恋の種



By ドミ



番外・モブ子編



 私の名前は、茂歩川・茂歩子(もぶかわ・もぶこ)。警視庁交通課の婦人警察官よ。高卒ですぐに警察官採用試験を受けて、今年で4年目、真面目に任務に邁進している。
 彼氏いない歴=年齢の私だけど、別に気にしたことはないわ。そもそも恋なんて、中学校の時の淡い初恋程度しか、経験したことがなかった。声は掛けられるけど、どうも今一な相手ばかりで、全力でごめんなさいし続けてきた。恋をするなら、それなりのレベルの相手じゃなきゃ!
 厳しくも楽しい警察勤め、気の置けない仲間たちと、仕事に遊びに全力投球で充実した日々を過ごしていた。

 警視庁では、課を超えた合コンが、時々行われる。でも、誰かとお付き合いに至ったためしが無い。警視庁は不思議と美人が多い職場だけど、私も容姿にはそこそこ自信がある。だから、結構、声は掛けられるんだけど……何だかどの男性も、能力があれば顔が今一つだし、顔が良ければ人柄が残念だし。警察官になったら、良い男性がいるかと思ったのに、強面の残念な人とか、意外と気が弱いとか、猪突猛進のバ〇とか、何だかどうも、ピンとくる男性はいなかったのよねえ。その中でもちょっと良いなと思った人は、みんな婚約者か奥さん持ちだし。
 でもまあ、ろくでもない男と引っ付くくらいなら、独身のまま、仕事にまい進するわ!

 そんなある日。私は、出会ってしまったのだ。あの、素晴らしい男性に。


「捜査一課の白鳥警視や目暮警部とお話してる、あのイケメンは一体?」

 最初は、俳優の誰かが、一日署長とかでやって来たのかと思った。でも、警察官の制服を着るわけでもなく、スーツ姿だし、一日署長は無さそうだ。すると、羽田由美先輩刑事が言った。

「ああ。彼は工藤新一っていう私立探偵よ。まだ若いけど、アメリカのハーバード大を卒業した秀才で、アメリカで上級の探偵資格も取ったんだって。アメリカではFBIに協力して沢山事件解決した実績があるそうよ」
「へえ……そうなんですか……」
「まあ、日本での彼の活躍がどの程度のものか……お手並み拝見と行きましょう」

 工藤新一探偵は、顔が良いだけではなく、立ち姿がすらりとしていてカッコいいし、何といっても、目力がある。それに、名門大学を出た秀才。
 すでに、婦人警官たちが皆、キャーキャー騒ぎだしていた。

 彼は既に大学を卒業しているけれど、21歳になったばかり、スキップ制度のない日本でなら、浪人留年なしで現在大学3回生にあたるそうだ。ん〜年下かあ。

 私は、先輩の千葉苗子刑事と一緒に、パトロールのため、外に出た。千葉苗子刑事はとっても美人なんだけど童顔で、アラサーなのに私より年下に見える。この可憐な人が、あの冴えない捜査一課の千葉一伸刑事の奥方だなんて……警視庁ってどんだけ、良い男不足してんのよと思う。

 と、突然。車の爆音が聞こえて来た。

「危ない!」

 声がして、私と苗子刑事は、いきなり抱き込まれて、パトカーの陰に押し込められた。私を庇うように抱き込んだ男性は、工藤新一探偵で、私の心拍が跳ね上がる。
 パトカーのすぐ脇を、1台の車が物凄いスピードで走って行った。

「い、一体、何!?」
「分かりません。暴走車ですが、明確な殺意を持って、お2人に迫ってきました。急いで、建物の中に避難してください」
「え……で、でも……」
「早く!」

 工藤探偵が、切羽詰まった声で怒鳴った。その顔が物凄く精悍で……、私は思わず見惚れていた。先ほど、私を優しく庇ってくれた腕の頼もしさ……私は、久しぶりに胸がときめくのを感じていた。

