花盗人U



byドミ



花は、苗から育てましょう。
人が育てた花は、どんなに綺麗に見えても、決して手折ろうとしては、いけません。



   ☆☆☆



 わたしは、JK探偵・鈴木園子。
 ……といっても、ここ一年ほどは、一時のヒラメキが影を潜めてしまっている。ま、まあ今となっては、もうそれはどうでも良いのよ。今のわたしは、鈴木財閥の跡継ぎで、これからその教育を受けなきゃなんだもん。なんだかなあ。
 わたしは、帝丹高校生だったけど、それも今日で終わり。卒業式を迎える。親友の蘭と、蘭の旦那の新一君と共に。

「卒業生、答辞!」

 その声に応え、すっくと立って壇上に向かうのは、我らが帝丹高校が誇る高校生探偵、工藤新一。

 わたしは、一度だって彼に恋心を抱いたことはないけれど、彼が見た目良いことは認めるし、頭は良いしスポーツ万能だし、探偵としては有能だし、我が帝丹高校の誇りだと思ってる。
 今のわたしには、ちゃんと京極真さんというとってもとっても素敵な恋人がいるけれど、真さんと出会う前、イイ男探しをしていた時期でも、この男に目を向けることはなかった。容姿が良いって言っても小さいころから見知ってるから見慣れちゃってるし、それに彼はすっごく性格悪く……い、い、いや、わたしとは全然、性格が合わないから!

 こ、コホン。
 性格が悪……いや、わたしとは合わないけど、悪いヤツではないと、思う。うん、一応、イイヤツなのよ。正義感はあるし、女には優しくないけど心根は優しい。ただまあ……ウンチクたれだし、カッコつけだし、わたしの好みではないわね。

 わたしはそっと、親友・毛利蘭の方を盗み見る。彼女は、頬を染めて、壇上の新一君を見つめていた。十何年も一緒にいて、いい加減見飽きているだろうに、それでも見惚れるの?と思うけど……まあ、それが、惚れてるってことなんだろうし……。
 そして……校則でアクセサリーは身につけられないけど、彼女の制服の下には、鎖に通したエンゲージリングが光っているのを、わたしは知っている。二人は今日その足で、区役所に行くのだと言っていた。今まで「夫婦」とからかわれていた二人だけど、本当に夫婦になるんだ。

 蘭は、見た目も性格も可愛いし、誰にでも優しい。家事は万能、面倒見は良い、たおやかな外見にすごい運動神経で空手の腕は超一級、努力家で成績もまずまず良い。
 それに蘭は、わたしの家がお金持ちだからって、一度もおもねったりしたことはないし、何でも本音で語ってくれる、本当に得難い、わたしの自慢の親友なの。蘭と出会えたことは、間違いなく、わたしの人生で最大の幸運の一つだって思ってる。

 そんな蘭が好きになって選んだ相手が、工藤新一君。
 わたしは……新一君じゃ私の大事な親友・蘭には釣り合わない!とか、蘭にはもっと他にイイ男がいるはず!なんて言う気は、全くない。
 だって……新一君が小さい頃からずっとずっと、蘭のことをとても大事にしていることは、よく分かったから。ううん、子どもの頃には分からなかったけど、成長していく中で、だんだん、分かって来たから。

 わたしは、蘭との出会いをよく覚えていない。だって物心ついたころには同じ保育園に居たから。気が付いた時には仲良しだった。そのままずっと、仲良しだった。
 幼い頃にたまたま傍にいて仲良しだった場合、成長したら離れて行ってしまうことがある。でも、蘭とはずっと仲良しだった。性格も違う、考え方も同じとは言えない、でもお互いに相手のことを尊重し、言うべきことは言い合える、わたしたちはいつの間にか、ただの幼馴染ではなく「親友」になった。

 新一君がその保育園にやって来たときのことは、覚えてる。すごく意地悪だったんで、ハッキリ言って、最初の印象は悪かった。ま、同じ組の男子たちはみんな意地悪だったから、新一君だけを特別に嫌うってことはなかったけど。
 っていうか、わたし、子どもの頃は、男の子って大嫌いだったんだよね。乱暴だし意地悪だし。中学生くらいになってから、恋愛に興味を持つようになったんだけど、同級生の男子たちは子ども過ぎて、恋愛対象にはならなかった。
 新一君は、同学年男子の中ではだいぶマシ……い、いや、良い方だと思うけど、最初の悪印象が尾を引いて、中高生になっても、彼に恋心を抱く余地なんてなかったんだよね。

