初日の出



byドミ



「明けましておめでとう、蘭」
「明けましておめでとう、新一」

米花神社の前で、新一と蘭は、新年の挨拶を交わした。


工藤新一と毛利蘭は、今年、高校を卒業する。
2人とも、大学受験を控えているけれど、「恋人として付き合い始めてから、初めて迎えるクリスマス&お正月」は、やはり2人で過ごし、思い出に残るものにしたいと思っていた。

クリスマスは、蘭が工藤邸に訪れ、蘭手製のケーキと御馳走でささやかな宴を行った。

そして、正月は。
近所の米花神社に初詣をする為に、大晦日、除夜の鐘を聞きながら、新一が蘭を迎えに行き。
ここ、米花神社の前で、新年を迎えた。

小ぢんまりとして、普段は人気のない神社だが、さすがに新年を迎えたこの夜は、それなりの賑わいを見せている。

新一は、蘭の手を取り、階段を登って行った。

それぞれに、神様に何を祈ったのか。
それは、それぞれの秘密のままにして置こう。


「蘭。これ、根付だから、ストラップ代りに携帯につけられるぜ」

どのお守りを選ぼうかと迷う蘭に、新一が指し示す。

「そうね・・・これなんか、綺麗・・・」

何で女は、お守りを選ぶにも、綺麗とか可愛いとかが、基準になるのだろうと、新一は内心思ったが。
賢明にも、それは口に出さないで置く。

「あ!新一、これ見て!可愛い!」

蘭が指さしたのは、肉球をかたどったお守りだった。
説明書きを読むと、「ペット用のお守り」とある。

「これは、ゴロに」

蘭が嬉々としてペットお守りを頼むのを、新一は少し複雑な気持ちで見ていた。
蘭の両親・小五郎と英理は、つかず離れずの距離を保ち、最近はまあまあ仲良くやっているものの、いまだ別居中である。

英理の愛猫は、いつも、ゴロと名付けられている。
今は、2歳に満たぬ若いロシアンブルーが、英理のゴロだった。


「・・・おばさん、早く戻って来るといいな」
「うん、そうね。でも・・・」
「でも?」
「ううん、何でもない」

振り向いた蘭は綺麗な笑顔で。
新一はドキリとしながら、蘭の言い淀んだ言葉の意味を考えたけれども。
結局、分からないままだった。


「・・・じゃあ、蘭。また、4時半に迎えに来っからよ」

新一は、初日の出を見に行こうと、蘭を誘っていた。
TR東海道線に乗って、小田原市の根府川駅まで行く予定である。

千葉の犬吠埼も考えたが、駅から遠い事から断念したのであった。

蘭は、目を丸く見開いて、さらりと言った。

「あら。それも大変じゃない?新一の家で仮眠させてよ」
「へっ!?」

新一が度肝を抜かれたのも、無理はない。
2人は、恋人同士になってはいても、いまだ深い仲にはなっていなかったのだから。

「オレは、良いけど。おっちゃんは?」
「そっちは、大丈夫だから」

そう言って、蘭は微笑む。
何が大丈夫なのかは分からないけれど、蘭がアッサリとそう答えたから、新一としては否という選択はない。


工藤邸に帰り着くと、蘭がコーヒーを淹れてくれた。
いつもはブラックで飲むのだが、今日はクリームと砂糖を少し入れる。
冷えた体には、ありがたかった。


新一は、時計を見る。
今の時刻は、午前1時。

3時間ほど、仮眠は出来るけれど。


『蘭がここに来たって事は、OKサインと取って良いのか?いや、蘭の事だから、本当に単純に、出かけるまでの負担がないようにと考えただけかも』

「なあ、蘭」
「なあに、新一?」

新一の呼びかけに答えた蘭の目が、心なしか潤んで、頬が紅潮しているようにも見えた。
新一が更に、言葉を出そうとした時。


突然、呼び鈴が鳴った。
新一も蘭も固まり、顔を見合わせる。


「誰だ、今頃!」
「新一、出なくていいの?」

動こうとしない新一に、蘭が声をかけた。

「こんな真夜中にアポもなしに訪ねて来るヤツに、扉を開いてやる義理はねえ!」
「で、でも、もしかしたらご両親が・・・」
「はあ?親父達だったら、わざわざ呼び鈴鳴らさなくても、鍵持ってるし」
「でも、この前みたいに、小母様が小父様と喧嘩して、鍵も持たずにって事も・・・」

