風邪ひきジャージ
byドミ
(2)高校生編
※高校3年生、コナン後、付き合ってる設定
今年も、暑い夏になると予想され。
まだ5月だが冷房なしでは過ごせない日々が続いていた。
「もう、毎年、異常気象って言ってるし。何が正常なのか、全然、分かんないよねえ」
「……異常もずっと続くと、それが正常になっちまうからな。昔は、6月1日に衣替えでちょうどいい感じだったんじゃねえか?今はそこまで待てねえよな」
という会話を、新一と蘭が交わした次の日。
急に、4月上旬の気候にまで冷え込んだのだった。
「なーんか、このパターン、前にもあったような気がするな……」
と言いながら。
今日の体育ではジャージが必要そうだと、新一は箪笥からジャージを引っ張り出した。
きちんと洗濯して畳んでタンスに仕舞ったのは、もちろん、新一ではなく蘭である。
新一は蘭を便利な女として扱おうとしている訳ではないし、蘭が新一の面倒を全く見てくれなくても蘭のことが好きなのは変わりないのだが。
蘭は、まだただの幼馴染だった頃から、新一の身の回りの世話をしてくれるのだった。
蘭が購入している柔軟剤は、毛利邸で使っているのと同じもので、ほのかな香りが漂う。
「蘭の匂いだ」
と思い、新一は顔を赤らめた。
帝丹高校3年B組、今日の体育はグラウンド競技。
昨日まで暑かったので、ジャージを持っていない者もちらほらといた。
「昨日まであんなに暑かったのに、今日の冷え込みは何事よ!?」
「蘭、オメーなあ。天気予報で今日は冷えるっつってただろうが。そうじゃなくても、家出る時、寒いなって思わなかったのか!?」
「だって、朝練でバタバタしてて……」
「で、蘭?オメーもジャージ忘れたのか?」
ここまで会話を交わして、新一は、「確か昔、似たような会話をしたな」という気がしていた。
「ううん。園子がジャージ忘れてるっていうから、貸した」
「……ったく」
前、似たような会話をした時は。
蘭がジャージを貸した相手は園子ではなかった筈。
そしてようやく。
貸した相手は七川絢で、過去の似たような会話は中学時代だったことを思い出した。
蘭がくしゃみをしたのまで、同じだ。
新一は、自分のジャージを脱ぐと蘭にかぶせる。
「えっ?」
「ほら。風邪ひくだろ?着とけよ」
「う、うん……ありがと」
そこへ、胸に「R.Mouri」と刺繍してあるジャージを着た園子が登場した。
「あら、蘭。やっぱり夫婦しちゃって〜」
新一が蘭にかぶせたジャージには、「S.Kudo」と刺繍してあるのだ。
「園子……オメー本当にジャージ忘れたのか?」
「あらー。わたしが蘭のジャージ着ているからって、妬かないのよ〜」
「ばっ!な、何言ってんだよ!」
「第一、新一君には、蘭のジャージは小さ過ぎるし〜」
「んなこた、わーってる!オレはちゃんと自分のジャージ持って来たし!誰が妬くか!」
「ふうん。でもま、蘭が他の男子のジャージ着たりしたら、妬くでしょ?」
「……有り得ねえだろ」
男子で蘭のジャージが入るような体格と言えば、前にちょっとの間転校してきた本堂瑛佑くらいだが、彼はいない。
「新一……」
「ん?どうした蘭?気分悪いのか?」
蘭の声に、新一の意識はすぐに蘭に向かう。
「ううん、大丈夫。……ねえ新一。わたしが園子にジャージ貸したのはね……」
「あ?」
言いかけた蘭は、そこで言葉を止め、顔を赤くした。
新一は、何となく面白くなかった。
蘭も昔、新一にジャージを借りた時のことを覚えていた。
あの頃、蘭は、新一のことを「友だち」と思っていた。
大切な友達である新一が身につけたものだから、着るのが嫌では、なかった。
新一の汗のにおいも、嫌だとは思わなかった。
「あの時と、今とは、違う……」
「ん?蘭、何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ」
蘭は顔をあげて笑顔で言った。
あの頃の幼い思い。
恋未満だった思い。
そして、今の……思い。
狂おしいほど、新一への恋心がつのっている、今の思い。
あの頃の蘭は、新一が着たジャージを着るのが、嫌じゃなかった。
今の蘭は、「嫌じゃない」のではなく、新一が着たジャージを、敢えて「着たい」と思う。
蘭が園子にジャージを貸したのは、純粋に園子への好意であるが。
蘭がジャージを持っていなかったら、新一が貸してくれるかもしれないという期待も、あった。
新一のジャージを身に着けられるという「打算」が、あった。
「だって……これを着ると、まるで、新一に抱きしめられているみたいなんだもん……」
蘭の声は、誰にも聞かれることなく、消えて行った。
そして。
蘭は、ジャージを借りたけれど、結局、中学生の頃と同じく、引きかけた風邪を止める事はできなかったようで、次の日熱を出して学校を休んだ。
そして、蘭にジャージを貸した新一も、1日遅れで熱を出して学校を休んだ。
「奥さんの風邪が旦那に移った」と、また皆のからかいの種ができたのだが。
『もしかして新一君、やっぱり、あのジャージで蘭の風邪がうつったんじゃ?』
園子は、そう勘ぐったけれど。
実を言うと、蘭の風邪は、ジャージで新一に移ったのではなかった。
その日、風邪気味の蘭を心配した新一が、蘭を家に送り届けたのであるが。
帰る前、お休みの優しいキスを送り、それで風邪がうつってしまったという事実は……神のみぞ知る。
Fin.
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新蘭彼ジャージ祭りに、本当は高校生編で参加したかったのですが、構想を練る時間がなく。
中学生編でお茶を濁しました。
で、今回は、高校生編です。
ちょっとだけ、アダルティになったかな?
2016年9月5日脱稿
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