 蘭は誰にでも優しい。最初は嫌っていたはずの新一君ともすぐ仲良くするようになって……それこそわたし、蘭の一番の仲良しを自認していたのに、蘭が新一君と仲良くなるのを見て、面白くない気持ちがあった。うん、心が狭いのは認めるわ。
 でも蘭は、「園子が一番の友だちだよ!」って言ってくれていた。その頃の蘭にとっては、わたしと新一君とは、性別関係ない仲良しで、同じくらいの位置にあったんだと、思う。

 子どもの頃は男の子が嫌いだったわたしだったけど、中学生頃から素敵な男性に心ときめくようになった。
 対照的に蘭は、男の子だからと特に嫌いはしなかったけど、中学生頃になっても恋愛に興味は無さそうだった。

 新一君は、よく分からなかった。女の子を嫌っているわけではなさそうだけど、特に優しくすることもなく、あんまり興味がない風に見えた。っていうか、彼はサッカーと推理小説だけに興味があって、色恋沙汰には興味無さそうだった。
 ただ、蘭には他の女の子に比べて意地悪だったので、どうして蘭は新一君と仲良くするんだろうって腹立たしかったんだけど……中学生くらいになった時、もしかして新一君は蘭のことが好きなんじゃないかって、思うようになった。好きな子に意地悪するなんて、ガキ大将かって思ったけど、まあ蘭が傷つくようなたちの悪い意地悪はしないし、さり気に蘭を守っていることもあり、とても大事にしていることは分かって来たので、ま、許してあげようかなって気になった。
 蘭にとって、新一君は、ただの仲良し幼馴染がたまたま性別男ってだけのようだったので……新一君を気の毒に思ったり、蘭に分かりやすい態度をしないから自業自得だと思ったり、した。

 わたしは、蘭の親友だから、基本的に蘭の味方だ。だから、蘭が誰を好きになっても応援する積りだったけれど。
 ずっと見ている内に、何となく、新一君が片思いのままだと気の毒だという気もしてきていた。っていうか、蘭を本当に大事に大事にしていることは分かったんで、トンビにアブラゲされたら、ちょっと可哀想だよなあと思うようになった。
 わたしは基本的に蘭の味方だし新一君よか蘭の方がずっと好きなんだけど、恋愛に関しては何となく、新一君を応援したい気持ちが芽生えていた。

 ところが、高校に入ってから、蘭に変化があった。新一君とは仲良しで、でもしょっちゅう喧嘩ばっかりなのは、相変わらずだったんだけど。
 喧嘩をして「ふん!」と顔をそむけた後、中学生の頃まではいっそすがすがしい位ずっとガン無視だったのに、高校生になってからは、そっと振り返って切なそうに新一君を見るとか。新一君に対しては、中学時代よりずっと意地っ張りになったりとか。何と言っても、新一君をじっと見るときの眼差しが、今までとは違う。二人の仲をからかった時のムキになり方も、前とは違う。

 これは、蘭の方も、新一君を男性として意識し始めたなと、わたしは思った。蘭にもようやく、春が巡って来たみたいで、新一君には、おめでたい話。これは、お付き合いを始めるのも時間の問題かなって。でも……それから一年以上、やっぱり二人は「幼馴染」のままで。傍から見たら両想い以外の何ものでもないのに、まあ、焦れったいったら。
 新一君の方は、長過ぎた初恋をこじらせて、なかなか一歩を踏み出せないみたいだし、蘭は蘭で、今まで気の置けない友達だった筈の相手を急に意識しだして、どうしたら良いのか分からないみたい。何だかなあ。

 そうこうしている内に、高校二年のある日、新一君が突然、居なくなってしまい、数か月も休学していた。蘭に定期的に連絡はあるけれど、ごくたまにしか姿を見せなかった。
 蘭は一見、それまでと様子は変わらない風だったけど。時々、空いてる新一君の席をじっと見ては溜息をついたり、新一君不在のサッカー少年たちの様子をじっと見ていたり、やっぱりヤツの不在が堪えているようだった。ずっとお互い傍に居るのが当たり前だったのに、それは当たり前じゃなかったんだって突き付けられて、蘭はようやく、このままではいけないんだ、行動しなければいけないんだって、思い始めたみたい。