 暴走車はずっと遠くまで走り去って行ったが。彼は立ち上がると、ある方向を目指して駆け始めた。

「茂歩川刑事!建物の中に、急いで!」

 千葉刑事に手を引かれ、私はやむなく建物の中に入った。建物の中に入った千葉刑事は、電話をかけ、てきぱきと、あちこちに連絡を入れている。

「あの車は、盗難車らしいわ……」
「えっ!?」
「ナンバーで検索掛けてもらったの……実は犯人も分かってるわ。強盗殺人容疑で逮捕されそうになった時に『生きるために強盗をしたのに逮捕する警察は皆殺しだ!』って叫んで、近くにあったあの車を盗んで逃走して、指名手配対象になっている。検問をうまい事かいくぐって、警視庁までやって来たんだわ!」

 自分勝手な理屈で人を殺して警察を恨んでいる?とんでもない人間もいたもんだわ!今、あの車は、手あたり次第、誰かを轢き殺そうと暴走しているらしい。

 しかし幸い、その暴走車は、誰も轢き殺すことなく、最後、木に激突して止まった。運転していたその男は、そのまま警察病院まで担ぎ込まれて行ったそうだ。
 轢き殺されそうになった女性を抱えて車の上に飛び乗って助けたのが、工藤探偵と聞いて、驚いた。頭が良いだけでなく、ものすごい身体能力も持っていたのね。それだけでなく、建物のないところでは、車の上に飛び乗るのが一番の避難経路と咄嗟に考えた判断能力。すごい人なんだわ……。

 警視庁内で事情聴取が行われた時に彼が通って行ったのをちらりと見かけた。彼が助けた女性は、髪の長い綺麗な女性で、彼がその女性を庇うように付き添っているのを見て、胸がズキンと痛むのを感じた。



   ☆☆☆



 その後。工藤新一さんは、立て続けに難事件を解決し、「日本警察の救世主」「令和のホームズ」と謳われるようになった。それに伴い、警視庁の女性警察官の中でも、彼のファンは、うなぎ上りに増えて行った。
 彼は、頭脳と身体能力が優秀なだけではなく、顔立ちも整ってるし、背は平均より少し高い程度だけど、立ち姿がスラリとしていてカッコイイ。なので、人気が出るのは、とてもよく分かる。

 でも、私は、直接彼に助けられたんだもんね!彼のとっさの判断力とか、運動神経のすごさとか、実際に知ってるんだもんね!
 といっても、見てくれだけで彼に憧れた他の女性警察官たちと私とでは、彼にとって何ら変わりないことくらい、よく分かっている。彼が警察に協力するのは、捜査一課がらみの事件で、私たち交通警察官との接点は、あまりない。

 交通課先輩の羽田由美刑事は捜査一課の高木美和子刑事と親しいし、千葉苗子刑事は捜査一課の千葉一伸刑事の奥方だしで、工藤探偵の情報は、色々と耳にした。彼の推理力は群を抜いている上に、とても実践的で、彼が居るのと居ないのとでは、犯人検挙率や検挙までの時間がけた違いなのだそうだ。
 推理力があって(しかも机上の空論ではなく実践的で)、運動神経も抜群で、女性皆にやさしく紳士的で、その上ルックスも良いなんて。天は二物を与えずと言うけど、嘘っぱちね。彼は二物も三物も持ってるわ。
 私の憧れが、本格的な恋に変わっていくのに、時間は掛からなかった。もう本当に、寝ても覚めても、工藤探偵のことばかり考えていた。雑誌のインタビュー記事に載っていた写真を携帯の待ち受けにして……何かあるたびに、待ち受け画面を開いて幸福感に浸り、自分の心を宥める……ええ、ええ、痛い女だってことは、自分でもよく分かっていますとも!