新一は、内心で溜息をつきながら立ち上がった。
インターホンのスイッチを押す。


「はい?」
『オレやオレ。工藤、開けてんか?』

よく聞き知った大阪の友人の声に、新一は脱力した。


『寒うて敵わんわ、早よ入れてんか?』
「帰れ」

新一は冷たく言い放つ。

「し、新一?」
『殺生なやっちゃなー、工藤、オレらに凍え死ね言うんか?』
「今日は初詣終夜運転の列車が沢山あっから、凍える心配はねえだろ!って、ん?オレら?複数形って事は、まさか・・・」
『工藤君、夜中押し掛けて、堪忍な』

インターホンから、女性の声が聞こえ。
新一は、困った目で蘭の方を見た。
蘭が頷く。

元旦の早朝は、終夜運転の電車がある事は本当だけれども。
さすがに、女性の和葉をこの寒空に放り出す事は、憚られた。

新一は玄関まで行き、鍵を開けた。


「工藤、明けましておめでとさん〜」

新一は、抱きつかんばかりの平次からひょいと避けた。

「和葉ちゃん、いらっしゃい。明けましておめでとう」

敢えて、和葉にだけ笑顔を見せて、声をかける。
但し、決して手は貸さない。
そういう部分は、分かっているのか、単なる朴念仁なのか、判別つけ難いところだ。

平次と和葉が玄関に入ったところで、新一は扉を閉めた。
2人をリビングに誘導すると、蘭はいなかった。
おそらく、冷え切っているだろう2人の為に、キッチンでお茶の準備をしているのだろう。
ソファーに座った平次が、神妙な顔で、声をかけて来た。

「工藤」
「何だよ、服部」
「すまんの、姉ちゃんと2人の夜を邪魔してもうて」

新一は、頬に血が上り、慌てて口元を手で覆う。
さすがの平次も、新一が蘭と2人で過ごしているところを邪魔しに入る気は、なかったものらしい。
けれど、それをわざわざ口に出すあたりが、この男のデリカシーのなさだと、新一は溜息をつきたくなった。

平次の事は高く買ってもいるし、充分に友情も感じているけれど。
こういう間の悪いところが、困ったものだと思ってしまう。

平次も探偵であるから、新一が平次を入れるのを渋った点や、玄関から入った時目についただろう蘭の靴などから、蘭と2人で家にいる事など、簡単に推測出来ただろうし、新一も今更それについてどうこう言う気はない。


「工藤君。ホンマ、堪忍な」
「和葉ちゃんが謝る事じゃないよ」

すまなそうに言う和葉に、新一は苦笑して見せる。

「で?オメーらも今年受験だろ?一体、何しに来たんだよ?」

新一がそう切り出したところへ、蘭が2人分のコーヒーをトレイに入れて持って来た。
冷え切っただろう2人の為に、甘くしたカフェオレで。
普段はブラック派の平次も、文句も言わず口をつけた。

「元はと言えば、アタシの所為なんや」

和葉が、妙に恐縮した様子で言った。
新一と蘭は、不思議そうに和葉を見やった。

「ゲン担ぎに、今年は、初日の出ぇ見てみたい、言うたんや。平次が、『おう。なら連れてったるわ』って、言うてくれたんやけど」
「・・・ああ。成程。今年は、全国的に天気が悪くて、初日の出が見られるのは、南関東と東海地方の一部だけ、って事だったからな」

新一が、合点が行ったと言うように、頷いた。

「せ、せやから、アタシは、もうええ、言うたんやけど・・・平次が・・・」
「オレんとこに行って、一緒に日の出見に行こうと、服部が言ったんだな?」
「せや。アタシはさすがに、そこまで迷惑かけられへん、言うたんやけど・・・」
「別に、迷惑って事はねえさ。けど、せめてもうちょっと早く連絡くれてたらな」

新一が、溜息交じりにそう言った。

「せやなあ、さすがに、受験を控えたこの日、工藤が姉ちゃん連れ込んでるとは、想像してへんかったからなあ」

平次がしれしれと言った。

「連れ込んでるとは何だよ、人聞きの悪い!蘭はただ・・・新年を迎えるのと同時に、初詣に一緒に行ったから!一緒に初日の出を見に行くまでの間に、うちで仮眠を取る為に来ただけで!やましい事なんて何もねえよ!」

