ほのかな灯り
byドミ
蘭の指が、何度も携帯電話の上を動き、ボタンを押そうとして、躊躇う。
とっくの昔に、ナンバー登録はしてあるから、ボタン一つで、彼に繋がる。
彼の声が聞きたい。とても聞きたい。
でも、ボタンを押せない。
『留守電になってる事が多いと思うけど、いつでも掛けて良いから』
そう、彼は言ってくれたのだから。躊躇う必要は、どこにもない筈なのに。
今日、父は、競馬仲間と飲みに行っている。
蘭は、母親から食事に誘われたけれど、それは結局断って、コナンと二人、家に帰って来た。
蘭がご飯を作って、二人で食べて。
コナンが気を回して、色々声をかけてくれたり、手伝ってくれたりしたのが、いじらしくも申し訳ないと、思う。
『コナン君は、お母さんと一緒じゃなくて、寂しくないのかな?男の子だし、別に両親が別居してる訳ではなさそうだから、良いのかな?』
蘭は、今では「母親恋しい」と言う年齢ではないけれど。
コナンと同じ年齢で、母親が家を出た時は、本当に寂しいものだった。
今になって考えてみれば。
その時以降、蘭の寂しさを少しでも癒し支えてくれたのが、新一と、新一の母親・有希子であったと思う。
新一は、家族変わりの存在で、大切で大切で。
だから、逆に、異性として認識しなかった、否、認識しようとしなかった面がある。
『だって、恋人とか夫婦とかは・・・いずれ、別れるかも知れないのだもの』
けれど。
新一とは、単なる幼馴染のままだけれど。
別れではなくても、こうやって離れてしまう日が来るとは、想像もしていなかった。
それでも。
時々、新一の声が聞ける、それが、蘭の支えになっていた。
でなければ、胸に大きく開いた穴を、塞ぐ術はない。
「声が聞きたいよ、新一ぃ」
蘭が思わず呟くと。
それに呼応するかのように、携帯の呼び出し音が鳴った。
「え・・・?ウソ・・・!」
画面を見ると、まさしく今声を聞きたいと思っていた相手からのコール。
蘭は慌てて電話を取った。
『よぉ。蘭、元気か?』
「おあいにく様、元気いっぱいよ!」
言ってしまってから蘭は、自分のこの態度、全然素直じゃないし、可愛くないと落ち込んでしまう。
素直じゃない母に対して、今日、あれだけ文句を言ったというのに。
妙な部分で、親子似ているんだと、蘭は自己嫌悪に陥った。
『・・・蘭がそんな言い方をするって事は、何か遭ったんだろ?どうした?』
何で新一は、蘭の隠している辛さを、見抜いてしまうのだろう?
いつもいつもいつも、どんな時でも。
そして、蘭はいつも、胸の中に居る新一の存在に、助けられている。
「な、何で、新一に、そんな事が分かるのよ!?」
『だってオメー、メールで。今日は久し振りに家族揃って、坊主も入れて4人で食事だって、書いて寄越しただろうが』
あ、そう言えばそうだったっけと、蘭は思い出す。
そして結局、いつも通り、上手く行かなかった事まで、お見通しなのだろうなと、蘭は悲しくなる。
『あの二人は、本当はラブラブで、単に意地っ張りの度が過ぎてるだけだからよ。ま、大変だろうけど、離婚はしねえし、いつかその内必ず、よりは戻すだろ』
「そ、そうかな・・・」
『そう言えばさ。この前、あの眼鏡の坊主が、言ってたんだけど。小母さんが獣医さんと会って、オメーが誤解して大変だった事があったんだってな』
「!そ、そんな事まで、聞いたの!?」
『素人相手に、迂闊に空手技、出すなよ。罪に問われて、空手をやる資格なくなっちまうぞ?』
「そ、そりゃ、わたしが悪かったけど・・・そんな事言う為に、電話して来たの!?」
『違うって。あの時、獣医さんは、小母さんの事、毛利さんって呼んでたんだってよ』
「え・・・!?」
そう言えばそうだったかと、蘭は思い起こそうとする。
『小母さん、仕事上では、妃英理と名乗ってっけど。ちゃんと、プライベートでは、おっちゃんの妻、なんだよ』
蘭の胸に、じんわりと、温かいものが満ちた。
英理が、普段はちゃんと「毛利」姓を名乗っている事もだが。
コナンと新一の、細かい部分を見て、蘭を気遣ってくれるその気持ちが、嬉しい。
「コナン君って、やっぱり新一に似てるのね。二人とも、探偵の目を持ってる」
『ん?ああ、まあ・・・ヤツに色々、教えたりしたからな〜』
「それに・・・」
『それに?』
「ううん、何でもない。新一、ありがとう」
それから、他愛もない会話を交わし、電話は切れた。
蘭の胸に、ほのかな灯りを残して。
Fin.
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