「ああ……私も、捜査一課に配属されたかった……」

 仕事の途中で、思わず呟くと、由美先輩から睨まれてしまった。

「あんた、捜査一課がどんだけ厳しいか、分かってるの?交通課も楽なわけじゃないけど、捜査一課が良かったなんて、安易に言わないでよね!」

 言われて凹んでいると、苗子先輩がとりなしてくれた。

「まあまあ、由美先輩、そこまで言わなくても。ちょっと他の部署を見てみたいってこと、ありますよ!」
「苗子、甘いわよ!モブ子は、工藤探偵に会いたいがために、こんなことを言ってるんだから!」

 ギクギクッ!由美先輩、何でこんなに鋭いの!?

「あら。何でわかったって顔ね?だってアンタ、工藤探偵の写真を待ち受けにしてんじゃん。丸わかりよ!」
「あら。茂武川刑事、そうだったんだ……」
「はあ〜。なんで工藤君、あんなに人気なんかね〜」

 羽田由美刑事が、そう言ってため息を吐いた。そこに、千葉苗子刑事が返す。

「あらー。まあ、工藤さんはカッコ良いし……有能だし、女性に優しいから……人気があるのは、分かります」
「千葉君も、一時痩せてた時は、カッコ良かったのにねえ……」
「ダメです。二度とダイエットはさせません!私だけの千葉君だもの!」

 ……そっか。千葉刑事は、痩せたらカッコイイのか。でも、苗子先輩は、千葉刑事を独占するために、ダイエットはさせないと……。千葉刑事は、有能かどうかは知らないけど、でも仕事熱心だし、苗子先輩にべた惚れみたいだからきっと先輩には優しいし。
 羽田名人は、カッコ良くて将棋の腕が超超一流なのは間違いないし、こちらも由美先輩にべた惚れみたいだから、きっと先輩には優しいし。
 
 ふたりとも、自分に夢中な旦那を持っていて、旦那以外は眼中にない、って感じよね。だから、工藤新一さんに惹かれたりしないのか。

「あ、でも、モブ子。工藤君はダメだよ。彼は紳士的で優しいように見えるけど、まあ実際に基本的に優しい人ではあるけど。でもね、女を武器に近づこうとする相手には、さり気に壁を作るから!」
「ええっ?」
「あの男、相手が誰であっても、女性を普通に守ろうとするのは感心するんだけど……問題は、守ってもらった女性が、言葉の優しさと相まって、勘違いしてしまうことなんだよね……」
「そうですね。誰にでもあの態度なのに、自分だけ特別って、勘違いしてしまうんですよね……ホント罪作りな人だなって思います」
「ただ、工藤君は別に、若い女性だけを狙って守ってるんじゃなくて、お年寄りとか子どもとかにも、普通に優しいから……彼が悪いわけじゃなくて、勘違いする女の方が悪いと思うけどね」

 由美先輩と苗子先輩が、そう言い合って、うんうんと頷いている。
 そう、彼は誰にでも優しい。私も守ってもらったことがある。でも、誰にでも優しい、逆に言えば、誰も特別じゃないってことは、もしかしたら私にもチャンスがあるんじゃないかな?そう思ってしまう。せっかく久しぶりにトキメク相手に出会ったのに、諦めたくなんかなかった。何とかしてお近づきになりたい……そう思っていた。


   ☆☆☆


 交通課の私には、工藤探偵と関わることは、そうそうないと思っていたけれど。事件の時に、検問だと交通課警察官が協力することも多いので、意外と出会う機会は多かった。

 何回も会ううちに、工藤探偵には、顔と名前を覚えてもらえて、ちょっとした会話が出来るくらいには、なって来た。
 もしかして、もしかしたら、このまま少しずつ親しくなれたら。出会って間もなくの告白なら、工藤探偵もシャットアウトするだろうけど、ある程度親しくなってからの告白なら、いけるかもしれないと、期待が過ぎる。

 けれど。
 工藤探偵には、幼馴染の女性がいつも引っ付いている、という噂が流れるようになった。

 殺人事件が起こり、捜査一課が出動すると、高確率で工藤探偵がそこに居て、更に高確率でその幼馴染の女性がいつもその場に一緒に居る、という。
 あるいは、事件解決のために工藤探偵を呼び出したら、そこにその女性が一緒に来ることもあるのだという。