 それから数か月。新一君が復学するまで色々なことがあった。蘭はロンドンで新一君に告られ、修学旅行先の清水寺で返事をして、二人は無事恋人同士になった。その間にわたしも京極真さんという超素敵な恋人ができた。
 で、めでたしめでたしだった筈なんだけど。そうは問屋が卸さなかった。今日の卒業式を迎えるまでは、本当に、色々あった……。



   ☆☆☆



 わたしの好みではない新一君だが、まあ世間一般では、もてる。でも、新一君は蘭一筋で全く揺るがない。そこはわたしも感心するし、蘭の親友としては喜ばしいと思う。
 新一君に懸想する化学部の一年生が、蘭を取り囲んでつるし上げたという事件があったのだけど、新一君の登場によってあっけなく幕を下ろした。新一君ってば、蘭が絡むと、「女に優しい紳士」の仮面を脱ぎ捨てる。女相手でも容赦がない、それは冷酷な一面を見せる……ということを、今更だけど知ってしまった。とはいっても、新一君のその態度は、蘭のために喜ばしいことなんで、そこに文句を言う気はない。

 でまあ、そっちは問題ないのだが。
 蘭は、もてる。だって、顔良しスタイル良し性格良し、おまけに家事も万能とくれば、もてない筈がないよね。

 蘭も、新一君一筋で、絶対に揺るがない。まあ、蘭の幸せのためにも、それは喜ばしいことだと、わたしは思う。
 ただ、蘭に懸想する男たちにも実は困ったちゃんが居て……結構しつこいし、話が通じなかったりするんだよね……ま、蘭は腕っぷしも強いんで、力ずくでどうこうされる心配がないのが、幸いだけど。

 でまあ……蘭に言い寄る男がいたとしても、別に蘭に危険はないだろうし、新一君をちょっとくらいはヤキモキさせても良いんじゃない?程度に思ってた。それがまさか、あのようなことになるとは。


 ある朝。蘭がプンスカ怒りながら、新一君とは別に登校していた。蘭の横には宮野志保さんがいる。ああ、また喧嘩したんだなと、わたしは思った。

「蘭。旦那はどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわ!新一ったらね!」

 蘭が怒りながら色々言っているのを、志保さんと顔を見合わせながらこっそり苦笑した。

 宮野志保さん。彼女は本当はわたし達より一つ上で、大学卒業いや院卒以上くらいの教育を受けているそうなんだけど。
 っていうか……大きな事件に巻き込まれて、薬を盛られて、新一君と同じく、子どもの姿になっていた……というのは、帝丹高校内では蘭とわたしだけが知らされている秘密。
 あの小生意気なメガネのガキんちょが実は新一君だったと知った時は、そりゃもう、腹が立って腹が立って……だって、子どもだと思ってたからこそ見せてしまってた本音とかさ……ああ、何だかなあ。でもまあ、ヤツはやっぱり、蘭のことが好きで好きでたまらないんだなってことは再確認したし、蘭のために!(↑ここ重要!)許すことにした。

 でまあ、あの、目つきの悪い欠伸ばっかしてたくそ生意気な女の子灰原哀ちゃんは、実は、わたしたちより一つ年上の宮野志保という女性だった……なんだかなあ。志保さんは阿笠博士に引き取られて、そのまま新一君のお隣さんになった。
 志保さんって、悪い人ではないんだけど、多分……普通に出会っていたら、あんまり親しくなることもなかったんじゃないかって気がする。彼女が蘭のことを大切に思っていたから、蘭を通じて何となくわたしとも友だちになった、ってカンジ?ただまあ、志保さんとも一年以上の付き合いになるんで、お互いの良いところも悪いところも分かって来て、今は結構仲良くなったんじゃないかって思うのよね。

「で?また、告白されたんでしょ?蘭」
「……うん……でもあれは……」
「そうね。さすがに不可抗力だと思うし、工藤君が怒るのは横暴なんじゃないかしら?」

 志保さんが冷めた声で言い、蘭は考え込む。

 うわ。志保さんって、やっぱり凄い。蘭や新一君とのお付き合いは一年程度なのに、蘭のツボをよく心得てる。蘭が新一君の愚痴をこぼしたとき(といっても、蘭がそれをやるのは、ごく一部の信頼できる相手に限られている)、ヘタに新一君の味方をせず、むしろ新一君をけなした方が、蘭は冷静に自分を省みることが出来るのだ。

「新一は……怒ったというより、心配してつい声を荒げてしまったのかな?」

 今回、蘭は、部活が終わり着替えて道場から出たところで、たまたま一人だったところに、待ち伏せのように立っていた男子から突然告白されたのだった。
 蘭はもちろん断ったし、すぐにその場を離れ、何事があったわけでもなかった。で、そのことを隠していたら後でそれを知った新一君に怒られると思い、正直に話をしたら……突然、「不用心だ!」って怒られてしまったというワケ。まあ、普通は他の部活仲間と一緒に出てくるのに、一人だけ最後になってしまったことで、新一君も心配してしまったんじゃないかな?

