青いかぐや姫
byドミ
「キッドめ〜、どこまでワシを愚弄すれば気が済むんだ!」
警視庁捜査2課の中森警部は、歯軋りをして、つい先程デスクに飛んで来て突き刺さったカードを握り潰した。
中森警部の顔は口惜しそうでもあり、またどこか嬉しそうでもある。
握り潰されたカードに書いてあった文面は――
「月が1番美しく輝く夜に、貴方がお持ちの
世界最大の青い宝玉・かぐや姫を頂きに上がります
中森警部どの
怪盗キッド 」
というものだった。
怪盗キッド――美術品や大きな宝石ばかりを狙い、いくつもの顔と声色を持つ、確保不能の大怪盗。
昨年、長い沈黙を破って再び活動を始めたと思ったら、数ヶ月の後、また鳴りを潜めてしまった。
キッドが盗んで行って宝石は、いつもなら何故だかこっそりと戻されていたのだが、最後に盗まれた宝石はとうとう戻される事がなかった。
キッドが何らかの目的をとうとう達成したのだとか、キッドは死んでしまって宝石を戻す事さえ出来なかったのだとか、色々な噂が飛び交った。
本当なら、キッドが出て来なくなったのならそれで良いのかも知れない。
しかし、捜査2課のキッド特捜班に籍を置き、長年追い続けてきた中森警部に取って、逮捕したわけでもないのにキッドが居なくなるというのは、耐え難い事であった。
それが今日突然に、事もあろうに警視庁の中の中森警部のデスクに、キッドの予告状が飛んで来て突き刺さったのである。
「キッドめ〜」
歯軋りして口惜しがる中森警部だが、実は、にへら♪と顔が崩れそうになるのを必死で堪えていたのだった。
「お父さん、何笑ってるのよ?」
突然、一人娘の青子に声を掛けられる。
天然のようでいて、意外と鋭い娘の言葉に、中森警部は慌てる。
「あ、青子、ワシは笑ってなんかいないぞ。久し振りのキッドからの予告状に、気を引き締めている所だ。笑ってなんか・・・」
江古田高校在住で、今年3年生になる青子は、大きな瞳の可愛らしい娘だ。
本人は幼児体型を気にしているが、実は、年と共にどんどん綺麗に女性らしくなって来ていて、周囲の男たちの熱い視線を集めまくっていた。
可愛いのは見た目ばかりでなく、心優しく、いくつになっても純粋で、綺麗な心の持主だ。
人を疑うという事を知らず、他人の悪意にも気付かず、回りの男どもの視線がどんなふうに自分に絡みついているかなど、全くわかっていない。
警部の自慢の娘であるが、年頃になってくると、ある意味頭痛の種にもなって来ている。
その青子は今日、休日だったため警視庁まで手作りの弁当を届けに来てくれたのだった。
青子と共にやって来た同級生で幼馴染の少年、黒羽快斗が警部の手元を覗き込みながら言った。
「キッドから予告状が届いたんですか?今度は何を狙ってるんです?」
「快斗くん・・・それが良く判らんのだよ。暗号になっているようでね。何を狙っているのか判らなければ、守りようもないし」
警部は複雑な気持ちで快斗を見る。
実は、青子の幼馴染であるこの少年が、青子が他の男どもに傷つけられたりしないよう、注意深くさり気なく守っている事に、中森警部は気付いていた。
一方では感謝しながら、もう一方で、結局青子はこの男にいずれ攫われて行ってしまうのかと、胸が騒ぎ、複雑な思いになる。
快斗が青子を託すに足る好青年である事は、重々判っているのだが。
「暗号ねえ・・・」
首を傾げる快斗の瞳に、微かに不可解な光が浮かんでいたが、それには中森警部は気付かなかった。
☆☆☆
「で?この暗号を解けと警部はおっしゃるんですか」
江古田高校3年に籍を置く、高校生探偵として名高い、白馬警視総監の息子・白馬探は、顔をしかめて言った。
「暗号と言う程のものでもない、単純な文面に思えますけどねえ」
帝丹高校3年生の、探以上に高校生探偵として名高い工藤新一が、やはり顔をしかめて言った。
暗号解読に音を上げた中森警部が、プライドをかなぐり捨てて助っ人として呼び出したのが、この2人の高校生探偵なのである。
「彼にしては全く捻っていない、シンプルな文面だと思いますけどね。『月が1番美しく輝く夜』とは、中秋の名月に当たる9月××日の夜の事。そして『貴方がお持ちの世界最大の青い宝玉・かぐや姫』とは、考えるまでもないじゃありませんか」
探がげんなりした様子で解説する。
「ワシは宝石や美術品なんかには全く縁がないぞ」
「彼は今回、『宝石』でなく、『宝玉・かぐや姫』と書いている。あなたにとって、宝物と言える存在は、姫と呼べる存在は、一体何です?それを考えれば、すぐに答が出るはずですが」
と新一が言う。
中森警部は、未だに判らず、首をひねっている。
探と新一が焦れたように、更に言葉を重ねた。
「あるでしょう、あなたが長い事慈しみ守り育てていた、他の何物にも替える事の不可能な、最大の宝物が」
「そして9月××日、この日に何か心当たりはないのですか?」