 その女性の名前は、毛利蘭。
 元は捜査一課の警察官で、今も警察にも協力することがある、毛利探偵の一人娘。

 工藤さんは、長いことアメリカに行っていたけれど、毛利蘭さんとは幼馴染で、帰国してすぐに再会し……今、交際しているわけではないということだが、仲が良いらしい。

 私が初めて工藤探偵と会った、あの日。工藤探偵がその後暴走車から助けた女性が、毛利蘭さんだったそうだ。
 私は思い出していた。あの時、工藤さんが付き添っていた、髪の長い綺麗な女性。私も容姿にはそこそこ自信がある方だけど、私よりずっと上。捜査一課で人妻になった今でも絶大な人気を誇っている高木美和子刑事にも、勝るとも劣らない、綺麗な人。

 お二人はお互いに「ただの幼馴染で友人」と言っているそうで。現状、お付き合いしているわけではないし。と、いくら自分の心に言い聞かせても、あの日、工藤探偵が彼女を見詰めていた優しい眼差しを、忘れることは出来ない。私の心は大きく乱れていた。

 9月の終わり頃、事件解決した後の工藤さんが、蘭さんと手を繋いで池のほとりを歩いていたと、工藤探偵ファンの婦人警官たちがキャアキャア騒いでいた。
 ただ、人によって言うことが違っていて、工藤さんは素っ気なかったんだけど毛利さんの方から手を繋いだとか、いやいや工藤さんは毛利さんを優しい目で見ていたとか……。工藤さんはデートではなくお出かけだって言い張ってたっていうし。

 どちらにしろ、手を繋いで歩くことを工藤さんが許している時点で、特別な女性、だったのだけど。私や他の工藤探偵ファンのメンバーは、それを認めたくなかったのだ。

 ある日、SNSを見ていると、工藤探偵が「幼馴染でただの友だちだから近づくな」という言葉と共に、トレンド入りしていた。そして、写真も流れて来る。工藤探偵はアップで写っているが、女性の方は遠景で、顔は分からない。でも雰囲気から、おそらく毛利さんだと思う。
 泣きそうになったけど、でも、どうしてもどうしても、毛利蘭さんは工藤さんの特別だという事実を認めたくなかった……。


 11月半ば。
 工藤探偵が、事件解決に呼ばれて、事件を解決して。でも珍しく、蘭さんが傍に居ない日があった。

 私は、事件解決後の工藤探偵を送って行くように、高木美和子刑事に依頼された。いつもだったら送迎を買って出る由美先輩も苗子先輩も、今日は別方面での仕事だった。
 今日は、他の警察官が居なくて、工藤探偵とふたりきり。すごく緊張する。

「きょ、今日は、毛利さんは、ご一緒じゃないんですか?」
「毛利さん?蘭のことですか……蘭は今日、講義を受けてますよ、彼女は学生ですからね」
「……下の名前で呼び捨てって……仲が良いんですね」
「ああ、まあ、幼馴染ですから」

 何となく、取りつく島がない。最近割と親しく言葉を交わしているような気がしていたが、考えてみたら、捜査一課の刑事か、由美先輩か苗子先輩が一緒だったから、もっと会話が弾んでいたんだ。


 工藤邸に着いて、車を停めた時。彼がドアを開けようとするのを押しとどめて、私は勢いで、思わず言ってしまった。

「工藤さん。好きです!」

 彼は、一瞬、目を丸くした後、ハッキリと言った。

「すみません。ボクは、そのお気持ちに、応えられません」

 キッパリと潔い言葉。辛いのに……すごく辛いのに、曖昧にされるよりホッとしている自分が居た。でもやっぱり、簡単に諦めはつかなかった。

「あの……!と、友だちからでも、ダメですか!?」

 友だちという言葉に、彼がすごく苦い顔をした。

「だって、茂武川刑事は、ボクのこと、友だちと思えないでしょう?」

 彼の言葉は自嘲的で。私の胸は苦しくなった。
 絶対ダメだって分かってた筈なのに、どうして私、唐突に告白してしまったんだろう?彼との会話にあまりにも取りつく島がなくて、焦ってしまったのだろうか?私は逆切れして、叫んでしまっていた。