 蘭はあんまり自覚が無いが、もてる。すっごく、もてる。可愛いし、スタイル良いし、大和撫子!ってイメージの清楚な外見だし、誰にでも優しい性格だし。
 ただ、昔から新一君が周囲ににらみを利かせていたし、新一君と蘭が二人でいる姿を日常的に見ていると、とても二人の間に割って入ることは出来ないと分かって来るから、この帝丹高校内で蘭に言い寄る不届き者は、滅多に居ない。(なのでなおさら、蘭には実は自分がもてているという自覚が無かったんだと思う)

 ただ、さすがに最近は、新一君や志保さんに色々言われて少しは学習して、男性が寄ってくるときは下心付きだということを理解するようになった。なので、呼び出されたとき一人でそこに向かうなんて不用意なことは、今はしない。告白にお返事する時は必ず、新一君か、新一君が居なければ、わたしか志保さんを伴う。
 なので、安心できると、思っていた……。



   ☆☆☆



「オレは、まだ、童貞だっ!」

 昼休み。
 クラスでお弁当を食べていると、男子たちの輪に居た新一君の叫び声が聞こえ、わたしたちは思わず耳をそばだてた。蘭は真っ赤になってアワアワしている。

「やあねえ、男子って」
「下品すぎる」

 わたしの周りの女子たちがそう評していた。新一君の叫び声の前から、男子たちの会話を聞いていたらしい。
「……どんな会話がされてたの?」
「……毛利と毎日やりまくってんだろうとか、何べんくらいやるんだとか」
「その、感触はどうかとか……」

 蘭の方をうかがいながら、言いにくそうに言った。もう本当に、男子って……と、わたしも思った。
 続けて更に、新一君の言葉が聞こえてくる。

「オメーら!蘭のことで、何か少しでも変な想像なんかしてみろ!」

 新一君は、こちらに会話が聞こえているかなんて、気遣う余裕がなさそうだ……いや、分かっているからこその敢えての言葉、かもしれないけど。

「はあ!?蘭に手を出さねえのは、蘭がこの世で一番大切だからに、決まってんだろ!」

 教室中に、おおお〜っとどよめきが走る。
 蘭は更に真っ赤になっているけど、頬に手を当てて、何だか嬉しそうだ。

 新一君は普段、男子たちとそれなりに、当たり障りない会話をしてる。どの子が可愛いとかスタイルが良いとか、適当に合わせてる。
 多分、新一君は今まで、蘭とどこまでの関係になっているかについては、のらりくらりと交わしていたんだろう。でも、今日は多分……蘭のことに言及された何かが……新一君の地雷を踏んだんだ。
 男子たちは皆、顔面蒼白となって、新一君にひたすら頭を下げていた。新一君はコチラに背中を向けていてその表情は見えない(まあ見たいとも思わない)けど、その背中からはどす黒いオーラが立ち上っているかのように見えた。

「蘭って、工藤君と、まだだったんだね……」
「え?あ、うん……だってわたしたち、まだ高校生だし受験生だし……」

 蘭が真っ赤になって目をあちこち泳がせながら言った。

「園子は知ってたの?志保さんも?」

他の女子からわたしと志保さんに水が向けられる。

「うんまあ……知ってたけど……」

 わたしは蘭と親友だし、そういったことがあったのなら、蘭は打ち明けてくるだろうなと思うし。それだけじゃなく、多分……蘭の雰囲気が、変わると思う。

「……私は、蘭さんとそういう会話はしないけど。でも多分……そういうことがあったのなら、蘭さんの雰囲気が変わると思うわ」

 あ。志保さん、わたしと同じこと考えてた。

「うーん、そっかあ」
「なるほどー」

 アダルトな(ま、一歳しか違わないけど)志保さんらしい言葉だわね。でも、そういうことを言う志保さん……これだけ美人で、大人っぽくて……やっぱり経験あるのかしら?と思ったら……。

