蘭が頼んだ林檎を使った甘酸っぱいケーキは、素朴だがとても美味しかった。

そして、お喋りに花が咲く。
一息ついたところで、園子が身を乗り出して言った。

「蘭。今年は新一君に、きちんとしたバレンタインのチョコ、贈りたくない?」
「えっ?」

園子が、ニッと笑って蘭を見詰める。
蘭は、頬が赤くなるのを感じていた。

「そりゃまあ・・・だから、今年は、ディゴバのチョコを買いに行こうかなって」
「何を言ってるのよ、蘭。やっぱ、本命のバレンタインのチョコって言ったら、手作りでしょう!」
「そんなの、無理だよ!そりゃ、そうしたいのは山々だけど・・宿舎は、火気厳禁だし・・・第一、もう時間が・・・」

オリンピック村では、各宿舎にキッチン設備はなく、電気ポットでお湯を沸かしたり、コーヒーメーカーでコーヒーを入れたり程度しか出来ない。
選手村での食事は、選手が24時間利用出来る、食堂を使う事になっているのだ。

「ふっふっふ。蘭、こっちで私が、一軒家丸ごと借りてるって事、忘れてない?こっちの家は広いからね、キッチンも広々した本格的なものよ!」
「えっ!?まさか園子、そこを、使わせてくれるの?」
「うん!今日だったらまだ蘭も、余裕があるでしょ?もっちろん、ただでとは、言わないわ!わたしのチョコ作りを、蘭がコーチしてくれるって条件で。どう?」
「園子!ありがとう!」

園子がコーチを頼みたいのは事実であっても、蘭の負担にならないようにという気遣いである事は分かっていたので、蘭は素直にお礼を言った。
すると。

「面白そうやな。アタシも、参加させてくれへん?」
「青子も、チョコ作りしたい!ダメ?」
「そういうのも、良いかもね。お菓子の手作りって、やった事ないし」
「楽しそうです事。わたくしもご一緒させていただいて、よろしいかしら?」

お茶している他のメンバーが、話に乗ってきた。

「良いわね!みんなでワイワイ、チョコ作りってのも!」

という事で、集団でチョコレート作りする事に、話が決まったのであった。

「鍋もボウルもヘラも泡立て器も温度計も、道具は何でも揃ってるし!材料のチョコは、ベルギー製の最高級品!もし使うなら、生クリームとかバターとかも、高級なのを揃えてあるから!」

園子が胸を張って言った。
厨房を使わせてもらう事、道具が一通り揃っている事は、とてもありがたい話だった。

という事で。
急きょ、フィギュアスケート女子選手全員が集合しての、チョコレート作りという事に、なったのである。


   ☆☆☆


女子選手達はカフェを出ると、そのまま迎えの車に乗り込み、鈴木家が借り受けている家に向かった。

家は、「お屋敷」と言って良い、大きなものである。
園子ひとりで滞在するには、あまりにも広過ぎて手にあまりそうだ。
メイド達が必要であるのも、無理はないと思われた。

「でも、東京でマンション借りるより、ずっと安かったりするのよ」

園子は言ったが。
「東京で借りるマンション」も、決して、庶民の感覚のものではないだろうと、紅子を除く一同は思った。

屋敷は、古いものだが、色々と手が入れられていて、設備も新しく整えられている。
広いキッチンも、最新式のキッチンセットが入れてあった。

お湯がすぐに大量に使えるのは、チョコレート作りにはありがたかった。

「この時期だから、戸外に出してりゃ冷蔵庫いらずだし、生チョコでも良いかもね」
「でも、生チョコなんて、作るの、大変じゃない?」
「意外と、そうでもないわよ。ハードタイプの方が、温度管理難しいし、意外と大変」
「アタシは、ブランデー入チョコを作りたいなあ。平次、辛口やし」
「こら、未成年!お酒は、二十歳になってからよ!」
「快斗は甘いもの好きだから、甘いミルクチョコレートが良いな」

それぞれ、愛しい男性の為にと趣向を凝らし、チョコレート作りにいそしんだ。

失敗作や余った部分などは、作業の合間にホットチョコレートになって、それぞれの胃袋に収まる。
数時間に及ぶ作業の末、やがて、それぞれに、まずまず満足行く仕上がりのチョコレートが、出来あがった。


「はあ・・・練習より、よっぽど疲れた〜」
「ホント、肩がガチガチ」
「後は、ラッピングして、当日渡すだけね」
「・・・そう言えば。志保さんって、渡す相手、いるの?」