「……だったら、じゃあ、何で思わせぶりするんですか!毛利さんとお付き合いしているって、ちゃんと公言してくれたら良いじゃないですか!」
「……蘭とは、本当にそんなんじゃないんです。本当に、ただの幼馴染です。公言するも何も……」
「だって!手を繋いで歩いてるって言うし!SNSではトレンド入りしてるし!」
「茂武川刑事……あなたに何をどう思われたって言われたって構わないけど。ひとつだけ言って置きます。もし誰かが蘭に何か危害を加えるようなことがあれば、オレは全力でそれを阻止します!」

 工藤探偵の眼差しの中に、今まで見たことのない剣呑な光が宿っていて、私は息を呑んだ。そして、突然、思い出した。捜査一課の野比刑事が、最近突然、公安警察の手入れを受けて現在拘留中であること。彼は、毛利蘭さんに付きまとっているという噂があった。

「工藤探偵……野比刑事も、あなたが!?」
「……答える積りはありません……」

 その言葉に、確信を持った。

「そんなに大切に思っているくせに、どうして……?」
「どうしてって……完全なオレの片想いだから、ですよ」

 毛利探偵の眼差しに、昏い哀しみと諦めの色が見えて、私はまた、息を呑んだ。
 たとえ振られても、この人の心の中には、たった一人の女性が住み続けていて、他のどの女性も受け入れることはないのだと、ようやく私は、理解した。


 すごくすごく、苦しかった。自分自身が失恋したこともだけど。この人が、天下の名探偵が、悲しい片想いをしていると思うと、それも苦しかった。
 そうやって考えてみると、手を繋いで歩いたり、思わせぶりをしているくせに工藤探偵を振った毛利蘭さんに、憎しみの気持ちが湧きあがって来る。

 でも、毛利さんに何かしようとしたら工藤探偵は容赦しないことも分かっていたから、何をする気もない。

 悶々とした日々が過ぎたが、その気持ちに決着をつける決定的なことが起こった。


 クリスマスイブの米花広場で行われた、殺人未遂事件。現場に居合わせた工藤探偵が、すぐさま指令を飛ばして、私達交通警察官が検問を張り、大勢の人たちの動きを封じた。そして、工藤探偵が事件を解決。
 私を含めた工藤探偵ファンは、彼の事件解決の一助となれたことを、それは喜んだものだけど。それも束の間。
 逆上した殺人未遂犯が、被害者を素早く助けた毛利蘭さんに逆恨みして、ナイフを手に凶行に及ぼうとし、工藤探偵がナイフの前に立ち塞がって蘭さんを庇い、幸い軽傷で済んだのだけれど。
 その後のふたりのキスシーンは、警視庁内でその後ずっと語り継がれる「伝説」となった。

 後になって知ったけれど、それは、お二人にとって初めての口づけで、本当に恋人同士になった瞬間なのだそうだ。


 その後しばらくの間。私はどうやら真面目に仕事はしていたらしいのだが。どうやって日々を送っていたのか、全く記憶にない。いつの間にか、新しい年を迎えていた。


   ☆☆☆


 年が変わってしばらく経ったある日。
 由美先輩と一緒にパトロールを行っていると、道端からボールが転がり出て来た。反射的に、力いっぱい、ブレーキをかける。このパターンだと、子どもが飛び出して来るのが必定だから。
 案の定、ボールを追って子どもが飛び出して来て。パトカーは、本当にギリギリで止まった。やったね、私の反射神経とテクニックは、大したもんだ!
 ふと気づくと、車の前に居た筈の子どもが、いない。見ると、少し先で女の人に抱きかかえられていた。