「ご想像にお任せするわ」

と、艶然と笑った。え?わたし、声に出してたかしら!?と思ったら……。

「ふふっ。顔に書いてあるわよ」

と言われてしまった。何だかなあ。


 新一君は結構昔から蘭のことが好きだった風だから、恋人同士になったからって、簡単に手出しが出来ないんだろうなあ。もうそれはそれは、蘭という花を昔から大事に大事に育てて来たのだ。
 蘭と新一君は、お互いが花で、お互いが花守。長い時間をかけ、愛と思いやりを注ぎ続け、お互いをより魅力的な男女に育てたのだと、わたしは思ってる。
 ただ、新一君の方は、無害そうな見かけに反して、実は獰猛な刺を持つ怪奇植物なので、間違っても蘭以外の女に手折られる心配もなかろうと思うけど。
 蘭は、新一君のような刺も触手も持っていない、本当にただ美しい花。芯は強いと思うけど、多少の風雨には負けないと思うけど、他の男に力づくで手折られたら、壊れてしまいそうな気がする。とはいえ、蘭は腕っぷしが強いから、簡単に手折られることはないと思うけどね。


 で、その話はそこで終わったんだけど。実は新一君と蘭がまだ深い仲でない……つまり蘭が処女だってことが結構知れ渡ってしまって。それが、この先の事件の切っ掛けになってしまったのだった。



   ☆☆☆



 今時の男子は、昔みたいに、処女に拘ったりしないと思う。っていうか、処女だと面倒くさいとか言う男も居るらしい。
 ま、多分、昔も今も、本当に好きなら、相手の過去は気にしないんじゃないかなあと思うけど。そこらへんは、さすがに高校女子のわたしには、よく分からない。

 ただまあ。新一君と蘭の絆を日々見せつけられて諦めていた男子の中には、「まだ一線を越えてないならつけ込む隙はあるかも」という勘違いを起こした、とんでもないヤツも居た、らしい。
 っていうか……昔も今も、「女なんてものにしちまえばこっちのもん」なんて勘違い野郎も、居るしね……あ、去年スキー場で声かけてきた若王子さんのことを思い出してしまったわ……。コナン君が子どもと侮ってその前で本音を言っちゃったみたいだけど……第一、わたしと待ち合わせしてたのに、蘭を見たら頬を染めたようなあんな男!こっちから願い下げよ!
 あ、それは置いといて。どうやら、「何とかして新一君を出し抜き蘭のヴァージンゲットしたら蘭が手に入る」って勘違いしたヤツが居たらしい。っても、蘭は空手が出来るから、簡単にどうにかされることはないだろうと、思っていた。

 でもそれが甘かったことを、わたしは思い知らされることになる。


 秋、日が短くなり、わたしたち三学年は、もう皆、部活を引退している。
 夕方、受験に向けた講習があり、新一君は受けていない講習だったので先に帰っていて、わたしは蘭と二人、門を出ようとしていた。
 その時、よく知らないけど顔を見たことがある下級生男子が、突然、蘭の腕をつかんだ。

「助けてください!」

 反射的に振り払おうとした蘭は、彼の切羽詰まった声に、動きを止める。
「なによ、大の男が、女に助けを求めるワケ?」

 わたしの声は、思いっきり、とんがっていたと思う。

「ぼ、僕の彼女が……先輩数人に、体育倉庫に連れ込まれて……!」

 蘭が顔色を変えた。

「体育倉庫ね!」

 それだけを言って蘭は駆け出す。わたしも後に続いた。その男子生徒も、必死で後に続いてくる。
 わたしたちは、もう薄暗くなっている中を体育館に向かった。体育館の扉を開け……中は非常口の灯り以外、真っ暗だったけど、倉庫から光が漏れ出しているのに気づいた。

「この中ね!?」

 蘭が振り返って後輩男子に声を掛けると、その後輩男子は、口元をハンカチで覆って、蘭に向けてスプレーを掛けた。

「なっ!……」

 蘭が意識を失って、その場に崩れ落ちる。

「蘭に何するの!?」

 わたしがその男子に問いただそうとすると、そいつはわたしにもスプレーを掛けようとしたので、飛びのいた。
 体育倉庫のドアが開き、中から数人の男が飛び出してきて、蘭を抱えて中に連れ込んだ。

 わたしは……一瞬迷ったけど、蘭を助けるためにはここでわたしまで捕まるのではなく、助けを呼ぶべきだと思い、踵を返して走り去った。……いや、走り去ろうとした。
 すると、体育館を出たばかりのところで、突然後ろから抱きすくめられ、口を塞がれた。