図星をつかれた新一は、妙に力説してしまった。

「でも、服部君、和葉ちゃん、ちょうど良かったわ。新一が、ちょうど良いスポットを探してくれたから。一緒に行きましょ」

蘭が、ほんのり微笑んで、そう言った。
きっと、ドギマギして、あれこれ考えてしまっていたのは、自分だけなんだろうなと、新一は内心で、今夜何度目かになる深い溜息をついたのだった。


「明日・・・と言うか、今日か。4時起きだからな。4時半には、米花駅に着かなきゃなんねえからよ」

新一がそう言い渡して、男女に別れて部屋に入る。

「男2人で、ひとつベッドなんか?きしょ〜」
「オメーな。だったらリビングのソファーで寝ろ。あいにくオレは、オメーにベッドを明け渡してやれるほど優しくはねえからよ」

新一と平次が、軽口をたたき合いながら、新一の部屋に入る。
蘭と和葉は、蘭が昔から何度も泊まった事のある客間へと向かった。


   ☆☆☆


新一は、何となくムシャクシャして、少しでも眠らなければと思うものの、目が冴えてしまい寝付けなかった。
一応は隣に遠慮しながら、寝返りをうつ。

すると、声がかかった。

「なあ、工藤」
「ん?服部、少しでも眠っておけよ。後が辛いぞ」
「お前、姉ちゃんとはまだ、深い仲になってへんのか?」
「オメーには関係ねえだろ!」

新一は、ついつい、声を荒げてしまった。
平次は、それに堪えた様子もなく、言葉を続ける。

「お前はオレとおんなじや。女に関しては、淡白な方やろ?」
「は・・・?何を言って・・・」
「普段、クラスメートと話合わせとるけど。あいつらのような、とにかく誰でもええから女とやってみたい、そないな事は、あらへんやろ?」
「・・・は?あ、ああ・・・まあな・・・」
「けど・・・そないな衝動があらへん訳や、ない」
「・・・・・・」

今度は新一にも、平次が何を言わんとしているか、分かるような気がした。

「和葉ちゃんと、何かあったのか?」
「あいつは・・・最近、オレんとこで勉強するんが習慣なんやけど」
「ああ。それで?」
「つい最近の事や。オレが帰宅すると、あいつはオレの部屋の、オレのベッドの上で、そらもう、平和な顔ぉして、グッスリやったんや!」
「・・・それは、きついな・・・」
「せやろ!家ん中におかんがおって、2人切りいうこっちゃあらへんけど。せやなかったら、オレは何しとったか、分からへん」

新一は、蘭が自分のベッドで眠りこけている姿を想像してみた。
と言うか、最近、実際に平次と全く同じ体験をしてしまったのだ。
その状態で耐える為には、それこそ、理性を総動員させなければならなかった。

「・・・あいつが、ご来光拝みたい言うた時、気軽に引き受けたんやけど。今回は関東と東海の一部でしか見られへんいう事やったし、やったら工藤達と合流するんもええな、思うて、調べてみたんや。ちょうどええ列車があってんやけど、それは、サンライズエクスプレスいう、個室寝台車やってん」

ああ。
だから平次は、無理やりにでも新幹線で家まで来たのかと、新一は得心した。

蘭と2人切りになれなかった事で、正直なところ、平次を恨む気持ちがあったけれど。
今は、水を差して貰って良かったのかもしれないと、新一は考えた。

狂うほどに、蘭が欲しいと思う瞬間がある。
けれど。

「そうだな。ようやく、ここまで来たんだ。先は長いんだし、焦る事、ねえよな」

若さゆえの一時的な衝動で、何ものにも代え難い愛しい女性との未来に、暗雲を招く訳には行かない。
もうすぐ卒業するとは言え、自分達はまだ高校生の半人前だ。

ようやく、気持ちが晴れて来た新一は、いつの間にか眠りに落ちていた。


   ☆☆☆


「蘭ちゃん。ホンマ、堪忍な」

客室に入って着替えた和葉が、泣きそうな声で言った。

「和葉ちゃん?一体どうしたの?謝る事なんて、何にもないじゃない」
「せやけど・・・蘭ちゃん、ホンマやったら今夜、工藤君との時間を過ごす筈やってんやろ?」

和葉が、蘭の寝巻を指さして、言った。
蘭は、普段パジャマなのに。
今夜は、フリルの多いネグリジェを身につけていたのだ。

蘭は、ちょっと困った顔をして、言った。

「もしかして、流れでそういう事になっても良いかなって、それは考えてたけど。でも、そういう予定だったって訳じゃ、ないのよ」
「蘭ちゃん・・・あの。アタシな。自信、ないねん」
「自信って、何の?試験の?」

