明日は、晴れ



byドミ



「新一ぃ、練習終わったの?」
「ああ。蘭、そっちも終わったのか?」
「うん。じゃあ帰ろっか」

私・毛利蘭が中学校に上がってまだ間もない初夏の頃。
私は空手部に、幼馴染の工藤新一はサッカー部に、それぞれ所属していた。

私たちは小学校の頃に比べたらかなり遅い時刻に、けれど小学校の頃と同じく2人肩を並べて下校していた。

「よっ、工藤、毛利。相変わらず熱いね」

通りがかった小学校時代からのクラスメートがからかいの声を掛けて行った。
私はちょっと憤慨してブツブツと言った。

「んもう。どうして男と女が一緒に居ると、すぐそんな事に結び付けてしまうんだろう。男女にも友情ってあるよねぇ新一。・・・どうしたの新一。変な顔して」
「え?あ、いや・・・」

新一は私の方を何か言いた気な顔で見ていたが、ぷいと顔を逸らした。

「何でもねーよ・・・」
「???」

新一は最近声も変わり、少しだが肩幅が広がり、少しずつ逞しい感じになってきている。
今は私より背が低いけど、いずれ私を追い越していくだろう。
私の方は、一昨年初潮を迎え、少しずつ体が丸みを帯び始め、部活の時などは正直、胸に下着を着けてないと困るようになっていた。

2人とも、少しずつ子供から大人の体へと変化している。
けれどその頃の私はまだ、新一と私が「男と女」というカテゴリーに括られ、仲良くしていると「そういう目」で見られるのが、何だか嫌だった。

今から考えれば、新一への感情を異性に対する恋心だとまだ気付いていなかった私は、随分と幼かったのだ。

テニス部のエースで生徒会長でもある、美人で優しく文字通り才色兼備の内田麻美先輩が、いつの間にかサッカー部のマネージャーになっていた。
今から思えばその事も、もっと気にしてもよかったのに、全校生徒の憧れの的である麻美先輩が2歳も年下の新一に好意を抱いているなど夢にも思わない位に、私は何も知らない子供だったのだ。

「蘭の方は調子どうだ?」
「ん、悪くないよ。コーチの教え方も好きだし、毎日少しずつだけど上達してるって感じられて、張り合いあるよ。新一は?」
「ん〜、まあまあかな。サッカーは空手と違ってチーム戦だから、お互いの呼吸を飲み込むのが大変だけど」

日本の学校の部活では、どうしても実力よりも年功序列(?)が優先されがちだ。
新一が言うように、空手は個人競技だから実力差が一目瞭然だけど、サッカーはそうは行かない。
チームメイトの協力がなければ、実力を発揮する事だって出来ないのだ。

中学校の部活はかなり練習もハードなのだろうけど、幼い頃からスポーツに親しみ運動神経も悪くない私達にしてみれば、結構難なくこなせるものだった。
けれど中学1年生と言えば、特に男子は今からが成長期なので、上級生とは随分体格も違う。
新一は昔からサッカーをやっていて上手だとはわかっていたけど、それでも体格ハンデを乗り越えて1年生にしてレギュラー入りしそうな勢いだとは、流石に私は知らなかった。





「え?明日の練習試合の結果次第では、新一がレギュラー入りするかも知れないの!?」

ある土曜日、いつも通り一緒に下校中、新一がサラリと何でも無いかのように言った言葉に、私は絶句した。
明日、わが弟丹中学サッカー部は、杯戸中学サッカー部との練習試合が予定されている。
新一もその試合に出してもらい、活躍次第では1年生にしてレギュラー入り出来るとの事だった。

1年生の中でのレギュラー候補は勿論新一1人。
2、3年生でも、補欠のままの人が何人も居るのだ。

「でも新一、やっぱり3年生の先輩達には体格負けするでしょ?」
「あのなあ・・・相撲じゃねーんだからよ。ちゃんとかわす術も心得てるって」
「そういう問題なの?」
「スピードと体力なら負けてねえ自信あるし。ただ、問題は、実力を充分発揮できるかだな」

