義理義理本命



byドミ


「・・・どうしよう・・・」

毛利蘭、16歳。
生まれて初めての、「恋心を抱えたバレンタインデー」に、頭を悩ませていた。

恋する相手は、工藤新一、幼馴染みで同級生の16歳。


新一とは、物心つく前から、ずっと一緒にいた。
大好きな幼馴染みではあったけれど、男性として意識した事はなかった・・・筈だった。

けれど。
高校に入学したばかりの昨年春、アメリカに旅行した際に「探偵デビュー」した新一に、今更ながら心ときめき、恋に落ちてしまった事を自覚した。


去年は、新一に市販の「義理チョコ」を贈った蘭だったけれど。
今年は、「本命チョコ」を贈りたい。


「やっぱり・・・本命チョコっていったら、手作り?」

せっかくだから。
手作りのチョコレートを贈りたいと、蘭は考えたのだった。


しかし、料理は長年やって来た蘭だけれど、お菓子作りは殆どやった事がない。
何しろ、父親と二人暮らし、お菓子を作っても、食べるのは自分ひとりと考えたら、作る意欲も起きる訳がない。
ただでさえ、学業に部活に家事に探偵事務所の接客にと、忙しい毎日を送っているのだから。


けれど、今年は、頑張って手作りチョコレートに挑戦した。

そして、この惨状。
出来あがったチョコレートは、なめらかさがなく、何故か分離していたりして、市販のチョコより不味いとしか、思えない出来栄えだったのだ。

「いくら、愛情が籠っていればと言っても。これは、あんまりよね・・・」

2月13日の夜中近く。
蘭は、途方に暮れていた。

いや、蘭の名誉の為に言うならば、上手く行かなかったのは、蘭の腕がないせいでは、ない。
貧しい家計の中で、「チョコ作りの為だけに」道具を揃えるのが憚られた・・・という事情がある。

本格的に手作りのチョコレートをしようと思ったら、正直言って、市販のチョコをただ買うより、かなりお金がかかる。
普段、お菓子作りをしていて、道具が揃っているのなら、話は別だけれど。


他の事ならいざ知らず、料理関係の事では、母親を頼る事は出来ない。
家事も含めて、何でもマルチにこなす英理も、料理だけは破壊的に苦手だからだ。


蘭が買って来た材料は、残り少ない。
でも、今の時間、買いに出る店もないし、お金もかけられない。


何とかならないかと、キッチンにあるものを物色していた蘭の目に映ったのは、時々休日の朝食などで使う事がある「ホットケーキミックス」だった。


   ☆☆☆


ホットケーキミックスを使って、(本格的なオーブンはないので)オーブントースターで焼いた、プチチョコレートケーキは、見た目はともかく、味はまずまずで。
蘭は、ホッとした。
それをラッピングして、通学カバンに入れる。

そして家を出、新一の家に向かった。

部活の早朝練習がない日は、蘭は新一の家に迎えに行って、2人で登校する事が多い。
園子辺りからは「あんまり甘やかすの、よくないんじゃない?」と言われたりもするが、蘭は別に、新一を甘やかしている覚えはない。

新一は、「だらしない生活をすると、ロスに強制連行されるから」と、それなりに生活を律している。
蘭が迎えに行った時は、いつもきちんと起きて、身支度中だったりパンを口にくわえたりしているのだ。

蘭が生活の世話を焼いているのは、むしろ、実の父親の方だ。


結局のところ、「幼馴染みの腐れ縁だから」「有希子小母さまに頼まれているから」という「口実」で、新一と一緒にいたいからという「内心」を、隠しているのが実情だった。
もっとも、園子は「あんまり甘やかしちゃダメよ」と言いながら、ニヤニヤしているので、蘭の真意は案外気づかれているかもしれなかったけれど。


そして。
新一の家を訪れた蘭は、郵便受けを見て驚いた。

少し大きめの封筒や、分厚い封筒が、溢れかえっている。
おそらく、そのほとんどがチョコレートだろう。


「小父様のファンの方達から、だよね?毎年、そうだったし・・・」

と、自分に言い聞かせようとしたが、溢れかえっている封筒に、少なくない「工藤新一様」の文字が見えて、蘭は愕然とした。


「メディアに出るって事は、こういう事なんだ・・・」


高校生探偵・工藤新一の事は、様々なマスメディアで紹介されている。
ルックスの良さと相まって、新一のファンが増えているだろう事は、予測出来ていたものの、このチョコの山には、怖気づいてしまう。