園子の言葉に、一同、顔を見合わせる。
今迄、志保に男性の影は見た事がないと、誰もが思った。

『でも、以前、志保さんには、年下の恋人か好きな人がいるような話、聞いた事はあったなあ。その時の人を、今でも?』

蘭は、考える。
しかし、志保はほんのり微笑んで言った。

「内緒♪」
「ケチ!」

園子がすかさず返すが、志保は涼しい顔をしていた。


「ねえ、青子ちゃん。黒羽君の出場するモーグルって、14日が試合本番じゃなかった?」
「うん、そうなの。予選決勝が、14日に行われるの。だから、邪魔にならないように、試合が終わったら渡そうかと思ってるんだけど・・・」
「あら、青子さん。試合前に勝利の女神の祝福があった方が良いのではなくって?」
「紅子ちゃん?」
「青子さんからのチョコレートで、勇気も活力も百倍になると思いますわよ」
「そ・・・そうかなあ?そうだと嬉しいんだけど・・・でも、でも・・・」
「青子ちゃん。難しゅう考えんでも・・・甘いチョコでエネルギー補給してあげたらええやん!」
「そっか。そうよね。うん、そうしよっかな」

思い悩んでいた青子だったが、大きく頷いた。

「朝、快斗が宿舎を出る前に、渡す事にする!」

今回のオリンピック選手村は、サブリナ市内1か所に固まっており、モーグル選手の快斗の宿舎も、同じ村内にあるのは、幸いだった。
山中の都市サブリナは、スキー場からも、そう遠く離れていないのだ。


「平次も、最初の試合が明日なんや。やから、栄養補給や言うて、渡す積り」

服部平次は、スピードスケート3種目に出場する。そのトップを切って、男子500メートルが、14日に行われる。


「真さん・・・どういう口実で、呼び出そうかなあ・・・」
「園子。変に色々策略めぐらすより、直球で誘った方が良いと思うよ・・・」


そう言いながら、蘭自身、14日はどうやって新一にチョコレートを渡そうと、考えを巡らせていた。
競技の前に渡すか、終わってから渡すか。

ただ、蘭自身、試合直前に、気持ちの余裕が全くないだろうと思われるので。

『やっぱり、ショートプログラムが終わった後、だよねえ・・・』

「蘭ちゃん!平次の試合が終わった後は、蘭ちゃん達の応援してるで!」
「青子も!快斗の現地応援に行くのは無理だから、蘭ちゃん達の応援に行くし!」
「もっちろん、わたしは、まず蘭の応援をしてから、真さんにチョコを渡す事にするわ!」
「あ・・・ありがとう・・・みんな・・・」


全日本選手権が終わってからオリンピックまで、色々とあり。
その間、フィギュアスケート女子選手達プラス園子の、友情と仲間意識は、随分と高まったのであった。



   ☆☆☆



胸が、熱い。


蘭は、生まれて初めて、銀盤での演技に、心が震えた。


蘭と新一は、最高の演技で、今迄にない高得点を叩き出した。

と言っても、今は、得点も順位も、付録のようなものだと感じている。
ふたり、心を一つにして、素晴らしい演技が出来た、それがとても幸せだった。


『わたし・・・フィギュアスケートが、本当に好きかも・・・』


「新一・・・」
「蘭。お互い、頑張ったな」
「うん!最高だったよね!」
「明日も、悔いのないよう、精一杯頑張ろう!」
「うん!」


明日は、ペアのフリーが行われる。
昨夜も緊張して眠れなかったが、きっと今夜も、緊張して眠れないであろう。

「蘭。本当だったら、明日に備えて、選手村に戻るべきだろうけど・・・」
「うん?」
「今日は頑張ったご褒美も兼ねて、町で食事でもして、気持ちを落ち着けてから、帰らねえか?」
「うん。そうだね。ここまで来たら、後はもう何が来ても、どんと来い、だもの。ちょっと息抜き、しよ?」

蘭が言うと、新一は少しホッとしたような笑顔を見せた。

2人は、しゃれた雰囲気のビストロに、入った。
ビストロはフランス料理の店の中でもカジュアルで、肩肘張った雰囲気ではなく、リラックスして食事が出来る場所。
蘭は偶然見つけた所だと思っているようだが、新一は事前リサーチをしていたのである。


「・・・美味しいんだろうけど・・・なんか、味がよく分かんない・・・」
「そうか、しまったな。明日の方が、良かったか?」
「ううん・・・だって、今日は・・・」
「蘭?」
「あの・・・新一・・・」