そう言って新一は空を振り仰いだ。

「降らなきゃ良いんだけどな・・・」

今日は夕焼けが見えない。
そう言えば天気予報でも、明日は崩れそうだと言っていた。

「でも新一、雨が降って思うように動けないのは相手も一緒でしょ?」
「そりゃそうなんだけどよ、実力をきちんと発揮しての結果じゃなかったら、悔いを残すかも知れねーだろ?」
「・・・・・・」

練習試合が行われる米花市のグラウンドは、芝も植えてないので雨でぬかるんだらコンディションは最悪だ。
けれど、野球と違ってサッカーは、悪天候でも試合中止にはならない。
私は真剣に明日は晴れて欲しいと願った。



  ☆☆☆



その夜私は、気休めは承知の上で照る照る坊主を作り、軒下にぶら下げた。

「あん?明日何かあるのか?」

お父さんが怪訝そうな顔をして訊いて来た。

「うん、ちょっとね、出掛けたいとこがあるから」

私は言葉を濁して答えた。
中学校に上がった頃から、お父さんは私が新一と一緒に出掛けたりするのに良い顔をしなくなっていたのだ。
その頃の私は、「お父さんも他の人と同じように、変な風に勘繰ってやだな」と思っていたのだけど、今にして思えば、お父さんが変わったのも無理なかったかなと思う。









そして次の日。

天気予報を覆して見事に晴れた。

私は園子を誘ってサッカー部の練習試合を見に行った。

「うわ・・・すごい!」

私は息を呑んで試合に見入っていた。
あまり興味が無さそうだった園子まで、食い入る様に試合を見ている。

「新一くん、やるじゃない!」

園子が感心したように言った。

新一が上級生を押し退けてレギュラー候補になったのがよく解る。
サッカーには素人の私でもすぐに気付く位に新一の動きは他の人と全然違う。
まるで羽根でも生えているかのように軽やかな動きで縦横無尽にグランドを走り回っている。
一瞬の状況判断が的確で、自分がシュートをするだけでなく、味方の動きに合わせて見事なパスを送っている。
杯戸高校の選手が2人新一に貼り付いたが、それも軽くかわしてしまう。
私は完全に新一の動きに魅せられてしまっていた。
そして気が付けば、帝丹中学チームメンバーも、新一へボールを送ろうとしている。
新一はいつの間にか、上級生ばかりの味方チームの信頼をも勝ち得ているようだった。
新一にはどこか人を惹き付けてしまう天性のカリスマがあるのらしい。

「きゃあ、やったあ!!」

新一の活躍が効いて、帝丹中学は杯戸中学に4−1で勝利した。
私は園子と抱き合って歓声を上げた。


練習試合後、新一はその実力を認められ、弱冠1年生にして帝丹中学サッカー部のレギュラーの座を勝ち取った。





その後、新一に取って大切な試合がある度に、私は照る照る坊主を軒下に吊るした。
照る照る坊主をぶら下げた日は、どんなに大雨の予報がある日でも、必ず晴れた。
でも、予報では晴れるとの事だった為吊るさなかった時は、逆に雨が降ったりもした。
私は密かに照る照る坊主の力を確信するようになったが、新一にその話をする事はなかった。









私が新一のために照る照る坊主を作ってから、4年の歳月が流れた。
高校2年生になった私は新一への恋心を自覚していたが、告白する事は出来ず、私達の関係は幼馴染のままだった。
新一は探偵になりサッカーを止め、今は「厄介な事件」とやらを追って長い間帰って来ない。
でも私は信じてる。
あなたはいつも私の傍に居るんだって。

新一の大事なサッカーの試合をいっつも晴れにしてくれた照る照る坊主。
けれど、新一が探偵に専念する為サッカー部を止めてからは、出番が無くなり、私の机の引き出しにひっそりと眠っていた。

今日私はそれを久々に引っ張り出した。
服部くんはコナンくんを連れて行きたがってた風だったけど、コナンくん自身は乗り気じゃないようだったし、たまには事件の事を忘れて小学校の子供達と遠足を楽しんだってバチは当たらないと思うのよ?