きっと、高級なチョコや、素晴らしい出来上がりの手作りチョコなどが、沢山ある事だろう。


『こんな・・・不格好なチョコケーキなんて、とても、渡せない・・・』

蘭は、惨めな気持ちになった。


突然、玄関が内側から開く。

「きゃっ!」
「ん?蘭、来てたのか?呼び鈴押しゃ、イイのに」
「い、今、来たとこだもん・・・」

開いた玄関の内側には、チョコレートと思しき、リボンの掛かったプレゼント包みが、山のように積まれていて。
蘭はまた、愕然とする。

蘭は、手作りのチョコケーキが入ったカバンを、ギュッと握りしめた。
新一は、不思議そうに蘭の視線を辿り、プレゼント包みの山に目をやった。

「ああ、何でかしんねえけど、ここ数日、山のようにプレゼントが届くんだよな。やっぱ、この前の事件解決の時に、オレのファンが急増したのかな?」

新一が、妙に嬉しそうにニコニコ笑って言って。
蘭は、カチンとなる。

「良かったわね、名探偵さんは、おモテになる事で」

ついつい、皮肉交じりの憎まれ口を叩いてしまう。
どうしてこうなってしまうのだろうと、いつも後悔してしまうのだけれど。

「にしても。どうして、どれもこれも、チョコレートばっかりなんだろうな?」
「えっ?」


蘭は、目を見開いた。
新一は、真面目に、バレンタインデーを知らないのだろうか?

何でも知っているようだけれど、流行とかに無頓着な新一は、マジで、バレンタインデーを知らないのかもしれない。
そう言えば、去年義理チョコを渡した時も、新一の反応は今一で、よく分かってない風だった。


「さ、さあ。知らないわ!」

蘭はそう言って、そっぽを向いた。
自分でも可愛くない態度だと思う。

だけど、ここで新一にバレンタインデーの意味を教えてしまうと。
チョコケーキを渡した場合、誤魔化しようがなくなってしまう。


新一と並んで登校する。
いつものように。

学校に着いた途端、クラスメートにからかわれるのも、いつもと同じ。


ただ。
今日は、クラスメート達も興味津々の様子で、何か言いたげであった。

新一は、男子達に引っ張られて行った。
その会話が、女子達の方にまで聞こえてくる。


「なあ工藤、毛利から貰ったんだろ?」
「あん?何を?」
「かーっ!チョコに決まってるだろ!?」
「はあ?チョコって・・・お前、チョコレートが好きなのか?」
「へっ?」

男子達の目が点になる。

「最近のプレゼントは、チョコレートが流行りなのかよ」
「いや・・・最近って・・・お前、今日が何の日か・・・」
「それよりオメー、今日の数学、プチテストだろ、大丈夫か?」
「わーっ!それを言うなあ!」

女子達は、目を点にして顔を見合わせる。


「まさか工藤君、バレンタインデーの事、知らないの?」
「悪魔のように頭が切れるあ奴だけど、案外、そういう事には疎いのかもね。蘭、新一君にチョコレートあげてないの?」
「な、何でわたしが、新一なんかに!」
「・・・あげてないんだ」
「蘭。あんまり意地張ってると、他の女の人に取られても知らないよ」
「そうそう、高校生探偵として有名になったしさ」

蘭の頭に、工藤邸で見たチョコレートの山が浮かぶ。

新一にチョコレートを渡して想いを伝えたい。
けれど、あのチョコレートの山の中で、蘭のチョコケーキは、あまりにも惨めな感じがして仕方がない。

『告白・・・したって・・・オメーはただの幼馴染みだよって答が返って来たら、わたし・・・』

蘭は、膝の上で拳をグッと握りしめた。
去年の春、新一への恋心を自覚してから今迄、何の行動も起こせていないのは、つまるところ、それが怖かったからだ。
ヘタしたら、今迄の「幼馴染みとして親しい関係」すら、失ってしまうかもしれない。

加えて。
初めて知った切ない気持ちは、蘭を翻弄し振り回し、新一に対して素直な態度を取る事が出来ない。


放課後、蘭は部活がある。
新一は、何もない時は結構、図書室などで時間をつぶし、蘭を待っていてくれるけれど。
今日は、授業が終わったらさっさと、警察の迎えの車に乗り込んでしまった。