突然、話を逸らしたかのような和葉に、蘭は小首を傾げて聞き返した。
和葉は首を横に振って、泣き笑いの表情をする。

「ちゃう。入試は・・・そらまあ、不安がない言うたら、ウソになるけど。アタシが不安なんは、平次との事や」
「服部君との事?」
「平次から、告白された時は、ホンマに夢のようや、思うた。子供ん頃からの夢が叶うたんやし。けど、高校卒業したら、今迄のように2人いつも一緒という訳には、行かへんやろ?」
「・・・そうだね・・・」
「世界が広がって、出会いも仰山あって、色んな事があるやろうし、期待も大きいねん。けど、世界が広がったら、平次はアタシの手の届かへんとこに、行ってまうような気がして、たまらなくなってまうねん」

蘭は、大きく頷いた。

「うん、分かるよ、和葉ちゃん。わたしも、そうだもん」
「蘭ちゃんも?」
「・・・だから。確かな絆が欲しいって。ひとつになりたいって・・・そう思うんでしょ?」

和葉は、目を見開き、大きく頷いた。

「うん。そら、怖いし、不安やし。別にそういう事したい言うんや、あらへんのやけど。初めての相手は、平次以外絶対嫌や思うし、求めて欲しい言うか、繋がりが欲しい言うか・・・」
「うん。そうだね。だから、精一杯知恵を絞って・・・寝姿は男の人をその気にさせるって聞いたから、新一のベッドで寝た振りして待ってみたりしたんだけど」
「へ!?ら、蘭ちゃん?」

和葉が目を見開き、顔を赤くして蘭を見た。
蘭は、苦笑いして続ける。

「わたしってば、新一を待ってる間に、本当に眠っちゃって。目が覚めたら、新一が目覚まし用のコーヒーを持って現れて、かなり呆れられちゃったの」

そう言って、蘭は舌を出した。

「蘭ちゃん!実は、アタシも!」
「えっ!?和葉ちゃんも!?」
「殆ど一緒や。違うたんは、平次が持って来たんが静華オバチャンの淹れてくれたお茶やった、って事だけや」
「そうだったの・・・」
「今回の日の出も、そら、ゲン担ぎしたかったんはホンマやけど、担ぎたい相手は入試やのうて、平次の事やったし。2人で夜を過ごしたら、チャンスもあるかもしれへん、思うたんやけど」
「なーんだ、そっかあ。もしかして、夜を一緒に過ごしたら迫ってくれるかも、って期待したの、わたしだけじゃなかったのね」

蘭と和葉は、目を輝かせて、手を取り合った。
そして、ふっと微笑む。

「でも、何かさあ。新一って、浮気してる様子はないし、多分そういう事にあんまり興味がないだけなのかな、って思うのよね」
「せやなあ。平次もそないかもしれへん。お互い、推理ドアホウの彼氏やから、女には興味なさそうやしな。恋人にして貰うただけ、御の字なんかもしれへんね」

蘭と和葉は、思わず噴き出して、ひとしきり笑い合った。

「うん。あのね、和葉ちゃん。新一も服部君も、世界が広がっても、心配要らないような気がする。だって、あんな推理馬鹿、彼女が務まるのは、わたしら位だって、思わない?」
「ホンマや。そないな簡単な事も分からへんなんて、焦ってしもうとったんやな」
「そうね。高校卒業したら、新一が遠くに行っちゃうような気がして、焦ってたけど。まだ、これから、なんだよね」
「せやせや。ゆるりと行こ」