「ん〜、ん〜!」

 わたしはもがき暴れたが……耳に入ってきた声と言葉に、動きを止めた。

「静かに!大丈夫だから、今は声を出さないで!」
 その切羽詰まった声は、志保さんのもの。そして……抱きすくめられている背中の感触が柔らかいのに、気付いた。口を塞いでいた志保さんの手が離され、羽交い絞めが解かれる。

「ど、どういうことなのよ」

 わたしは一応声を潜めて問い質す。

「こっち。来て」

 志保さんに促されて、わたしが向かったのは……再び体育館の中。嘘でしょうと思ったけど、蘭を攫った人たちは体育倉庫の中みたいで、誰もそこには居なかったので、わたしはおっかなびっくり、抜き足差し足で志保さんの後ろに続いた。
 志保さんは階段を上り、体育館の中の放送室に向かっている。志保さんがドアを開けると、そこの鍵は開いていた。放送室の中は灯りがついていなかったけれど、そこの窓から下の倉庫が見えた。

 意識を失っている蘭の周りを、何人かの男たちが取り囲んでいる。

「蘭!」

 わたしが思わず声を出すと、「シッ!」と制する声がした。
 そちらを振り向くと、暗闇の中、誰かが居た。

「一応ここは防音だけど、気付かれたら面倒だ。静かにしろよ」

 その声は、新一君のもので……わたしは、『何を悠長にしてるの!?』と言いそうになったが……新一君が腕に抱えているのが蘭のようだったので、頭も体もフリーズしてしまった。

「蘭?」
「すぐに助け出したんだが、ちょっとだけ薬を吸い込んでしまったみてえだ」
「じゃ、じゃあ……あそこに居る蘭は!?」
「……園子さんでも騙されるほどの変装の名人と言えば、限られているでしょ」

 気のせいか、志保さんの声には多分に呆れが含まれていたと思う。

「き、キッド様が……蘭を助けに来てくれたの!?」
「……おい!アイツが救世主のような話をするなよな!オレが依頼したんだよ!丁重にな!」
「って……新一君が怪盗に依頼をするなんて、思えないんだけど……」
「オレは蘭を助けるためなら怪盗にだって依頼するさ!」

 それって……目的のためなら、手段を選ばないってことじゃ……コヤツの正義感に対しての信頼が、ガラガラと音を立てて崩れて行く。

「……彼の優先順位について、私は何も言う気はないわ……」

 後になって知ったことだけど、新一君は、志保さん、いや哀ちゃんを組織の魔の手から救うために、キッド様に依頼をしたこともあったのだとか。まあ、そうね。蘭はわたしにとっても大切な存在だし。彼の優先順位とわたしの優先順位が対立しない限りは、手段を選ばないことについてわたしは文句を言う気はない。
 ただ、キッド様が簡単に新一君の依頼に応じるとは思えないけど、そこは……。

「ヤツには貸しがあるからな」
 不敵に笑う新一君の表情を見て、コヤツだけは敵に回したら超ヤバいと、改めて思ったのだった……。

 蘭はとりあえず無事のようなので、わたしは倉庫の方に目を向ける。

「キッド様の貞操、大丈夫よね……」
「……ヤツも腕に覚えはあるだろうし、脱がせたら男と分かるだろうから、そういう意味での危険はないんじゃねえか?」
「工藤君。さすがに、怪盗キッドが暴力を受けそうになったら助けるくらいのことは、するわよね」
「そりゃまあ。でも、ヤツのことだから、大丈夫だろ」

 キッド様のことを信頼してるんだか突き放してるんだか。
 でも、見ていると、蘭に化けたキッド様は、気を失っているふりをしていたけれど、ガスでそこに居た人たちをみんな眠らせてしまっていた。本人はいつの間にか、防毒マスクを着けている。

 そしてキッド様は、倉庫の高窓まで飛び上がると。
 こちらに銃を向けた。

「……!園子!ドア開けろ!」
「えっ?何?」
「早く!」

 新一君の切羽詰まった声に、わたしがドアを開けるのと同時に、キッド様がトランプ銃を撃ち、窓が割れる。その隙間から、空気が流れ込んでくる。!ってことは、倉庫に充満したガスがここまで!?