『新一は、優秀だもの。事件が起こったら警察に頼りにされる。すごい事だよね』

蘭は、新一が「警察の救世主」とまで言われる探偵になった事を、素直に喜んでいるが。
今日、チョコレートを渡す事は、諦めるしかないのかと、ガックリ肩を落とした。


部活が終わって、とぼとぼと帰途に着く。
今日の天気は崩れるという予報の通り、雨が降り始めた。


雨が降ると、何故だか、胸がざわつく。
蘭は、色々な意味でもやもやとした気持ちを抱えたまま、ポアロの横の階段を上って行った。
探偵事務所は、もう既に店じまいしているらしく、明かりが消えている。

しかし、家に帰っても、誰もいなかった。

ちゃぶ台の上には、母親の英理から父親に届いたらしいディゴバチョコレートの包みが、開けられて置いてあるから、無事に父親の手元に渡ったらしい。
父親の小五郎は、もしかして英理とデートだろうか?と、少し期待したけれど。
もしそうなら、ディゴバを置きっぱなしにしてはいないだろう。

よく見ると、チョコの包みの横に「麻雀に行く。飯はいらない」と、簡単な書き置きがしてあった。
蘭は、大きく溜息をついた。


ひとりだけだから、簡単に食事を済ませる事にし、ソーセージと家にある野菜を使って、ポトフを作った。
もし、小五郎が帰って来たら温め直せば良いし、余ったら余ったで、明日、別のものにアレンジ出来る。

食事を終えると、自室に入った。
学年末試験が近いから、勉強でもしようかと、教科書と参考書とノートを広げても、全く頭に入って行かない。
頭の中には、新一の顔ばかり浮かんでくる。

『あいつ、ちゃんとご飯食べたのかな?』

学校が終わったら、即、事件にすっ飛んで行って。
もう、解決しただろうか?
解決したとしても、ご飯をどうにかする時間が、あっただろうか?

『コンビニ弁当ばかりじゃ、栄養偏っちゃうよね、きっと・・・』

新一は、自炊したり、阿笠博士にご飯を作って貰ったり、たまに蘭のご飯を食べたり、するけれど。
新一と阿笠博士は、正直言って、自炊歴がそれなりにある割に、大した食事は作れない。
いつも、簡単に済ませているようだ。

それでも、自分で作る場合はまだ良いが、事件に関わって遅くなった時などは、多分、コンビニ弁当だろう。


蘭は、居ても立ってもいられなくなり、新一の家に差し入れを持って行こうと、立ちあがった。

先程作ったポトフを、タッパーに入れて。
迷ったけれど、プチチョコケーキも、持って。

玄関を出て、階段を下りた。


すると。


「えっ!?新一!?」


何故か、街路樹の下に、街灯の明かりを受けて、新一が立っていて。
蘭は、飛び上がるほど驚いた。

いつの間にか、雨は雪に変わっていて。
新一の肩に、うっすらと雪がかかっている。

「ど、どうしたの、一体!?」

蘭が慌てて駆け寄り、新一の肩の雪を払ってあげながら、言った。

「事件は!?」
「・・・そりゃ、無事に解決したから、ここにいるに決まってんだろ?」
「一体、いつから、ここに!?」
「あ、や、その・・・来たのは、たった今、なんだけどよ・・・」

何故か分からないが、新一は妙に、慌てている雰囲気だった。
肩にかかっていた雪と言い、鼻の頭が真っ赤になっている事と言い、結構、長い時間を外で過ごしていたのではないかと、蘭は思う。

「それより、オメー、今からどこか、出かけるんじゃなかったのか?」
「ちょっと、そこのコンビニまで買い物に行こうかって思っただけ。でも、大したもんじゃないし・・・雪が降ってるから、やめる」
「そ、そうか・・・」
「それより、新一、うちに何か用なの?」
「あ、その、用っていうか・・・」

言いにくい事なのか、新一が言葉を濁す。

と、その時。
新一のお腹が、ぐぅと鳴った。

「もしかして。新一、お腹すいてる?」
「あ。じ、実は・・・腹減って、でも家には何も買い置きしてなかったし、その、何か食べさせて貰えねえかなと思ってよ・・・」
「もう!馬鹿ね!だったら、変な遠慮せず、さっさと家の呼び鈴鳴らせば、良かったのに!」