「ふう。もしモブ子のブレーキが間に合わなかったとしても、彼女のお陰で助かってたわね……」

 助手席の由美先輩が、大きく息をつきながら、言った。

「でもまあ、今回のような助っ人は、そうそう居るもんじゃないから。よくやったわ、モブ子」

 由美先輩がそう言って、私の背中をバンと叩いた。
 どうやら、ボールが転がってくる→子供が追ってくる→更にあの女性が子どもを抱えてダッシュ、という流れだったらしい。まあともかく、その女性にも子どもにも、怪我一つなかった。

「その子、あなたのお子さん……?」

 その女性は、どう見ても、二十歳そこそこ。子どもは4〜5歳くらい?まあ、女性は年齢分かんないし、若くして出産した場合、有り得なくも……。

「あ、いえ。違います」

 と、その時。子どもの名前を呼びながら、母親らしい女性が飛んできた。その女性は、通りすがりに、見ず知らずの子どもを助けたらしい。

「ボク、もう、道路に飛び出しちゃダメよ。大怪我するところだったんだから」

 子どもは、ようやく実感がわいたのか、大泣きしながら頷き、母親は子どもを抱えて、何度もお辞儀をしながら去って行った。
 改めて、その女性に向き直って、衝撃を受けた。たった今まで気づかなかったけど、子どもを助けたその女性は、蘭さんだったのだ。

「あら?蘭ちゃんじゃない!」
「由美刑事、茂武川刑事、こんにちは」

 私は、複雑な気持ちで、ぺこりと頭を下げた。

「それにしても蘭ちゃん。これで、車に轢かれそうになった子どもを助けたの、何人目?」

 由美先輩の言葉に、驚く。

「え?そんなに何人もは……」
「例の暴走車の日も、その前に、警視庁前で、車に轢かれそうになった子どもを助けてたじゃない」
「由美先輩、例の暴走車って?」
「モブ子も、苗子と一緒に轢かれそうになった、あの車よ」
「……」

 工藤探偵に初めて会って、暴走車から庇ってもらったあの日。蘭さんは、今日みたいに飛び出した子どもを車から庇ったのだ。

 あれ?
 よく考えたら、それって……。工藤探偵と似てる?


 蘭さんって……容姿が良いだけじゃないんだ。迫って来る車から、相手問わず助けようとするような、勇気があって本当に心優しい女性。
 本当に、工藤さんにお似合いだわ。

 でもきっと、蘭さんには、工藤さんのような黒いところがない。っていうか、もしかしたら、工藤さんが真っ黒にならずに済んでいるのは、蘭さんの存在があったからかも。

 私は、すがすがしい思いで、去って行く蘭さんを見送った。


「モブ子。アンタ何泣いてんの?」

 由美刑事から言われて、私は自分が涙を流していることに気が付いた。

「……由美先輩。私、ようやく吹っ切れて……心から祝福することが、出来そうです……」
「……」

 由美先輩は、何も言わなかったが、優しい目で私を見て、背中をボンと叩いた。

「さ!仕事仕事!」
「はい!」


 それから、私は、先頭切って、警視庁内の工藤探偵ファンを組織し、「工藤ジュニア夫妻を応援する隊」を結成した。結成したのは、バレンタインデー。どうやらその日は、工藤探偵は蘭さんと無事結ばれた日らしいと、後から知った。


Fin.


+++++++++++++++++++++++++

<後書き>

 モブ男もモブ子も警察官になってしまったことに、他意はありませぬ〜〜〜。いや、新一君は学生じゃないし、新一君と蘭ちゃん共通で出会う相手っていったら、警察官になっちゃうかなあって、思ったんですよねえ。

 本当は、傍から見た新蘭話にしたかったのに、何か違ってしまったような。まあ、モブ子は、モブ男ほど変態ではなく、困ったちゃんでもないので、お許しください〜〜〜。

2021年12月11日脱稿


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