「息を吸うな!急いでドアの外に出ろ!」

 新一君の声に、わたしと志保さんは急いでドアの外に出て、蘭を抱えた新一君がそれに続く。
 多分、キッド様は、高窓から外に出て行ったのだろうけど、それを確認する余裕はなかった。
 突然、誰かの携帯が鳴る。新一君が開いた方の手でポケットからスマホを取り出し、耳に当てた。

「……もしもし。よくもまあ、オレたちにガスを吸わそうとしてくれたな!あ?そりゃ無事脱出できたけどよ……これで貸し借りナシな。この前の貸しが一つ残ったままだよ」

 電話の向こうでは、おそらくキッド様が悪態をついているだろう声が、少し漏れて聞こえてきた。
 わたしは、新一君がコナン時代から通して、キッド様との攻防を見てきているけど、キッドキラーと持ち上げられても、結局捕まえたことはないし、キッド様の方が新一君より上、と思っていたけど。それはもしかして、新一君が宝石を守ることに真剣になれなかっただけのことで、殺人が絡んだり蘭が絡んだりしたら、コヤツの方が上手なのかもしれないと、少し背中が寒くなった。キッド様に借りを作らせるって、どんだけー!

 そしてわたしが、色々問い質そうとしたときに、「う……ん」という可愛い声が聞こえ……蘭が新一君の腕の中で目を覚ましたのだった。

「蘭!」
「しん……いち……?」
「もう大丈夫だよ、蘭」

 新一君の声がものすごく優しくてとろけそうで、聞いているだけで赤面しそうになる。他の人には絶対聞かせない声を、蘭にだけは向ける。うん、コヤツがこんな奴だって、知ってた!
 蘭は、ちょっとの間ぼんやりしてたけど、突然、体を起こした。
「あの!体育倉庫に連れ込まれた子!助けなきゃ!」

 ああ。そういえば……でもあれ、あの男子のお芝居だったんじゃ。と、わたしは思ったけど。

「ああ。わーってる。助けに行こう」

と、新一君が言った……いや、あなた、今の今まで、連れ込まれた子のこと、忘れてたでしょ!ま、わたしもその点は、新一君のこと言えないけどさ。新一君、蘭のことしか考えてなかったわよね!そういうヤツよ!うん、知ってた!

 で、わたしたち四人は階段を降り、体育倉庫のドアを開けると、しばらくそのままにして(だってまだガスが充満してそうだもん)、時間が経ってから中に踏み込んだ。
 倉庫の中では本当に、女の子が一人手足を縛られて転がされてたけど、幸い、乱暴された様子はなかった。
 その子も含めて、全員、ガスが効いて眠りの中だ。

「しゃあねえ。この子と……彼氏だというそっちの男は連れ出しておこう」
「え?この男子も助けるの?」
「普通の人間は、芝居であんなに切羽詰まった声は出せねえよ。この女の子が人質にされて必死だったのは事実だろうさ」
「……ちょっと待って!新一君、その時のやり取りを何で知ってるの?」
「話はあとだ。とりあえずこいつら全員縛り上げて、この二人は、危険がないところまで、運ぶぞ!」

 ということで、倉庫の中に居た三人の男子生徒を縛り上げ、蘭とわたしに声を掛けてきた男子生徒と、人質にされていた女子生徒は、保健室まで連れて行って寝かせた。

 縛り上げる時、わたしは、その一人が、以前、蘭に言い寄っていたことのある同級生だということに気付いた。まあ、同じクラスになったことは、無かったけどね。蘭にキッパリ振られて、諦めたと思っていたのに。この花盗人は、まだ蘭のことを狙っていたのか!
 この男、新一君と蘭がまだ深い仲になっていないということを聞きつけて、無理にでも蘭を手籠めにしたら蘭の気持ちも手に入れられるだろうって、とんでもない野望を持ったのかしら?それとも、体を手に入れたかっただけ?いずれにしろ、ロクでもない男には違いないわ。
 蘭には空手があるからと安心していたのは、甘かった。花盗人の中には、ここまで悪辣なヤツがいるんだ。新一君という最強の花守人が居て、本当に本当に、良かった……。

 新一君と志保さんが、どうやって奴らの企みを未然に知ったのかについては、口を割らなかった。ただ、あの時の新一君は結構余裕ぶっこいて見えたけど、志保さんに言わせると「結構ギリギリのヤバい線を渡った」そうだ。「もう、あの時の焦った工藤君の姿は、見物だったわね」と、志保さんは言った。わたしは……見てみたいような、見たくないような……。でも、新一君のそんな姿を見るということは、蘭が危ないってことなんだから、見ずに済むならそれに越したことはないわね。


