決戦前夜



byドミ



真夜中の港。
僅かな灯の点る倉庫街。
微かな波音が聞こえるだけで、しんと静まりかえっている。
暗闇の中、埠頭の岸壁に、小さな人影が1つ。
海の方を向いて、子供が1人立っていた。
まだ6、7歳の男の子である。
愛らしい顔立ち・・・しかし、大きな黒縁眼鏡の奥で深い色の瞳は鋭く光り、その面は厳しく引き締まっている。
その表情は、大人の男のものだった。

前髪が潮風に揺れる。
ポケットに両手を突っ込み、真直ぐに立ち、その済んだ目はじっと彼方を見詰める。

視線の先にあるのは、1つ向こうの埠頭に立つ、ビルの灯り。
夜更けだというのに、たくさんの灯が点り、水面に反射している。
日本でも有数の製薬メーカーの大きなビルだ。
そこは、子供がずっと追い続けた組織の本拠地でもある。
夜明けと共に、そこは決戦場になる。
既に、子供―――江戸川コナンの仲間たちが、打ち合わせ通りに配置についている筈だ。


江戸川コナン――小学校1年生位の子供としか見えないが、本来の姿は、高校2年生の工藤新一である。
偶然にある組織の取引現場を目撃してしまい、口封じの為に毒薬をのまされた。
一命は取りとめたものの、薬の作用で幼児化し、子供の姿になってしまった。
コナンは、自分自身を取り戻し、愛する女性の元へ工藤新一として戻るために、組織の手がかりを追い続けた。
その間、たくさんの同士と言える人達とも出会った。
そして、ついにコナンたちは、組織の中心部にまで迫ったのだった。


明日は決戦の日。
夜明けと共に、仲間たちは動く。
その中で、コナンの役目は重要である。

組織はまだ、自分達が開発した薬で幼児化した人間の存在を知らない。
そこに、付け込む隙がある。
コナンを徒の子供と侮ってできる筈の隙――その代わり、2度目はない。
失敗は許されない。

コナンは、目を閉じて俯き、最愛の女性の顔を思い浮かべる。

毛利蘭。

世界中の誰よりも、自分自身の命よりも、大切な人。
俺は絶対、工藤新一の姿で、お前の元に戻る。
絶対に負けはしない。
必ず成功する。
どんなことがあっても、お前の元に帰ってくる。
そう心に誓う。

背後から、足音がした。
振り向かなくても、気配で誰だかわかる。

「工藤、準備はええか」

高校生の少年、服部平次である。
コナンの本来の姿、工藤新一とは、同い年になる。

「服部。おめーは、後方待機部隊じゃなかったのかよ」
「そやけど、何や気になってもうて。自分、不安やないんか」

コナンは振り返り、ちょっと笑って言う。

「ああ、不安は山ほどあるに決まってんだろ。でも、絶対大丈夫だ。どんなことがあっても、あいつの元に戻るって、俺がそう決めてんだからよ」

平次は、揺ぎ無い瞳をした友の横顔を見詰めた。
コナンは―――新一は、いつでも過剰と思える程自信たっぷりである。
しかし、それに見合うだけの強い意思と類稀な行動力を持っていることを、平次は知っている。

「服部。おめーの性格から言ってつれーのは判るけどよ。今回、後方待機部隊も、重要な役割だ」

敵の組織は、容赦ない。
仲間たちや、大切な人たちを人質にとられたら、致命的だ。
その為、攻撃の先頭部隊と、守りの後方待機部隊とを整えて、決戦に備えているのだ。


コナンは、平次の方に向き直った。
何かを思い詰めたように、目を閉じ、俯いている。
やがて、目を開け、顔を上げ、真直ぐに平次の目を見詰める。
そして、口を開いた。

「蘭を、頼む。おめーにしか、頼めねーんだ」

コナンの口から出た言葉に、平次は驚く。
それは、コナン=新一からすれば、最大級の信頼の証ともいえる言葉であった。

「服部。俺な、自分のミスでコナンになって、蘭を泣かせて、ほんと、情けねーと思ってっけどよ。
この姿になったのは、悪い事ばかりじゃなかったと思うぜ。
少年探偵団や、服部たちや、たくさんの大切な奴らと出会えたからな」

呆然としてコナンの言葉を聞いていた平次は、やがて、不敵な笑みを浮かべる。
そして、ゆっくりと、帽子をかぶりなおした。

「後方は、任せといてんか。この服部平次が直々に動くんや、絶対に、守ってみせるで」

コナンも、不敵な笑みを浮かべて言った。

「ああ、頼りにしてっからな」



平次が去った後。
コナンは、再び、決戦場となるビルを見詰めていた。

やがて、空が白み始める。

コナンは、海に背を向けると、ゆっくりと歩き始めた。
愛しい人と、自分自身と、そして、仲間たちとの明日を作る為に―――。



Fin.


++++++++++++++++


このお話は、2002年初夏頃、「お忍び温泉宿」様に進呈した短編です。
同人誌版の「THE SALAD DAYs」では、プロローグとして、シリーズの一環にしていますが、本来は独立した短編でした。

現在、「お忍び温泉宿」様が休止中の為、エースへヴンの方にアップする事にしました。

戻る時はブラウザの「戻る」で。