「新一の大事な試合をいつも晴れにしてくれた照る照る坊主」と説明したら、コナンくん、驚いた顔をしてたわね。
だって、新一にも照る照る坊主の件は話した事なかったんだものね。

「明日コナンくんが遠足に行けますように」と願いを込めて、私は新一のために作った大切な照る照る坊主を軒下に吊るした。
新一のため・・・だから、コナンくんのためにもきっと効く筈、そう確信していた。



なのに、今日は雨が降っていた。

「蘭ちゃんの願いが足らへんかったんのと違う?工藤くんの事とちごうたから」

和葉ちゃんの言葉に私は

「馬鹿ねえ、そんな事ないわよ」

と返しながら、胸の奥がツキンと痛むのを感じていた。



  ☆☆☆



その日は昼頃になって雨が止んだ。
結局、照る照る坊主は時間差で効いたらしい。
私の願いが足りなかったから・・・新一の事じゃないから・・・コナンくんは新一じゃないから・・・だから、効き目が足りなかったの?
コナンくんはやっぱり新一じゃないの?
新一よりコナンくんの存在の方が私の中で小さいから、私の願いの力が小さかったの?
もしそうだとしたら、私、すっごくコナンくんに申し訳ないじゃない。
色々な事を考えて私の頭の中はグルグルしていた。



結局その後放火事件やなにやで、その事を深く考える余裕もなかったけど、服部くんや和葉ちゃんが大阪に帰ってから、私はまたその事を考えていた。
あの時、和葉ちゃんと一緒にちょっとだけ盗み聞きしちゃったコナンくんと服部くんの会話を思い返せば、やっぱりコナンくんは新一じゃないかって思えるのに。

なのに何故、照る照る坊主は効かなかったんだろう。

「蘭姉ちゃん、どうしたの?」

私が照る照る坊主を手にしてぼんやりと座っていると、コナンくんが心配そうに声を掛けてきた。

「コナンくん、ごめんね・・・」
「蘭姉ちゃん?」
「私の願いが足りなかったから、コナンくん遠足に行けなかったんだよね・・・私・・・真剣に祈ってなかったんだよね・・・」

コナンくんは、強い眼差しで私を見据えて言った。

「それは違うよ、蘭姉ちゃんのせいじゃない。新一兄ちゃん、サッカーの試合ではいっつも晴れて欲しいって真剣に祈ってたと思う。それが蘭姉ちゃんの願いと合わさって1つになったから、効き目が強かったんだよ。でも僕、実はあんまり遠足に行きたくなかったんだ。雨降ったって別にいいやって思ってたんだ。僕がお願いしなかったから、だから力が足りなかったんだよ。蘭姉ちゃんのせいなんかじゃないからね」

そう言ってコナンくんは本当に子供のような笑顔で私を見た。

「ら、蘭姉ちゃん、泣かないで!」

コナンくんが慌てふためいた声で言った。

「ごめん、コナンくん。これは、嬉し涙だからね」

コナンくんのさり気ない優しさが嬉しかった。そして私は、やっぱりコナンくんは新一なんだという確信を新たにしたのだった。









「蘭姉ちゃん、朝から照る照る坊主を吊るしてどうしたの?明日何かあるの?」

コナンくんが、登校前に軒下に照る照る坊主を吊るした私に目敏く気付いて声を掛けて来た。

「明日じゃないよ、今夜のため」
「もしかして蘭姉ちゃん、毎年この日は照る照る坊主ぶら下げてたの?」
「ううん。今年初めてよ。去年までは、織姫達の事、他人事のように思ってたから」

そう、今日は七夕の日。
私は新一のために作った照る照る坊主を、今日初めて空の星達の為に吊るした。

「1年に1度しか会えないのに、雨が降って会えなくなるなんて可哀想だもんね」

コナンくんの瞳が、ふと揺らいだような気がした。
けれどそれは、すぐに眼鏡の奥に隠されてしまい、次に顔を上げた時にはコナンくんはいつもの顔だった。

「旧暦の七夕なら、雨はあまり降らないのに。新暦の七夕は梅雨の真っ最中だから雨になる事が多いんだよね。だから、月遅れの8月7日に七夕祭りをやる地域もあるって聞くよ」

コナンくんはいつものようにうんちくを垂れる。
まるで新一みたいに。
小学1年生の子供の振りを続ける心算なら、黙っておけば良いのにと思って私は苦笑した。

「そうね、コナンくん。こういうのはどう?旧暦から新暦に変わった事で、七夕は年に2回に増えて、だから織姫たちは運が良ければ年に2回会えるってのは?」
「そうだね、それも良いけど・・・」