中森警部はなおも考えていたが、突然「あっ」と声を上げる。
「その日は確か青子の誕生日・・・また青子に『キッドに夢中で青子の誕生日を忘れて!』と文句を言われるな・・・しかしワシは警察官としてキッドの予告状が来たと言うのにほって置く訳には・・・」
探と新一はずっこけそうになった体勢を辛うじてもち堪え、こめかみに手を当てていた。
「中森警部・・・今回のキッドの標的は人間ですよ」
「貴方が掌中の珠として大事に育ててきた、一人娘の青子さん・・・まさしく、『貴方がお持ちの世界最大の青い宝玉・かぐや姫』と言う表現に相応しいじゃありませんか」
探と新一の言葉に最初きょとんとしていた中森警部だったが、突然顔色を変えると
「何〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
と叫んだ・・・。
「工藤君、我々は今回、一体何の為に出番があったんでしょうね」
「さあな。とにかく白馬、俺はこれ以上タッチするつもりねーから、退散させてもらうぜ」
「敵前逃亡とは君らしくもないですね」
「肝心の攫われる対象が、守られるのを嫌がると思うからな。そんな勝負、馬鹿らしくてやってられっかよ」
「・・・実は僕も同感です。1人の女性をめぐる恋人と父親との争いに、我々を巻き込まないで欲しいですね」
「全くだ」
そして2人の高校生探偵は退場する。
☆☆☆
「お父さん、何よこれ!」
中秋の名月、そして中森青子の誕生日――。
中森警部邸は、警官たちで埋め尽くされ、ものものしい雰囲気が漂っていた。
青子は、今年はお誕生パーティも禁止され、お冠である。
中森警部は、娘の青子に向かって真面目くさった顔で言った。
「青子。今回のキッドの狙いはお前だそうだ。だが、何があっても、父さんがキッドの魔手からお前を守って見せるからな!」
「もー、怪盗キッドが青子なんか狙うわけないでしょ!?一体何考えてるのよ!」
「いや、暗号が指し示すのはお前に間違いない!キッドめ、狙うのが美術品や宝石だけかと思ったら、よりによってワシの娘を狙うとは・・・一体何のつもりだ?それに、あいつら、暗号だけ解いて『警備の方はお任せします』とは、何と言う無責任な奴らだ!高校生探偵とちやほやされていい気になってるんじゃないか!?」
「お父さん」
「ところで青子、快斗君はどうした?姿を見ないようだが。青子の一大事に何故来てくれないんだ!?」
「何言ってるのよ!お誕生パーティも駄目、お友達呼ぶのも駄目だって言ったのは、お父さんじゃない!」
「そ、それはそうなんだが・・・」
娘に強い口調でいわれて、中森警部はたじたじとなる。
何故か何となく、警部にとって黒羽快斗は特別という思いがあって、青子に「友達を呼ぶな」とは言ったが、その中に快斗を入れているつもりはなかったのである。
『もう、バ快斗!何考えてんのよ』
青子は面白くない。
怪盗キッドの正体は、黒羽盗一・快斗親子であった。
亡き父が怪盗キッドであった事、更に父・盗一が事故死ではなく殺されたのだという事を知った快斗は、父の後を継ぎ、怪盗キッドとなった。
父を殺した組織が追い求めていた命の石・パンドラを手に入れ、父の敵を討った快斗は、密かに怪盗キッドを引退し、幼馴染の少女・中森青子に全てを告白した。
全てを受け入れた青子は、更に快斗の愛の告白をも受け、2人は幼馴染を卒業して恋人同士となった。
しかし、引退した筈のキッドの名で、選りに選って青子の誕生日である今日、「青子をもらう」と予告状を出すとは、一体快斗はどういうつもりなのか。
楽しい筈の誕生日が台無しになって、青子は快斗にかなり腹を立てていた。
「来ました!ハンググライダーです!キッドに間違いありません!!」
中森邸の屋根の上を警備している警官から、無線連絡が入る。
「キッドめ、青子は絶対に渡さないぞ!」
中森警部がしっかりと青子の手を掴んで言う。
ハンググライダーが近付いて、中森邸は緊張に包まれた。
警官隊の誰もがキッドを睨みつけている。
すると――
突然に、真昼の太陽を凌ぐかと思わせるようなすさまじい光に、警官たち全てが視力を奪われる。
中森警部は、しっかりと青子の手を握り締めた。
皆が視力を取り戻した時、中森警部がしっかり握っていた筈の青子は忽然と消え失せ、警部の手には等身大の青子をかたどった人形の腕があった。
人形の顔には、
「青い宝玉、貴方のかぐや姫は確かに頂きました
怪盗キッド 」
と書かれたカードが貼り付けてある。
はっとして皆が空を見上げると、青子を抱えたキッドがハンググライダーで飛び去っていた。
「お、おのれ〜〜。青子を返せーーっ、戻せーーっ!!」
中森警部が声を限りに叫ぶが、キッドと青子の影はどんどん遠ざかって行く。
「みんな、何をしている!追え、追わんかーーーーっ!!!」