 後日。
 この事件が、表沙汰になることはなかった。でも、蘭に乱暴を働こうとしていた三人の男は退学処分になったし、蘭とわたしに助けを求めに来た男の子は、罪には問われなかったものの、わたしたちの目に入るところに近寄ることはなかった。新一君が何らかの手を打ったのだと思うけど、それについて、どうこう言う気はない。とにかく、蘭は無事だったし、今後の危険も無さそうだということだから、それで良いのだと思う。


   ☆☆☆


「あはは。やっぱり……分かっちゃうよねえ」
「うん。そうだね」
「はあ。これだけ、変わっちゃうんだね……」

 事件から数日後。
 朝、一緒に登校してきた新一君と蘭を見たわたし(とクラスメートたち)は、蘭と新一君が、とうとう一線を越えたのを悟った。

 もう、蘭がめちゃめちゃ幸せそうで、とても綺麗で……新一君と二人で居る時の「世界は二人だけのものオーラ」が半端なくて。

 そして、食事時。男子たちの会話が聞こえてきた。

「工藤」
「あん?」
「お前さー。毛利が大切だから手を出さないって言ってなかったか?」

 あらら。
 鈍感な男子たちも、気付いたのね、これは。

「大切だよ。だから……時期を待ってた」
「は?」
「蘭がその気になってくれるまで」

 そう言って笑った新一君の顔は……幸せそうな表情であるけれど、その奥には「オレが大事に守ってきた蘭を無理に手折って傷つけることは許さない」という強い厳しい決意が垣間見えて、男子たちはやや顔色を悪くしていた。クラスメートの彼らには、蘭に不埒なことを働こうなんて不心得者は居ないと思うけど……と思っていたら。一人、ものすごく挙動不審になって、ワタワタとしていた。後になって聞いた話では、彼はつい、部活仲間に、新一君と蘭がまだ深い仲になっていないことを面白おかしく話してしまったとのことだった。それが回り回って、あの事件に繋がった、らしい。
 

 わたしは……実は昨日、蘭から、新一君と一線を超える気持ちが固まったという話を聞いて、昨夜そうなっただろうことは、知っていた。まあ、今朝の二人を目の当りにしたら、たとえ事前に知っていなくても、分かっただろうけど。
 昨日の蘭も、頬染めてとても可愛かったけど……今日の蘭はそれに輪をかけて可愛くて綺麗だ。

 新一君が、ずっとずっと、蘭に愛情を注ぎ、蘭を守って来たのだ。幼い頃、蘭のお母さんが家を出た時、蘭のその寂しさを慰めていたのは、新一君。蘭が危ない目に遭った時、いつもいつも、蘭を守ってきたのは、新一君。新一君不在の時にいつも蘭を守っていた小さなナイトも、結局、新一君だった。




 そして、卒業式。
 今日、蘭と新一君は、名実ともに、本当の夫婦になる。おめでとう。
 

 これからも、不埒な花盗人が現れるかもしれないけれど、新一君にはずっとずっと、蘭を守ってもらって、二人で幸せになって欲しい。



Fin.



<後書き> 
 春、リアルイベントに、うん年ぶりに参加しようと思い立ち、このお話を書き書きしていました。快青話が先にでき……でも、スペースは新蘭で取っている!だから新蘭の本を出さねばと、頑張っていたのですが……諸般の事情で、イベント参加を断念しました。ええもうすべては、あの小人さん(新型コロナウイルス感染症のこと)の所為です!
 先に書いた快青のお話は卒業、ま、花嫁さらいの王道話ですね。で、実は当初、新蘭の方も、卒業〜新蘭編〜を書こうかと思っていたのですが。蘭ちゃんが他の男と結婚式を挙げるという話にするには、その事情をでっちあげ……い、いえ、説明しなければなりませんが、そこの部分が思いつけなくて。で、断念しました。
 そこで、前にサイトに書いた「花盗人」のスピンオフを書いてみようかと思い立ちました。このたび、web新蘭オンリーが開かれるということで、改めて仕上げることとしました。
 花盗人では志保さん視点でしたが、こちらは幼いころから蘭ちゃんたちを見てきた園子ちゃん視点です。一応独立していますので単体で読めますが、前作も興味を持っていただけると嬉しいです。最初あの人を出す予定はなかったのですが、この場面では適任かなと思い、急遽ゲスト出演していただきました。
 私は新一君スキーを自認していますが、とにかく蘭ちゃんが好き過ぎておかしな新一君が大好物なので、カッコイイ新一君は、多分、いません。読んだ方が少しでもお楽しみいただければ幸いです。



2020年12月7日脱稿
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