情熱と温和のはざま



By ドミ



 蘭が小学校1年の時に、母親が家を出て行った。
 それまで、両親はラブラブで仲が良かったと思う。蘭の前でも、親がイチャイチャしている姿を見たことがある。

 けれど。蘭が小学校2年生の時、両親の結婚記念日には、母親は家に居なかった。確か、両親が結婚して丸9年だから、「10回目の結婚記念日」という節目の年であった筈なのに。
 幼馴染の新一の家でも園子の家でも、両親が仲が良い話を聞くと、妬みはしないけど、悲しくなっていた。


 それから歳月が過ぎ。
 蘭は新一と結婚して一男一女の母となり、いつの間にかあの頃の両親と子どもたちと、同じような年齢構成になっていた。
 違うのは、新一も蘭も一人っ子だったのに、子どもが2人いることくらいである。

 蘭は、とても幸せだと思う。新一は、昔から蘭に愛と優しさを与えてくれていたけれど、子どもの頃のそれは、とても分かりにくいものだった。けれど、経験を積む中で新一の態度も少しずつ分かり易いものになり、恋人同士になってからは本当に蘭に甘くなったと思う。
 仕事は有能で、妻と子どもたちには優しい夫。蘭は本当に幸せだと思う。

 新一が仕事で忙しい分、蘭は家庭を整える方に全力投球してきた。夫にも子どもにも、精一杯愛情を注いできた。折に触れて新一の感謝の言葉があり、蘭が頑張ってきたことは、決して蘭の独りよがりではないと感じている。

 新一の愛情が減っているとは思わない。蘭との「夫婦生活」は年月を経ても濃厚で、お互いに十分に満たされていると思う。

 ただ……贅沢だと分かっているけれど、昔、人目もはばからず、真っ直ぐ蘭を求めていた新一の不器用な情熱が恋しくなることがある。



 結婚記念日の今日。蘭は頑張ってご馳走を作り、ケーキも準備した。

「わーいケーキだ〜」
「お母さんお母さん。今日はいったい、何の日?」
「お誕生日は、違うよねえ」
「うふふふっ。新一とわたしとの結婚記念日よ」

 蘭はそう言って子どもたちに笑顔を向けた。今日は敢えて「お父さんとお母さん」とは言わない。両親が愛し合って子どもたちが今ここに居ることを、ちゃんと伝えたいと思う。

「えーっ!そうなんだあ」
「お母さんがあのドレスを着た日?」
「うふふ、そうよ。9年前の今日、あなたたちのお父さん工藤新一と、あなたたちのお母さん毛利蘭は、結婚しました!」

 リビングには、デジタルフォトが飾ってあり、時間をおいて映し出される写真は、子どもたちのものもあるが、新一と蘭の結婚式の写真なども入っている。子どもたちは小さい頃から自然とそれを視界に入れて育ってきていた。
 蘭は、義母が昔言ったという言葉を、口にした。

「今日から、わたしたちは、10年目の新婚生活に突入です!」

 新一が、目を丸くし、頬を染めて蘭を見ている。まさか蘭の口からそんな言葉が出るとは、思っていなかったのだろう。

 蘭は「10年目の新婚生活のスタート」という言葉を、有希子から直接聞いたのだ。
 蘭の両親は、今はまた元のように仲良く生活しているけれど、10回目の結婚記念日には別居していた。
 蘭は、有希子からその言葉を聞いた時に、子どもたちにその言葉を言えるような夫婦になりたいと、思っていたのだった。

「ヒューヒュー!」
「お父さんお母さん。キーッスキッス!」
「キーッスキッス!」

 子どもたちがはやし立てる。でも、子どもたちのその態度にも愛があり、恥ずかしく感じることなんてない。新一と蘭は、愛し合っている夫婦で、子どもたちは2人の愛の結晶なのだと、子どもたちにも知らせたい。

 蘭は、新一に向かって心持ち唇を突き出し、目を閉じた。
 新一は、一瞬の戸惑いの後、蘭の肩に手を置き、そっと唇を重ねて来た。

 蘭の胸がキュウウンとなった。



 その夜、寝室で。

「オメーは、ああいうの、子どもの教育に悪いって言うかと思ってたよ」

 新一の言葉に、蘭はきょとんとした。

「なんで?両親が仲が良い姿を見せた方が、子どもの教育に良いって、わたしは思うけど?」
「そ、そっか……」

 新一は、少し考え込むような仕草をしていた。

「……蘭がずっとここに居てくれるように、オレも精進するよ……」

 新一の言葉に、蘭は目を丸くし、そして微笑んだ。思わず涙ぐみそうになったのを俯いて隠す。
 新一は、蘭の幼い頃の寂しさを分かってくれたのだ。だから……「子どもたちに蘭のような寂しい思いをさせない」という新一の決意を、伝えてくれたのだと、蘭は思った。


 そして、蘭は知る。新一は決して、あの頃の情熱が無くなり穏やかになったわけではなかった、ということを。
 新一は、勘違いしていたのだ。蘭は子どもたちの前でいちゃいちゃする姿を見せたくないと思っていると。
 だから、新一は最近、ベッド以外では節度を持って蘭に接するようにしていたのだ。

 その後、新一の遠慮がスッカリなくなり、子どもたちの前でも全く遠慮なくイチャイチャするようになったので、ほんのちょっぴりではあるが、後悔した蘭なのであった。


Fin,


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