お互い、幼馴染の探偵を彼氏に持つ、似たような境遇の2人であるが。
今夜は、いつもより更に、同士愛を感じてしまったのだった。


   ☆☆☆


そして、4時。
皆、キチンと起きだして、工藤邸のリビングへと集まる。

蘭は先に起きて、おにぎりと、水筒に入れた熱いお茶を準備していた。

「蘭、オメー、ちゃんと寝たのか?」
「うん、少しはね。心配しないで。電車の中で休むし、それに、日の出を見て帰って来たら、後は寝るだけでしょ?」

そう言って、蘭は微笑んだ。

4人連れ立って、表に出る。
夜中より更に冷え込み、霜が降りていた。

「さむ・・・」
「晴れた朝は、冷え込む。その分、日の出が綺麗に見えると思うけどな」
「お!月がだいぶん高うなっとるで」

平次の言葉に、皆、一様に空を仰いだ。
雲一つない空に、半月が白く光っている。

「ああ。今夜は下弦の月だから・・・日の出頃、中天にかかるだろう」

一行は、駅に向けて歩き出した。
大晦日から元旦にかけての東都環状線は、終夜運転である。
米花駅には、初詣や初日の出を見に出かけるだろう人が、集まっていた。

品川で、東海道線に乗り換える為に、下車する。

「ちょっと贅沢だけどな。休日は、いつもより安いから」

新一は、あらかじめ米花駅で4人分購入していたグリーン券を、それぞれに渡した。
熱海行の普通電車が到着した。
4人はグリーン車に乗り込んで、座席の一部をくるりと回転させ、ボックス席にする。
変わって行く空の姿が見えるように、進行方向に向かって左側に席を取った。

「結構、混んどんのやな」
「ああ。だから、グリーン席にしたんだよ」

おにぎりを食べ、温かいお茶を飲み。
最初は、はしゃいでお喋りをしていた蘭と和葉だったが、暖房が効いた車内で、いつしかウトウトと眠りに落ちて行く。
新一と平次は、それぞれに優しい眼差しで愛しい彼女を見つめ、抱き寄せ。
そして彼らもそれぞれに、眠りに落ちて行った。


新一がふっと、目を覚ますと。
窓外に見える空は、下の方がかなり明るくなっていた。

ビルの合間から、時折海がのぞく。

「今、何時やろ?」
「6時15分。・・・小田原に21分到着で、すぐ反対ホームの列車に乗り換えだから、そろそろ、準備をしねえと」

2人は、蘭と和葉を揺り起こす。

小田原では、降りる客の多くが、ダッシュで反対ホームの列車に向かっていた。
5両編成の短い車両は、すぐに満杯になる。

「目的地まですぐだから。その位は、立って行こう」

新一の言葉に、一同は頷く。
乗り換えの列車に乗り込むと、ほどなく出発した。

一同は、窓から外を見る。

「わあ。もう随分明るいね」

かなり白んで来た東の空には、ひときわ明るい星がまだ消えずに輝いていた。

「何やろ、あん明るい星」
「たぶん、金星だな。明けの明星」


ほどなく、列車は目的地の根府川に到着した。
ここは、駅のすぐ傍に、海が迫っている。

「さあ、こっちだ」

新一が、到着ホームの後方に案内する。
ホーム脇にはフェンスが張ってあるのだが、そのフェンスが低く、日の出のビューポイントになっている部分があるのだ。
目の前にある崖の下には、道路が走っているのが見え。
道路脇に立って、日の出見物をしているらしい人影も見えた。


既に結構な人が人がいた上に、今の列車から降りた人達の殆どが、やはり初日の出見物目当てで、その場所に押し寄せる。

「一列に並んで下さい!後方に、列車が来ます。危険ですから、一列になってご覧下さい!」

無人駅で、改札には人がいないのに、今日は初日の出見物客の整理の為に、数人の係員がいた。
新一と平次は、蘭と和葉を挟むようにして、フェンスにはりつく。

もう、日の出が近い事が、誰の目にも明らかで。
空の色は、刻々と変わって行く。

「何か、水平線に雲がかかってるね」
「ああ、本当に雲一つない日の出って、滅多に見られるもんじゃねえよな。けど多分、今年はマシな方だぜ?」
「そうなん?アタシ、水平線から顔を出す太陽っちゅうのんを、いっぺん見てみたい思うとったんやけど」
「アホ。海からの日の出見られるっちゅうだけでも、感謝せえ」
「オレも、まだ見た事はねえけど。雲一つない日の出だと、太陽が顔を出した途端に、水平線に光の線が走るらしいぜ。アニメのオープニングみてえによ」
「・・・いつか、見れる日が来るんやろうか」
「毎年、ここに来れば、いつかは見られるんじゃない?」
「これからも毎年、元旦に4人でここに来んのか?そいつは、勘弁して欲しいぜ」
「新一、どうしてよ!」
「まあまあ、そもそも、初日の出ぇに拘らんかったら、話が簡単ちゃうか?」
「それはそうだろうけど、初日の出じゃなかったら、ありがたみがないもん」
「せやせや、平次のいけず!」
「何やとお?」
「まあまあ。ホント、同じ日の出なのに、何で元旦だけ特別な気分になっちまうんだろうな」