中森警部が再び叫び、警官たちは慌ててパトカーや白バイに乗り込み、追跡を開始した。
しかし敵は空を飛んでいる。
なかなかに追いつけそうになかった。
あるパトカーが、崖の上に止まった。
2人の警官が車から降りる。
内1人はかなり小柄で華奢であった。
「ば快斗!いい加減この扮装といてよ!」
小柄で華奢な方の警官が女声で言う。
「わりぃ」
もう1人の警官が言って、小柄な警官にぱっと布を被せて取り去ると、中からドレスアップした青子が現れた。
もう1人の警官は、マントを翻して怪盗キッドの姿になる。
怪盗キッドは、青子を連れて空から逃げたと見せかけて、青子共々警官の扮装で、堂々とパトカーに乗って中森邸を後にしたのである。
「快斗、このドレス・・・」
「ん?青子ももう18だからな、そんな格好も良いかと思って。俺からの誕生日プレゼント」
「え?まさか、これだけのためにあんな大げさな事をしたの!?」
「違うよ。これから青子に見せたいものがあるんだ」
「見せたいものって?」
「まあ楽しみにしてろって」
そう言ってキッドはハンググライダーを広げ、青子を抱き上げて、崖から飛び立って行った。
トロピカルランドはこの時間、とうに閉園になって、灯も非常灯など以外は消えて真っ暗になっていた。
その止まった観覧車の上に、人影が2つ。
怪盗キッドこと黒羽快斗と、中森青子である。
「わあ・・・!」
青子が感嘆の声を上げる。
今夜は中秋の名月。
月と、東京の夜景が、ここからはとても美しく見えた。
「これを青子に見せたかったんだ。今夜は特に綺麗だろうと思って。・・・ハッピーバースデイ、青子」
「快斗、ありがとう。最高のプレゼントだよ」
青子は輝くような笑顔でキッドに振り返った。
「それにしても、普通に青子を連れ出せば良いのに、なんであんな事したの?これでますますキッドはお父さんに嫌われるよ」
「良いんだよ、怪盗は警部に嫌われても。それに、最近暇になってる警部が家にいる状態だったら、絶対青子を夜中に外には出さなかったと思うぜ」
「それはそうかも知れないけどお」
「青子。今夜怪盗キッドは青子を中森警部の元に返すけど、黒羽快斗がいつか本当に青子を警部の元から攫って行くからな」
「なんで?キッドはお父さんの敵を取るために泥棒してたんだから仕方がないと思うけど、快斗は泥棒なんかしちゃ駄目だよ。それに、青子を盗んでどうするつもりなの?そんな事しなくても、青子は快斗の恋人だよ」
キッドは脱力してがっくり項垂れる。
「快斗?」
「アホ子!男が父親から娘を攫うって言うのはなあ!」
青子のきょとんとした顔を見て、キッドは苦笑いする。
「ま、いいか。その天然なのが青子だもんな」
「もう、1人で納得しないでよ!」
キッドは、怒ってこぶしで胸を打とうとする青子の手を握り、抱き寄せる。
そしてそっと青子の唇に自分の唇を重ねた。
中森警部は、涙ぐみ憔悴し切った様子で月を見上げていた。
「キッド、なんでだ?お前は女子供に優しい、人を傷つけたりしない怪盗だと思っていたのに、なんで、選りに選ってワシの青子を攫って行ったりなんか・・・」
と、突然、家の前の道路から声が聞こえて来た。
「中森警部、居られますか?」
聞き慣れた声に、警部は窓から身を乗り出す。
「快斗くん、今まで何してたんだ!?青子が、あお・・・」
そこまで言い掛けて、中森警部は絶句する。
快斗はその両腕に、紛れもない青子を抱えていたのである。
「青子―――――――っっ!!」
中森警部は転がり落ちる様に階段を降りて、玄関から飛び出した。
快斗の腕の中で、青子はすやすやと寝息をたてている。
中森警部は、涙ぐみながら言った。
「快斗君、君が助けてくれたんだね!ありがとう!!」
「は?助けたって、何の事です?俺はただ、青子がいつの間にか俺ん家のベランダに居て眠り込んでいたから、お連れしただけですが(ここで警部に恩を売っとくという手もあるけど、流石にそれはフェアじゃねーもんな)」
青子のドレスの胸には、カードがついており、そこには――
「貴方のかぐや姫は、月の光の中では
生きられないようなので、
地上にお返しします。
怪盗キッド」
と書いてあった。
何事もなかったかのように安らかに眠る青子の顔を見て、少なくとも酷い事はされなかったらしいと、中森警部はほっと胸をなでおろした。
何か楽しい夢でも見ているのか、青子は眠りながらニッコリと微笑んでいた。
Fin.
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昔、「青子ちゃん同盟」に進呈したお話。
同盟サイトが消失したので、しばらく、エースヘヴンにアップしておきます。
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