蘭が、バッグの中にある物を、出す機会を窺っていると。
突然、声がかかった。

「ボンソワール!マドモアゼル、ムッシュ!」

シェフらしい白い帽子をかぶった恰幅の良い紳士が、手にデザートが乗った皿を持って、2人のテーブルの横に立っていた。

「ぼ、ボンソワール!」

蘭は、かろうじて答えた。
その後、シェフが喋る言葉は、もう全く聞き取れない。
しかし何と驚いた事に、新一はシェフと会話をしながら、頷き合っている。

会話の途中で、新一が赤くなっていた。
シェフは、にこにこ笑って、デザートの皿を置いて去っていく。

「・・・参ったな・・・」
「新一。フランス語、喋れるの?」
「いや、喋れねえよ。今みてえな、簡単なやり取り程度だ」
「・・・普通、簡単なやり取り程度でも、喋れる方に入ると思う」

蘭が、目をすがめて言った。

「で?何て言われたの?」
「・・・お前達は恋人同士なのかって」
「新一は、何て答えたの?」
「もちろん、ウィと答えたさ」
「それだけ?」
「・・・今日は、恋人同士の聖なる日だ。どうぞ幸せな夜を、だとさ・・・」
「えっ!?」

蘭は、意味に気付いて、真っ赤になった。
新一は苦笑する。

「バレンタインデー自体は、元々、キリスト教の記念日だし。日本みたいに、女性から男性にチョコレートを贈るってのとはちょっと違うけど、恋人同士を守護する、聖なる日、なんだよな」
「うん・・・」
「幸せな夜を過ごしたいのは、山々だけど。明日は、本番の試合。今夜は宿舎で、おとなしく眠るさ」
「う、うん・・・」
「さあ。サブリナのフランス料理も堪能したし、そろそろ帰ろう」

そう言って、新一は席を立った。
会計を済ませると、タクシー乗り場へと足を向ける。

町中とは言え、さすがに山中の夜、吐く息は真っ白い。

「あ!あの!新一っ!」
「ん?なに?」
「こ・・・これっ!」

蘭は、必死の思いで、バッグからラッピングしたチョコを取り出して渡す。
形は少しいびつになってしまったけれど、味見した感じでは自信作の、トリュフだ。

「蘭・・・これ・・・?」
「ここは、ヨーロッパだけど!わたし達は日本人だし!そ、その・・・日本式に、バレンタインデーのチョコレートを・・・」

蘭の声が段々小さくなる。
新一は、目を丸くして立っている。

「頑張って、作ったから・・・」
「えっ?忙しかったのに・・・余裕なかっただろうに・・・蘭の手作り?」
「う、うん・・・」
「蘭・・・」
「もしかして、い、胃薬がいるかも、しれないけどね!」
「んな事あっかよ。すげー嬉しい。ありがとな、蘭」

新一が赤くなって、はにかむように笑ったので、蘭も、頬を染めて俯いた。
蘭は、不意に、新一に抱き締められた。
そして、唇を奪われる。

突き刺すような寒さの中、抱きしめられた体は温かく、唇は異様に熱い。
新一は、蘭の唇を解放すると、至近距離で囁いた。

「・・・参ったな。本格的に、離したくなくなっちまったぞ」
「し、新一っ!」

新一は、熱い眼差しで蘭を見詰めると、もう一度唇を重ねた。

「今夜は、我慢するさ。でも、明日の夜は。蘭が何と言っても、離す気、ねえからな」
「新一・・・」

いつの間にか降り出した雪の中で、2人の熱い抱擁は続いていた。
痺れを切らしたタクシーの運転手が、クラクションを鳴らすまで。




Fin.



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<再掲に当たっての後書き>


「銀盤の恋人たち」バレンタイン番外編。
若干、本編とかぶる部分もありますが。
殆ど修正せずに、アップです。

サブリナ公国の設定は、某モナコ公国をモデルにしてあります。
まじっく快斗で出て来たアン王女の国・サブリナ公国も、多分、モナコ公国をモデルにしてるのかなーって思ったので。
で、フランス文化圏でフランス語が第一公用語。

とは言え、モデルの国と違う部分も、勿論、沢山あります。
そのままじゃさすがに、冬のオリンピック開催国にするには無理があり過ぎですし。

でまあ、これを期間限定で初アップした2010年2月時点では、ボカしていたんですけど。
新蘭はこのお話時点で既に、体の関係があります。

2人の会話は、そこを踏まえて、書いています。


元々、既に恋人同士で、おそらく体の関係に至るのも早かっただろう白紅を除き。

オリンピック目前で、新蘭快青平和真園がそれぞれ、カップル成立した訳ですが。

バレンタインデー時点で、新蘭真園は既に体の関係あり。
快青平和は、まだ。

という事に、なりますねー。
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