春はもう少し先(2)



byドミ



―― side蘭 ――



高校1年生の2月14日。

蘭は、生まれて初めて、「本命チョコ」を渡した。
幼馴染の工藤新一に。

ただし、本音はどうしても言えなくて、でも、義理と言い切るのも心が痛んで、「友チョコ」と言って渡したのだった。


中学1年から3年までは、本当に心から「義理」と思ってチョコを渡していた。
そして新一はいつも、3月14日にはお返しにクッキーを寄越した。

女子たちの会話の中で、クッキーには「あなたとは友達」という意味があるということを知った。

新一は妙に物知りだから、ちゃんと意味が分かってクッキーをくれていたのだろうか。
それとも、深く考えずに、クッキーにしただけなのだろうか。


今年、新一は何をお返しにくれるだろうか。
本命チョコをあげた今年、蘭はホワイトデーまでの1か月間、ずっと、ドキドキそわそわしていた。


   ☆☆☆


しかし、何ということか。
3月14日、新一は事件解決のために警察に呼ばれ、何と、朝から学校に来ていなかったのだ。
そして放課後になっても、新一は学校に戻ってこなかった。

部活が終わり、夕飯準備の買い物をして家に帰ると、父親は「麻雀のメンツが足りないって呼ばれたから」と、いそいそと出かけてしまった。

今から自分の分だけご飯を作って食べるなんて、味気ない。
蘭は、買い物袋を持つと、工藤邸に向かった。

事件を解決して帰ってきた新一は、お腹を空かしているだろう。
で、適当に家にある物でお腹を満たすに決まっているのだ。

「そういえば、ここ最近忙しくて、新一にご飯作ってあげてなかったな……」

新一のご飯づくりは、蘭の義務でも何でもないが、蘭には妙に使命感みたいなものがある。
新一に恋しているから……ではなく、まだ恋心を自覚するよりずっと前から、有希子に「新ちゃんのこと、お願いね」と言われて、蘭は自分が新一のご飯係であるかのような錯覚をしていた。

工藤邸に着くと、新一はまだ帰っていなかった。
蘭は仕方なく、門の前に立って待った。

彼岸が近付き長くなった日もスッカリ暮れたころ、ようやく新一が帰ってきた。

「蘭……?」
「遅いよ、新一!」
「……オメー、部活があったんじゃねえのか?」
「終わったに決まってるでしょ。何時だと思ってるのよ!」
「そ、そっか……なんか、約束あったっけ?」
「そ、それは……!」

確かに、約束などしていない。
蘭が新一を咎める筋合いなど、ないのだ。

「え、えっと……今日、お父さん泊りがけで仕事だし、新一は警察に呼ばれたからご飯準備する時間ないんじゃないかなあって……」
「……寒かったろ。入れよ」

三月半ば、昼はまずまず暖かくなるが、朝晩は冷える。
蘭は、新一が機嫌を悪くしたわけではないと思って、ホッとした。

新一は手伝おうとしたようだが、ハッキリ言って邪魔だった。
その内新一は諦め、蘭はほぼ一人でご飯を作った。

出来上がった後、二人でご飯を食べる。

何となく、お互いに言葉少なになってしまった。

ご飯の後、新一がコーヒーを淹れた。
ご飯づくりは得意でない新一だが、新一が淹れるコーヒーは美味しい。
お茶請けが無いのが勿体ないと思ってしまった蘭は、
「デザート、買ってくれば良かったな」
と言った。他意はなかったのだが……。

新一が思い出したように、鞄の中から小さな包みを取り出してテーブルの上に置いた。

「ほらよ」
「えっ?」
「友チョコのお返し」

やっぱり新一は、お返しを準備していてくれた。
それだけで、泣きそうなほどに嬉しかった。

「開けて良い?」
「どうぞ」

蘭が包みを開くと、中から出てきたのは……。

「マカロン?」
「ん」

赤い色の、イチゴ味のマカロン。
蘭の好きな色、好きな味。

新一がちゃんと考えてくれたことが、とても嬉しかった。
震えるほどに嬉しかった。

新一も、柔らかい笑顔を見せてくれた。
滅多に見られない新一のその表情にも、見惚れる。

「せっかくだから、新一も一緒に食べよう?」
「へっ!?だ、だけど、それ、オメーにやったもんだし」
「でも、3個入っているから、ひとりだけで食べるの勿体ないもん。今日、二人で一つずつ食べて、一つは持って帰るから」

蘭に言われて、新一は一つ口にした。
蘭も一つ口に入れる。
甘酸っぱい美味しさが口の中に広がり、蘭は泣きたいような気持になった。


ホワイトデーにマカロンを贈るのは、「特別な人・大切な人」というメッセージになる。
けれどそれは、友人相手でも成り立つ言葉。
とはいえ、昨年までのクッキーからは確実に進化したお返しだと、蘭は思った。


『願わくば……来年は、きちんと本命としてチョコを贈って、新一からも恋人としてのお返しをもらえますように』

蘭の願いは、半分だけ叶うことを、今の蘭は知らない。


お互いに深く想い合っているのにお互いの気持ちを知らない二人の春は……まだもう少し先だった。



Fin.





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