コナンくんは顔を上げ真っ直ぐに私を見詰めて言った。

「僕だったら、僕が彦星だったら、次に会った時にはもう絶対に織姫を放さない。たとえ天帝に怒られたって、ずっとずっと織姫の傍に居る」

どう受け取ったら良いのだろう。
そんな事を言われると、私は期待してしまいそうになる。
でも、コナンくんは、私が「気付いてる」なんて夢にも思っていないから、そんな風に言えるのかも知れない。

「そ、そう。コナンくんが彦星だったら織姫も幸せね」

私は、やっとの事でそれだけを返した。



  ☆☆☆



その夜、新一から電話があった。

『よお、蘭』

機械越しに聞こえるあなたの声。
そんなに久し振りという訳でもないのに、私は泣きそうになる。

「新一。今夜、そっちでは星が見える?」
『星?ああ、梅雨空には珍しく晴れてるな。けど、町の灯りとスモッグで星は殆ど見えねーけどな。そっちは?』
「うん、晴れてるよ。こっちも星は殆ど見えないけど」
『そっか・・・でも、晴れてるから間違いなく牽牛と織女は出会えただろうな』

新一の思い掛けない言葉を聞いて、私は頬が火照るのを感じた。
それを誤魔化すように、ことさら強い口調で返す。

「新一ったら、何柄にもない事言ってんのよ?」
『バーロ。おめーが気にしてそうだから気ぃ利かせただけだろうが。大体、ベガもアルタイルも何光年も離れた先にある恒星同志だぜ。出会ったら大変だっつーの。天の川だって星が密集して川のような感じに見えるだけだし』
「もう、新一ったら!ロマンがないわね!」
『探偵にロマンは要らねえ』
「ふ〜ん、そうお?でも、新一の尊敬するホームズは、『無関係で不必要な知識だから』って、天文はからきしだったんじゃないの?地球が太陽の周りを回ってようが月の周りを回ってようが関係ないって感じだったでしょ。新一みたいに『ベガはアルタイルは』ってうん蓄たれなかった筈だよね」
『おめーな・・・、おめーこそ妙な事ばかり良く知ってんな』
「だってホームズの事は新一から散々、耳タコになる位聞かされ続けたんだもの、詳しくもなるわよ」

憎まれ口を叩き合いながら、私の心はほんのりと温かくなっていた。
新一が今夜電話を掛けて来てくれたそのさり気ない気遣いがとても嬉しい。
今、新一と私は間違いなく同じ空を見上げてるんだね。









そして更に月日が流れた。

コナンくんが、お母さんである江戸川文代さんに連れられて毛利家を去ってから、1ヶ月が経った。

新一からもコナンくんからも、連絡はない。
でも私は、信じて待っている。
必ず戻って来るって約束があったから。


『蘭。全て終わった。事件は解決したよ。明日、帰って来っから』
「新一・・・」

久し振りに電話で聞く新一の声に、私は涙が止まらなかった。

『明日、阿笠博士に頼んで鍵開けて、俺んちで待っててくれねーか?』
「新一。いいの?私、あの家で待ってて良いの?」
『蘭。話したい事があるんだ。今度こそ俺自身の口で、おめーに告げたい事があんだよ』
「わかった。待ってるから。気を付けて帰って来てね、新一」

天気予報では、明日は雨だった。
でも、明日は晴れる、きっと晴れる。

私は願いを込めて照る照る坊主を軒先に吊るした。
新一が疲れた体で帰って来る時、雨に打たれなくて良いように。
何ものにも邪魔されず真っ直ぐ家に帰り着けるように。


そして私は、あなたを出迎えて真っ先に言うの。

「お帰りなさい」

って。





Fin.







後書き

ここ最近のサンデー本誌とテレビアニメを見ていて、ふと気になった照る照る坊主の事で突発的に思い付いた小話を、エースヘブンのBBSに書き込みました。

せっかくだからそれをきちんと小説として残そうと思い、ちょっと手直しだけしてアップしてもらうつもりだったのですが・・・最初に照る照る坊主が作られた時はどんなだったんだろうとか想像したり、少し遅れてしまいましたが七夕ネタを織り込んだりしている内に、あら不思議、数倍の分量になってしまいました。
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