会話している内に、背後に列車が来て止まった。

「元旦特別仕様のお座敷列車だよ」

列車の窓越しに、乗客達が窓に寄って日の出見物をしているのが見える。

「へえ、ここで、列車の中から初日の出ぇを拝めるいうこっちゃな。温そうでええなあ」
「平次、何年寄りくさい事言うてんの?」
「でも、寒いのは事実だよね」
「こんな時でも、ミニスカートで来るからだよ」
「何ですって?」
「そろそろだぜ。ほら、雲の端っこが、金色になった」
「あ、ホントだ!」

見物人の中から、ざわめきが起こる。
雲の後ろの空に、後光のように光が広がって行く。

「6時50分。水平線からは、太陽が頭を出している時刻だ」

雲に遮られている分、まだ太陽は姿を現さない。

背後のお座敷列車が動き始めた。
肝心の日の出はまだなのに、時刻を過ぎているから出発という事らしい。

「温いのはええけど、杓子定規に出発されたんやったら、たまらへんな」
「今後、もし機会があっても、お座敷列車は、パスだな」


待つ事、ほんの3、4分であろうけれど。
ずいぶん長く感じた時間の果てに。

どよめきが起こった。

「あ!出た!」
「綺麗!」

雲から姿を現した太陽の、眩い光の矢に、目を細める。
あちこちで、シャッターを切る音が響いた。
デジカメや、携帯電話で、それぞれに撮影を行っているのだ。


「新一・・・ありがとう・・・」

蘭が、素直な感想を口にした。
新一が、グッと蘭の手を握りしめる。
蘭が、新一の方を見ると、新一は日の出を見詰めながら、真剣な顔をしていた。

「新一?」
「蘭。今年は高校卒業だし、色々な事が、変わってくと、思うけどよ」
「うん?」
「オレは・・・この先もぜってー、オメーの手を離す気は、ねえから」

蘭は、目を見開いた。
新一が、蘭の抱えている不安に気付いていたとは、思えないけれど。
それに呼応するかのような決意を、口にしてくれた事が、嬉しかった。

否、新一も、蘭と同じような不安を抱えていたのかもしれない。
そして、決意を新たにする為に、初日の出を見に、連れて来てくれたのだろうと思えた。

「うん。新一、わたしも。新一の手を離す気、ないから」

蘭がきゅっと新一の手を握り返すと、新一も手に力を込めた。



「和葉。こないなええ日の出を見せたんやから、試験に落ちたら承知せえへんで?」
「分かっとるがな、アホ!平次も、いくら優秀言うたかて、油断しとると、どないなるか分からへんで?」
「言うたな?ほな、帰ったらテストや。そない軽口叩けるんやったら、余裕やろ」
「へ、平次!」


相変わらずの平次と和葉のやり取りに、新一と蘭は苦笑する。

「蘭。そろそろ、上り列車が来る。服部、オメー達はどうすんだ?」
「オレ達は、このまま熱海まで行って、新幹線に乗り換えや」
「そっか。じゃあ、ここで。またな」
「蘭ちゃん、工藤君、おおきに。ほな」
「和葉ちゃん、お互い頑張ろうね。それじゃ」


上り列車も、下り列車も、間もなくやって来る。
ふた組の恋人は、慌しく別れを告げ、新一と蘭は階段を登って、上り線のホームへと移動した。
多分、平次や和葉と再会するのは、入試がひと段落した後の事だろうと、思いながら。



登り始めた太陽は、世界をすっかり明るく塗り替えてしまい、中天に懸かっている下弦の月は光を失い、明けの明星もいつの間にか姿が見えなくなっていた。

その、眩い光の中で。


新一と蘭も。
平次と和葉も。

手をしっかり握り合っていた。

ふた組の恋人は、この先もずっと、絶対に互いの手を離さないという決意を胸に、根府川を後にして帰路についた。




Fin.



+++++++++++++++++++++++


<後書き>

このお話は。
2008年初頭にブログ連載し、1月の大阪インテックスで無料配布(と言うより押し付け回り)したものです。

2008年元旦、東海帝皇会長と私は、根府川に初日の出を見に行きました。
ええ、このお話、電車の件や風景その他は、まんま、その時の通りです。
根府川駅で、日の出を待ちながら、会長に、頭に浮かんだこのお話の構想を喋っておりました。

1年経って読み返してみると。
実は。書いた私自身、お話の内容をスッカリ忘れてたな〜、あはは〜でした。
うん、新蘭平和が根府川まで初日の出を見に行った話としか、覚えてなくて。
こういう、「悩める青少年」のお話だったとわ(爆)。

で、2009年の正月が来たので、アップする事にしました。
ブログで既読の方も多いかと思いますが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

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