蘭はそう言って、新一の腕を引っ張る。
新一は素直に、蘭の後に着いて階段を上がり、毛利邸に入った。


「おっちゃんは、いねえのか?」
「あ、うん。今日は麻雀で遅くなるって。でも、雪が降ってるし、もしかしたら、今夜は帰って来ないかもね」

新一が目を丸くした後、やや頬を染めてソワソワし始めたので、蘭は訝る。

「新一、どうかしたの?」
「あ、いや。おっちゃん留守の時に、オレが上がり込んだりして良かったのかって思って・・・」
「もう!何を今更、変な遠慮してんのよ!今、お茶を入れるから、座って座って!」


新一にお茶を飲んでもらっている間に、蘭は、タッパーからポトフを取り出して、温め直した。
体が芯から温まるから、ちょうど良かったと思う。

「どうぞ」
「すげー」

新一が目を輝かせる。

「頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」

新一は、お坊ちゃまのクセに、何故か食べ方が下手で、口の周りをいつも汚してしまうのが、笑えるが。
蘭が作ったものを、いつも、とても美味しそうに食べてくれるので、蘭は新一が蘭の料理を食べるのを見るのが、好きだった。

『この先も。ずっと。将来もずっと・・・新一がわたしのご飯を食べてくれるような、そういう関係が続けば・・・』

今のままでも、幼馴染みのままでも、良いと思っていても。
もし、新一に恋人が出来たら、そうしたら。

『この役目は、その女の子のものになってしまう・・・』

不意に起こったその考えに、蘭の胸が締め付けられる。


ここで、一歩、踏み出せば。
そうすれば、もしかしたら、もしかして。

「ごちそうさん。上手かった」
「お粗末さまでした」

食事を終えた新一に、蘭は思いきって切り出した。

「ねえ、新一。デザート、欲しくない?」
「で、デザート!?」
「要らない?」
「い、いや。あるんなら、頂くけど。そこまで甘えちまって、良いのか?」
「今更、何を遠慮してんのよ」

蘭は、コーヒーを入れ。
胸をドキドキさせながら、昨夜作ったプチチョコケーキを、お皿の上に乗せた。


「どうぞ」

新一が、目を丸くしている。

「な、なあ、蘭・・・これ・・・」
「一応、ケーキの積りだけど。そう見えない?」
「いや・・・見えるけど・・・そうじゃなくて・・・」
「ちょっとね。お菓子を作ってみたくて」
「蘭の、手作りか!?」
「私の手作りじゃ、胃薬がいるとか言うんなら、あげないわよ」

つい、いつものノリの憎まれ口を利いてから、蘭はずんと落ち込む。

そうじゃない。そうじゃなくて。
新一の為に作ったんだって、そう言いたいのに、言えない。

「んな事言わねえ。うん。いけるぜ、これ」
「良かった」

新一の言葉に、蘭はホッとしながらも。
新一のどこか浮かない表情に、蘭は心配になる。

「ちょっと、良い?」

蘭は、一口分、ケーキを切り取って、食べてみる。

「いけるっつったろ?何だよ、疑うのかよ?」
「ううん・・・初めて作ったにしては、まあまあかな?」
「・・・これ、誰かにあげる予定だったのか?」
「あ!ううん!試作品だから、自分で食べる積りだったの!」

思わず、誤魔化してしまってから、蘭はまた、ずんと落ち込んだ。
今のは告白のチャンスだったのではなかったのかと思うが、今更訂正する勇気もない。

「そ、そうか・・・他のヤツにやった訳じゃ、ねえんだな・・・」

新一が、どこかホッとしたようにそう言ったのだけれど。
何しろ、蘭は「新一がバレンタインデーも分かってない」と思い込んでいたから、新一がどういう積りでそのような呟きをしたのか、一向に気付く事はなかったのである。



新一に、手作りのチョコレートを、何とか渡せた。
けれど、本命のチョコである事を伝える事は、ついに出来なかった。


『来年は、きっと・・・』


蘭は、切ない想いで拳を握りしめた。



今の蘭は、知らない。
新一が、どういう想いで、蘭の家の前に立っていたのか。
蘭がバレンタインデーのチョコレートを、他の男にあげはしまいかと、どれだけビクビクしていたのか。


知ったばかりの恋心に振り回されている蘭は、長年にわたり募らせて来た恋心に囚われている新一の気持ちを、分かる事はなかったのである。



Fin.


+++++++++++++



<後書き>


コナン前。
高校1年のバレンタインデー。

今回は、蘭ちゃんのチョコ作りを失敗させてしまって、ごめんなさい。

突貫工事なので、色々と不備があるやもしれませぬ。ご容赦を。


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